第31話 紗枝の部屋①
『紗枝が高校を卒業した時は、あの子を先生のお嫁さんにしてもらえないかしら?』
『ま、まだその冗談を言ってるんですか!?』
『私はずっと本気って言っているじゃないのっ! 今のあの子は本当に優良物件よ? これからはもっと可愛くなるでしょうし、趣味にお金もかからないし、わたしと同じくらい稼いでいるんだから』
なんて家庭訪問では絶対にあり得ないやり取りを紗枝の母親と交わしたその後のこと。
「紗枝さん、入っても大丈夫?」
「大丈夫だよ。むしろ早く入って」
夕食をご馳走してもらうまで時間が空いた空は、ノックをして紗枝の部屋に入った。
この部屋にお邪魔するのは何年振りのことだろうか……。
大きな懐かしさを感じると共に、当時は中学生だった紗枝の姿がふわっと浮かび——教え子の成長を感じられた。
「ママとのお話はもう終わった? あとは自由?」
「ついさっき終わったばかりだから、もう自由。それにしても紗枝ママは昔と全然変わってないね? 正直驚いたよ」
「そう。いつになってもうるさいの」
「あはは、そんなこと言うのは可哀想だって」
紗枝も反抗期を迎えた年齢である。
娘としてそのように感じるのは自然なことなのだろうが、空からすれば優しく大らかで、空気を明るくさせてくれるような人物だ。
「って、数年見ない間に部屋の内装めちゃくちゃ変わったね!? 昔は受験生って部屋だったのに、今はもう本格的な仕事部屋みたいで」
昔は大きな勉強机が置いてあったが、今ではL字のオシャレな机に変わっている。
その他にもガラス式の棚の中には、いろいろな人物のサイン色紙やサイン本、サイングッズがビッシリと並んでいる。
恐らく同業が集まるパーティーに参加して集めたものだろう。
そして、壁や棚の上には自分が関わっている商品——バーチャルユーチューバー、通称Vtubreのグッズにタペストリー、ジト目のジトりちゃんシリーズのフィギュアなどが飾られていた。
一般的に言われている『オタク部屋』のようなものだが、そのほとんどが自分の商品だというのはなんとも凄いこと。
「空くんがプレゼントしてくれた液タブはここにある」
「おおっ! いやぁ懐かしいなぁ……。本当にまだ現役で使ってくれてたんだ?」
「当たり前。空くんがこれをプレゼントしてくれなかったら、イラストレーターになる夢は叶わなかったから。わたしにとって一番大事な宝物なの」
今の時代は新しいツールが入ってより便利になった液晶タブレットがあるはずだが、それでもプレゼントしたものを使ってくれている。
今はもう傷が入っていたりとかなりの使用感があるが、その傷は紗枝の努力痕。
実績を見ただけでもその頑張りは十分伝わってるが、実際に使用しているものを見るとさらに感心を覚える。
「あのね、もしこの宝物が使えなくなったら、このお部屋に飾るつもり」
「えっ、飾るの?」
「うん。一番目立つところに置いて元気をもらうの」
「ははっ、そっか」
こんなにも大切にされている液タブは、間違いなく幸せな機械だろう。
そしてこれをプレゼントした自分も笑顔が溢れてしまうほど嬉しくなる。
「あっ、忘れないうちに空くんに渡したいもの見せるね。昨日用意したの」
「なになに!?」
「クローゼットの中にある……この袋」
そう言ってクローゼットを開けた紗枝は、その袋をドーンと見せてくる。
「ここの中に入っているの、全部空くんにプレゼント」
「も、もしかしてこれって……!」
「うん。全部わたしのサイン入りのグッズ。貴重なものばかり選んだ」
淡々という紗枝だが、彼女はSNSのフォロワーが40万人を超える超有名なイラストレーターである。
このサイングッズを喉から手が出るほど欲しいファンはたくさんいるだろう。
「って、こんなにもらっていいの? 10数個あるような気が……」
「20個ある」
「えっ!? 自分のためにそんなにたくさんサインしてくれたの!?」
「空くんのためなら、何個でもかける。全部女の子だから置き場所に困ると思うけど、受け取ってくれる?」
「もちろん受け取るよ! 本当にありがとう!!」
空の自宅にはアニメグッズなどなにも置かれていない。
確かに置き場所には困るが、忙しい中でサインも入れてくれたプレゼントだ。
堂々と飾らせてもらう。
自分がプレゼントした液タブから、紗枝が一生懸命頑張ったことで生まれた商品を直接受け取れるのはなんとも考え深いもので、特別感があった。
「それをずっと保管してたら、いつかすごいお金で売れるように頑張るから、楽しみにしててね」
「絶っ対に売りません」
「ふふ、生活に苦しくなった時に」
「生活が苦しくなっても売りません。誰にも渡しません」
「全部で100万円になるようにする」
「いや、このグッズが100万円は安いって」
「……空くんらしい」
思い出補正が100%入った言い分に、目尻を細めてツッコミを入れる紗枝である。
プレゼントしたものにこうも思ってくれるのは嬉しい他ないこと。
「ね、ママのご飯ができるまでなにする?」
「そうだなぁ……。紗枝さんはなにがしたい? ちなみに今なら学校の先生を独占して勉強ができるよ? これ結構お得じゃない?」
なにをするのか考えてなかった分、自身の長所をアピールする。
実際、この言葉を魅力的に思う生徒は多いだろう。しかし昔から関わりのある彼女はその言葉を呑むことはなかった。
「お勉強はヤ。もったいない」
「あ、あはは……。先生としてそれはちょっと複雑な気分だなぁ」
「わたしは空くんに甘えたい。昔みたいなことたくさんしたい」
「昔みたいなことって、もしかしてアレ?」
「うん」
「それはなんて言うか……さすがにアレじゃない? ちょっと危ないっていうか、いろいろその……」
「そんなことない。それにお仕事もっと頑張るには、甘えないといけない。充電」
そうしてもっともらしいことを言う頑固な紗枝は、ベッドに腰を下ろしてトントンと隣を叩く。
「……」
その様子を静観していれば、さらに強く隣く教え子だった。
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