4話 なんでもお揃いにしたい!
「ぐぅ〜」
「もうそんな時間か」
「そろそろ帰りましょうか」
今日も放課後、変わり映えしないフードコートでお話していた私達。
唯一無二の可愛らしい音色が聞こえてきましたね。言わずもがな渚帆さんのお腹の音です。
この心地良く素直なお腹の音は、渚帆さんの素直さや純粋さの表れでしょう。(専門家)
「よくまぁ、毎日毎日同じような時間に鳴らせるな」
「えへ〜。べんりでしょ?」
えっへんと胸を張る渚帆さん。その間にもぐぅ〜ぐぅ〜とお腹が鳴っています。
あっ。今のくぅ〜は半音高かったですね。レアサウンドです。
「今のくぅ〜をもう1テイク頂けますか?」
「え? ちょっとまってね。だせるかなぁ」
「馬鹿な事言ってないで帰るぞ——あ。くぅ〜と言えばそういや昨日の」
私がスマホを取り出そうとしたところで、椛さんがご自身のカバンから何か取り出しました。
「昨日2階にあるゲーセンで取ったの忘れてたわ。これ」
「……ラッコのキーホルダーでしょうか?」
椛さんがカバンから取り出したのは、愛らしく黒っぽい色をしたラッコの人形のキーホルダーでした。
昨日私は、家の手伝いで店番をしていたので、放課後すぐに帰ったのですが、その際に2人でゲームセンターに行っていたんでしょうか。ずるい
「クーちゃんだぞ。あの伝説の」
「クーちゃん? ……どこかで聞いたような……あ! もう随分昔に話題になったラッコですね。古い新聞記事を見たことがあります」
「そう! なぎたちがちっちゃいころに釧路川にきてたらしいラッコさん!」
クーちゃん。
もう10年以上前に、釧路川に出現して一躍脚光を浴びたラッコですね。当時、私達の暮らす、釧路にある
しまいには、観光PRのためにクーちゃんに住民票が発行されて、特別観光大使に任命。DVDやグッズも出るほどだったそうです。恐るべしラッコのクーさん。
「ほらー。いいだろ小春子ー。欲しいだろー?」
「別にそんなに欲しいかと言われれば微妙です。正直そんなに可愛くもな——」
「そっかー。趣味に合わないんじゃ仕方ないか——なぎ」
「うーん。そっかぁ。かわいくてなぎは好きなんだけどなぁ」
渚帆さんは少々残念そうなお顔をしながら、ご自身のカバンから同じクーちゃんのストラップを取り出しました。
「なぎもきのうとったの忘れてた! へへー! もみじちゃんとお揃いー!」
「なー! 一緒にカバンに付けようぜー!」
ぬぬぬ。こうなると話は変わってきます。
お揃い。なんて甘美な響きなのでしょうか。渚帆さんとお揃いのモノなら男子小学生が修学旅行で買ってしまう、龍と剣のキーホルダーでも私は構いません。
でも、先程可愛くないとか言いかけてしまいましたし、今更欲しいなんて……でもでも。
「あ、あの、やっぱり私も……」
「じゃあ、そろそろ帰るかー」
「そうだね! おなかぐーぺこだし!」
「——ちょっと待って下さい!」
何も思いつかずにとりあえず呼び止めてしまいました。
ニヤニヤしている椛さんが気になりますが、無視です。
「どうしたのこはるこちゃん? おといれ?」
「え? あー、えー、そうです! ちょっとお花摘みに行きたいので、2階に行ってきます!」
よし! お手洗いを口実に2階に行って、ささっとゲームセンターに寄り、クーちゃんを確保しに行きましょう。
「トイレなら1階にもあるぞ」
正論やめて。
「に……2階のお手洗いじゃないとダメなんです」
「なにゆえ?」
ううううううううぅぅぅぅぅぅぅ。
何か理由を……2階のトイレではないとダメな理由を……何か…………。
「朝の占いで言っていたんです」
「なんて?」
「魚座のあなた! 今日のあなたのラッキープレイスは2階にあるトイレ! と」
「おもしろーい!! なぎは? なぎは?」
苦し紛れの言い訳になぜか食いついてくる渚帆さん。
「獅子座の渚帆さんは3階のトイレがラッキープレイスです! では!」
急いでゲームセンターに行って、渚帆さんとお揃いのクーちゃんを手に入れて戻ってきましょう!
「いそいで行っちゃったね、こはるこちゃん。もしかして我慢してたのかな……なぎもおトイレ行こうかな——あ!! ここ2階までしかないじゃん!! どーしよう!」
「……屋上でしてこい」
「こはるこちゃんおそいね。うん……」
「はぁ。そろそろ見に行ってみるか」
フードコート横のエスカレーターで2階へ上がると、すぐ目の前にハヤシファンタジー(ゲームセンター)こと通称ハヤファンがあります。
「えっと。おトイレは」
「いやいい。どうせトイレには居ないから」
「?」
小首を傾げる渚帆。頭の上の大きなお団子がぽよんと揺れます。
椛は渚帆を引っ張り、迷うことなくある場所へと向かいます。
「ほらあそこ」
「あれれ? ここって?」
渚帆と椛の目の前には、他のに比べると随分こじんまりとしたユーフォーキャッチャーがありました。
そしてその前には、長い黒髪を揺らしながら、独り言を呟く見覚えのある後ろ姿。
「なんでこんなにやっても取れないんですか……もういくらつぎ込んでると……大体アームの力が弱すぎるのではないですか? それともお腹の上に抱えている貝が重いのですか? 重いなら早く叩き割ってくださればいいのです。もう! 早く観念して下さい! クー!」
「こ、こはるこちゃん?」
長い黒髪をバッサーなびかせながら、私は思い切り振り返りました。
「いいいいいいいい、いつからそこに?」
「今だよ」
しまった。流石に長居し過ぎたのでしょうか。
それもこれもクーがあんなに抵抗するからです!!
「やっぱり欲しくなっちゃったの? クーちゃんのキーホルダー」
「だって。渚帆さんとお揃いがよかったんですもん。それに……」
「?」
私の口から自然と言葉がこぼれました。
「お2人だけ持っていて私だけ持っていないのは…………寂しいので。
でももういいです。全然取れないからもう帰りましょう」
私はもう帰ろうと歩き出そうとしたその時。
「やれやれ。ちょっとそこどけ」
椛さんは私をどけて横に立つと、ユーフォーキャッチャーに100円を入れました。
「椛さん……」
「もみじちゃん……」
チャリン。ウィーン。ウィーン。アームオリー。スカッ。
ウィーン。ウィーン。
「——この流れで取れないんですか!?!?」
びっくりしました。絶対に取る空気だったでしょう! 今の空気は。
「やっぱ無理だわこのユーフォーキャッチャー! 昨日のはやっぱり奇跡の2個同時取りだったわ」
「なぎがてけとーにやったら2個引っかかって取れちゃったもんね!」
はぁ。なんかどっと疲れてしまいました。
残念ですが諦めて帰りましょう。
「もう帰りましょうか。時間も遅いですし、渚帆さんもお腹減ったでしょう
?」
「でもでも、こはるこちゃんの分のクーちゃんがまだ」
「そんなもんそこで買って帰りゃいいだろ」
え? 今なんと言いました? そこで買って帰る?
「え? 今なんと?」
「だから、そこの雑貨屋にクーちゃんのキーホルダーなんて大量に売ってるから買って帰ろうと」
「え!? うってるの!?」
椛さんが指を差した先を見つめてみると、そこにはワゴンに入った大量のクーちゃんグッズ達が……当然お2人が持っているキーホルダーもあります。
「そんなに欲しいならあたしが買ってやるよ。いくつ欲しい?」
「946個」
おもち
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