怪盗Dサタン
鐘井音太浪
怪盗Dサタン
怪盗Ⅾサタン 鐘井音太浪
フィクション!
「予告状。お前らの孤独時間を盗んでやるぜ、怪盗Ⅾサタン!」
主な登場人物
竜崎 数貴……SEフリーランサー。怪盗Dサタン
西崎マリヤ……AIドール(アンドロイド)
早瀬 優美……警視庁捜査官、警部補
郷田 勲……郷田金融代表取締役
陳 烏……チャイニーズマフィア
早川 真弓……警視庁捜査官、巡査部長
青葉 薪……S宅配スタッフ
藤山 剛史……政治家
0 怪盗の予告状
白壁の一室に下がったロールスクリーンに映した、ラピスラズリーバックのパソコン画面にて――
「予告状。今夜、郷田美術商が出展するブロッサムナイトと称されるピンクダイヤを元の持ち主に、お返し代行を、勝手ながら賜ります。Dサタン」と、入力文字が羅列されて、送信されて、消える。
1 ブロッサムナイトを盗む
都心の夜景。タワービル群狭間――近代国家へのまちづくりの影響で、もうすっかり低くなってしまった冬季ライトアップの東京タワーがちらちらと垣間見える幹線道路を走る屋根が開いた青いツーシーターのオープンカー。長髪襟足長め無造作ヘアの竜崎数貴(40代半ば男)が運転している。縦縞ライトグレージャケットを前空き状態で着て、目が見える偏光レンズでスポーツティなマーブル柄の黒縁サングラスをかけて、右手でハンドルの上部を支えるように握り、肘掛けに置いた左の手首にシンプルながらもお洒落間のあるセーコン社ロゴ入りアナログ腕時計をして、左耳に装着しているイヤーレシーバーと、これらが竜崎のステータスアイテムだ。
助手席に、西崎マリヤ(見た目20代後半女)が乗っている。棚引く茶髪ロン毛を抑える左手首には、竜崎とのペアウォッチ。今夜は、しなやかボディラインがくっきりなストレートブラックジーンズと、ロイヤルブルートップスをインナーに着て、アウターにショート丈ライトグレーのベスト。ちなみにイヤーレシーバーは装着していない。
「なあマリヤ。このシーズンに臍出しは目立つぜ!」と、一瞬マリヤを見て、竜崎が言う。
マリヤが景色を眺めながら……「あー、寒い季節なのね、ダディ」と、一瞬にして着ているベストがまるで成長するかのようにライトグレーのライダーズジャケットに変貌する。「これならいい、ダディ」
竜崎がまたマリヤを見て、鼻の中でフフと笑うように微笑むブラックジーンズにハイカットスニーカーの足がアクセルを踏み込む。加速するオープンカーの行く手に、聳え立つタワービルが迫る。前方を指差す竜崎。竜崎を見て薄く笑みを浮かべるマリヤ。
俯瞰でとらえる竜崎が運転するオープンカーがタワービルに向かう。
ヘッドライトに照らされた幹線道路――交差点を左折して……タワービル群を抜けて、竜崎ご愛用のオープンカーが片側2車線の枝道に入る。周囲にはそれとは同じ高さのビルがないエリアで、クリスマス装飾のタワービルに向かっていく。
緑化されたタワービルの裾野に、『三坂タワービル・ショッピングヒルズ&マンション』のカッコがいい、名のあるデザイナー発注とわかる表札文字。正面出入口を行き交う人々の群れ。ハローインが過ぎたクリスマスにいよいよ向かい始めたこの夜は、カップルや若い男女同士の友達連れに加えて、家族連れも些か多く臨める賑わいの……光景だ。
この光景を上から覗き込めるかのような緑化された三坂タワービル敷地内専用車道を――屋根を閉じて、『地下・ショッピングヒルズお客様専用駐車場・入口』案内板下の入口へと入っていくマリヤを助手席に乗せた、竜崎が運転する青いオープンカー。
三坂タワービルの中――催し物会場の出入口を、一般客が出入りしている。ドアの両側に警備用制服警官が2人、前を直視して不動で立っている。
出入口横に、『稀代の宝石展示会場・郷田美術商主催』の看板がある。
稀代の宝石展示会場の中――オープンなフロアで、硬質ガラス展示ケースの中に、目玉引き立て役の宝石やパワーストーンらが展示されている。列をなす来客が、立ち入り制限ロープの外ギリギリを進んでは、時より足を止めたり、緩めたりしてなかなか順番が回ってこない客が迷惑顔で、「早く順番を回して!」と言わんばかりの光景も見受けられる。
奥に、孤高の展示ケースに『ブロッサムナイト』の札。ゴルフボール大のピンクダイヤが飾られている。その大きさもさることながら貴重で、ピンクダイヤの中に見た目には黒い点のシミが、ルーペで拡大すると一輪の桜の花を思わす黒い気泡があり、それが証だ。
フロア壁際で警備する警官たち。ブロッサムナイトの近くに、キャメル系タイトスカートスーツ姿の早瀬優美(30代前半女)警視庁捜査第3課の警部補が目を光らせている。
等間隔を置いて、早川真弓(20代後半女)警視庁捜査第3課の巡査部長がブラックパンツスーツ姿で人々を目視でチェックしている。
見学客の目を盗んで、優美が出したスマホ画面を見る。
『予告状。今夜、郷田美術商が出展するブロッサムナイトと称されるピンクダイヤを元の持ち主に、お返し代行を、勝手ながら賜ります。Dサタン』の着信文字。
見学客がいる手前、声を出すわけにもいかぬ状況下で、「いい、今夜こそⅮをとっ捕まえるわよ」と、言わんばかりに優美が息んで、胸を張って両手を腰につける。
真弓を筆頭とする警備警官隊が一斉に、優美を見ることで言葉無き敬礼を返す。
同・ビルの地下駐車場の中――照明機器が煌々と照っていて昼間のように明るく、太い柱が幾つもあるが不必要に壁がない地下駐車場の内部。入口と出口それぞれの車両専用ゲートが数カ所あるようだが、その一カ所から竜崎が運転する屋根を閉じた青いオープンカーがヘッドライトを点けたまま入ってきて、建物内へ連絡するエントランス出入口から、少し離れた駐車枠に止める。
光景的には柱と柱の間に、一般客の乗用車、8ナンバー以上はちょっとな感じで、4ナンバー車両までの大きさ以内なら可能な駐車枠が4つずつ書いてある。天井にはほぼ死角なしの防犯カメラ……。が、四面の柱の一面側に若干の死角が存在しそうだ。
駐車中の車両状況は……その区間で、1台置きだったり、4台がフルだったりと、この時季ならはでの入りで、ショッピングヒルズと称するエリアを持つ――都心なら、それでも混雑程度としか表現しないであろう……が、地方のモールなら大入りと言える一般客乗用車の入りだ。ま、都心は公共交通機関も発達しているので、この駐車場の様子だけでは上の様子は図れまい。閉店時間が迫り、青いオープンカーの前の通路を出口へと向かう一般客の乗用車が走っていく。青い竜崎のオープンカー周囲に、他の車両は、今はない。
駐車枠内に収まった青いオープンカーの中では、運転席でサングラスをかけた竜崎と助手席のマリヤが口を動かし始める。竜崎は多少の身振り手振りが出る。が、マリヤは口だけだ。それでも傍目からでは、単に気のある男女としか思われはしないであろう……が!
「ダディの身体能力で考えれば通常通りに入って、裏通路を通って目的のフロアまでには障害無しで推定30分。閉店時間15分後の防犯カメラ更新切り替え時の9時45分にシステムを乗っ取って……ダミー映像を仕掛けるには、手薄な例の場所から裏通路進入時に、一般者の目を避けることも考慮して40分間を見るのがベストよ、ダディ」
「よおし、マリヤ。演算計算は抜群の指示に従うぜ。実行中の指示は俺が出す。不測の事態に対処できるのは、人の持つ第六感だ!」
「了解、ダディ」と、話す声が、青いオープンカーの中でなされている。
青いオープンカーの中――フロントガラス手前のダッシュボード上に、掛けていたサングラスを外して、竜崎がおく。左耳のレシーバーはそのままに。
助手席のマリヤは、異様なまでに、前方を直視している。車内アナログ時計9時丁度!
「行くぜ、マリヤ。ミッションスタートだ!」
「了解、ダディ。気を付けてねェ」
竜崎が運転席のドアを開けて、駐車場に出る。
同・ビルの地下駐車場通路――天井に、監視用カメラのレンズが鈍く見ている。竜崎がステータスな縦縞ライトグレージャケットの下襟を両手で持って、浮かせて直す癖が出る。竜崎の歩む先に、『三坂タワービル・ショッピングヒルズ・地下駐車場口』の文字を背負った透明な2枚組自動ドア。『閉店時間9時30分』の文字がその下にある。閉店間際ともあってか、周囲に客や他のスタッフすら誰も居ない。
三段分の犬走を上がって、風除室に入ってドアが閉じたタイミングで、竜崎が左手にしているセーコン社ロゴ入り腕時計に右手の人差し指と中指の――所謂胸の前に出せばVサインともなる形の指で、腕時計の表面のサファイヤガラスにタッチする。足を止めず一定に歩き続ける竜崎が、風除室を通過中……腕時計の表面が俄かに淡いブルーの閃光を放ち……腕、二の腕、肩と……徐々に、素早く、0コンマ数秒の間に竜崎の全身をブルーの淡い輝きが覆う。例えるなら70%エチルアルコールに、淡い青い炎が灯るが如くだ。
「どうだ、マリヤ」と、もうすでにエントランスを歩いている竜崎がそっと呟く。左耳につけたイヤーレシーバーの揉み上げにかかるマイク。
同・ビル警備室――10台の大きなモニターが壁一面に2列横隊に並んでいる。前で、2人のビル警備員と、後ろに制服警官が1人いて、チェックしている。が、計3人では、ランダムに監視の目で追ったとしても、細かい異変を見落としかねない感じだが、机の装置で映像録画してあるため、異常の際は警報も作動するし! と、高をくくってもいるので、6つの肉眼では拾いきれなくとも、安心している。
「今、地下口で……」と、警備員の1人が、竜崎が入った入口監視カメラ映像をリプレイするが、「ま、異常は認めんな」と、また、2人の警備員らは通常にモニターを見始める。警官が、「どうした」と尋ねながらモニターを見る。警備員らは監視に集中していて返事をしない。警官が映像に異常なところは見えないため、「……」黙る。一瞬にして、人が消えるなど、誰もが一般的に考えつくわけもなく……展示会場を映すモニターが通常の、優美らが監視する中の宝石展示の光景なので、疑うに値しないと、判断したようだ。
「やっぱ、風除室が監視の盲点だったぜ、マリヤ」と、竜崎が通信する声。
確かに、地下出入り口の自動ドアが開くと同時に、わずかな距離の風除室で男――竜崎の姿が、モニターから消えてはいたのだが――。
同・駐車場。青いオープンカーの中――マリヤが直視したまま、目からフロントガラスの内側に青い光を放ってバーチャルモニター化して、ハッキング中の監視モニター映像のB1風除室を見ていて、通る際に竜崎の姿が消えた瞬間を見て、「ん。監視カメラから消えたよ、ダディ」と青く輝く目の光を瞬く。「早く、警備室を占拠して、ダミー映像を……」とマリヤの声が竜崎のイヤーレシーバーに、届く。
同・地下エントランス通路の中――左右を壁で囲まれた通路と手ぶらで、卒なく歩く竜崎の後ろ姿……肉眼ではライトグレーだった竜崎のジャケットが、昨今クリスマス電飾の流行り色に近い……縦縞ブルージャケットに見える。ブラックジーンズは黒なので、そのままの色だ。当然ながら、勝手に閉じた自動ドアを、奥へと竜崎が入っていく……。男子トイレマークの壁の角に竜崎の姿が隠れる。
同・ビル――ショッピングヒルズに設けている郷田美術商のブース。郷田勲(60代半ば男)が3人の手下……男スタッフといる。何れの顔も単なるスタッフ向きではない面だ。
「いいか、ここは、あくまでも単なる美術商として、振る舞う。サツの警備に任せる。奴らにも威厳を保つメンツがあります。先生が志す、人民自由の為に、だ!」
男スタッフらが、「ヘイ」と野太く低い短い返事をする。
同・地下1階の男子トイレの中――入った竜崎が誰も居ないのを黙認して、目だけで天井を見る。3つある個室のうち一番奥に竜崎が入る。他に入ってきそうな足音が僅かにも聞こえないので、ドアは閉めずに天井を眺める。閉店間際はシーンとしている平日の夜だ。
竜崎が見上げたその頭上には、大人がギリ入れるであろう……網目ガードカバーの換気口がある。所謂泥棒ともあって細身の竜崎。が、男子メタボオーバー腹回りなら、つっかえてしまうことは明らかで、その前に上がることすら皆無だと言い切れる。仮に懸垂で自らの胴体を持ち上げられたとしても、天井が抜けるリスクは否めない。
竜崎が蓋を開けた状態の便器に上って、換気口のカバーを外す。カバーに触れた手の部分が青い光の粒子に包まれる。(本当に、重宝するぜ、この静電粒子は。全身に被膜を張ることによって、指紋すらつきはしないことに)と、内なる言葉を頷きに変えた竜崎が、手にしたカバーを排気口の中に入れて、懸垂で自らの体を身軽に上がって入れて、平行棒でもやるかのように肘でリフトして上半身を前屈みに頭を行き先へと入れて、完全に入る。手が出てカバーを戻し、何事もなかったトイレにする。便器にすら足で乗った痕跡がない。
「ダディ、早くして、マリヤも動きたいよ」とレシーバーを通じてマリヤの声が聞こえる。何事もなかったように天井についている網カバーの中から、フーという息が漏れ聞こえる。
同・地下駐車場――止めた竜崎の青いオープンカーのフロントガラス越し。助手席で、直視したマリヤが目を青く光らせている。このマリヤには、もうお察ししていらっしゃる方もいらっしゃいましょうが、秘密があるのだが……それはまたあとでということにする。
同・換気口の中――這い這いで移動する竜崎。全身が青い電子的輝きを放っていて、周囲が仄かに明るくなっている。竜崎の行く手と、後方は真っ暗で、推定90センチメートル四方の硬化資材の筒状の中を行く。
「今、移動中だ! 展示会場経由で、様子を覗いてから、警備室に行く」
「え、ダディ、マリヤのプランが狂うよ」
「ま、どのみち展示会場近くの裏通路は通るんだ、余禄の範疇だぜ、マリヤ」
「ええー」と、不満を露わにしたマリヤの声。
過去の数年間の訓練的経験値効果も手伝って、竜崎が音を立てぬように滑らかな這い這いで……這っていく。が、止まって耳を澄ます竜崎。「後方から何か、来るぜ、マリヤ」
「え、今のところ、生命反応は排気口には、小動物も認めないよ、ダディ」
竜崎が首を左肩の方に動かして、後方を見る。機械的な軽めの音が徐々に迫って来る。
「また、マリヤの検索結果を疑っている? ダディ」
「……」。警戒して沈黙を保つ竜崎が眉間に皺を寄せて、緊張させた手足の下を、足先の間を見ている。機械音がさらに近づいて、物体のシルエットが暗がりに見え始める……⁉ 竜崎の輝きの範疇に、その物体が入って来て、「なあんだ!」と、竜崎がホッとする。無人掃除機が迫ってくる。が、今いる位置では追い越させる余地がない。竜崎が顔を上げ、目を凝らして先を見ると、ここより幾分か筒が広い箇所がある。竜崎が足下から迫る掃除機を意識して素早い這い這いで到達する。両手両足を横壁に突っ張って体を底部から浮かす。蜘蛛男化した竜崎の下を、自動掃除機が通過していく……。
「ふん!」と鼻で笑って見送る竜崎。また、両手両膝をつけて這い這いして進んで行く。「単なる無人掃除機だよ、カメラの類は搭載してないよ、ダディ」と、マリヤ。
「まあ、あれだ」
「……⁉」マリヤの沈黙……。
「排気口までは気が回らなかったんだな、ラッキー」と、這い這いする竜崎。
同・展示会場――孤高の展示ケースに入っているブロッサムナイト(ピンクダイヤ)。アマタイト、ラピスラズリー、ルビー、サファイヤなどのパワーストーンや宝石を手下の如く従えるかのように、ブロッサムナイトは鈍く怪しげな魅惑にあふれた輝きを放っている。孤高の展示ケースの中を覗く一般の客らは、魔力にかけられ、目をとろんとさせてしまう。この大きさで、ピンク色、輝き具合も水準規定以上のウルトラ級のレアものだ。
警備する早瀬優美警部補ら、早川真弓巡査部長と、警備課の警官たちが見守っている。
天井の排気口の網目カバーと、明らかに後付けの何らかの機械装置。カバーはもとより当たり前にあったし、後付けの装置も見上げない限り、誰もが気にはならなるまい。
同・換気口の中――淡い青い光を伴って、竜崎が這い這いしてきて、通気口の網カバーを覗く。網目を透かして、展示会場の様子が俯瞰で窺える。
「まだぁ、ダディ」と、マリヤの声がレシーバーを通して聞こえて、竜崎が声を潜めて返す。「今、展示会場を視察中だ、マリヤ。いるぜ、優美ちゃんとバディの女刑事が」
下の早瀬優美が上を見る。竜崎が一瞬、ドキッとする。が、優美がすぐさま前を向いたので、竜崎がホッとる。
「マリヤ、例の伏線は……優美ちゃんのバディに仕掛けた……」
「え、マリヤを疑ってるの、ダディ」
「いいや、確認しただけだ、マリヤ」
「AIのマリヤ様には、抜かりなんて、あるわけがないよ」
「じゃあ。警備室に参るぜ、マリヤ」
「だから、早くして! ダディ」
「……わかたよ、シンギュラって、ますます女の生意気が、出てきてやがるぜ……ヒヒ」とにやけ声を残して這っていく竜崎のブラックジーンズの尻。腰に少しのふくらみが……。
本日の数時間前。展示会場――早瀬優美がスマホを出して、電話に出て、頷いて、切る。
「みんな、お弁当が来たそうよ、犯行予告時間とされる閉店までは間があるし、これだけ見学者の目もあるうちに。リスクが高いわ。2班に分けて腹拵えしましょう」と、早川真弓と右側に警備警官を手で指示する。手にしたスマホに、16時50分のデジタル表所。
早川真弓が一歩前に出て、「では、お先に2番します」と、敬礼をして……早瀬優美が敬礼を返す。真弓がドアを出て行く。続いて半分の警官隊も着いていく……。天井に筒状の何らかの放射口。優美が天井を見て、笑う。
本日の数時間前。社員食堂――掛け時計が6時。バイキング形式の広い食堂。早川真弓と、警官隊ご一同様が、警察マスコットのぬいぐるみのピーポー君が2つ置いてある範囲の長机に着く。片隅に重なったパン箱の前に座った警官らが一つずつ弁当を手渡して回す。
ホールスタッフがお茶を出す。そのスタッフの中に、人相はそのままのスタッフ衣装を着たマリヤが混じっている。マリヤが湯呑に小さな錠剤を入れて、早川真弓にお茶を出す。周囲とおしゃべりに夢中の早川真弓は、お茶の中に出ている気泡に気づかず……「有難う御座います」と、前に出された湯呑を口にして、啜る。蓋を開けて弁当を食べ始める。スタッフに紛れたマリヤが笑う。
遂行中の時間。換気口の中――淡い青い光を伴った竜崎が通気口の網カバーを覗く。網目を透かして展示会場の様子が俯瞰で窺える下から……閉店を知らせるオリジナルな音楽と、アナウンスが聞こえ始める。
「間もなく閉店のお時間です。お買い物がお済の方は、お気をつけてお帰りくださいませ。本日は、ご来店、誠にありがとうございました。またのお越しをお待ち申し上げ……」
上下の縦方向に伸びる排気口のダクト内で、忍者の如く手足を横に突っ張って上って行く竜崎が両壁に手足を突っ張って……止まって更なる上を見る。10数メートル先にまた左右に伸びているダクト穴。
壁中のワンフロアの高さは推定5メートルで、その外側なので若干長さがプラスされる。
懐から高圧エアーガンのワルサーPPK型のプラスチックガンを瞬時に出して、ガス式でブシュッと一発上に向かって放つ竜崎。銃口からワイヤーが伸びて、狙った横穴の口に鉤爪が引っかかって、銃の脇のボタンを押すと、リール式ワイヤーが巻き取られて……竜崎が上がっていく。もう少しのところで、ガッチリと金属製でも合成樹皮製でもない軽量そうで頑丈な特殊素材の排気口の横に向かう口に引っかかっていた鉤爪自体が溶けるように消えて、落ちそうになって、瞬時に手をその口にかけて……もう一方の穴に左手をかけて、懸垂プラス平行棒の要領で腰を上げて、目的穴の方へと頭を入れて入っていく……。
「大丈夫、ダディ?」
「ああ、ま、なんとかな! レンジャー訓練も志願しとけばよかったぜ」と、竜崎の呟く声が穴の中から聞こえる。「が、案外できるもんだな、あとは慣れだぜ、マリヤ」
同・展示会場の中――ブロッサムナイトを警備する、早瀬優美警部補と、早川真弓巡査部長。もう会場には客がいない。優美がスマホを出して見る。スマホ画面に21時40分の時刻表示。「では、ドアを閉めて」と、優美が指示を出す。
ドアの外で警備していた警官2人が閉めて、外に立つ。
「どういう訳かは知らないけれど、Dは、完璧な変装をするわ、でもね……」と、優美がチラッと天井を見る。天井に筒状の何かの放射口がある。「……ま、ここにいるあたしたちの中には居なそうだわ」と、スマホの画面を見る。優美の持つスマホ画面――自分や真弓、そして警官らのAI識別搭載スキャン枠が出て、『no‐problem』のコマンドが出ている。実際のスキャン映像では、見たくもない、互いの荒げもない姿がばっちりお目見えして、内心喜ばしいか、ウンザリするかは否めないが……警察官らといえども、完全なる個人情報漏洩になってしまう――感度のデバイスが天井で、目を光らせている。
同時刻の地下駐車場――竜崎のオープンカー助手席で、フロントガラス内側に目から青い光を放射して直視しているマリヤ。
車外からヒールを床にタップする靴底の音が近づく……。マリヤが目を平常に戻して、運転席側の窓から外を見る。駐車場を管理する制服を着た小太り中年おっさんが、定番の柄の長い懐中電灯を右手で持って……さらに、近づいてくる。前を向くマリヤ。
運転席の窓ガラスをノックする音が、今の一瞬の間に想定できた通りにして、冷静沈着のままでマリヤが見る。
警備員のおっさんがにやけ顔を覗かせる。ジェスチャーで窓を開けるように指示する。マリヤが頷いて微笑みながら……運転席のサイドボードに手を伸ばして、ドアのオートスイッチで窓を開ける。車載アナログ時計が9時40分を示している。その下に、『stealth』という謎めいたタッチ式ボタンがある。おそらく同種の車でもついてはいまい。
「もう閉店なんだがな」
「ああ、はい」
「そろそろ出てはもらえんか?」
「ああ、はい。でも……」
「どうした、具合でも悪いのかい」
「あ、いいえ。トイレに行った、カレシ待ちです」
警備員のおっさんが、出入口の方を見て、腕時計を見る。
「10時半には、駐車場の照明が落ちて、出られなくなるから、それまでには」
「はい、知っています、警備員さん。ただ、トイレって、言って、行ったきりで……(腕時計を見て)かれこれ20分ぐらいかな?」と、小首をかしげて、ぶりっ子アピールをする。
警備員のおっさんが、久方ぶりの所謂ギャルのぶりっ子ぶりに心を踊らされて……目玉をキョロキョロして、朗らかな顔でマリヤを見る。
「多分……この感じだと」にやけ笑って、「大きい方、いや、言わせないで、オジ様」と人差し指を自分の口元につけて、微笑むマリヤ。
「まあ……あれだね」と、方向転換をして、警備員のおっさんが来た方へと戻っていく。
マリヤは安堵の顔をして、ドアを閉めて……内部パネルの『stealth』をタッチする。「ここは防犯カメラの死角ね」と、直視して、フロントガラス内側に、また青い光を目から出して、放射する。バーチャルなモニターが出て、建物図面の排気口の中を進む……竜崎代わりの青いマークの様子が出る。
同・駐車場――一瞬にして、竜崎の青いオープンカーが消える。
「ステルス機能、使ったわよ、ダディ」
「え、なんで、このタイミング?」と、マリヤ内臓送受信デバイスで拾っている竜崎の声。
「警備員の巡回が来て、時間内に出るように言われて……」
「ああ、ま、仕方ないな、マリヤ」
「でね、ダディがウンコしているって、言っちゃった」と、微笑む。
「え、印象が……」
「だって、動物はするんでしょ。マリヤはそのまんま出るけれど……」と、若干の不服顔。
マリヤの目から青い光を出して直視している。
同・排気口の中―先の網目から明かりが漏れている。這って進んできた竜崎が動きを止める。網カバーの下に警備室。3人の男、ビル管理警備員2人と、若干違った制服の明かなる警官がいる。モニター中央の4画面を使って、度アップで、展示会場が映っている。
2画面に、『ブロッサムナイト』の度アップ。さらに、2画面に角度を変えて、『ブロッサムナイト』の度アップ。何れもまだ、展示されたままに、何の異常もなく、おすまし顔で飾られている、ピンクダイヤ。10画面のうち、あとの2画面には、展示会場の外、閉じられたドアの全体映像と、移り変わって……付近の通路や、出入口、非常階段を映している。まさか、盗人にとって一番リスキーでもある警備室を狙いに来るとは、下の3人は思ってはいないようだ。
竜崎が排気口の中で、セーコン社の腕時計に2本の指で、触れる――一瞬竜崎の全身が青い輝きを纏って、納まると、展示会場で警備中の優美――早瀬優美警部補に、完全変貌を遂げている。変装ではなく、変貌だ!
「よおし、マリヤ。行くぜ。やっぱ、覗いておいてよかったぜ、会場を」
「どうして? ダディ」
「本日の優美ちゃんルックでリアルに変貌できるぜ、マリヤ」と、網カバーを素早く外したかと思う間に……警備室に飛び降りた竜崎が変貌中の早瀬優美。屈んだ片膝付きで顔を上げる。どんなに俊敏でも、推定高さ3メートルから、床に着地したのでは物音は出る。特殊な電子粒子を纏ってその影響により体にかかる負担を吸収させたとしても。
警備員の2人と、警官が音の方を見る。「何故?」といった表情になるのは当然であろう――展示室にいるはずの早瀬優美警部補が目の前に、いきなり姿を現したのだから……。
「どうして?」と、当然ながら警備員の1人が聞く。
もう1人がモニター画面を見て、映っている優美と突然沸いたように現れた優美を見比べる。警官も、あんぐりと、口を開けっぱなしにならざるを得ない、様子がありありと体の表面に出ている。が、記憶にとどまるか否かの瞬時に優美(竜崎の変貌)が、腰裏からリボルバー銃を抜いて3発――早撃ちする。3人はそのままお寝んねする。
「なあに、殺しはしねえ、明日の朝までお寝んねしてな。お疲れさん」と、優美(竜崎の変貌)がニタっと笑う。3人の皮膚に刺さった生分解性銃弾が溶けて消える。
「マリヤ、侵入成功だ。セキュリティ乗っ取りデバイスアプリを使う。バックアップだ」
「ドスコイ、ダディ。待ちかねたわよ」と、もともと変貌する前から竜崎がつけていたそのままのイヤーレシーバーから、マリヤの声が聞こえている。
優美(竜崎の変貌)がモニターに映る展示会場の様子を窺う……。本物の早瀬優美警部補と真弓ら警官が警備をしている。
同・展示会場――早瀬優美(本物)がイラついて、闊歩し始める。早川真弓巡査部長が、モゾモゾとお腹を擦りはじめる。「先輩。わたくし、3分行きます」と、3本の指を立てる。
優美が呆れた顔をして、手の甲を向けて振る。真弓が敬礼をして、ドアを出て行く。
「お、隠語。かかったぜ、マリヤ」
同・警備室――早瀬優美(竜崎の変貌)が手にしたスマホの画面をタッチ操作する。指の狭間に垣間見えるスマホの背に『MRY』の大きなマジック手書き文字。スマホ画面で、緑色のトカゲのアニメキャラが動き回って……片隅に落ち着いて、尻尾を振る!
「よおし、セキュリティ同調可能確認! リザードもすこぶるだ、マリヤ」
「ドスコイ、ダディ」イヤーレシーバーに聞こえるマリヤの声。
優美(竜崎の変貌)がスマホ画面のMマークアプリを指タッチする。その際、指のみが竜崎の指に戻る。竜崎の指の指紋認証が一つのカギとなっている『盗人デバイスアプリケーションなのだ!』のためだ。スマホ時刻21時44分を秒読み10秒前から……画面に、『セキュリティ乗っ取りプログラム・始動』とタッチボタンが出て、スマホ時間45分ジャストに優美(竜崎の変貌)がタッチする。
同・駐車場。竜崎のオープンカーの中――助手席で、目から青い光をフロントガラスに放射して、直視しているマリヤ。「ん、来たよ、ダディ。セキュリティのデータ」
「どうだ、マリヤ。トラップとかは?」
「ん、今どきにしては、当たり前すぎるし、こんなのちょろいよ、ダディ――よし、完全乗っ取り完了よ」
「おお、やっぱ早いな、マリヤ。流石は歩く量子演算機ドールだぜ!」
「それって、褒めたの、ダディ」と、マリヤの中の通信回路の内臓送受信システムに、竜崎の声のみが届く。
車内アナログ時計が、9時46分! マリヤが動く。目から放つ青い光の放射を中止して――竜崎がビルに入る際、全身に纏った青い光をマリヤも同様に纏う。何か特別な仕草をするともなくマリヤは一瞬にしてそれを纏った。
「ん。じゃあ、行くよ、ダディ」と、内通通信で答えて……マリヤがオープンカーから出る。端から見れば何もない空間に突然乗用車左側ドアの形が開いて、若い女が一人出てきた光景に見えるであろう。
が、今、駐車場の全灯照明が落ちて、非常用の淡い灯火のような明るさに変った上に、人っ子一人いない状況下だ。マリヤはみじんも臆することを知らずに、前の通路に歩み出て……ゆっくりと、ビルの自動ドアに向かって行く。
同・上層階女子トイレ前、通路――早川真弓がお尻の穴を閉めるように体をくねらせて、早足で来る。(もう、こんな時に、私ったら……)という思いを込めた顔と、(どうしてこんなタイミングで、お通じが来るの?)という思いをプラスした顔をしている。見るからに、便秘しそうな容姿ではないのが見て取れる。ま、下剤入りお茶を飲まされしなければ、こうはならないが、それを自ら知る由もなく……我慢に苦痛の顔が色濃くなって、最終コーナーで多少入れ込んだ女子トイレドアを開けて入る早川真弓巡査部長。中から、激しく個室のドアを開閉する音が、静まり返った通路に漏れる。
同・地下駐車場通路上――薄明るい地下駐車場通路を平常に歩いてきたマリヤ。閉店時間過ぎで、もう自動では開くことのない地下出入口ドアが……マリヤが3段犬走を上がったいいタイミングで勝手に開いて、風除室に入った途端、通常のタイミングでドアが閉じる。その瞬間、青い電子粒子を全身に纏ったマリヤが、青白い閃光となって、地下エントランスを、奥へと音速に近いスピードで――青い光を短く棚引いて、消える。
同・上下階段の踊り場――青白い閃光が音速のスピードで上がって来て、踊り場で止まる。青い電子粒子を纏ったマリヤの姿が露になる。エレベーターも、このショッピングエリアのセキュリティを乗っ取っている状態ならマリヤの能力をもってすれば、使用可能ではあるのだが、通常を装うことは必須な状況の為、エレベーターが動くことは不自然だ。よって、階段を選択することは、竜崎の指示をいちいち仰がなくとも判断できることだ。このマリヤの動きを、警備室からでも防犯カメラを通じて黙認できる早瀬優美に変貌している竜崎から、ダメ出し指示も当然届いてはいない。只今、カメラからの映像と、その録画は、何の変哲も持たないショッピングヒルズの映像で、展示会場で早瀬優美警部補を筆頭に宝石を警備しているだけの様子に差し替えられている。
(どうせ、マリヤは、演算機扱いだし。ダディったら……)信頼しきっている竜崎の沈黙に、通信を切った状態のたわごとをマリヤが口走る。
マリヤが白壁に、目から赤い光を放つ。白壁がスクリーン変わりとなって、上階であろう通路から入れ込んだ女子トイレへと、赤外線映像が投影される。トイレの中の4つある個室のうち入って右奥のドアのみが閉じた、赤外線映像が映る。「いた!」と、マリヤが一瞬にして青白い閃光纏って……短い光の尾を引いて、階段を上がっていく。
同・警備室――早瀬優美(竜崎の変貌)が麻酔弾を食らって伸びている警官と2人の警備員を部屋のデッドスペースに引き摺り移動して、10個のモニターの前に座って、映像を眺める。背を向ければⅯRYのマジック文字が見えるスマホを持てもって、画面をタッチする。(こうなれば、此奴で……)と、モニター画面の映像が一瞬、再起動して……また点く。展示会場を映す画面真ん中の6つに拡大投影されて、残りの左右橋の4つに、各防犯カメラを映す映像が出る。一瞬にして、竜崎やマリヤの痕跡を消した日常の買い物客がいなくなった閉店後の映像で、警察が展示会場を警備するという事実の映像が録画もされたものに変わっている。
(あとは、マリヤを、ここで高みの見物だ)優美(竜崎の変貌)がどっしりと椅子に腰かけてモニターを監視する。
同・入れ組んだ上階の女子トイレの前――通路を音速で短い尾を引いた青い光が来て、超静かなF1マシーンの如く女子トイレに入る。
同・女子トイレの中――青い光の筋が音速で入って来て、閉まっている個室の隣りに入る。急停車も何のそので、青い電子粒子を全身から放つ……マリヤの姿が露になる。水が流れる音は今や定番機能のオトヒメノ音。と、ジャーと、本当に流した音。
「もう」と声がして、早川真弓巡査部長が奥の個室から出てくる。隣の個室に誰かがいるなんて気にも留める様子などない。まあ、閉店時間もとっくに過ぎた、こんな場所に自分以外がいるなんて……見る角度に応じてはほかの3つのドアがすべて開いた状態で、奥に人が潜んでいようとは、いくら優秀な警視庁の巡査部長でもそこまで気を配れるものでもないであろう……。
潜んでいるマリヤ……気にも留めず真弓が左から右へと通過しようというところで、マリヤが俊敏に出て、振り向かせる間も与えないタイミングで、黄色く輝く右手の指2本で、真弓の項を鷲掴みする。真弓が、ピクッと全身を震わせたかと思う間に、項垂れ倒れる。瞬時にマリヤが真弓の脇の下から、腕を前に入れ支えて……隠れていた個室に引き込む。蓋が閉まった便座の上に何とか座らせる。
スタンガン効果がある電気ショックをくらわせて、真弓巡査部長を気絶させたマリヤ。
中に入った状態でドアを閉め、内側からカギをする音がして、天井との隙間から庇い手を伴ったハイジャンプして出て、床に着地する。
「ダディ。拉致ったよ、成りすますね」と、青い電子粒子が一瞬だけ放出して広がって……青白く輝いて、またマリヤの全身を覆う――が、そこに露になったのは、どっからどう見てもそのもの、今の瞬間で変貌したのだからマリヤが変貌した早川真弓巡査部長だ。
「会場インするよ、ダディ」
同・警備室――優美(竜崎の変貌)がⅯRY印スマホの画面でカメラアングルの操作をする。「ええと、どこの女子トイレって……ああ、ま、会場からだと、近くは、ああ、7階東角、かな……」モニターに、個室内は確認できないが、手洗い場を歩く早川真弓巡査部長が映る。「いたいた、おおこれだな」と左手首をアップする。竜崎とのペアウォッチ。
「よおし、マリヤ。俺も動くぜ! じゃあ、落ち合う場所は10階展望フードエリアのエレベーター前の吹き抜けホールだ」とモニター越しに真弓(マリヤの変貌)が手を振って、「ドスコイ、ダディ」
優美(竜崎の変貌)が腕時計に指タッチする。優美の全身が青い輝きを増して……納まると、ツイードジャケットの十文字(60代半ば男)の宝石鑑定人へと変貌する。解説――青い電子粒子は所謂被膜だ。当人の外側にAR映像を映し出す仕組みで――変装用の皮や直ぐ剥がす衣服は必要なく、完全なその相手をコピーできる……のだが、出会ったことのない架空の人物像に関しては、当人の、この場合は竜崎の脳裏に想像したイメージ通りの人物へと変貌を遂げる。
十文字鑑定人が、ⅯRYスマホをもって、ドアを出て行く。
同・展示会場――孤高に展示されたピンクダイヤのブロッサムナイト。前で闊歩する早瀬優美警部補(本物)。率いる警官隊の一角が歯抜けになっている。
早川真弓巡査部長(マリヤの変貌)がドアを入って来て、敬礼をして、配置位置に立つ。
闊歩する足を止めて、優美が言う。「もう、もう少し、絞った時間で予告してほしいわよ」
真弓(マリヤの変貌)が一歩前に出て、「警部補。漫画の見過ぎでは」
「この年になると、色々とあるのよ」
「ですが、警視庁の威信やメンツがあります」
「うん、わかってるわ。あたしだって人間ですもの、愚痴の一つぐらい言わせて、後輩」
「時間を正確に言うと、カッコいいですけれど、泥棒側からすればそれはリスキーなこと」
優美が真弓(マリヤの変貌)のところに来る。真弓(マリヤの変貌)が驚いて顔を引く。スマホを出して、画面タッチする優美がニタっと笑って、「トイレに行ったとき、Dと入れ替わったかと」と、スマホ画面をタッチして向ける。『RESEARCH』と画面に出る。
いきなりの想定外な、優美の行動に、薄く、驚く真弓(マリヤの変貌)。
同・ビルの中の通路――ドアに『警備室』の文字があるドアを通路に出た宝石鑑定人の十文字(竜崎の変貌)。身震いしてスマホを出して、画面を見る。画面で、トカゲアプリのリザードが尻尾を止めて、息んでいる。(お、これは……予期せぬ何らかのセキュリティが作動した予兆だな!)と、タッチ操作でホーム画面へと起動する。と、コマンドがいきなり出て、『展示会場に、想定外のデバイス、ありかも! 注意』。
十文字(竜崎の変貌)が『三坂タワービルセキュリティ管理装置状況は?』と文字を打ち込む。と、返信コマンドに、『警視庁極秘・AI探知式変装見破りセンサーあり』と出る。
十文字(竜崎の変貌)がはた目には薄いが当人にすれば可成りの驚きの表情を見せて、マリヤ内臓通信への宛名で、『その部屋に、想定外の変装見破りデバイスが追加されているぞ。マリヤ』と、打って、送信する。文字入力済みコマンドが吸い込まれるように、画面に消える……。
同・展示会場の中――真弓(マリヤの変貌)にスマホ画面を向けている早瀬優美。
「……」言葉を出せない真弓に変貌中のマリヤ。マリヤの体内回路で優美を見たまま、天井のデバイス対策を演算解析して、フリーズ、再起動……と、目をパチクリさせている。
「ここまで来たら、隠しても、実は、あたしまでのクラスの知りうる極秘で……」と、優美が天井を指差す。真弓(マリヤの変貌)が上を見る。警視庁預かりの極秘で、天井に設置された変装見破りセンサーの筒状の放射口からモスキート音に似た音。
真弓(マリヤの変貌)が笑って、「そんなわけ、ありませんよ、警部補……」。
優美が眉頭を一瞬だけ寄せる。手にした確認中のスマホがアラームを鳴らす。
優美が見る。「どうやら、本人みたいね、後輩」と、孤高の展示ケースの前に行く。
手にしているスマホに着信が来て、優美が出る。
都内の記念病院。病棟個室の中――ベッドで早瀬亜美(二十歳)がパッドで、ニュースを観ている。サイドチェストに、喘息用の吸引器。「優美ちゃん……」と、呟く。
パッド画面――三坂タワービル前の報道陣の一角で中継する、女性リポーターがコメントを言う。「今夜、昨今、世間を騒がす怪盗何某が……」三坂タワービルが下アングルからの映像になって、女性リポーターが、「未だ現場には動きはない模様ですが。このご時世に、怪盗など、本当に存在しているのでしょうか」と、コメントしながら報道時間枠に会わせて……カメラアングルにゆっくり入る。
三坂タワービル・通路――宝石鑑定人の十文字(竜崎の変貌)がトボトボと歩いている。展示会場の閉じられたドア。前に2人の警官がいる。歩く十文字が腕時計に指タッチする。
同・展示会場の中――スマホを耳に当てている早瀬優美警部補。
怪しい輝きのブロッサムナイト。見守る警官隊と、真弓巡査部長(マリヤの変貌)。
「あ、デカ長。お疲れ様です。え、宝石鑑定人……」と、想像した目の前のデカ長に頭を下げて、電話を切る。
「如何なさいました、警部補」と、真弓(マリヤの変貌)が尋ねる。
「宝石鑑定人の十文字氏が、定期確認のために来るって。デカ長が」
真弓(マリヤの変貌)が二カッと笑って、青い輝きを全身から一瞬にして放射する。
眩く……優美も警官隊も目を覆って、退く。
輝きが納まってDサタン(マリヤの変貌)が現れる。
優美が仰け反っていた上体を前屈みにして、目を見張る。
「貴方。プレスリー張りのリーゼント伊達男。(手錠を出して)色味のいいブルージャケット。そういえばあたしを、警部補って……職務中につき、そう呼んでいるのかなあとも思ったけれど……」
優美が手錠を突き出して、警官隊に包囲するようジェスチャーする。警官隊が銃口を一斉に向ける。Dサタン(マリヤの変貌)がターンしてジャケットの裾を翻す。オーバーアクション牽制に引っかかって慄く警官隊。優美が手錠を前に突き出して、歩む。
「逃がさないわよ、D」と、優美が凄む。
Dサタン(マリヤの変貌)がニタっと笑う。
さらに迫る優美。「声までそっくりで、呼び方以外は、どういう訳か、その者だったわ」
Dサタン(マリヤの変貌)がブロッサムナイトを見る。目を戻して、「それはどうも」
「まだあるわよ」と、孤高の展示ケースに入ったブロッサムナイトを優美が指差す。
Dサタン(マリヤの変貌)がまた笑って、ポケットからケースを出す。中にイミテーションのピンクダイヤ風ガラス玉。
「じゃああれは……」と、優美が一瞬ブロッサムナイトを見て、「いつの間に……」と、Dサタン(マリヤの変貌)を見る。にやけるDサタン(マリヤの変貌)。優美もにやけ返して、「ハッタリね。あたしを舐めないで。これでもこの道運十年の叩き上げですからね……」
「じゃあ、あれでいいでしょ」と、出したケースを懐に入れて、手を出して振る。
床で発煙弾が破裂して、高く煙を上げる。警官隊が怯む。ドアが強くあく音。「ぐあー」と悲鳴を上げる男の声。優美が煙を手で払うが……思いのほかすぐ晴れる。ドアが開いていて、外で2人の警官が伸びている。一瞬、例の青い閃光の筋が見えたのだが、音速ではあっという間で、見る影もない。
「何しているの、追って、捕まえて!」と、手錠を持った手を振って、息巻く優美。
警官隊がドアを出るが、右往左往で、キョロキョロするばかり。
「警備室!」と、イヤーレシーバーに触れて優美が言う。「只今、異常なし」とガイダンスが流れる。地団駄を踏んで、「いいから、ビル内を二手に分かれて捜査よ、行って……」と、警官隊に指示を出す優美。懐から無線機を出して、「……このビルを封鎖して。Dが現れたわ。ああ、それと早川巡査部長を探して……」と、開かれたドアの外を見る。
トボトボと宝石鑑定人の十文字がドアの外から来る。
同・ビルの中の上下階段踊り場――一瞬の青白い光が音速のスピードで下からきて――上に行く。それは、Dサタンの変貌を解いた西崎マリヤが駆け上がっていく光の筋だ。
同・展示会場の中――「……各所の出入口は封鎖よ。あたしはまだブロッサムナイトを……宝石鑑定人を、待つわ」と、身振り手振りで、血相を掻いて指示を出しまくっている早瀬優美警部補。2人組で行動を起こす警官たちが、ドアを出て行く。入ってきた警官が優美に敬礼をして、「早川巡査部長、未だ発見できません」
「もおー、こんな時に……ああ、そういえば! トイレ、トイレを探して!」と、指示を出す。女性警官がそばに来て、報告した男性警官と行く。
出て行く男女の警官と擦れ違いに、十文字(竜崎の変貌)が入ってきて、会場を見渡す。スマホを見る優美が、顔を上げて、首を傾げる。
「ああ、宝石鑑定人の十文字じゃが!」と、十文字(竜崎の変貌)が自ら名乗る。
「はい、デカ長から窺っております」と、優美がスマホを向けて、『no‐problem』と出ている。納得いった顔で優美が十文字を見る。
優美が手を差し伸べて、「早速あの宝石から鑑定を……」と、誘導するように歩き出す。
十文字(竜崎の変貌)が誘われるままに、孤高の展示ケースの前に来て、ツイードジャケットの下襟を直して、手を伸ばす。
「待った、待ってください」と、優美に止められて、十文字(竜崎の変貌)がピクッとする。「セキュリティを」と、優美がポケットから遠隔スイッチを出して、押す。ケース裏のⅬEDランプがレッドからグリーンになる。
「ほお、万全ですな」と、十文字(竜崎の変貌)が柏手をポケットから出して、して、ブロッサムナイトを翳して、「よろしいかな?」
「はい、お願いします」と、優美。
「では、拝見します」と、十文字(竜崎の変貌)がブロッサムナイトをソフトに掴んで、胸の前で、もう一方の手で、ポケットからルーペを出して、鑑定を始める。ルーペに拡大された黒い点が……徐々に……桜の花弁の黒ずんだ気泡が見えてくる。
「ほおーこれは!」十文字の言葉に、優美がピクッとする。
「本物ですな」十文字の言葉に、優美がホッとした顔をする。
「じゃが……」またまた十文字の言葉に、優美がドキッと胸を動かす。
「何故ここに。所有者は、主催者ですかな……」優美が首を傾げて、「プライバシー保護のため、お答えしかねますが……その言葉に意味は?」
「別のところでも、見覚えがありましてな……確か、片田舎に住んでいる娘さんが母親の形見と言って、鑑定をした覚えがありますが、な」と、十文字(竜崎の変貌)が答える。
優美が神妙な面持ちを浮かべる。
「確か、推定4千万円と鑑定しましたがな」と、十文字(竜崎の変貌)が自信ありに頷く。
優美がスマホを出して、見る。画面に、『所有者、郷田勲』と鑑定書付きで、出ている。
優美がスマホを見入っている隙に、「正当に……」ポケットからケースに入ったイミテーションを出して、「……入手したとは……」優美を見ながらケース内のとブロッサムナイトをすり替え入れて、「……考えにくい……」ルーペを意識させるように、ケースも一緒にポケットに入れて、「……お宝ですな」と、十文字(竜崎の変貌)が摺りかえる。優美が見る。
十文字(竜崎の変貌)がイミテーションのピンクダイヤを孤高の展示ケースに戻す。見た目に若干……黒い点のシミが大きいようにも思えるのだが、対象の本物がないので、それと信じ切ってしまっている優美。
十文字(竜崎の変貌)がポケットに両手を突っ込んで、トボトボとドアに向かって歩く。優美が見送りながら、首を傾げる。周囲の警官を見るが、異常を告げる者はいない。
優美が1、2歩歩んで、「あのー」と、手を差し出す。十文字(竜崎の変貌)が足を止めたが振り向かずに、「何じゃ!」と、いう。「本物であることの証明書を、後日、あたし宛に」と、優美が言う。「はい、ですが、デカ長様宛でよろしいかな?」と、プチ反論を言う。「あ、はい、結構です」と、優美が納得する。
十文字(竜崎の変貌)がまた歩き出す。ドアを出る間際に、右手を顔の横に挙げて、バイバイして、出て行く……。
同・上階通路――郷田が男3人連れで来る。十文字(竜崎の変貌)が向かう。擦れ違って、十文字(竜崎の変貌)が振り向いて、郷田の後ろを睨む。
同・吹き抜けのエレベーターホール――青白い光の筋が来て、止まる。西崎マリヤの姿が露になる。(上手くいったかな、ダディ)と、首を振って、(でもな、ダディったら、マリヤを……ま、機械だけれど!)と、床を軽くけって、手摺まで行って、吹き抜けの天井を仰ぐ。ショッピングヒルズ側のビルの高さ分がガラス張りの吹き抜けになっていて、今は、夜に包まれて、各羽目ガラスに、ビルの内側が反射している。
同・展示会場の中――早瀬優美警部補がイミテーションのブロッサムナイトを眺める。ドアから郷田が所謂手下3人を従えて入ってきて、「警部補さん、どうなさいました……」
「ああ、郷田さん。Dは確かに来ました。ですが、ブロッサムナイトはこの通りに……」
孤高ケースの中のブロッサムナイト。郷田がケースをのぞき込む。
「あのお、お尋ねしたいことが……」と優美。
「なんです、警部補さん」と、さらに覗き込む郷田。「ブロッサムナイトって、本当に」
「ああ、これは!」と、声を張り上げる郷田。優美が声の大きさに面食らう。郷田が優美にケースを開けさせる。郷田が素手で、掴んで、手下が出したルーペで見る。「警部補さん、弁償はしていただけるのですよね」。驚く優美。「まんまと! これは……ガラスでできた真っ赤な偽物!」優美がそんな、といった顔をして郷田を見る。バイブスる音。
優美がスマホに出る。画面に、Dサタンからのメッセージが届く。
――誠に勝手ながら、すでにブロッサムナイトをお預かりしました。Dサタン――
優美が地団駄を踏んで悔しがる。
「で、どうして、あたしのアドレス知っているのよぉー、Dは」
同・吹き抜けのエレベーターホール――手摺に寄り添って竜崎を待つ西崎マリヤ。階段口からゆったりと近づく足音……マリヤがこちらを向く。足が最終段まで上がりきって、さらに同じような足取りで、マリヤに近づく。「ダディ。しゅびは?」。その足の主は、護送通りの竜崎が変貌により扮している十文字で、マリヤと向かい合った瞬間に……青い電子粒子が取り巻き塵巻いて……ハイカットスニーカーとブラックジーンズの足の竜崎に、縦縞ライトグレージャケットで、襟足長めの無造作ヘアの竜崎に戻る。触れていたセーコン社の腕時計から、2本の指を離して、迎えハグを求めてきたマリヤをソフトに抱いてハグをする。目の前にあるエレベーターは展望エレベーターで、マンション用も兼ねている。上下ボタンに手を近づけ触れずとも上印のランプが点く。泥棒にとっても指紋を気にすることもないお助けシステムだ。が、間を開けずにエレベーターのボックスがベルの音とともに来て、チン! と、ドアが開く。
竜崎とマリヤは、それはまるで恋人のように、ボックス内に入る。
展望エレベーターの中――展望外側ガラス越しにほぼ内部の映りもなく都会の夜景が見える。ポケットから竜崎がブロッサムナイトを入れたケースを出して、マリヤに見せる。マリヤが竜崎の手首を掴んで、見て、肩に頭を寄せて持たれる。
「どうせ、マリヤったら、ダディの道具だし」
「ああ……何を言ってるんだ、マリヤ。道具だと意識しているうちは、俺が何を言っても、道具でしかないんだぜ、マリヤ」
マリヤが体を動かして……竜崎の顔を下から覗く。
「ま、俺もお前という存在と向き合えたことによって、得られた教訓だがな!」
希望止まり階数ランプ『R』が輝いている。
「遠隔で、戻しといてくれ、マリヤ」
「どうして、ダディ」
「今はまだ、防犯カメラを乗っ取っている。通常の実映像に戻ったときに、いきなりじゃ、オカルトチックだ、疑う理由が出来る」
「戻したわよ、ダディ」
「明日取りに来ればいい、今夜は近くに泊まろうぜ……」
同・地下駐車場――暗がりの駐車枠に、竜崎愛用の青いオープウンカーが浮かび上がる。
――そのビルの出入口で、警官が検問中……。「いいこと、まだ中にいるはずよ、Dは!」と、早瀬優美警部補が指示を出す声。中を意識して体を向けている複数の制服警官らは、そこから死角ともいえる柱の陰の駐車枠に、忽然と1台の青いオープンカーが出現していたことまでは気も回してはいない始末だ。ま、そんなオカルトチックな現象を微塵も想像をしやしないのが、一般モラルに染まった奴らの思考だ。
同・展示会場の中――イヤーレシーバーに手を添えて、優美が指示を出す。
「深夜だから、マンションとの連絡通路各所は2名ずつ張り込んで、怪しければ職質して」
早川真弓巡査部長が済まなそうに来て、「先輩……」と、頭を下げる。優美が、呆れた顔して、手の甲を向けて、振る。真弓が敬礼をして、鑑識らの検証に加わる。
同・屋上――その高さでも通常のビルの聳え方をしているタワーマンションを背にしたショッピングヒルズの屋上。竜崎数貴と西崎マリヤがドアから出てくる。手摺りの縁に立って、竜崎が下を指す。「今夜はあそこに泊まろうぜ、マリヤ」出した指の先に……『SAINT・HOTEL』の表示の高級なホテルがある。「どうして、お高そうだよ、ダディ」
「ああ、だからあそこなんだ、マリヤ」
「え、ご褒美に。マリヤと、セレブリティなナイトデートしてくれるの、ダディ」
「ああ、まあ、そういうことにしてもいいが、今ここを襲った盗人が、まさか目と鼻の先の、しかも、お高いホテルに泊まっているとは、思いつくまい」マリヤが竜崎を見る。「こういったタワービルのリスクは、広すぎる上に、住居が存在していることだ。いちいち家宅捜査にも時間がかかるし、礼状もいるお堅い巷の体質様様だ」
「外に優美ちゃん部隊が出てこないと言うことは……」
「ああ。未だビルからは出ていないと考えている証だ」
マリヤが竜崎の腰に左腕を回して、見つめて笑う。
竜崎が喉を鳴らして、見つめ返して頷く。
マリヤがニコッとして――竜崎とともに一気に飛び降りる。「うわわわ……あ!」と大声を出しても下までは届くまいのこの高さ。ステルス機能搭載のドローンが来て、竜崎をアームで掴む。マリヤは青白い光の筋となって、目標の屋上へと降下していく――「よおし、ミッション終了だ、朝までデート、ガチでしてやるよ、マリヤ」
「え、なんか、うれしくない?」
「ええ、何? マリヤ、ホテルに予約済み、よろしく」
先に降下していくマリヤが……着地して上を見る。目を青く点滅させて、通常の眼に戻す。ドローンにぶら下がった竜崎が落とされる。マリヤに支えられ……お姫様抱っこをされている縦縞ライトグレージャケットを着た変顔状態の竜崎。
2、竜崎数貴が、怪盗Ⅾサタンに成った訳
どう見てもスイートルームの中――アウターにライトグレー色のショート丈ベストを前空きで着ている西崎マリヤが、赤地に蔦模様の絨毯のリビングフロアで、ゆったりめの2人掛けソファーに座って、カーテンが開いた窓を直視している。
窓の面に対して直角になっている内壁を背にした大型テレビは点いている。が、音は出てはいない。オープンなフロアで、2本の柱を境に床の緑地に柄の絨毯が異なることで、間仕切りをなしているツインベッドルームスペースフロア。
軽い音を伴いバスルームのドアが開いて、バスロープを羽織った竜崎数貴が来る。バスタオルで、濡れ髪をガシガシと拭いながら竜崎がマリヤの隣に座る。バスローブの背中に『SAINT‐HOTEL』のロゴ文字。
「マリヤ、朝までまったりデートだ。ラフな格好に……お!」
ファンフォン! ドアベルが鳴る。
「ルームサービスを頼んだでしょ、ダディ」と、マリヤが立って玄関ドアへと行く。「いいよ、ここで。後はこっちでするから」と、マリヤがシルバーの盆に乗ったグラスビールを運んできて、ゆったりしている竜崎に手渡す。
「おお、これこれ、一仕事終えた後は、此奴だ」竜崎が一気飲みする。
「ムフッ、もうダディったら」マリヤが横に座って青く輝いて自らの意志で透け感があるインナー姿になって、竜崎の胸に引っ付く。「でもね、まだ途中だよ、ダディ」
「ああ。ま、でも、終わったようなものだぜ、マリヤ」と、マリヤの背中に腕を回したその手でマリヤの性感帯をソフトに触れ動かして、「お、シルクか、ピンクもイケるな」と、マリヤの頭を後ろから撫でる。「基本いい女は、何でも似合ちまうけれどな」と、マリヤ事態は性感を刺激されても……なのだが、女の肌をソフトにお触りする感触を竜崎が触れることで癒され感を得ている。ま、こういった感覚的なことはその良さを得た者にしか分かり得ないことなのかもだが……。
「でも、油断は禁物よ、ダディ」と、マリヤが感触を得ているように甘えた声で忠告する。
「平気さ、量子様が居ればな。お!」竜崎がテレビに目をやる。
胸に甘えて、テレビを見るともなく正面を見たマリヤの目が一瞬だけ、キツくなる。
テレビでニュースをやりだして、竜崎がリモコンでテレビの音声を出す。トップは何といっても、三坂タワービル展示会場の『稀代の宝石展示会』のブロッサムナイト窃盗事件だ。「どうやら、Dサタンと名乗る泥棒の予告通りに、ブロッサムナイトを盗まれてしまったようです。只今現場検証中で、わたしたち報道陣は規制されてしまっております。まだ、警視庁からも会見はなされておりません泥棒は何処へ……どんな方法で盗んだのか……」女性リポーターの声がして、三坂タワービルを下から写したニュース映像が映る。
見ていた竜崎が立ち上がる。「よおし、マリヤ、俺、歯磨きして、寝る」
竜崎がさっき出てきたドアに行く。マリヤも立って……ベッドルームへと行く。
同・ベッドルーム――2本の柱の間……真ん中にテレビが見えるツインベッド。右側のベッドでマリヤが横になっている。竜崎が来て、ベッドのスイッチを押すと、テレビ映像が消える。同じベッドに入る竜崎に、マリヤが添い寝して、話す。
「ねえ、マリヤって、やっぱ、機械扱いなの? ダディ」背を向けるマリヤ。
「いいや、そんなことは……」と、竜崎がマリヤを背中から抱く。
「たまに言うよね、マリヤを機械扱いする言葉を。ダディ」竜崎の腕を擦るマリヤ。
「そうか、俺は、意識はしていないぜ、マリヤ」
「でも……!?」抱かれた腕の中で、竜崎へと向きを変えるマリヤが悲しい顔を見せる。
「マリヤ、お前さんはもう。俺にとっては女だ。然も最良な相棒も兼ねている。いちいち、言葉の綾を気にしていたら、こんな風にできなくなるぜ。マリヤ」
「でも、マリヤったら、機械なのは事実だし……」
「ああ。その事実は無視できないが、もうマリヤは知能を持ったヒトだ! 生身でも知性のなさに、団体に執着しなければ、何にもできない集団好き輩とは雲泥の差だ! 自立した女だぜ、マリヤは」
マリヤが竜崎の胸にキスをする。竜崎がマリヤの前頭部を両手で包んで、髪の毛を後ろにかき分けて……オデコにキスのお返しをする。唇でキスをしあって……「ん。ダディ」と、マリヤが囁いて、竜崎の胸に顔を埋める……竜崎がもう一度マリヤをリードして向きをかえさせて、背中から抱く。「俺はこれが、一番しっくりくる添い寝スタイルなんだ」
「ん。好きにして、ダディ」マリヤが目をトローンとさせて、「やったね、ダディ。大成功だよ」と、その腕にソフトにキスをする。
「ああ。1年前とは雲泥の差だぜ」
竜崎が物思いにふけった顔をうっすらと浮かべる。
1年前。都内の高速道路高架橋下――片側3車線道路の歩道を、太った封筒を左手で持ってトボトボと歩いてくる網目グレー系ジャケットを着た竜崎数貴。行く先の道沿いに3階建てビル。シャッターが開いているガレージ中の壁伝いに上階への階段があって、赤い外車と黒い国産ワンボックスカーが止まっている。2階の窓に『郷田金融』の大きな文字。
竜崎がジャケットのポケットからスマホを出して見る。14時25分。竜崎がスマホのボイス機能を作動させる。画面に『Voice‐Memo』が起動する。
ポケットにスマホを入れたついでに右手を入れたまま……竜崎がガレージ内の階段を上がっていく。左手には膨らんだ封筒。
郷田金融2階事務所の中――3連サッシ窓に大きな文字で『郷田金融』の逆文字がある。ブラインドが全て上がっている。郷田勲がノート型PCのある机に着いている。他に、強面な男が3人――柄シャツを着た20代男と、無地シャツを着た30代男と、スーツの40代男たち。郷田がいる机の奥の壁際に、資料棚と腰の高さの金庫がある。
郷田が見ているPC画面に、『竜崎数貴誓約書』の書類が写っている。
ドアが開く。左手に分厚い封筒を抱え持った網目グレー系ジャケット姿の竜崎が入ってくる。3人の男が竜崎をキツイ目つきで見て、平常な顔に戻る。郷田がゆったり立って、奥の応接セットに行くようにと、手を差し伸べて竜崎を迎え入れる。
「いやあいやあ、今日は返済期限だったですね、竜崎くん」
竜崎がツカツカと奥へと入って、郷田が手を差し伸べた先の3連窓下にある応接セットの椅子に座る。郷田が動かず机に座る。
金庫横の衝立の向こうから、柄シャツ男が湯呑と急須を持ってきて、竜崎の前に湯呑茶碗を置いて、お茶を滝のように注ぐ。竜崎が分厚い封筒をテーブルに出す。無地シャツ男が封筒をとって、郷田のところに行って、渡す。郷田が中身を見て、竜崎を見て言う。
「君、手数料分が足りないようですが?」
「え、込々でいいって」
「いやいや」と郷田が歪めた顔の前で手を振って、「そんなことは。兎に角手数料分も耳を揃えて返すのが道理ですよね、お兄さん」椅子にもたれてさも当然という顔をする。
竜崎がお茶を啜りながら郷田を軽く睨む。無地シャツ男が柄シャツ男から急須をもらって、まだ竜崎の手にしている湯呑茶碗にお茶を注ぎ続ける……竜崎の手にお茶が零れて、かかって、「アチッ!」と、湯呑を落とす。
郷田からスーツ男が封筒を手渡されて、金庫を開けて仕舞う。
「兎に角、手数料もね、お兄さん」と、郷田がにやけ顔をして、「まあ、真面目に期限を守っていただいたようですので、手数料の件は本日を含めて30日以内としましょう。ね、お兄さん」と、念を押した上に、手数料を請求する。
竜崎が熱いお茶を掛けられた手を振って、顔を顰める。(手数料って、ぼっ手繰り額を1ヶ月で、無理だぜ)と、思いつつ背を背凭れにつけて、呆然とする竜崎。天井を仰ぎつつ、竜崎の瞳が動く。まだ開かれた状態にある金庫の中に、ファイルされた書類の数々と、使い古しの万札が1億円分、輪ゴムで括って束なっている。(毒には毒、か?)
竜崎が落とした湯呑を拾いながら、金庫内からお茶を掛けた無地シャツ男に視線を移して、郷田を見る。「ま、善処してみますよ、郷田さん」竜崎が立って、ドアに向かう。
同・郷田金融ビルの前の歩道――ガレージ片隅の階段を下りてきて、歩道に出る竜崎。歩道から2階の窓を見上げて、スマホを出してボイスメモ機能を止める。(ありゃあ、正当にいっても、カウンターパンチ食らうだけだ)と考えながら竜崎がトボトボと歩き出す。
高架下の片側3車線道路の対面の路肩に、白い高級車が停車している。運転席の窓が開き、早瀬優美が顔を出す。その視線の先に……郷田金融ビル!
更なる10数年前の早瀬家――年季が入った平屋の玄関に、『早瀬』表札の郵便ポストがある。黒いワンボックスカーが前に横づけする。強面男3人、柄シャツ男と無地シャツ男とスーツ男が降りて、後部のスライドドア前に並ぶ。郷田勲(50代半ば)が後部スライドドアからゆったりと降りる。足が地に着くや否や、早瀬優太25歳が玄関を飛び出してきて、郷田の前に土下座して平謝りをする。スーツ男が誓約書を出して見せる。
しらっと見た郷田が顎で指示を出す。郷田に頭を下げて、柄シャツ男が玄関を入っていて…………半畳ほどの大きさの額縁を抱えて戻って来て、郷田に見せる。『夜空に星々が渦巻いて稜線が白む』絵画。片隅に、ゴッホのサインがある。郷田がにやけ顔してワンボックスカーの中に入っていく。土下座をしていた早瀬が顔を上げて、見て、郷田にせがむ。柄シャツ男が早瀬を掴んで振り飛ばす。玄関に飛ばされ倒れた早瀬が朦朧とする。郷田が言葉を発して、3人男らも乗る。走り去るワンボックスカー。後を追って走る早瀬。
玄関から早瀬優美(20代前半)が出てきて、血走った目の涙声で叫ぶ。
元の1年前。郷田金融の前の道路――対面路肩に停車している白い高級車。窓から早瀬優美が見ている。優美が口元を歪めて窓を閉める。優美が運転する白い高級車が走り出す。
歩道を歩く竜崎数貴。前から香田(40代半ば)と智恵(30代半ば)が来て、声をかける。
「おい、竜ちゃん……」香田がにこやかに手を出して呼ぶ。
竜崎が顔を伏せたまま気にも留めず通り過ぎる。智恵が追いかけて、優しく声をかける。「ねえ、竜さん」後ろから肩に触れた智恵の手を手払いして竜崎が鬼の形相で振り返り睨みつける。智恵が一瞬怖がる。竜崎がハッとする。
「どうしたの、竜さん、私よ」智恵が笑顔で自らの鼻を指差す。
歩道沿いに『華カフェ』というカフェがある。
竜崎が頭を掻いて、智恵にペコペコと頭を下げる。香田が笑って竜崎の肩を軽く叩いて、カフェを指差す。竜崎が『華カフェ』のドアを引いて、智恵を手の仕草で先に入れる。香田がドアをもって、竜崎に入るように手で仕草をする。竜崎が入って、香田も入る。
華カフェの中――閑散とした内装の店。窓際に、香田と智恵が並んで座っている。対面に、竜崎。スタッフが飲み物を3つおいて、お辞儀していく。
香田が……「竜ちゃん。どうした。あの企画の予算繰りで、郷田金融で借りたのか」
竜崎がカップを啜って、頷く。
「ウチの会社の、2軒隣りの古ビルの隣りだよね」
「銀行じゃ、個人に、いきなり数千万はな」と、竜崎が言う。
「審査も通らないと」と、香田。
「ウチの会社って、セコイから……」と、智恵。
「社内コンペの起案費用は後払いで」と、香田。
「ま、ボツになっても、半年後に認められた分は戻って来るけどな」と、竜崎。
「戻ってくるよね。どうして辞めたの? 会社」と、智恵。
「退職金払いかい?」と、香田。
「ああ。それもあるが。人の短所の一面しか見られない息苦しい共同体を、離脱しただけだ」と、表情がさほど変わらずとも目つきが鋭くなる竜崎。香田が臆することなく話す。
「真面目で、天才肌の孤立主義者。同期入社の僕も竜ちゃんを理解するのに3年かかった」
「私は、私が入ったときの歓送迎会から1カ月足らず……」と、智恵。
「香ちゃんのトカゲアプリは通ったな。いいよな、あれ。俺も試作品、使ってるぜ」
「私との香ちゃん先輩の合作セキュリティアプリケーソンよ」
「竜ちゃんのAI搭載アンドロイドの実現可能な設計企画……見た目、人間そのものの」
「知能を得た学習型マリオネット! 名付けてAIドールだ」
竜崎が童心の顔で得意気に言って、目を上に向ける。
竜崎数貴が小3の時の回想――金持ちの家のリビングで、竜崎少年と友達がテレビを見ている。テレビ画面で、「サニーフラッシュ!」と若い女の合言葉が聞こえて、画面内で若い女が煌びやかな輝きの中……一瞬裸になって、コスプレチェンジするシーン(アニメキャラ、キューティサニーが変身するシーン)を、竜崎少年と友達が顔を手で覆って……指の間から見ている。
元の、華カフェの中――唯一の友達の家で、アニメを見た時のことを思い浮かべて、口が滑らかになった竜崎がさらに話す。
「昔見た、アニメがヒントだ」
「確か、当時売れっ子モデルのMARIYAが実写もした……」と、香田。
「今は、娘が同じタレント名を使ってマルチタレントしている。ま、俺の企画は最終的に、法的根拠でボツったけどな」
「でも、実現したら戦争が起きちゃうんじゃ……」と、智恵。
「それは使う人間次第だぜ、智恵。ダイナマイトだって山を切り崩すために発明されたし。料理に重宝する包丁だって、人を刺せるぜ。要は使う奴しだいだ。ま、戦争を起こそうなんて考える肝の据わった輩が、この国の巷にいるとは考えにくいがな。靡(なび)くしか能の無い巷体質だぜ、今の世は」と、熱弁する竜崎。
「そうだよな。僕も竜ちゃんに同意する。例えば、車が使えなければ、山の中の一軒家に住む高齢者は、どうやって自由に町に出らばいいんだ、という話さ」と、香田が立って、「あ、トイレ……」行く。
朗らかな顔で聞いていた智恵が竜崎に近づいて囁く。「どうして、私じゃダメなの?」
「智恵ちゃんがダメじゃなくて、俺がだ!」
「逆プロポーズも勇気がいるのよ、竜さん」
「ああ、察するぜ。が、俺自身の問題で、一般的な家庭の幸せっていうやつの意義が分からないんだ」と、竜崎が智恵を覗き込んでいた目をそらして、カップを啜って、窓を見る。
竜崎少年の記憶。田園地帯の一軒家――田畑に覆われた庭。狭い縁側に締め切られた障子の戸。中で、竜崎少年が、カバーが朽ちているトランジスタラジオを分解している。木の板を5面金釘で押し作った机。上に粘土で作ったお手製キューティサニー全身フィギア。
障子を開けて、農夫が入ってきて、トランジスタラジオをけ飛ばして、キューティサニーフィギアを庭に放る。「こら、こんなとこしていないで、手伝え! タダ飯食わせるために、引き取ったわけじゃんねえんだ。庭の草でもむしればまだ可愛いものを……」庭に出て、「たくう……小学3年だろ、手伝いはできる」と、農作業に戻っていく農夫。
竜崎少年は睨んだまま……冷めた顔をしている。
元の、華カフェ――竜崎が窓を見て、物思いにふける。話しかけようとする智恵。竜崎が外を見ながら言う。
「孤立する時間は、ガキの頃から必須なんだ。温かい家庭でそれなり以上に育ってきた奴らには到底理解しがたいことだろぉ……理解できなければ、程々に放っておけばいいだけの話だ! 俺のような奴には、それなりの距離感を保つ必要があるんだ。自ら勝手に図るから、離れて止まった距離がそれだ」
智恵がトロンとした目で微笑む。「久しぶりに、竜さんの説法聞いたな」
竜崎が智恵を見る。「ああ、ごめんな、智恵ちゃん。ウザいよな」
「いいよ、サディスティックな竜さんの、そういうところが好きだったのよ、私は」と、智恵が目で横を見て、笑みを濃くする。
香田が戻って来て、「何の話?」。竜崎が薄く笑みを浮かべる。智恵が、座る香田を見て、「ん、私を振った理由を聞いていたの」と、正直に言う。
香田が智恵を見て笑って、竜崎を見る。智恵が香田に頷く。
「実は僕たち、結婚するんだ」と真顔で香田が話す。
竜崎が満面の笑みを一瞬見せる。
「おお、珍しいな、竜ちゃんがそこまで顔を崩すのって」と香田。
「でね。私たちもその金融に借りていて、返しに行って、担保にしていたピンクダイヤを返してもらうの」と、智恵。
朗らかな顔で竜崎が繰り返し頷く。
華カフェの時計が3時。智恵が見て、
「あ、そろそろ時間よ、香ちゃん先輩」香田と智恵が見合って、頷く。
竜崎が幸せそうな2人を見て、自然と、はっきりとした笑顔になる。
都内・路地――トボトボと歩く竜崎数貴の背中。前に聳え立つタワービル。電柱に立てかけ看板に『分譲中・マロニエタワーマンション』とある。ショッピングエリアを持つタワマンで、災害時には物資ともなりうることを想定して、建設されてある。
竜崎がタワマンを見上げる。まっすぐ行けばそのタワマンと連絡する道で、電柱が角になる全容長方形の児童公園。手前に車両一方通行(自転車を除く)の枝道。竜崎が曲がって枝道を行く。曲がった道沿いにコンビニがある。道は突き当たってT字路になっていて、突き当りに2階建ての古いアパートがある。そのアパートの104号室が竜崎の部屋だ。
――コンビニから出てくる竜崎。ポケットにブラック缶コーヒーと、もう一方にラップされた本が入っている。血相を掻いた定員が出てきて、未開封おにぎりを持った竜崎の手を取る。ブラックジーンズの裏ポケットからすかさずレシートを出して見せる。店員が舌打ちして入っていく。一瞬、ムカついた顔をした竜崎だったが、すぐに平常に戻って……児童公園に行く。
夕方間近の児童公園――竜崎が短長の滑り台や大小様々な穴が空いている公園象徴の変な形の遊具の上に腰かけて、実は憧れのタワマンを眺めて……おにぎりを食べる。缶コーヒーを出して、股に挟んで何とか……栓を回して開ける。(エコバッグかぁ、万引きも増えそうだな。ま、俺が決めたことじゃねえから、どうでもいいか)と、最後の一口をパクっと口に入れて……噛んで、コーヒーを飲む。コーヒーの缶をポケットに仕舞う。真新しいコンパクトに折り畳まれたエコバッグが転げ落ちる。遊具の滑り台を滑って降りて、エコバッグを拾ってポケットに入れる。
竜崎が夕焼け空を背にしたタワービルに、手で真似たピストルを向けて、エアー撃ちする。鼻で笑った竜崎が……枝道に出て……アパートがある方へとトボトボと歩いていく。
竜崎の住んでいるアパート。部屋の中――ガラーンとした1K和室。玄関口直ぐの流し台。オレンジ色の外光に染まった出窓。立てかけてある抜き出しの大きな鏡。桟には金属製のカップと差してある歯ブラシ。流し台の上に掌面がラバーコーティングしてある黒い手袋。流し台の後ろに、湯船の狭いユニットバスとトイレのドア。低い天井から下がる裸電球。6畳一間に押し入れ一つの部屋。太めのタイヤフォイールに板を置いたテーブル。
玄関のカギのサムターンロック摘みが回って、網目グレー系ジャケットを着た竜崎数貴が入ってくる。ハイカットスニーカーを足払いするように脱いで、竜崎が上がる……テーブルにポケットから缶コーヒーとラッピングした本を出して、押し入れを開ける。本のタイトル『これが出来たら名ハッカー・プログラムDⅤDソフト付き』。
開けた押入の下段に、ビールケースと折り曲げられた段ボール紙。横に段ボール箱に入った下着やシャツ。『自分でできる! 手造り量子演算コアユニットキット付録付き』のGブック社の府分厚いファイルで綴じられている各週号の雑誌。ネセラミック電気ストーブ。
押しれの上段にシステム化されて冷却板に乗ったノートPCと、小型量子演算処理能力プログラムシステムのコアランプをセットしたCPUユニットシステム。今はランプが鈍く青い。竜崎がお手製の、通称『PCSマリヤ』と称している――。
奥の壁に、A4クリアファイルに入った、マルチなタレントの『2代目・MARIYA』の女ながら男前挑発魅せポスターが貼ってある。世の男どもの威嚇的憧れさせている毒舌タレントキャラで、通っているレディだ。
竜崎がスマホを出して、専用スタンドに乗せる。画面が点いて、充電を始める。
竜崎がジャケットを脱いで、鴨居のハンガーにかける。『エンターキー』を叩くように押す。PC搭載されたマイク穴。
「PCSマリヤ、起動!」数秒で起動して、画面に2代目MARIYAの壁紙写真が出る。
「只今、マリヤ」と、オタクな竜崎。画面に、同僚試作のセキュリティアプリケーションをそのまま使っている――トカゲのアニメキャラが出てきて、動き回って、片隅に止まって、尻尾を振る。PCSマリヤのコアランプの青が輝きを増す。
「お帰りなさいませ、竜崎様」と、スピーカーから女子のデジタル音声が聞こえる。
「マリヤ、システムチェックしろ。終わったら、此奴でバージョンアップを試みる」と、買ってきた本『これが出来たら名ハッカー・プログラムDVDソフト付き』を見せる。PC搭載カメラ。コアランプの青が点滅して……「まあ、嬉しいです、竜崎様」
「俺は常に誰とも対等だ! マリヤも可成りシンギュラリティが進んで、人格的賢さに達しているんだ、言葉遣いも対等……そう、フレンドリーでいいぜ、マリヤ」
「畏まりました、竜崎様」と、搭載スピーカーから返事が来る。竜崎が首カックンをして、「それが……まあいい、チェックしてからだ!」と、立ち上がる。
「どちらへ、竜崎様ぁ」と、電気ストーブのスイッチを入れる。
「お湯が出るうちに、シャワーする」と言いながら……竜崎がジーンズを脱ぐ。
竜崎が借りているアパートの外――オレンジに染まった空が、そして……夜になる。
アパートの外灯が灯って、その真下のみを照らす。
アパート104のドアの外。都市ガスの燃焼の音が途切れて、ドアの開閉する音が中から漏れ聞こえる。
「システムチェック完了しました。問題ありません、竜崎様」
「よおし、マリヤ早速此奴で、システムバージョンアップするぜ」
竜崎の部屋の中――裸電球が灯る中……バスタオルを首に掛けたインナー姿の竜崎が、お手製PCSマリヤを使っている。ビールケースの上に折り曲げた段ボールを敷いて、上段を机代わりにしている。
ホイールを台にしたテーブルの上に置いた本。『これが出来たら名ハッカー・プログラムDVD付き』を竜崎が手に取って、保護用ラップを剥がす。が、丁寧にする癖があって、ピッタリとくっついたラップの剥がし口を見出すのに、プチ困惑するも、シャープペンシルの先でページの隙間に差し込んでラップに切り込みを入れて、ようやく剥がす。(フーとれた。ま、立ち読み防止じゃ、しゃあねえか)。気を取り直して、本の重要な大きな文字を速読して、竜崎がDVDドライブに付録のDVDを入れる。簡易な卓に投げ置かれた本。裏表紙に、『Gブック社発行人』と記されている。
「孤独は俺に、有意義な時をくれる」と、戒め的に呟く竜崎。
DVDの回転する音がして、PCSマリヤの青いランプが点滅する。読み込んでいる。
「よおし、マリヤ。ま、息苦しい馴れ合いのどうでもいい共同体に耐えてきたが、今から俺はフリーランサーの裸一貫」と、また呟く。が、竜崎の表情はまるで、一般的な子供が興味ある物事をしているときに見せるあの、大人が近寄りがたい眼のワクワク顔をしている。「有力な顧客をリストアップ。今後も俺を使ってくれると、仮契約もしている」
PCの横の充電器兼PC–LANのスタンドに立てたスマホが反応して画面に、登録名『智恵』の電話着信のコマンドが開く。
「お、智恵……」とキーボードを使って、「マリヤ、これより2分割画面で、マリヤとの応対をコマンド入力のみとする」 画面にコマンドが『了解しました、竜崎様』と、出る。
竜崎がスピーカーで電話に出る。PC画面が半分になって片方にはDVDによるシステムバージョンアップ指示等画面。もう片方には智恵の顔がリモートワークで映る。
浮かない顔の智恵が映って、「竜さん……」
「どうした、智恵……」竜崎が優しく声をかけて、かたやプログラムを画面の指示通りに、コードやサインインコードなど……文字や記号を入力する……。
画面の智恵が啜り泣く。竜崎が手を止めて、「どうした智恵ちゃん、何かあったのか?」
「帰ってこない……の……」ようやく声を出す智恵。竜崎が智恵を見て、眉間に軽く皺を寄せる。プログラムの画面をちらっと見る竜崎。『プログラム・オールクリアまで残り時間300秒』のコマンドが出る。竜崎が智恵とのリモートワーク画面を全面にする。
「香ちゃん先輩……」
「香ちゃん……って、え、何処から?」
「……ごう、郷田、金、ゆう……」
「一緒に行ったんじゃ?」
「……ん、ピンクダイヤの話で、『預かっていない』って揉めてね……先に帰っていな、て、香ちゃん先輩が……」か細く啜り泣く智恵。
「っで……」竜崎が眉間の皺を深める。
「反論したら、柄シャツの授業員が凄く睨んで、『知らねえよ!』って」話す智恵を見ながら竜崎が拳をつくる。PC画面のリザードがあどけなく動いて、セキュリティチェックをしている。「僕が話すから……って」智恵の声が震える。
竜崎が身を乗り出して、画面の智恵をガン見して、「ウウウウ……」唸る。
「2日前に、電話確認したのに……担保にした母の形見の宝石のことも……」
「待ってろ、俺が行って」
「あ、香ちゃん先輩。ライン来た!」悲しんでいた表情に、明るい兆しを浮かべる智恵。
固まり始めた表情を若干緩めて竜崎がPC画面をさらに覗き込む。
郷田金融ビルの3階フロアの中――都会の夜景の明るさで暗がりの物置部屋。形と大きさが様々な木や段ボールの箱が置いてある。ドア口に香田がボロボロになって倒れている。握られたスマホ通信アプリ画面に(この金融危ない直ぐ逃げろ智恵実)と入力された文字。画面が消える。近づく足音……香田がスマホを投げる。箱の陰にスマホが投げ出される。
同・2階事務所の中――照明が煌々とついている事務所で、郷田勲とれ手下の強面男3人が話す。スーツ男が電話を切って、郷田に耳打ちする。郷田が不敵に笑う。「上の兄ちゃんを、トランクに。ついでに始末する」
強面男3人が頷きあって、柄シャツ男と無地シャツ男がドアを出る。スーツ男が車のキーを手にする。郷田がゆったりと立ち上がって、ドアを出る。スーツ男がドアの内側の壁のセキュリティパネルのスイッチを押して出る。ドアロックがかかって、照明が落ちる。OK会社のセキュリティパネルのグリーンランプが点灯する。
裸電球が灯る竜崎の部屋の中――押入の中のPCSマリヤの画面に、リモートワークで智恵が映っている。前で、見ている竜崎。「香ちゃんのメッセージを俺に」
「ん……」画面の中で、智恵が送信する。『この金融危ない直ぐ逃げろ智恵実』の文字が出て、竜崎が見る。「智恵は、香ちゃんの指示に従え」
「ん。でも逃げるって、何処へ……」放心状態に近い顔の智恵。
竜崎が一瞬考えて、「……ああ、句読点を入れれば、実家! 今市の」と、文章を読み解いて、目を見開く。
「ん」
「丁度いい……」竜崎が声を殺して、(こうなったら、ぶっ潰す)と胸の内で誓う。
「丁度いいって……何が? 竜さん」
「いいから智恵は行け、今からなら終電あるぜ。明日の朝、連絡する」
画面で、プチパニクっている智恵。
「切るぞ、智恵!」
「……え、何。あ! ん」
竜崎がスマホの画面をタッチする。PC画面が元に戻って、『プログラム完了』と『OK』コマンドが指示待ちしている。「くそーォ、あのジジィめ」と、『OK』をクリックする。『何をする』のコマンドが出て、『怪盗マルチデバイスプログラムシスエム・スールアプリ化』とコマンド入力して、立つ。ハードディスクが回転する音……。竜崎が脱ぎ捨てていたブラックジーンズを履く。ハードディスクの音が軽くなって、止まる。コアランプが青く点灯して、『竜崎様。PCマリヤシステムとの同調完了しました』とコマンド。竜崎が見て、キーボードを打つ。『AIマリヤシステム指示で、使用する。スマホにもアプリをコピー』と入力する。『了解、竜崎様。再起動します。所要時間60秒です』とすぐさま返答が出る。『Shift』キーと『Enter』キーを押して、「これより通常指示に戻すぜ、マリヤ」と言う。『了解しました。竜崎様』とコマンドが出る。竜崎がへの字眉をして、(このコリコリ感をなんとかしなくちゃな。いちいちお堅くて円滑さに欠ける)と思いつつ、流し台に行く。大鏡の前のチューブ入りハードジェルを頭に付けて、手櫛でリーゼントを作る。(これなら、ハードの固まって、現場に抜け毛リスクも防げる)
PCSマリヤからのプローン! という音がして、竜崎が前に行く。画面に『ALL・CLEAR』と出て、『Mアプリ化します、竜崎様』と出る。システムの英数字が量産羅列巡って、M印のアプリになる。PC画面と、スマホ画面に、Mアプリが記される。
竜崎が網目グレージャケットを背中に回し着て、下襟を直す。スマホを取って、マジックで後ろに『MRY』と大きく書く。下のストーブのセラミックの口から風が出ている。
「よおし! なったる」息んで、「そもそも俺は邪道派」目が血走って、「竜……ドラゴンとサタンのハイブリッドのヒールヒーローに染まるぜ!」と、A4ポスターのMARIYAを、薄笑みを混ぜて睨みつける。
竜崎がスマホをポケットに入れて、入っていたエコバッグを出す。が、入れる。
「よおし、マリヤ。行ってくる。バックアップ、よろしくな」とストーブを消す。
玄関口に行って、流し台横にラバーコーティングの黒手袋を二つ折りにして、ブラックジーンズの尻ポケットに入れる。足払いするようにハイカットスニーカーを履いて、スイッチで照明を落としてドアを出る竜崎の後ろ姿。サムターンロックがかかる。
押入のコアランプが増して青く輝いて、「行ってらっしゃいませ、竜崎様」と出て、『マリヤも早く実体化してお供したい……』と、一瞬出たが消えて、システムが省電力化する。
夜。枝道路肩――屋根の上と側面に『個人・流星タクシー』と入っている停車中の個人タクシー。竜崎が住んでいるアパートと、コンビニ、児童公園の横の路地。公園の向こうで、夜空に向かって聳え立つマロニエタワービル。窓明かりで『ハローイン』の文字。
リーゼントヘアで網目ジャケットを着た竜崎数貴が来て、個人・流星タクシーの後部窓をノックする。ドアが開いて竜崎が乗り込む。タクシーが右にウィンカーを出して、出る。
郷田金融ビルの外――街灯の明かりが灯る歩道沿いガレージから赤い外車が出る。間もなくシャッターが自動で閉じる。2階事務所の明かりが消えている。前の3車線道路の対面に、個人・流星タクシーがハザードを炊いて、止まる。リーゼントの竜崎が降りる。タクシーが走り出して、網目ジャケットの下襟を直して、竜崎が横断歩道を渡って来る。
郷田金融ビル前の歩道で、リーゼントヘアの竜崎がビルを見上げる。(誰もいなそうだぜ、チャンスだ! が、どうやって……)と、考えつつ……竜崎が周囲を見渡す。隣の古い5階建てビルが、解体用のシートで覆われている。足場パイプが組まれているのも見える。竜崎がにやけて、黒い手袋をして、周囲を見る。誰もいないことを確認した竜崎がシートを捲って、入って行く。
走る赤い外車の中――トランクの中に、手足を縛られて口を塞がれた香田が倒れている。
車内に、運転する柄シャツ男。助手席に無地シャツ男。後部席にスーツ男と郷田勲が乗っている。スーツ男がスマホを耳に当てて、電話をしている。機って、郷田に報告をする。
「社長。陳さんが、例の納品を」
「ああ、陳は頭が切れる。あれなら……」郷田が笑う。
5階建て廃墟ビルの中――郷田金融ビルの隣の廃墟ビル。足場パイプを組んで全面シートで覆われているビルの、1階フロアに、リーゼントヘアで、網目ジャケットを着て、ブラックジーンズ、ハイカットスニーカーを身に纏った竜崎数貴が、元はご立派なエントランス正面口だったであろう……入口から入ってくる。黒い手袋をした竜崎数貴が、闇を手探る。
竜崎がほぼ真ん中まで入って、上と周囲を一望する。(元は、昭和時代の百貨店ってか!)むき出しになった柱や壁のコンクリート。上下エスカレーターが朽ちて、どう見ても動きようもない状態だ。フロア天井の照明器も全てが壊れて、点きそうもない。まあ、電気すら今はもう供給はなされていないことが、動力室を調べるまでも無く一目で分かる。ほぼ真っ直ぐ入ってきたことで判断できる、郷田ビル側の壁に大きな壁穴が空いている。そこからまあまあな外光が侵入しているので、真っ暗ではない。
フロアを見渡している竜崎が、壁際の一点に目をとめる。床に、無造作に置かれた工具箱とロープ。鎖に、太さがまちまちの真新しいコーティングされた針金と、むき出しの針金の束。竜崎が行って、工具箱を開ける。中にLEDランプの懐中電灯やドライバー、ペンチ、ワイヤーカッターなる道具が入っている。竜崎が懐中電灯を持って、明かりを点ける。目を細めてすぐさま消して、工具箱に戻す。片手で扱える大きさのワイヤーカッターを持って、まるめてある各種の針金を手触りで、堅さ、太さ、質感を探る。左手の親指から小指の長さで測って、選んだ3種の針金を同じ長さに切る。ワイヤーカッターを戻して、ペンチを持って、選んだ3本の針金の端をまるめる。完全にまるくせずに、知恵の輪方式で通し口を確保してある。ペンチを工具箱に戻して、3本の針金をベルト通しに付ける。次に竜崎がロープの前に屈んで、輪になっている本数を数える。20回分の巻がある直径推定1メートルのロープを左肩から右腰へと片襷掛けに背負って、竜崎が壊れているエレベーターに向かう。横に、上階と地下へと連絡している階段口に来て、上を見て、山道を歩くが如く……上がっていく竜崎。
同・廃墟ビルの5階――ロープを片襷掛けに背負ったリーゼントヘアの竜崎数貴が階段を上ってきて、フロアに来る。フロアの真ん中まで来て、360度見回す。1階同様にコンクリート抜き出し柱と壁。エスカレーターの向きから方向を見て、そのまま前に小走りする竜崎。正面に大きく空いた壁。元々明かり取りの大きな窓があったようで、今は朽ちて、単なる壁に大きな穴が空いている。
外壁ギリギリに、足場パイプで組まれた足場の櫓に、外側に安全対策の目が細かい網のシートが覆っている。竜崎が足場の金属板に跨いで渡って……縦パイプとシートの隙間から外を覗く。可成り下に、郷田金融ビルの屋上がある。(同じ3階でも、こっちのビルが若干高いのか)と、フロアに渡り戻って、階段口へと歩いて行く竜崎の後ろ姿。階段を降りようとしたとき、下から籠もった2人の男の声がする。
「明日、壊すこのビルに、誰が……」
「隣の郷田社長が買ったってよ。ここを!」
「ま、金があんだろ。ヤミ金の噂もあるからな。上はいいか」
「ああ、帰って録画した映画、見たいしな、俺」
2人の男の声が遠ざかって、聞こえなくなる。微かに聞こえていた足音も一緒に。
階段下を意識して、物音を立てず潜んでいた竜崎がホッとして、リーゼントの突端を左右の掌で撫でる。固さを見る癖が、今になって瞬時に出る。竜崎がロープを背負い直して、階段を下りていく。
港の夜景。東京湾のふ頭――色とりどりのコンテナが並ぶ倉庫街の港。レインボーにライトアップされた大きな橋の湾内。北方には東京のタワービル群の夜景が臨め、幕張の展示会場などが一望できるふ頭に接岸しているコンテナ貨物船は、『烏龍号』と船首に記されている。船尾のハッチが開いて、ヘッドライトを点けた1台の赤い外車が倉庫街の波止場を来て、ワンクッション跳ねて、入っていく。
トランク内に、傷だらけで手足を縛られた香田が積まれていて、ワンクッションの揺れに逆らうこともなく鈍く跳ねた体は、ぐったりとしていて気を失っている。
烏龍号。ハッチの中――煌々とした照明に照らされて、入ってきた赤い外車がライトをハザードのみにして停車する。詰襟のスーツを着た陳烏(30代半ば男)が、手下の船員を引き連れて出迎える。外車の前から柄シャツ男と、無地シャツ男が出て、後部のドアから出たスーツ男がトランクの後ろを回って、後部ドアを開ける。郷田勲がゆったりと降りる。
「イヤー、郷田さん」陳烏が握手を求めながら、郷田に近寄る。肉声は中国語だが、襟もとに隠されたマイクロスピーカーから翻訳された肉声そのままの声が出る。
「陳さん。ご苦労描けますね」郷田が陳の手を両手でとって、歓迎の握手を交わす。
郷田が連れてきた男3人と、船員の陳の手下が各々に挨拶を交わす。握手をする者。笑いあってちょこんと頭を下げる者などなどと。
「陳さん。この車は飽きた、途中の海溝にでも捨ててくれ」と、郷田。
「はい。でも、帰りの足が……」と、陳が手下に手で合図を送る。会釈をした1人が奥へと行く。間もなく手下が、郷田が乗ってきた同種の赤い外車を運転してくる。
「どうです、郷田さん。これと交換しましょう」と、運転席の外、近くに立っている手下に指で合図を送る。その手下が運転席に向かって手で合図する。外車のトランクが開く。
「郷田さん。例の品物です」完全に開いたトランクを、陳が手を翳す。ラッピングされたモデルガンの箱がぎっしりと入っている。陳がラップのされていない……上にある剥き出しのモデルガンの箱を持って、蓋を開ける。
「これが税関用です。ラップされている1段目もモデルガンです。ですが……」
「あとのは……」と、郷田が不敵な笑みを浮かべる。陳も不敵にニヤつく。
「本物です。箱の絵の通りの」
モデルガンの箱に、シルバーのデザートイーグルガンがリアルに描かれている。
「では、陳さん。今夜はこれで失礼するよ」郷田が新たに来た赤い外車の後部席に乗る。
スーツ男がドアを閉めて、トランクを回る。柄シャツ男と、無地シャツ男が陳に会釈をして、前に乗る。赤い外車が走り出して、ハッチを出て行く。
「ああ先生。例のブツが入荷しましたよ……はい。人民自由の為に」
ガラスが黒くて内部が見えないが、郷田がスマホで電話を掛けている。
5階建て廃墟ビルの4階フロア――空いた壁穴から入ってくる都会の夜景、町明かりの影響で薄暗いフロア。壊れているエレベーター横の階段を下りてきた、ハイカットスニーカー、ブラックジーンズ、網目ジャケットに片襷掛けした長く重いロープを背負って、リーゼントヘアの竜崎数貴がフロアに入ってくる。
一旦止まって、背負ったロープを直して、壊れているエスカレーターを歩きながら見る。5階同様に明り取り用の窓の桟自体が取り外されていて、大穴が空いている壁。竜崎が向かって歩いていく……助走をつけて、足場の金属板に飛び移る。が、揺れて……フリーズしたバランスを取るため前屈みになる竜崎。
体勢を立て直して竜崎が足場を見渡す。背負っていたロープを一旦おいて、2重に重なった金属板を屈んで触る。金属板の両端にパイプにかけるフックがある。(この感じと、長さがあれば)と、立って、縦パイプとシートの間から外を確認して、シートの角を斜め上に捲って、無駄にパイプに絡んでいた軟質の針金をとって、シート角穴のリンクに通して、縦パイプに固定する。目を付けた金属板の先端をフロアに引き入れる。もう一方の先端をシートから更なる外へと出して、隣の屋上の手摺に渡して、先端のフックを四角い手摺に引っ掛ける。竜崎がロープを背負いなおして、金属板に足をかける。多少ぐらつく……。
竜崎少年の記憶。田園地帯の堰――稲刈りがすっかり終わった田んぼ。鉄筋コンクリート製構造で、ハンドルを回すと川を堰止める大きな鉄板の扉の堰。水の流れはそれなりのチョロチョロ具合で、堰から上下の推定水位は大人の股下の高さ程度。堰扉がすべて開いていて、戸柱の上に対岸までは1本の丸太が橋代わりに置いてある。
竜崎少年9歳が、同級生らを堰に立つ。
「度胸試し、滑って落ちちゃうよ」竜崎少年が怖がる。
「根性ないな」「竜が泣いてるよ」「ミミズじゃねえの、あいつ」と、3人の友達が1列に等間隔で渡っていく。渡り切った同級生らが手招きをする。竜崎少年が恐る恐る……渡り始める。が、途中で足が震えだして、バランスを崩して、川に落ちる。土手の上から同級生らが指を差して大笑いする。川で藻掻く竜崎少年。一瞬ハッとした顔して、冷静さを取り戻して、尻餅状態からゆっくりと立つ。水位、胸下。上を見る竜崎少年。土手で転げんばかりに笑っている同級生ら。
竜崎少年は、唇を真一文字に結んで悔しがって泣き出す。川から出て、走って逃げる。
元の、5階建て廃墟ビルの4階フロアの外――外枠のシートを捲った足場から隣のビルの屋上に渡した金属板に足をかけた状態の竜崎。もう一歩、右足を載せて、(平気さ、あのころとは違う)と、意を決して、一気に走って渡り切って、勢いに跳ねて着地する。(へへ、だから言ったろ、平気って。俺は真逆の体感も訓練済みなんだ)と自らに言い聞かせた竜崎が首都高の高架橋のある方へと、ロープを置いて、ゆっくりと屋上を歩く。
高架橋底の高さ――下の片側3車線道路の路面が見えて……対面路肩に白い高級車が止まっているのが、下部のタイヤとボディからわかる。(あの白い車、昼間も……)
竜崎がジャケットの下襟を掴んで浮かして直して、手摺を握って、丈夫さを確かめる。振り向き、置いたロープに歩み寄りながら、リーゼントヘアの突端を左右の掌で交互に触れて、考える。そのまま対面の手摺まで歩む竜崎の背中――またそちらの手摺を手で揺すって見る。ビルの裏側を覗く竜崎。下にはコンクリートの塀で仕切られている袋小路。落ちないように注意を払って、下を見る竜崎。郷田金融ビルの3階裏窓が若干開いている。
竜崎が胸の前で腕を組んで、唸りながら右手を顎に触れて悩む。(ううん……事務所を出るときセキュリティ会社の装置があった。このビル全体に仕掛けられている……でも、下のフロアの窓が開いているということは……)竜崎が内ポケットからⅯRY印のスマホを出す。ロープを置いた位置まで戻りながら、竜崎がスマホに話しかける。「PCSマリヤ、起動。郷田金融ビルの構造とセキュリティ会社の契約情報を検索して、データを送れ」
スマホ画面に、メッセージが来て、『了解しました、竜崎様。60秒ほどお待ちくださいませ』とマリヤの音声も聞こえる。
竜崎が束なったロープに座って天を仰ぐ。町明かりが夜空に反射して暗さを否定している。スマホの呼び出し音が鳴る。竜崎がスマホを見る。PCSマリヤからのメッセージ。
「お待たせいたしました、竜崎様。郷田金融ビルの構造は添付にて、図面を。セキュリティでは、2階事務所の出入口ドアと、1階ガレージの自動シャッターのみで御座います。かなりのセコイですね」
竜崎がスマホに言う。「分かった、って、え、今、ボキャぶったのか? マリヤ」
「はい。あ、申し訳ございません、竜崎様。後々に試して参ります」とマリヤの音声。
「いいんだ、それで。言語もドンドンフレンドリーに。シンギュラってくれよ、マリヤ」
「はい、畏まりました、竜崎様」と、返事を聞いて、竜崎がコケる。「まあいい。まずは今夜の目的を果たす。また頼むかもな」
竜崎がスマホを懐に仕舞って、置いたロープを解す。長いと、キチンと解しておかないと、途中で絡んだりと、リスクを生む。束はそこにおいたまま……先端をもって、ビルの表側に行く竜崎。手摺にしっかりと結んで、幾度か体重をかけて引っ張って見る。(よおし)と、束なったロープのもう一方の突端を持って……裏に行く。ロープの突端を下に下げて行く竜崎。ロープの端が3階、2階、1階と下がって行って、俯瞰で見た推定高さ2メートルで止まる。竜崎がもう一方の端を結んだ手摺を見る。ロープがめいっぱいに伸ばされている。竜崎が考える。これを検索しても、その答えは出ないと、考えるのが妥当だ。(ああ)と、手を一つ打って、閃く。
竜崎が垂れ切った手摺の位置でロープを掴んで、屋上の底に引いて、目印として足で踏む。袋小路に下したロープを引き上げる。足で踏んでいたところに、ベルト通しの一番細い針金を目印代わりに揺ってある隙間に挟んで、そこにロープの輪を作って垂らしていた先端を通す。途中のロープを手繰って、その位置に瘤をつくる……針金をとって、伸びたロープを瘤の位置から、歩幅間隔で瘤をつくっていき……目印代わりにした針金をベルト通しに引っ掛ける。無数の瘤がついたロープをまた袋小路に垂らして、表の手摺の結びを確認して、手摺をまたいで、横壁を下りて行く。作った瘤に足を引っかけて、次の瘤に足を引っかけると、上から一個目の瘤に手が来る。3階裏窓に足が届くところで、足で窓を開けて、桟に足を載せて、一気にフロアに侵入する。
郷田金融ビル3階フロアの中――竜崎数貴が窓下に、片膝付きで着地する。ゆったりとリーゼントヘアの顔を上げて、目だけで周囲を警戒する。大小様々な紙焼きの箱が所狭しに置いてある。中に木枠の畳半畳ほどの油紙に包まれた平板を合わせたモノがあり、木枠に『V・wv・G』の焼き印が押してある。その陰に香田のスマホがあるのだが、竜崎からの位置では死角で気が付かない。暗く窓からの町明かり程度の明るさで、スマホのライトを使う手も一瞬脳裏に過った竜崎であったが、通り沿いに向いている3連サッシ窓のブラインドが降りていないので、外から不自然な光がうろうろとしては怪しまれると考えて、この暗がりのまま目的を果たすことにして、出入口のドアに行く。
まずは目で、ドア付近を見る竜崎。天井に防犯カメラがあるが、子供でも判断できるダミーカメラだ。屋上で、PCSマリヤで検索したとおりに、何の変哲もない出入り口ドアで、ごく一般的なサムターンのロックのみだ。
竜崎が黒い手袋をしている手で、ゆっくりとロックを解除して、ドアを開ける。一応は警戒しつつ……少しドアを開いて、外の様子をその隙間から見ながら、外にも何もないことを確認して、出る。壁の内側にある階段の天井や下の踊り場にもカメラの類はない。竜崎がドアを閉めて、階段を下りる。
階段2階事務所の外の踊り場で、竜崎がドア周りを見る。このドアには検索通りに、セキュリティセンサーが備わっている。ドアの摺りガラスに、『郷田金融事務所』と、しっかりと飾り気もない書体で記されている。ドアの横に、蓋つきセンサーボックスに、『OKセキュリティ』のステッカーが貼ってある。この会社はCⅯでお馴染みの安心安全セキュリティシステムを売りにしている会社だ。
竜崎がOKセキュリティ会社のボックスを目視する。下や左右の横、上、壁との隙間と。ガレージシャッターは未だウンともスンともなので、外から誰かが来ることを警戒しなくてもいい。シャッターが開かないと、この事務所には通常通りなら入れない。(やっぱ、事務所は、現金や悪徳書類があるから厳重なんだぜ、こりゃあ……)と、思いつつ……ボックスの蓋に触れる。ブザーすら鳴りもしないので、蝶番方式になっている蓋を上にあげる。ボックスのパネルは単純で『ロック』の文字のランプがグリーンに光っている。その下に『解除』と記された消灯中の半透明カバーがある。解除すれば、薄く見える赤が点灯するのであろうと、容易に想像できる。
竜崎がスマホを出す。画面をタッチして、「PCSマリヤ、起動」と、言う。モデル・マリヤの壁紙が出て、コマンド枠が出る。枠横に『Voice』とマイクのマークがあって、タッチして話す。「マリヤ、今から送る写真のセキュリティの会社情報と、そのプレートキーを効力可能にして、この画面に送ってくれ、マリヤ」と言う。「はい、畏まりました、竜崎さん、ああ、様」と、まるで人間が言葉を選ぶかのような、マリヤの音声が返って来る。
「やろうともしないよりいい。人は皆、初めからできるやつはいない。それに、必要に駆られて、丁寧語や尊敬語を話すようになる。地方の田舎では、老若男女とはず、タメ口、フレンドリー感が半端なくて、俺はそういう方が好きだ。それだけ、お互いが尊重しあえていて、鼻につくような言動をする年寄りがいないので、逆に、尊敬できるってなもんだ」
「はい、竜崎様。では、只今から、90秒ほどお待ちください」とマリヤの声。
夜。高架橋下の3車線道路――白い高級車が止まっている。運転席側の窓が開く。早瀬優美が見る。『郷田金融ビルの2階』。(ぜえったい、何かしている、あくどいことを)と、睨みを利かす優美の目。
夜。郷田金融ビル2階踊り場――竜崎がスマホ待ちをしている。意外と90秒は長い。スマホ画面が反応してコマンドに「お待たせしました、竜崎様。セキュリティキーを転写にて添付し、シグナルの同調さえ確認できれば、OKセキュリティ会社自体は、関与してきません」と、マリヤの検証結果が来る。「言うことは……」と、竜崎が聞きなおす。「如何わしさ故、留守中セキュリティ会社スタッフらにも無断立ち入りを許していないと考えられる」と、マリヤの声がして、「だな!」と、竜崎とPCSマリヤに感慨が合致する。
「よおし」と、気合が多少言葉で口を次いで出るが、外の、ましてや通りの向こうの優美までは、到底聞こえはしない。添付の写真のセキュリティ解除用プレートキーをセンサーにゆっくりと近づける竜崎の手。このセキュリティさえ突破すれば、中にはカメラもなかったことは、昼間来た時に確認済みの竜崎だ。
ピッ! と音がして、『解除』に赤いランプが灯る。「よおし、成功だ、マリヤ」と、腰のベルト通しにかけてきた3種の針金を、まずは2本選んで、鍵穴に突っ込む……一番固いのを突っ込んで、「こんなもので開いたら、鍵屋が凹むってか!」と、カチャッと鍵穴が回る。ピッキングをしておいて、解除したことに自ら驚く竜崎。
竜崎はベルト通しに針金3本を引っかけて、ドアノブをゆっくりと回して、引く……何事もなくドアが開く。さっと、ここは入って、ドアを静かに閉めて、ロックする。3連窓のブラインドが全部降りている。竜崎が裏窓の横の壁際に行って、金庫を見る。裏窓の外に、瘤が点いたロープが垂れ下がっているのが見える。竜崎が金庫の前に屈んで、ダイヤルを見る。スマホを出して、Ⅿアプリを起動させて、翳す。画面にダイヤルスキャン映像が出て、『右に4,左に2右に7』と数字が出る。竜崎がスマホを懐に仕舞って、襟下を直して、金庫のダイヤルに手をかける。(そういえば、香ちゃん。影すらないなー)と、ダイヤルを数字に合わせて回す。チンと鈍い音がする。舌なめずりした竜崎が、また3本の針金を選んで、金庫の鍵穴に差し込んで、「古典的ですみません!」と、呪文のように唱えると、カチッと音がする。ハンドルを握って、竜崎が金庫を開ける。中には、ファイルに納まった数々の書類と、剥き出しで輪ゴムで括った万札の束が……お行儀よく1億円分置いてある。竜崎がポケットからエコバッグを出して、真新しい折り目を広げて、入り口のファスナーを開ける。広げると可成り大きいエコバッグで、まずはファイルを探って、自分の確約書を――Rの括りから見つけて、ファイルごとバッグに入れる。(ああ、俺のだけでは……)と、適当にファイルを入れる。(あとの軍資金も……)と万札を入れ始める。(俺は、中途半端が嫌いだ)と、全部の万券を入れて、まだ、若干の空きがあるのでファイルをまた適当に入れて、6面の中敷きにする。(おお、これならこのペラペラでもイケるな)と、持ち手に腕を通して背中に背負う。両手を合わせて揉みながら、竜崎がPCに向かう。
懐からスマホを出した竜崎。(使えるな、Ⅿアプリ。流石は、量子コアのマリヤ。闇だったが、購入しておいてよかったぜ)と、PCのメイン電源を入れて、パスワード画面になる。コマンドに英数字を入れるのだが、知る由もなく。そこはⅯアプリ起動で……机の引き出しに、コードがあったので、USBで繋いで、PCセキュリティ乗っ取り改竄を指示して、開く。(頼むぜ、マリヤ様)竜崎が祈る思いで、画面をガン見する。
スマホ画面で、緑色のトカゲアニメキャラのセキュリティソフトの通称リザードが縦横無尽に動き回る……右上に止まって、緑色のまま尻尾を振る。これはスマホからのネット上、問題なしの仕草だ。が、体の色が赤になると、危険信号で、最終対策手段で、アニキャラの尻尾が切れた映像が出る。これは、緊急事態で、危ない通信を察知して、問答無用でネットを強制切断してしまう。が、今回のリザードは安心しきっているので、今のところ問題なく、乗っ取り進行中なようだ。
ま、竜崎が今していることは、正直言って、犯罪だが、本人も自覚してのことで危ない金融に対する、実力行使に出ただけの話だ。多分、正式に法的措置で戦ったとしても、金はかかるし時間もかなりかかる。只今四十半ばの竜崎が仮に勝ち取れたとしても、高年齢にはなっているのがこの国の司法だ! 当の本人は、もうこの時点で、怪盗の異名を得る勢いで、泥棒を意識している。捕まったとして、当の本人が決めたことなら、覚悟の上だ!
――これはあくまでもフィクションなので、仮に真似をすれば、現実は甘くなく、捕まって、刑務所入りは確実だ! と、作者の音太浪が読者に、釘を刺しておく――
と、している間に、竜崎がトライ中のPCのウィンドウが開いて、ホーム画面が立ち上がっている。(あとは、俺のデータをそっくり頂いて……)と、お客様(鴨葱)リストという名簿一覧表が出て、スクロールして一読する。(おーお、思った以上に、可成りの悪党ぶりだぜ、こりゃー。お、智恵のだ。あ、あった、俺の。ようし)竜崎は詳細な書類までファイリングしてある、画面上のファイルをそっくり、MRY印のスマホに移動する。移動ということは、郷田のPCには残らないということになる。
竜崎が画面のマイクマークをタッチして、話す。
「このすべての鴨葱データを跡形もなく消去だ。マリヤ」
MRYスマホから、「畏まりました、竜崎さ、さん」と聞こえて……間もなく郷田のPCから警報ブザーが鳴りだす。ビービー……。
「ああ、トラブルです。何か、トラップに。マリヤも予測困難でした……」と、慌てた感じのマリヤの声がして、間もなく、リザードが赤くなって、プチっと尻尾切りして、スマホ画面が真っ暗になる。竜崎が慌てて、スマホ側のUSBを抜く。胸の内で、(1、2、3、4、5、6、7、8、9、10)と数えて、スマホのメインスイッチを入れる。と、ストロベリーシルエットマークが浮かんで……いつものホーム画面が立ち上がった。リザードが再び緑色の体で動きまわる。切った尻尾が生えて、落ち着いて、尻尾を振る。
竜崎がⅯアプリをタッチして、マイクマークをタッチする。
「おおい、マリヤ。無事か?」
「はい、竜崎様。リザードのお陰で、健在で御座います」と、PCSマリヤの返事。
鳴り続くブザーに、竜崎がPCのコンセントを抜く。止むと同時に郷田のPC画面がウィルス感染で……虫食い状態になって……英数字表記記号配列が一瞬出て、プチっと音がするかのように真っ暗になる。
「どうやら、そちらのPCのトラップを、逆手にとって植え付けた形になったようです。竜崎さ、さん」とスマホからPCSマリヤの声。
「よおし、結果オーライだ、マリヤ。俺はずらかる」
竜崎が裏窓に行って、外に垂れ下げたロープでずらかる。
夜。高架橋下の3車線道路――白い高級車が止まっている。郷田金融ビルから、ピーピーとブザーが鳴る。運転席側の窓が開く。早瀬優美が見る。ブザーが消える。(今のって、いったい。でも見るからに留守よねぇ……)ドアが半ドア分開く。優美が胸の内で疑問視する。一旦出て、目を凝らして見るが、ブラインドが降りているので、竜崎のスマホの明かりすら目にはできない。
郷田金融ビルの裏手――夜の暗がり状態の袋小路。いくら都内と言えども、町明かりが届かない場所もある。ロープを伝って壁の外を下りてきて、足先から地面までの推定高さ2メートル弱を残してロープが足りずに竜崎がぶら下がる……「降下」と決意して飛び降りる。着地して膝の曲げ加減で地面に尻餅をついた格好で体にかかる衝撃を緩和する。
リーゼントヘアの竜崎が立ち上がって、ランドセルのように背負ったエコバッグのひもを背負い直す。網目グレー系ジャケットの節々がクタクタだが、気にしている暇はない竜崎。が、訂正さを欠かすと、かえって怪しまれるので、平然とした、この辺の住人を装って、ビルの横を回って、高架橋下の片側3車線道路の歩道に平然と出て行く。
郷田金融ビルのガレージシャッター前を平然と歩く竜崎。突然ガレージのシャッターが開き始める……。ハッとする竜崎が、居直って平静さを意識して歩き続ける。が、後ろから赤い外車が来る。
郷田の赤い外車の中――運転する柄シャツ男、助手席に無地シャツ男、後部席にスーツ男と郷田。フロントガラス越しに、街灯の明かりの歩道でガレージ前を歩く竜崎の後ろ姿……を目にした郷田が顎を出して指示する。柄シャツ男がバックミラー越しに、見て、頷く。加速して、竜崎を追い越したところで、左にハンドルを切る。
――郷田金融ビル前の歩道を膨らんだエコバッグを背負って歩く竜崎の行く手を、阻んだ赤い外車が止まる。竜崎が「あぶねえ!」と接触寸前で足を止めて、フロントガラスを見る。郷田は見えないが、見覚えのある柄シャツ男と無地シャツ男が前に乗っているのを瞬時に判断して、文句もつけずに平然と場を去ろうとする竜崎。助手席の無地シャツ男が出てきて、「兄さん!」と竜崎の背中に声をかける。竜崎が立ち止まって、肩を竦ませる。
「ケガしなかったかい」と、無地シャツ男が竜崎に、後ろから近づく。
「はい、平気です」と、振り向くこと無く竜崎が行こうとする。柄シャツ男も出てきていて、「そんなに慌てなくても、顔ぐらい見せろよ、お兄ちゃん」と呼び止める。
竜崎がゆっくりと振り返る。リーゼントヘアで、若干人相が変わってはいるが、マジマジとみられては、面識がある者なら……。「すみません、終電が……」と歩く。無地シャツ男が追ってきて、前から顔を覗き込んで、「あ、此奴」と、指を差す。柄シャツ男が外車に向かって手で合図する。後部ドアが開いて、スーツ男が出る。
観念した竜崎が、郷田金融ビル隣の廃墟ビル入口を意識して、背を向けて、後退りする……。無地シャツと柄シャツ男が左右に並んで、竜崎に迫る……。竜崎が一歩前に威嚇で踏み込んで、シートを捲って廃墟ビルに入っていく。いきなりで思わぬ竜崎の行動に2人の男が怯む。が、ハッとして、互いの顔を見あって、柄シャツ男が先に荒々しくシートを捲って廃墟ビルに入って……然程、差もなくドライな感じで無地シャツ男も入っていく。
赤い外車の脇にいるスーツ男が後部ドアを見る。郷田が出てきて、トランクを指差す。スーツ男が頭を下げて、トランクレバーを上げる。トランクが開く。
トランクの中に、デザートイーグルガンが描かれている箱がラップされてぎっしりとある。それらの上の箱をどけて、下の別途ラップされた箱を一つ、スーツ男がとる。
郷田がポケットから銃口に付けるサイレンサーを出して、スーツ男に手渡す。「やれ!」
スーツ男が頭を下げて、サイレンサーをポケットに入れて、ランプされたデザートイーグル銃の箱を持って、シートの中に入っていく。
5階建て廃墟ビルの中――暗がりの1階フロア。シートを捲って、小走りに入ってくるリーゼントヘアの竜崎数貴。暗がりでも目が慣れればそれなりに見えてきて、おまけに1度入っているフロアなので、竜崎が迷うことなく階段口へと走る。その背中に背負われた膨らんだエコバッグ。階段を駆け上がる足音が遠くなる……柄シャツ男が入ってきて、見渡す。間もなく無地シャツ男も入ってくる。2人は頷きあって、フロアを分かれて捜し歩いて……フロア中ほどで落ち合う。
無地シャツ男が指で上を差す。柄シャツ男が頷いて、エスカレーターを見て、首を振る。無地シャツ男がエレベーターを見るが、首を振る。横の階段口を示した柄シャツ男が階段を駆け上がっていく。無地シャツ男も走ってついていく。
郷田金融ビル前の歩道――郷田が赤い外車に乗って、ガレージに車庫入れする。
5階建て廃墟ビルの5階フロア――薄明るい階段だが一度来ているのでスムーズに駆け上がってきたリーゼントヘアの竜崎が中ほどの柱の陰に身を潜める。柱の幅は推定1メートル50センチ。柄シャツ男が階段を駆け上がってきて、階段口で歩調を緩める。「おい、居るんだろ」と、ゆっくりと柱や衝立の陰を探し始める。ほどなく、無地シャツ男も入ってきて、柄シャツ男と反対の方を探す。「おおい、兄さん。どうして逃げるのかな?」と、ポケットからカイザーナックルを出して、両手にはめる。
柄シャツ男が、竜崎の隠れる柱に近づく……様子を見るため竜崎が柱に陰から顔を少し出す。距離が若干あるものの、目が合う。「居たぞ、兄貴」と、柄シャツ男が無地シャツ男を呼ぶ。流石にどうにも隠れようがなく竜崎が観念して、柱から出る。無地シャツ男が来て、「おお、兄さんは、昼間の」と、左右に拳をつくる。
……どうにも、やっるぎゃない! ことは避けられない状況に、竜崎が意を決して、お金持ちの家で観させてもらっていた特撮ヒーローのショワッチマンのように前屈みに構えて間合いを取って、目の前の2人の男の動きに応じた動きをとる。訓練的な戦い方の指導を受け手はいるが、どうにも生死を賭けた実践経験のない竜崎で、ここはそんな弱気を隠す場面なことは明白だ。
……左右に広がる柄シャツ男と、無地シャツ男! が、互いを見合って、柄シャツ男が些か竜崎の後ろになる。無地シャツ男がカイザーナックルをはめた左手を出して掴みかかる……竜崎が掴まれまいと、後ろに身を引く。後ろに回っていた柄シャツ男がエコバッグごと竜崎を後ろから羽交い絞めに捕えて、身動きを奪う。と、すかさず――無地シャツ男の右ストレートが竜崎の顔にヒットする。拳には指だしグローブの上にはめられたカイザーナックル。竜崎の頬が切れて……血が滲む。無地シャツ男の左ボディブローが突きあがって――竜崎のドテッパラを襲う!
……竜崎が嗚咽を伴って前屈みになる。背後をとっていた柄シャツ男がその竜崎を前に押し出す。無地シャツ男が蹌踉ける竜崎を反転させて、後ろから掴みにかかる。が、エコバッグとの距離感を誤って、掴みそこなう――が、すでに、柄シャツ男が飛び蹴り体制に入っていて、ヨロヨロとしている竜崎に、的を絞り込めずに――竜崎の肩を掠める形のキックとなる。おまけに、味方の無地シャツ男を蹴り飛ばしてしまう。不可抗力とはいえ蹴られれば血が頭に上る。が、当たり所が悪く……竜崎からすれば棚から牡丹餅的不可抗力で、遠慮しらずの蹴りを食らってしまった無地シャツ男が柱に突き飛ばされて伸びる。
「兄貴、わりぃ」と、柄シャツ男が倒れている無地シャツ男に駆け寄る。振り向いて、「よくも、兄貴を……」と、竜崎目掛けて、また、ドロップキックを仕掛けてくる。竜崎は何とか避けて、「ゴッツアンゴールだろうが」と着地寸前の柄シャツ男の軸足を、体勢を低くして足払いする。勢いよく柄シャツ男が鈍い音を伴い倒れる。場が、一瞬、静まる。
が、階段からゆっくりと上がって来る足音が聞こえる。倒れている2人がまた動き出さないとも限らないので、警戒しつつ竜崎が見ると。階段下から頭が見え始めて……スーツ男が上がって来る。空箱を捨てて、竜崎を直視しつつ……フロアに完全上がったスーツ男。
竜崎が目を剥く。スーツ男の手にデザートイーグル拳銃。スーツ男が竜崎を見たまま、銃口にポケットから出したサイレンサーを取り付けて、反対のポケットに入れていた弾倉をグリップに挿入して、弾を装填する。カシャ!
「おい、お前、何をした。逃げるということは、何かよからぬ事を仕出かした証だ」スーツ男が拳銃を片手で持って、竜崎に向ける。「お! 舎弟分を……お前がどうやったのかは知らねえが。倒されているのは事実」と、スーツ男が尚も、ゆっくりと竜崎に歩み寄る。その右手にはデザートイーグル拳銃! スーツ男が足を止めて、左手を添えて、銃口を定める。照準器が合う先に……竜崎。
郷田金融ビル前の路肩――街灯の下でも見慣れていて、国民大多数が判別できる白黒ボディのパトカーが来る。パトランプを屋根に乗せた白い高級車が横付けする。運転席から早瀬優美が出て、郷田金融ビルを見上げる。2階の『郷田金融』文字の窓明かりが灯っている。優美がパトカーの制服警官と、共に入っていく。
薄明るい廃墟ビル5階フロアの中――目をかっぴろげた竜崎が前かがみになって、手を左右に広げて後ずさりしつつ、(今の装填の音はモデルガンじゃないぜ)と銃口を見ている。
「怪しさは充分だ!」スーツ男が言い切る前に、第1発を放つ! バスッ!
銃口をガン見している竜崎が、薄明るいフロアの中で、スーツ男の微妙な肩の動きをなんとなく察して、弾が放たれた瞬間に、左横の柱に隠れる。銃弾が推定15メートル先の壁に向かったようで……暗がりの闇に消えて、プシュンと、壁にでも当たった音が鳴る。
「丸腰だろ、逃げられはしない」スーツ男が、竜崎が隠れた柱に近づく。柱から顔を出して、様子を探る竜崎。スーツ男がすかさず拳銃を撃つ。バスッ、バスッ! 竜崎の目の前の柱に1発目が被弾する。竜崎が隠れる。もう1発がすぐさま被弾する。
(オートマチックなのはわかるが、種類が。装弾数は何発だ?)
柱に背をつけて隠れている竜崎。スーツ男が拳銃を構えてその左を来る。その後ろには階段口。竜崎が目を上に向けて考える……(どうすれば……あ!)と背にした柱のスーツ男が来る方と逆の右手の方に印象付けに一瞬出ると、思惑通りに、スーツ男が拳銃を撃つ。バスッ! 勘良く竜崎が引っ込んで、柱を背に真っ直ぐ走り出す。先には大きく空いた壁穴。1度来ているので、その外がどうなっているのかはわかっている。
スーツ男が、竜崎が隠れているはずの柱の横に来て、拳銃を向ける。が、竜崎が居ないことに些か驚く。「おい、どこ行った」その次の柱の陰から物音がする。竜崎が床にもともと落ちていた瓦礫に、走る足を当てた音だ。
走って逃げる竜崎がまた次の柱に差し掛かる。その左後ろを、柱ごと拳銃を向けてくるスーツ男。壁穴に近い最後の柱に来て、止まることなく竜崎が壁穴に向かって走る。
スーツ男が次の柱の陰を見ようとしたとき、壁穴に走る竜崎の姿を、その視界が捕える。スーツ男が拳銃を構えて撃つ。バスッ、バスッ!
(これで、何発だ?)と、竜崎が撃たれることを覚悟して、走る勢いのままにジャンプする。ビル外のパイプで組まれた足場の金属板に飛びついた竜崎。勢いあまる衝撃に組まれた足場自体が揺れ動く……バランスを保とうと竜崎が前屈みになって体をフリーズさせる。撃たれるリスクもあるが、この高さから落ちてしまうリスクも無事では済まないはずだ。
バスッ! キィン! 足下のパイプに被弾する。屈んでバランスをとっている竜崎の後ろから、拳銃を構えてゆっくりと歩み迫るスーツ男。「ほお、もう逃げ場は……」
竜崎が横を見て、走る。足場の下へと向かう金属板のスロープがある。拳銃を構えるスーツ男が壁穴の際まで来て、銃口を動かす。柱となっている無数の足場パイプの狭間を、足早に降りる竜崎。スーツ男が拳銃のグリップから弾倉を取り出して見る。メモリが残り2発を示している。
逃げ降りて行く竜崎の姿が大きく見える場所がある。スーツ男はそこに焦点を合わせて、竜崎を待つ。知らずして、竜崎が振り返る余裕などなしに走って、拳銃の焦点を定めた位置に差し掛かる。瞬間にスーツ男が撃つ。バスッ、バスッ!
竜崎の目の前と、足下に被弾する。竜崎が動きながらも見て、今度はパイプ事態を掴んで、ズルズルと降り始める。スーツ男が引き金を引く。が、カチッ! 空撃ちの音が響き渡る。地面に残り推定3メートルを切った位置で、パイプから手を放して――地面に着地する竜崎。そのとき、カチッという音が頭上からしたことに、顔を上げる竜崎。足場の上階で拳銃を見て、悔しがって、足場に飛び移るスーツ男が目に入る。
へへっ! と、竜崎はにやけ笑って、足場を揺らし始める。どこかでパイプが落ちた音がする。工具のような固い金属が落ちた音もする。拳銃がそばに落ちた音がして、竜崎が見ると、デザートイーグル拳銃が落ちている。上を見る竜崎。視界に上階のパイプにぶら下がっているスーツ男が見える。組まれたパイプは全体に繋がっているため、どこに衝撃を加えても揺れる。竜崎が力の限り右足で目の前の縦になっているパイプを蹴る。大きく揺れる組まれたパイプの櫓。
竜崎の頭上で、ぶら下がっているスーツ男が落ちまいと必死な顔を見せる。が、下からは表情を見ることはできない。が、ま、必死な心境なのは誰もが分かりうるスーツ男の状況だ。両手でパイプを握ってぶら下がっているスーツ男が懸垂をしようと肘を曲げるがさほど自身を持ち上げることはできない様子が窺える。その足の下の櫓の足場までは推定距離にして1メートル前後。飛び降りた際の不時着できる確率は五分五分で、足を滑らせ着地失敗で、推定高さ20メートルはあろう地面まで直撃で落下も考えられなくもない。やや外に体がはみ出ている。ま、あとはスーツ男の気力の問題で、明暗は左右される。
上を見て鼻で笑って、ビルの中に小走りする竜崎の背中に背負われたエコバッグ……。
照明が煌々としている郷田金融ビル2階事務所の中――PC画面を見る郷田勲。PC画面が点くなり……ウィルスが蝕んで消える。郷田がPCを睨む。裏窓が開いていて、ロープが垂れ下がっている。郷田が顰めた顔で考えて、そのまま窓を閉める。開いたままの金庫の扉を閉めて、机に戻った郷田が座ろうとすると。出入口の閉じたドアを叩く音がして、「どうぞ」の郷田の声に、ドアが開く。早瀬優美と伴った制服警官が入る。優美が警察バッジを見せて尋ねる。「こちらから、警報が鳴ったと、署の方に通報がありましたが……」
「いいや、その人の空耳でしょう。何も異常は御座いませんが」郷田が首を横に振る。
優美が目を細める。裏窓の外に垂れ下がるロープ。窓際の金庫。
「あのロープは……」優美が尋ねる。
「ああ、多分、避難訓練でもしたのでしょ。片づけずに帰ってしまったようです」
外から2種の異なった金属音が聞こえる。優美と警官が反応して、「今のは?」。
「さあ、わたしのところではないかと……」郷田が笑う。
「そうですか。失礼します。ですが、何かありましたら、警察の方へ。ご連絡を」と郷田に伝えた優美が、伴った警官に言う。「行きましょ」
優美が警官とドアを出る。閉まるドア。
郷田が笑顔を豹変させて、視線を落とした先のPC画面を睨む。
夜。同・ビル前の歩道――郷田金融ビルのガレージから制服警官を伴った早瀬優美が出てくる。警官が白黒パトカーに乗車した状態で、無線マイクを持つのがフロントガラス越しに窺える。白い高級車に近寄った優美が振り向いて、郷田金融ビルや周囲のビルを見渡す。シートで覆われている隣の廃墟ビル。優美がゆっくりと、上を臨みながら近寄る……出入口のシートに手を伸ばす。瞬間。シートを捲って、リーゼントの竜崎数貴がエコバッグを背負って出てくる。突然出てきた竜崎を見て、優美が目を止める。
じいッと、優美の顔を見る竜崎。見るというよりは、見詰めるといった表情の優美。
(あらあー、汗ばんだ、伊達男! ナウ)と、胸キュンフリーズする優美。
竜崎が郷田金融ビルとは反対の方向に歩き出す。優美が自ら頭を振って、手を伸べる。
「あのお、そこの貴方」竜崎が振り返って、「何か御用。お嬢さん」と、満面スマイルで、ニヒルVサインをする。右手の指をチョキにして、額から前に出して送る相手に指先を向ける竜崎お得意のポージングなのだが、古い。
が、30代の頑なに秘めた志を貫いてきた叩き上げの警視庁警部補の優美には、胸キュンもの。ましてや、これまでになく……探し求めてきたいい男像そのものが、突然目の前に現れたのだから、いくら刑事とはいえども女心は跳ね上がるばかり、といった状態の優美なので、ボーっとしてしまうのも致しかたない。が……職務上の立場故もあり、我を理性で取り戻して優美が訊く。
「どうして、こんなところに、いらしたの、貴方?」
「いいや、特に」と1歩、2歩後退して、「ああ、昔懐かしいデパートが、しばらく見ないうちに、こんなだったもので……つい入って、罪ですか? お嬢さん」と、ステップ軽くターンする。またまた職務意識を駆られた状態に陥ってしまっている優美。竜崎がもう……3車線道路の横断歩道を渡っていく。
同行した制服警官が白黒ボディのパトカーから出る。
「ああ、待って……せめて、お名前だけでも……」と、手を差し伸べる優美。
振り返った竜崎がニヒルVサインして、横断歩道を渡り切る。高架橋柱の陰に姿が見えなくなる。内股状態で……まるでジュリエットな気分の優美に、同行していた警官が言う。
「あのおお、本庁の刑事さん」優美がハッとして我に返って、振り返る。目の前の廃墟ビルを下から上へと眺めて、気合入りまくりの顔をして口走る。
「ううんーさっきの金属音。何かありそうねぇ」と、涎が垂れそうなときのシュルっといった効果音が聞こえそうな口の動きに、口角を上げたにやけ顔を浮かべる優美。
高架橋の柱の陰からタクシーが走っていく。屋根の上に『個人・流星タクシー』のランプが点灯している。
個人・流星タクシー車内――竜崎数貴が後部席に乗っている。夜も深まった都内は静まりかえった別の顔を見せる。そんな光景が窓の外を流れ出す……。
「羽田沖沿いの海岸へ」
「へい。あれ、にいさん」
「あ、ああ、公園前で拾った、運ちゃん」
5階建て廃墟ビル1階フロアの中――早瀬優美がシートを捲って、薄明るいフロアに警官と入ってくる。警官が工具箱に懐中電灯を見つけて、点ける。優美の先照らして、共にフロアを物色、いや、捜査する。
――5階で伸びている柄シャツ男と無地シャツ男……外の足場に必死にぶら下がっているスーツ男。下の地面にデザートイーグル拳銃が落ちている――現場!
1階フロアの中央付近まで、明かりを持った警官を伴って歩んできた早瀬優美が、両手を腰に当てて周囲を見渡す。
「キナ臭いわねぇ。誇り叩きの時間かしら」
優美がゆっくりと、壁穴に向かって歩き始める。
「あの伊達男、さん。とは、まだどこかで遭うわ!」
個人・流星タクシーの車内――シンシンの真夜中でスカスカな首都高の景色がフロントガラスの外に流れる。後部席に、リーゼントヘアの竜崎数貴が乗っている。横にエコバッグが置いてある。竜崎がエコバッグを開けて、一束の万札を出して、ガードの隙間から運転席に入れ込む。「ほら、運ちゃん。チップ付きの高速代も込みで、頼むぜ」
「おお、にいさん。いいんすか?」
「ああ、ルールギリギリのカッ飛びで、頼むぜ」
「カッ飛びってなんすか?」
「え、そうか、ジェネレーションなんちゃらかあ、ま、爽快に飛ばしてってな感じだぜ」
エンジン音軽く軽快な走りの車外の光景の流れ具合――通過するオービスが無反応。
早朝に近づいた深夜。5階建て廃墟ビルの外――報道で両手を腰に当てている早瀬優美。捲られた状態でキープされている出入口のシート。歩道、路肩に警察車両や救急車。捲られたシートの中から担架で運び出される柄シャツ男と無地シャツ男。スーツ男も出てきて、パトカーに乗る。
鑑識がデザートイーグル拳銃を白い布に包んで持ってきて、優美に見せる。
「どうして、こんなものが? しかも、本物って、当地国家で」
優美が傾げた首を戻して、行くようにと手を振る。鑑識が敬礼をしていく。
羽田沖の海岸――水平線の水面に頭をでした朝日の逆行が照り付けている。煌めく水面に浮かぶリーゼントヘアの竜崎数貴のシルエット。手前に、停車中のタクシーの影。
竜崎が、スマホを耳に当てる。
「呼び出し音が流れ続ける……」
耳にしていたスマホを胸の前で見て、竜崎がターンしてポケットに手を入れる。ジャケットの下襟を直して、タクシーへとゆったり歩んでくる。
現在の都心の夜明け――白く反射する三坂タワービルと、界隈のセイントホテル。
セイントホテルスイートルームのベッドルーム――ツインベッドの片方の中で、竜崎数貴が爆睡している。横で目を開いたまま天井をガン見している西崎マリヤ。寝返りを打った竜崎がマリヤにしがみつく。マリヤが竜崎の頭を撫でる。
「ダディ。朝よ!」
マリヤにしがみついて寝ていた竜崎が、むくっと起き上がって、ボーとして、また寝る。
「ダディ、車を取りに行くんでしょ」
「ああ、そうだよ」と、竜崎が一気に上半身を起こすと、「え、何時だ。マリヤ……」
ベッドのアナログ時計。5時半。
「なんだ、まだ3時間あるぜ。車が出せるのは8時半からだ」
「でも、ダディ。乗っ取り解除カメラに、突然映るわよ、車」
「あ、ああー」と、飛び起きて、パンツ一丁で、ベッドの周りを……「あれ、平気なんじゃ?」マリヤが笑う。「ああ、てめえ、やったな、マリヤ」と、マリヤに飛びつく竜崎。
マリヤが竜崎を迎え入れるように受け止めて、竜崎とマリヤが……愛着を開始する……。
3、豪華マロニエタワーマンションに引っ越す
マロニエタワービル――マンションとショッピングモール一体のタワービル。このタワービルの地下に、住人を含む関係者と宅配などの引っ越し搬入口があり、もう一方に別の一般客用の駐車場と商業業者搬入口が完備している。
小規模な公園をイメージして緑地化されている玄関口を入ると、マンションとショッピングモールのエントランスで、それぞれの出入口がある。が、基本住人でない限りセキュリティ完備のマンションには入ることができない。
ショッピングモールへの一般客は、ここ玄関口を含めた3カ所の地上口と、地下連絡通路からアクセスができるようになっている。マンションへは地上口が玄関を含め2カ所と地下の駐車場からの出入口が1カ所ある。引っ越しや宅配業者の搬入口は別途だ。
その住人用地下駐車場の『1144』に、竜崎愛用の、屋根を閉じた青いオープンカーがと駐車してある。
同・マンションの44階の西向き世帯部屋が竜崎の住んでいる、所謂家なのだが。ま、一般的にちょっと贅沢を極めるマンションの一室だが、誰が住んでいようとも関心がない巷の体質もあることで、玄関に『RYU―ZAKI』とアルファベット表記で名乗っていても、それがDサタンの世を忍ぶ仮の姿なんて、だーれも、思いもよるわけはない。
同・竜崎のマンション、バルコニー――竜崎数貴がグラスに注いだビールを半分ぐらい飲む。プワーと、喉越しの快感を音にして出す。仰いだ空は快晴なのだろうが、些か霞んでもいる都心の空模様だ。それでも日光はこのバルコニーにも注がれている。
見下ろす下界には東京湾の昼下がり光景が広がっている。仮に、東側の世帯部屋のバルコニーなら、所有者のある近年造られた高さ600メートル級の電波塔や、それまで象徴だった東京タワーが混じった都心の広がりが臨めるのだが、ここからは沖に向かって伸びている首都高と、その先の国内便と昨今では国際便も導入し始めた、空港の広い敷地がぼんやりと拝める。七色の電飾を誇る大橋は途中から先が見える。それでも、陸地に広がる街並みと湾のコラボな都会ならわの風景を楽しむことはできるバルコニーだ。
そんな景色をつまみに、竜崎が昼下がりの午後でも、好物のビールを堪能している。
西崎マリヤがリビング口から出てきて……竜崎の横に立つ。
「ダディ。居なかったね、智恵さん」
「ああ。香ちゃんもだが、あの日以来だ」
「マリヤがもう少し先に出来ていればねえ、ダディ」
「ああ。ま、あの郷田というジジィがどうにかしちまったのかもな」
竜崎が残りのビールを一気に飲み干して、微睡む……。
マリヤが竜崎に寄り添って、首を曲げて頭を竜崎の肩に預ける。
この日の午前中――山間で農村地帯の一軒家。この辺りは、隣の家までが1キロメートル以上もあることは、珍しくもない。
庭先に……青いオープンカーがゆっくり入ってきて、玄関前で止まる。竜崎とマリヤが降りて、玄関へと行く。横には納屋があり、その軒下に紺色の軽四輪車と軽トラックが止めてある。
引き違い戸が閉まっている。寒い季節とはいえ、小春日和のこんな日は、玄関ぐらいは開けているものだが……竜崎が戸に手をかけて、「御免ください……」と、開けようとするが、内カギがかかっている。誰かは住んでいそうな雰囲気があることはあるのだが、都会暮らしに慣れ切った30代女性がいるとは到底思えない……竜崎だ。
「マリヤ。この家、スキャンしてくれ!」
「お安いよ、ダディ」
マリヤが全容を見渡せるように、後ろに下がりつつ……目から赤い光の筋を出して、投網のように焦点を輪として広げる。
竜崎がスマホを出しながら……日差しの反射が陰るようにと、物陰に入る。手にしたスマホ画面に、目の前の古民家の中身が赤外線スキャンにより映りだされている。
「ここって、本当に、智恵さん家?」
「ああ。ある意味同郷で、似かよった土地勘を共有したことがある。その時に、場所だけは特定していた。実際に来たのは初めてだがな。ちなみに俺が育った家は、ここより南に推定距離30キロほど行った、こんな山ん中だがな」
画面を見つめる竜崎……スマホ画面に玄関から土間を上がって直ぐの居間。奥に敷居で繋がっている台所。土間繋がりの便所と風呂場。続いて……向かって左には、縁側内側の障子の戸……中が床の間で、まあ、客間。奥に部屋が3つ。
「あ、ダディ、誰かいる。寝ているよ」
画面に、奥座敷にせんべい布団に入った老父が寝ている。壁際にタンス。上に写真が立っている。その写真に写っている主がセーラー服を着た智恵……JKだとしても推測するまでもなく完全な面影ありで、確定できる。枕元に手紙。送り主の名は無く、Tのアルファベットがあるだけ……。
「お、勝手口に鍵がないぜ、行って来る」
敷地後ろには少々高めのヒバの生垣。その間の家の陰に入ったところで、竜崎がセーコン社ロゴ入り腕時計にVタッチする。青い電子粒子膜を帯び……勝手口に回った竜崎が変貌して、Dサタンに成っている。
――特徴、リーゼントヘア、青い縦縞ジャケット裾が翻る颯爽とした動き! クールフェイスの伊達男――と、警視庁第3捜査課警部補の早瀬優美が報告書に記している。
で、古民家勝手口を入って――居間から奥座敷へと行き――少し襖を開いて、老父の枕元にポケットから出したクリアケースに入ったピンクダイヤを置く。ピンクダイヤをアップすると黒い点が――桜の花弁に見えてくる――本物だ。Dサタン(竜崎)がカードをチーフポケットから出して添えておく。内容は(お返し代行の品です。お代はすでに頂いております)とメッセージが綴られている。老父が寝返りをうって、掛け布団を頭から被る。
Dサタン(竜崎)が頷いて、逆順で勝手口を出て、腕時計にVタッチする。青い閃光が解除される動きを見せて、元の襟足眺め無造作ヘアの竜崎数貴に戻る。
青いオープンカーの中――車窓の外に田舎道。運転する竜崎。助手席のマリヤ。
「とりあえず、生きてはいた。悪人はありえないぜ、あの老父!」
「どうして、話さないの? ダディ」
「話って、何をだ? マリヤ」
「智恵さんのこととかよ、ダディ」
「ああ。だって、俺は元の会社でたまたま知り合っただけの男だ。ま、俺を唯一理解してくれた貴重な女ではあったがな。でもな、ここから先は智恵んちの問題なんだ。求められたなら考えるが、今は単なる元同僚だ。この状態で何を話しても単なる憶測だ。あの老父と智恵の関係が父親らしいという想像でしかない。何もできはしないぜ。お返し代行以外のことはな……」マリヤがしっぽりと頷く。
竜崎が運転するオープンカーが山間の高速道路のETCゲートを、時速20キロメートルで通過して……本線へと向かって、徐々に加速していく青いツーシーターのオープンカー。
元の昼下がりのバルコニー――東京湾風景が臨めるバルコニーで、肩に頭を載せられて、その腰を抱き寄せる竜崎と、マリヤの後ろ姿。
「ここに越して、1年だなあ、マリヤ」の竜崎の言葉に、マリヤが頷く。恋人気分を味わっている竜崎の無造作ヘアと、マリヤのセミロングヘアをそよ風が徒気味に……棚引く。
竜崎の1年前の記憶――竜崎の住んでいたアパートの外観は、昼間でも周囲の高層階ビルの狭間にある築うん十年のボロアパートで、どこかしかが陰っている。
「PCSマリヤ、起動!」竜崎の声も漏れそうだ。
同・竜崎の部屋の中――1K和室。壁際の畳の上に、折りたたむのがいたって簡単そうな煎餅布団上下と蕎麦殻枕。ホイールに板を乗せただけの卓。どこからか調達してきたビールケースの上に折り曲げた段ボールを敷いて座っている竜崎が、押し入れ上の段の、PCSマリヤを起動させる。押し入れ上の段の奥の壁に、A4クリアファイルの入ったMARIYAのポスター。PCSマリヤの画面にウィンドウが開いて、コマンドに『PCSマリヤ、データプログラム更新OK』と出る。
「よおし、マリヤ。また賢くなってるぜ」竜崎がPC搭載マイクに言う。
「有難う御座います、竜崎さ、さん」と、音声で出て、コアランプの青が著しく輝く。
「郷田金融ミッションは成功だ。マリヤのバックアップのお陰でな」竜崎がキーボードを叩く。
「お褒めにあずかり、恐縮です。竜崎さ、さん」
「マリヤのコリコリ口調を構築する前に、引っ越すぜ!」竜崎がマウスをクリックする。
「ついに念願の新居ですね、竜崎さ、さん」
「ああ。今、参考ラーニング資料として、ワードを入れておいた。俺が戻って来るまでに、検索して、今時さながらの俺好み女子を学んでいておくれ、マリヤ」
画面に、『日本古来からの女像史。キューティサニーのアニメーション視聴。AVビデオ。2代目マルチタレント、MARIYAプロフィールと、その代表作』と、羅列文字が出る。
「畏まりました竜崎さん。詳細に関しては、マリヤ次第ということで宜しいの、んですね」
「ああ。思考力もある種の個性だ。人格に近い知能をもうすでに持っている。指示はするが、どうするかはマリヤの勝手……マリヤに分かりやすく言えば、自由だ」
「畏まりました、竜崎さん」
「おお、様が、完全に直ったぜ。その調子だマリヤ。言葉遣いはフレンドリーな対等でいいぜ。じゃあ、行って来る」
竜崎が立って、クタクタになった網目グレージャケットを回し着て、元襟を直す。改めジャケットを見た竜崎が、そのクタクタさにルーティン仕草決まらずに膝カックンする。
マロニエタワービルの景観――聳えるタワーマンションの玄関口に、『マロニエタワーマンション&ショッピングモール』の表札お洒落文字。クタクタな網目グレージャケットを着て、ブラックジーンズを履いて、ハイカットスニーカーの竜崎数貴が手ぶらで来て、緑化された玄関口を入っていく。周囲の人々が竜崎を怪訝そうに避けている。が、当の竜崎は気にも留めずに平然としている。
同・1階玄関口の中――広めの吹き抜けエントランスホール。入った正面に、案内板やディスプレ。竜崎が入ってきて、ショッピングモール出入口の『1F、シューズ&バッグ』と、『3F、ⅯENS』と、『8F、マロニエレジデンシャル不動産株式会社』文字に、目を凝らす竜崎。右後方を上半身だけ動かして、右後方を見る。2重ドアの風除室とわかる最初のドアに、『マンション専用口』の文字を見る。
竜崎が下襟を直して、ショッピングモールへと入っていく。
同・3階メンズのフロア――エスカレーターで上ってきたクタクタジャケットの竜崎がそのフロアで降りて、進む。ジャケットが並ぶコーナーで物色する竜崎。黒にピンストライプのジャケット、赤の無地ジャケット、網目だったり、ギンガムチェック柄だったりと、出しては眺めてを繰り返している竜崎に、女子店員が来て後ろを営業スマイルで追随する。
竜崎がピンストライプの縦縞ライトグレージャケットを選ぶ。姿見のところへ行って、クタクタジャケットを脱ぐ。コバンザメの如くついて回ってきた女子店員が、クタクタジャケットを持つ。気が付いていなかった竜崎が、プチ驚いたものの、すんなりジャケットを預けて、選んだ縦縞ライトグレージャケットを鯔背な羽織り方で着る。ま、いつもの癖の後ろへとグルッと靡かせながら……腕を通して、といった着方でだ。
女子店員が目を見張って、自然な明るい表情で頷く。
姿見に写った竜崎が頷く。と、後ろに写っている女子店員も自然なスマイルを浮かべる。
姿見で、そんな女子店員の様子が窺えていた――竜崎がいきなりターンして、女子店員に告げる。「これにする。このまま着て行くよ、そっちは捨ててもらえるかな、お嬢さん!」
「はい。こちらはかなり草臥れていらっしゃいますものね」と、腕に巻き付けるように持って、鋏を出す。着たままで、ボタンに括ったタグを切る女子店員の手が必要に竜崎の腹に触れる。が、竜崎は気にも留めずに、処理を待っている。
女子店員が「こちらへ」と手をレジカウンターの方へと差し伸べる。竜崎がついて行って、スマホ決済で買う。レジ横に、サングラスの回転式展示台。よく見るとマーブル柄の弦で偏光レンズのサングラスを手に取って、台の上についている鏡を見る。
「あのぉーいい感じですよ、お客様」女子店員が胸を躍らせるように言う。
「なんか、うまいな、お嬢さんは」竜崎が滅多になくはっきりとにやける。
「いいえ。本当に、です。正直、最初は、ヒヤカシかと」竜崎から捨てるようにと預かっているクタクタジャケットを、見せる。「何故か? 不思議と興味がアゲアゲに……」
「ああ。まあ、そうだね。ま、気分悪くないから、のっかとくよ!」竜崎がサングラスを外して、女子店員に一旦渡す。
「私、かなり、ヤバいです」タグを外したサングラスを竜崎の顔に女子店員がかける。
「ま、また買いに来るかも。そんときは案内よろしくね、お嬢さん」女子店員がネームホルダーをはっきりと翳す。が、竜崎からは、天井の照明が反射しているだけの札だ。
サングラスもかけた竜崎がジャケットの襟下を直して、薄く笑みを浮かべてターンする。ニヒルVサインを後ろ手に投げ出して、ゆっくりと歩み去っていく……。
後ろで女子店員がポーッとして佇んでいる。同僚の女子店員に肘鉄を食らうまで……。
3階のエレベーターホールに、サングラスをして、縦縞ライトグレージャケットを着た竜崎が来て、上印ボタンをタッチする……と、思ったら、触れる前にセンサー反応で上印のランプが灯った。ポーンと、到着のしゃれた音が鳴って、扉がゆったりと開く……竜崎が入って、振り向いて、中のボタンに手を近づけて、お! と、またゼネレーションギャップなプチ驚いた顔を見せると、扉は閉じる。PCオタク独学で、勝負していた竜崎には、物珍しいことだが、すぐさま対応してしまうのも竜崎の持ち味だ。
8階。マロニエレジデンシャル不動産株式会社のみの、フロア。エレベーター直で――ドア前に降りて、そのまま入るようになっている。エレベーターのフォン! というお洒落な到着コール音がして、扉が優雅さを醸し出しつつ開く……今はほぼ透明なレンズのサングラスをかけた竜崎の姿が開くドアに見えてきて、縦縞ライトグレージャケットを着た竜崎が降りる。ブラックジーンズとハイカットスニーカーの足が、レジデンシャル不動産のドアを入っていく。
同・レジデンシャル不動産の中――不透明な衝立ブースタイプになっているお客様カウンターに、レンズが透明な状態のサングラスをして縦縞ライトグレージャケットを着た竜崎が座っている。男性店員がARゴーグルを上に出して説明する。
「これは最新、といっても、そうでもなく、今や不動産業界では当たり前のお部屋案内方法なの。(吐息が漏れる)車で内心ひやひやしながら、都内の細道を案内するリスクを負うよりも、安全確実で、お客様にとっても、お部屋を移動しないから、1時間内に、10軒はリアルなご案内出来ちゃうの。(吐息)では、参りますわよ」
竜崎がただただ頷き続けて……ようやく話が一区切りになったので、最後に大きく頷く。
女性口調な気がするが、そういう人のナンチャラに全くをもって関心がなく、どうでもいい、本人の好きにすればいい、と常々思っているが、その感情をさほど意識することもない竜崎が、見た目男性店員の指示通りに、サングラスを外してARゴーグルを装着する。
「あら、あなた(吐息)わたし、ジェンダーよ」
「ん、なんとなくわかったぜ」
「そう、それだけ……」
「ああ。それだけだ。が、何か特別な目で見てほしいとか、要望でも?」
「ううん(首を振って)大概の人が如何にもという目をするもので」
「偏見の眼差しって奴をか!」
「ああ、うん、(吐息)そう……『担当を変えて』っていう人も……」
「俺は、住処を買いに来たんだ。セックスを求めに来たわけじゃねえ、人として向き合って、不動産屋とした接客をしてくれさえすれば、他はどうでもいいぜ!」
「あなた、お友達、いなそうね(吐息)」
「ああ、いない! 馴れ合いだけなら面倒だ!」
店員が頷く。ゴーグルを外して、竜崎が言う。
「なあ、案内してくれよ、部屋を。あんたのと、俺の身の上話はいらないぜ、俺は」
「うん、ごめんなさい。では、ご案内よ(吐息)」
竜崎が再びゴーグルを装着する。見た目男性店員が竜崎の両方の人差し指にクリップ型のセンサーを付けて、出した端末機、パッド画面のタッチ式スタートボタンを押す。
ゴーグルを装着している竜崎。「1144っていうのが世帯部屋の番号か。セキュリティカードでロック解除。おお、本当にドアを開けた感じだぜ!」フリーハンドで、その状態の手ぶりをするAR映像を見ている竜崎。
「掌認証とフェイス認証も(吐息)おすすめよ(吐息)任意ですけれど……」
「おお、これはかなりリアルじゃねえの。リビングの家具って、実際に置いてあるのか?」
「はい、御座いますよ(吐息)」
「お、寝室のベッドもか?」
「はい」
「買う!」
「え!(驚きの太い声)」
「このお家具ごと買う! こっちの部屋は、あ、プライベートな……左右対処の折り戸」
ゴーグル内のバーチャル映像の下に、『2ⅬDK・2千万何某の相場価格』が出ている。
「え、えースゴ。あなたって、(吐息)いったい、何者なの?」
「さあー。ただ言えるのは、孤独派な奴だということだ!」
「孤独派……?」イキそうに言う、見た目男性店員。
「ああ。いいぜ。そうやって割り切ると。一般的に気になることがどうでもよく思えてくる。そして、社会的、世界的、事案のニュースでも、その真意が己の中で、己の心に素直に答えを見出すことができるようになる」
店員が、ギョッとして身を引いている。ゴーグルをつけたまま竜崎が熱弁する。
「おまけに、あんたがジェンダーでもこれが当たり前なら、それでよくなる。何か言われても笑い飛ばせるはずだ。無秩序な奴らなど、どうでもよくなってくるはずだからな」
見た目、いや、ジェンダー店員は……ただただ、頷くばかり……になっている。
竜崎がARゴーグルをジェンダー店員に、返す。店員が購入手続きの項目をパッド画面に出す。コードに繋がったお会計センサーに、竜崎がMRY印のスマホを、ピッとやる。
同・ショッピングモールの1階フロア――一見、黒縁眼鏡に見える偏光レンズのサングラスをかけて、縦縞ライトグレージャケットを着た竜崎数貴がエスカレーターで降りてくる……横にバッグ売り場。思い立ったように竜崎が降りた足で、売り場に入っていく。
キャスターがついた大型のトランク型スーツケースを見ている。重さ、中のファスナーや固定ベルトなどの仕切り具合やクッション性……もちろん竜崎には外見の色味や形へのフィーリングも大事だ。確かめている最中の竜崎の脳裏には、PCSマリヤをソフトにどう入れられるか? が、サクサクと巡っている。
竜崎のアパートの前――「ほんの一時でいい。夕日を浴びるのは」と、言いたいぐらいに夕日だけはしっかりと当たる古いアパート。「PCSマリヤ、起動!」
同・竜崎の部屋の中――縦縞ジャケットの袖の腕が押し入れを開ける。
「マリヤ、引っ越すぞ。一旦電源を落とすぜ」竜崎がマウスを使って、シャウトダウンする。ときめきと、戸惑いを表現するかのように……コアランプの青が輝き方を変えつつ……ごく薄くなる。「移動時間を含めて、正味60分以内だ。しばし我慢しておくれ、マリヤ」
「はい。竜崎さん……」と、言ったようなイメージが竜崎の脳裏で浮かんでいる。ま、生物でいうところの仮死状態といった表現が適当であろう……PCSマリヤの主電プラグを外した以外は有線のまま、購入してきたスーツケースにソフトに入れて行く……下段のインナーや替えの衣類を包装資材がわりにクッションとして脇に入れ、流し台の下の戸棚のタオル類、台の上の嘗て活躍したあの黒い手袋をも入れて、それでも浮きそうな感じがして、段ボールを加工して窮屈にならないように隙間を埋める。押し入れ奥に貼ってあるA4ポスターのマルチタレント、MARIYAを入れてスーツケースの蓋を閉じる。
スマホをポケットから出して大家に電話する「ああ、104の竜崎です。引っ越します……」と、告げながら、パンパンなままあのエコバッグを背負った竜崎が玄関ドアを出て、外から鍵を閉める。「はい。大家さんのご都合は? では、明日の午後一で退居手続きをしに行きますよ、お世話になりました。ああ、布団は……」と、いう声が徐々に遠ざかる。
帳が降りた暗さの枝道――児童公園のわきの路地を、大きなスーツケースを引きずって、キャスターがついているので転がして、歩く竜崎。縦縞ライトグレージャケットを着て、前面から夕陽を浴びた状態なので黒くなったレンズのサングラスをかけた竜崎が、いったん止まって、マロニエタワービルを眺める。パンパンなままのエコバッグを背負っている。へへっ! と、にやけた竜崎がタワービルに向かって……歩いていく……。
マロニエタワービル・エントランス――平日でも、クリスマスシーズンのアフターファイブともなれば人々の出入りが激しくなるマロニエタワーのショッピングモール。混雑と言っていい人混みを、変更サングラスをかけ、縦縞ライトグレージャケットを着て、ブラックジーンズに、ハイカットスニーカーを履いた竜崎数貴がパンパンのエコバッグを背負って、大きなスーツケースを引っ張ってエントランスに入ってくる。
大概の出入りしている人の群れはショッピングモールへと行くが、向かって右わきの『マンション専用口』のドアの前に竜崎が行く。もうすでに頂いてジャケットのチーフポケットに入っているICチップ埋め込み型のカードキーに反応したようで、何かをすることもなくドアが開く。かつてない現象に一瞬、お! とした竜崎だったが、他には臆する理由も思い当たらず……リアクションがもともと薄く、傍目を裏切ることもなくクールにドアを入っていく。2重の出入口の風除室で防犯カメラが天井から睨んでいるが、今は単なる入居者なため、位置確認のみで目を動かすのみの竜崎だ。
2つ目のドアの前にテーブルタイプの認証装置がある。竜崎が引きずっていたスーツケースを持った手ではない、右の手でチーフポケットのカードキーをとって、パネルに翳す。
認証コードを入力するようにと、液晶パネルにコマンドが出る。その下にPCキーボードを簡略したアルファベットと数字のタッチパネルが出る。その上に赤文字で大きく『初期サインインコードを入力してください』と出て、竜崎が少し悩む……(これが一番面倒くさいぜ、メモしないで、忘れにくいコードで、しかも複雑にだ)……竜崎が希望コードを6文字以上で入力する……『認証確認のため再度入力してください』と、出て……(ええと、なんだっけ? ああそうだ!)と、また同じ英数字6桁を入力する。『お部屋のナンバーを入力してください』と出て、竜崎が『1144』と数字を打ち込む。『ご希望認証コードと、お部屋ナンバーを登録してよろしいでしょうか?』と出る。
竜崎がウンザリ顔で、『OK』と出たコマンドを指タッチする。また、コマンドが出て、『掌認証やフェイス認証をどうぞ!』と、出る。よく見ると……『今はスキップ』のタッチボタンも隅っこに出ている。(任意だな、これは)と、『今はスキップ』ボタンをタッチすると、『ではこちらの登録は後日にいたします。どうぞお入りくださいませ』と、出て、2つ目のドアがやっと開く。
(掌認証や顔認証って、何かの影響で、完全に変わっちまったどうするんだ?)と、思いつつ……竜崎がカードキーをチーフポケットに仕舞って、スーツケースを引きずって、中へと入っていく。ドアからも見えるエレベーターの前のホールで、竜崎が上ボタンを触れることなく手を翳しただけで……つけて、サングラス縁の上から目を覗かせて、待つ。
同・マンション。1144号室の玄関前――フォン! と上品な音がして……ハイカットスニーカー、ブラックジーンズ、縦縞ライトグレージャケットを着て、変更サングラスをした竜崎がスーツケースを引きずって、パンパンなエコバッグを背負って壁の角から出てきて、1144の数字の表札の玄関前に来る。
シンプルながらも品のある玄関ドアに、レバータイプのドアノブと上に掌の大きさのセキュリティパネル。マンション出入口の2つ目のドア前でやった要領で、カードキーをチーフポケットから出そうとするが、いきなりパネルに反応が出て、『掌かフェイスご登録はお済でしょうか』とコマンドが出る。『YES』横並びに『NO』のタッチボタンが出る。竜崎が『NO』をタッチする。『では、カードキーを翳して、サインインコードを入力してください』と出る。
(端っからそうしようとしたのに、まどろっこしいぜ)と思いながら、竜崎が手をかけていたカードキーを出して、パネルに翳す。(ま、それだけセキュリティ強化が施されているってことか。ええと……)と、サインインコードを、目を上に向けたりして、思い浮かべながら英数字を6桁入力する。『承認いたしました。3分以内にご入室くださいませ』とコマンドが出る。
(言葉だけはバッカ丁寧だな。まるでPCSマリヤだぜ)と、頭の片隅に浮かべつつ……竜崎がドアノブを回してドアを開ける。スーツケースを引きずりながら竜崎が入るが、ドアが閉まって、背負っているパンパンのエコバッグが挟まる。
ビリッと破損したような音がして、もう一度ドアを大きく開ける。右肩の方に顔を振り向かせてエコバッグを見るが、その角度からは何ともない。『間もなく警告ブザーが作動します』と、ドア内の、外と同じ位置に設置されているセキュリティパネルのスピーカーランプの赤が点滅を開始する。「え!」と思わず声が口をついて、入って、ドアを閉める竜崎。
玄関ホール側のドアノブに、ラミネートされた取説が垂れ下がっている。完全に閉じた玄関のドアからカチャッと、わずかに音がする。ロックが掛かった音だ。
竜崎が取説を見る。(ああ。今の時間設定もできるのか。そうだよな、自然と老いてしまうことや、自己などで機敏さを失われない今の巷も考慮すれば、開けたら3分! って、どこかで聞いたCⅯキャッチコピーじゃねえんだから……)と、そのままバリアフリーの玄関口を上がって、VRで見たままに、ダイニングリビングへと通ずるこじゃれ感のあるドアを開けて入っていく……。
同・ダイニングリビングとカウンターキッチン――オープンな空間のフロアに、こじゃれ感満載ドアを開けて入ってくる竜崎。サングラスをして、縦縞ライトグレージャケットを着て、ブラックジーンズを履いて、ハイカットスニーカーを履いたまま……引きずっていたスーツケースをカウンター前で手を離す。
テーブルがないダイニングからソファセットがあるリビングへと歩む竜崎の背にエコバッグ。ゆったり目の2人掛けソファに下し投げるようにエコバッグを下ろす――肩ひもにしていた紐の根本が切れて、中身が飛び出す。ソファから床にかけて、敷板代わりにしていたファイルが飛び出て、1億円分の万札が飛び散る。
(ああ、あ!)と、思いつつも竜崎はそのまま、リビングの窓へと歩む。全面一枚ガラス窓を思わせるクリアなアクリル板の1カ所に、外へと行くためのドア。
竜崎が解放感ありありステップで、ドアを開けて外――バルコニーへと出る。
同・バルコニー――竜崎が手摺に手をついて、眺める。眼下に広がる東京湾の夜景。竜崎の襟足眺めの無造作ヘアが棚引く。
「あ! 土足のままだった。都会は泥がつくことも稀だし、ま、いいか」と、笑う。
同・竜崎のプライベートルームの中――竜崎が大きなスーツケースを引っ張って、入ってくる。天井の照明が勝手に灯る。はじめは目が慣れるまで自然光で……徐々に明るさを増す。白い壁に入って直ぐに、白い角の取れた三日月型のデスク。
(ここもARどおりだぜ。合理的でいいなあれは。使えるかもな、これからの裏稼業にも)
竜崎がスーツケースをデスク脇まで引き入れて、丁寧に横にして床に直接座る。武者震いして、竜崎がスーツケースの蓋を開ける。マルチタレントMARIYAのA4ファイルインポスターをデスクの上に置く。デスクの下部に隠しコンセント口。竜崎が包装資材代わりにしていたインナーなどの衣服を出して、PCSマリヤの電源コードプラグをコンセント口に差し込む。燻ぶるようにしていたコアランプの青い輝きがいっきに明るさを増す。竜崎がノートPCの蓋を開いて、主電ボタンを押す。動き出すハードディスク回転の音。
「PCSマリヤ、起動。システムチェックだ」PCSマリヤ搭載マイク穴に言う。
画面、「はい……いいえ。了解しました、竜崎さん」と音声が出る。
画面上で、緑色のリザードがその頭上に、『!』や『?』を点灯させつつ動き回って……画面の右上で動きを止めて尻尾をブンブン振る。
竜崎が大欠伸をする。「基本システム正常です。竜崎さん。次にDバージョンプログラムと、Ⅿアプリシステムチェックに入ります。所要時間90分です」とPCSマリヤの音声。
「よーおし、マリヤー。後は明日にする。下のショップが閉店しないうちー験担ぎ飯買って来るうーぜェ」竜崎が大欠伸連発でいう。
「畏まり……いいえ。了解しました、竜崎さん。処理終了次第、スマホの方へと打電します。行ってらっしゃいませ」と、言って、PC画面に、『ps、マリヤもお供を……竜崎さん』とコマンドで出る。
竜崎がプライベートルームと端から称すこの部屋を、出て行く。
マロニエタワービル・ショッピングモールの中――食料品売り場で、変更レンズサングラスをかけた竜崎が、カートを押してスマホ決済レジに並ぶ。カート上に黒い星印の箱買いビール。下の段のカゴに、汗をかいている6缶束なった黒い星印の同じ缶ビール。グラスと箸、ラップなどの目ぼしい台所用品一式。弁当のお湯もチーンもいらない具と汁を混ぜるだけの天ぷらそばと生地の丈夫そうな亜麻色のエコバッグ。
前のおじさんが、教えてもらうために呼んだ若い女子スタッフをいじり倒している感じで、竜崎が隣のレジへと移動する。が、同じタイミングで並びに来たオバさんのカートをぶつかる。
オバさんのカートにぎっしりの商品が詰まっている。「先にやらして、お姉さん」と、竜崎が言うと、「あら、どうぞ! あなたの方が早そうね」と、案外融通が利いたことに、内心膝カックンもので、クールスマイルで頷くついでに会釈する竜崎。
同・竜崎の世帯部屋のダイニングリビング――カウンター前に、お気に入り黒い星印の箱買いビール。台所用品が詰まった真新しい亜麻色のエコバッグ。リビングソファの背もたれに、縦縞ライトグレージャケットがある。床に、朽ちたエコバッグから万札たち……。
「グアー!」と、缶のままビールを飲む竜崎。テーブルの上に、サングラスと水滴がついている5本の缶ビール。座っているすぐ横に、MRY印のスマホ。弁当の冷やし天ぷらそばの具材を入れて……汁をかけながら、箸で適当に混ぜる。
「カップ麺用にケトルポットがいるな」と、弁当の冷やし天ぷらそばを箸で食う。
横のスマホがバイブする……竜崎が食べるのをやめて、画面を見る。『DもⅯもシステムオールクリアです。竜崎さん』と、コマンドが出る。『Voice』をタッチして、「よおし、マリヤ。食ったら、俺、寝る」と、ソファにスマホを放り置く。下になった画面に、『マリヤも一緒にお休みしたいです。竜崎さん』と、出たことを竜崎が知ることはない。間もなく勝手に消去される……。
現在。竜崎のマンションのバルコニー――竜崎がグラスビールを飲み干す。プワー。横に引っ付いているマリヤの手にビールの空き缶。昼下がりの下界に……広がっている東京湾風景――沖に向かって伸びている首都高と、その先の国内便国際便空港の広い敷地がぼんやりと臨みつつ……そんな景色をつまみに、寄り添うマリヤと昼下がりの午後でも、好物のビールを堪能している竜崎の背中。
4、烏龍号とチャイニーズマフィア、陳烏
東京湾のふ頭――接岸しているコンテナ貨物船。海に突き出している船主に『烏龍号』の船名。岸のドッグに船主以外がスッポリと納まっている船体――コンテナをクレーンで下ろしている船側に大型トレーラーや宅配業者のトラックが横付けしては、走り出す。
船尾のトランクハッチが開いて……赤い外車が入る。
「ヤーヤー、郷田さん……」出迎える陳烏の声。
「陳さん。話が……」焦った郷田の声が聞こえて……無数の足音が船内で聞こえる。
烏龍号。陳烏のオフィスの中――完全壁に覆われたハイテクコンピュータ完備のオフィス。陳が2人の武装した軍服男女の手下――傭兵を引き連れて、郷田が柄シャツ男と無地シャツ男とスーツ男を伴って、オフィスに入ってくる。
「まあ、どうぞ、お掛けになって……」陳がテーブルに着くようにと、手を差し伸べる。
「いやあ、どうも」郷田が前に出て、テーブルに着く。柄シャツ男と無地シャツ男が郷田の後方左右に立って、スーツ男がその間に立つ。
陳がテーブルに着くと、男女の傭兵がオフィスドア前に移動して、両手を腰裏に回した格好で、両脚均等開きの凛とした不動の姿勢をする。
「早速だが、陳さん……」郷田が口火を切るが、陳が手を前に出して郷田をいったん止めて、タッチパネルタイプの天板の『Mic』タグをタッチする。クリアボードの天板に、ウィンドウが開いて――臙脂系色合いのチャイナドレスを纏った、見た目20代の中国人女性のリリーの上半身が映る。背景にはスタジオの部屋。
「ああ、リリー。郷田さんだ。飲み物を4つ……」
「イエッサー、ボス!」と、画面の中でリリーが会釈する。
「お茶どころでは……」
「そう慌てても、感じから、察しますが、まずは落ち着きましょう、郷田さん」
郷田が椅子に深く座り直す。
「冷静さをかけてしまっては、善き、判断ができません」
郷田が深く頷く。陳がにこやかに微笑む……。
「それにしても、コソ泥め!」と、郷田が顔を歪ませて、記憶をたどる。
1年前のこの日。同・オフィスの中――陳がタッチ操作で、コンピュータを使っている。扇状に広がった大きなバーチャルモニターに、操舵室、無人CPU室の画像とデータ、オークションスタジオ、船底各倉庫が移り変わっている。陳がタッチ操作のキーボードで打ち込む。『オークションスタジオ』と。モニターに、リリーがスタッフを仕切って準備中のオークションスタジオが出る。「リリー、どうだ、準備は順調かな」陳が話す。
モニター内で、リリーがこちらを向いて、微笑む。「イエッサー、ボス……」
同・オークションスタジオの中――リリーがパッドを片手に、スタッフに指示を出す。
「あ、そこに、ナンバー1から30までの出品物を出して、フォト撮るよ」
ピンクにGの金文字でピンクの染まったプライスハンマーが乗った演台との距離を見た目で測って、Gマークのスカジャンスタッフらがテーブルに展示品をかわるがわる置いて、写真を撮るリリー。演台後ろの画面に展示品の写真と、架空のオークションプライスを文字で表示したり、決まった時の落札主のハンドルネームを表示したりする。
その対面にはガラス張りのスタジオブース。スポットライトや中継用カメラ。ブースの中にはスタッフがその機器を調整している。放送機材というよりはIT装置といったコンピュータ仕掛けの機材が並んでいて、各スタッフの前には専用キーボードとマウスがある。
リリーが持つパッドに通信反応が出て、タッチする。画面に、オフィスの陳が映る。
「リリー、どうだ、準備は順調かな」陳が話す。
モニターに、リリーが微笑みかけて。「イエッサー、ボス……」
「世界有数のコレクターの中で、郷田が一番のオーナーだ」と、画面に映った陳。
「イエッサー、ボス。今回も、オーラスは郷田の品物は目玉になる」
「闇ネットアカウントでのGネットオークションの宣伝もぬかるなよ。では、リリー」
「イエッサー、ボス」リリーが持つパッド画面から陳の顔が消える。
同・陳のオフィス――画面を通じて話していたリリーが消えて、陳が指操作で、『着信・郷田』のコマンドをタッチする。前面モニターに、リモートワーク状態で、郷田金融事務所の応接セットにいる郷田が映る。その後ろで、机で郷田のPCを弄っている若くインテリ風の男……郷田が話す。
「陳よ、どうやら完全にやられたようだ」
「復元は無理そうですか、郷田さん」
陳が首を横に振る。
郷田金融ビル内2階の事務所の中――応接セットに座っている郷田がスマホ画面に向かって話す。無地シャツ男がスマホを郷田に向けている。柄シャツ男と、スーツ男もいる。
「一昨日、窃盗にあったようだ、事務所」
「やられましたか、事務所荒らしを」
「金庫とパソコンをな」
烏龍号船内。陳のオフィスの中――郷田が前面に写るモニターの前で、陳が話す。
「まあ、我々にとって重要なデータは、こちらのサーバーに保管してありますから、ご安心を、郷田さん」
リモートワーク状態で映っている郷田が強張った表情を緩くして、話す。「ガレージシャッターを開けない限り、一般にここへの侵入できない。どうやら計画性を感じる泥棒だな」
「え、では、オークションの出展品も……」
「いいや、そっちはすべて手つかずだ。舎弟が言うには、泥棒家業は素人のようだが……」
「でも、金庫を開けたり、PCデータを盗んだり……計画性も」
「まあ、ドアのセキュリティも突破されている。鍵穴はピッキングで、偶然のように開けた形跡もうかがえる」
郷田金融ビルの事務所の中――無地シャツ男が向けるスマホに話す郷田。
画面の中の小さなウィンドウで、陳が頷き続ける……。
「烏龍号から帰ってきたときに、事務所前をうろついていたリーゼントの男が断然怪しい」
「写真とかは、あるか、郷田さん」
烏龍号船内。陳のオフィスの中――郷田が映っている前面モニターの前で話す陳。
郷田が首を振る。
「いいや、写真はない」
「周囲の街頭カメラとかの映像は、ないのか、郷田さん」
「いやいや、そういうことにウチの誰もが疎くてな、それに、ずうっと鬱陶しいハエみたいな女デカが、その時も事務所の前にいたんでな……」
「どうして、その女刑事は……」
「いいや、分からんがな。対面の路肩に白い車で不定期に止まっているのを見かけている」
「上層部に、クレームを入れてみては?」
「だがな、金融の営業自体に、跳ね返ってくるのもな……、陳」
「はあ、そうですな……何か良い対策案を思いついたなら、提供するよ、郷田さん」
郷田が、しっとりと大きく一回頷く。
「では、後ほど、傭兵にオークション出展品を取りに行かせます、郷田さん」
郷田がまた頷いて、手を前に出したところ、画面が消える。
回転する椅子で、こちらを向いて、頭に指を組んだ両手を添えて、上を向いて、悩む。
現在。烏龍号船内。陳烏のオフィスの中――ハイテクコンピュータ完備のオフィス。テーブルについている陳と郷田。郷田の後ろに柄シャツ男と無地シャツ男とスーツ男が立っている。ドアの前に傭兵男女。ファン、ファン! 呼び鈴の音が鳴る。陳がテーブルをタッチする。画面にチャイナドレスのリリーが広角で映る。後ろにティポットと茶器が乗ったワゴンを掴む割烹着をつけたスタッフ男女。
「入れ」陳が画面に向かって言う。
ドアの傭兵男女が、カードキーで内側にかかったロックを解除する。ドアを開けてリリーがまずは入って、続いてポットと茶器が乗ったワゴンを押す男性スタッフと、続いて女性スタッフが入ってきて、無言の陳のジェスチャーを合図に、郷田と郷田の舎弟3人に茶器を置いて、ポットに入ったウーロン茶を注いでいく……茶器に多少の茶葉が入る。
郷田が茶器を手に取って、フーと口元に来る茶葉を吹いて、ウーロン茶を啜る。
見ていた陳。「ほお、可成り飲みなれたね、郷田さん」と、微笑む。
その間、マイ茶器に注がれていた、ウーロン茶を同様に飲む陳烏。
「どういう泥棒なんでしょう、郷田さん」
「ま、コソ泥の部類ではあるが、何かやたらとわたしを狙っているようでもある」
陳が茶器を置いて、頷く。
「事務所を見ているハエ女デカが、展示会を警備していたが、やられてしまったようだ」
「死活問題ですな、それは」
「まあこちらも、その点では強く出られないのも事実」
言葉無く頷く陳に、郷田が言う。「どうして事務所を張っているのか、ハエ女デカは? 何故、わたしの金品を狙うのか? コソ泥は」
「フジヤマの先生には……」と神妙に聞く陳。
「いいや、まだだ。もう少しコソ泥の正体に迫らんと、漠然としていては、信用に足る情報を得ないと。いくら先生のお力でも」
「ううん……まあ、そうですね、郷田さん」納得せざるを得ない陳。
三坂タワービル警備室の中――10台のモニターが壁一面に並んでいる警備室で、早瀬優美が両手を腰にして胸を張った状態で、話を聞く。後ろで、鑑識が検証を終えて、早川真弓に話す。勤務していたビルの警備員2人と制服警官がブリーフィングテーブルにいる。
「え、あたしが!」優美の驚きに、2人の警備員と警官が頷く。
「ここに来た!」と、優美が息巻いた口調で言って、首を傾げる。首を横に振って「そんなはずは。どうして、現場を張っていたあたしがここに来るのよ」
真弓が優美のところに来て、「先輩。鑑識の話では、この部屋のいずれからも、この御三方以外の指紋はついていないそうですよ」
「ねえ、みなさい、あたしの指紋だってないでしょ」
「何か、沸いたように出現しましたよ、警部補さんが」
「あたしは、お化けじゃないわよ。それに、監視録画にも怪しい者は映っていないようよ、ざっくりとしか、今は見ていないけれどね」
「でも、先輩。Dの変装術なら……」
「ん、そこよね、ま、このあたしにだって、なりうるわ。でもね、監視モニターに、会場にいるあたしが映っているの、同時刻にあたしが別の場所にいれば、流石もこちらさん方も気づくわよ、ねえ」と、警備員ら3人を見る。
2人の警備員が向き合って、指を差し合って、警官を見る。
見られた警官が、「俺」と、肩を竦める。警備員の1人が、「本職が出し抜かれたんだ、セミ的俺達には到底叶わないよなあー」と、もう1人の警備員が同意の頷きを大きくする。責任のなすり合いを俄かにする今時の3人の大人。
「ううん……Dは……」と唸り声を徐々にして、「各出入口も、防犯カメラにも引っかからないで、どうやって……」と息巻く優美。
「先輩、お顔に皺が」
「後輩。あんたもよ、拉致られて……能天気に御トイレでお寝んねさせられていたとはね」
真弓が頭に手をやって、ぺこりと首を垂れる。「面目ないです、先輩」
「何か、覚えていないの、巡査部長!」
「……? ……!」思い返す真弓の顔。「出し終えて、出てきたら、いきなり後ろから、ビリッて」自ら右手の指で項を挟む。
「ビリッて言うことは、スタンガンの部類ね」と、さすがに思いついていう優美。
「でも、致死量に至らぬように、電力コントロールされているよな」と、かすかに覚えのある感触を何とかたどって、真弓が言う。
優美が言葉にして悩む。「ううん……後輩になり替わったDは、ケースを開けていないから、劣りで、そのあと、中のブロッサムナイトに触れたのは……宝石鑑定人の十文字氏!」
「ということは、先輩。仲間がいる!」
「まあ、それは否定できないわね。それにしてもどうやって成り替われるの……天井にはあたし以外は知らされていなかった見破り装置があったのに」
「常識にとんだ、変装術、ですかね、先輩」
「ううんん……そこよね」と、両手を腰につけたポージングのまま優美が床を見て、「兎に角現場に戻って再検討するわよ、後輩」と、床を右足の踵でトンと蹴って、ドアに進む。
優美と真弓が警備室を出て行く。
検証座礁中の警視庁第3捜査課早瀬優美警部補は展示会場で、さらに悩んでいる!
マロニエタワービル。バルコニーの外観――誰も居ないバルコニー。自動シャッターの軽量金属物置はドローン(命名、カメレオン)の格納庫。
窓の中のリビングの明かりが薄暗くなって、横の寝室の明かりが自然光に灯る……。
「よおし、マリヤ。明日はドライブデートしようぜ!」
「ん、ダディ。激ヤバー。今夜は、ううんとサービスするよ、ダディ」
「よおし、今夜は寝かさないぞ、マリヤ」
「マリヤは寝ないよ。若作りでもダディは初老なんだから、差支えがないようほどほどね」
「はーい! 孤独派人生観も踏まえ持った年齢のD様だ~あい!」と、様子が手に取るようにわかる会話がなされているその窓の中。実際には外には声が漏れてはいないのだが。
5、マリヤ、ダディと念願デート
「よおし、マリヤ。デートだ」
「ん、ダディ」
青いオープンカーの車内――屋根を開けた状態で風を切って走らせている竜崎数貴。縦縞ライトグレージャケットを着て偏光レンズでマーブル柄の黒縁サングラスをかけている。
ライトグレーのライダーズャケットを着たマリヤが助手席で微笑んでいる。
棚引く茶髪ロングヘアを手櫛で抑えつつ、ポニーテールにするマリヤ。瞬時に目を向けて微笑む竜崎の頬に、念願叶った喜びから満面の綻んだ顔でキスをするマリヤ。
「ダディ。いいよね、これ」
竜崎が反応して、クールフェイスに微笑みがプラスされる。竜崎の左耳にレシーバー。
ゴーゴーと流れる風に障害を受けず話ができるのは、マリヤに備わった内臓通信デバイスと、多機能完備のセーコン社のペアウォッチが通信送受信装置で無線式を兼ね備えている竜崎の左耳のレシーバーがあるお陰だ。
「よく、俺の好みがわかったな、マリヤ」
実は、この青いオープンカーも、マリヤが勝手にデーラーオーダーしてしまっていて、マロニエタワーマンション地下駐車場に届いてしまった。支払人は無論のこと竜崎本人という……お決まりパターンになりつつある購入の仕方だ。何れ、竜崎が手に入れようとは考えていた代物で、結果的にマリヤが竜崎の背を押してくれた形となっている。意志に反した積極的で勝手なマリヤの行為に対して、怒るに怒り切れない竜崎でもある。
「ん、だあて」と、マリヤが笑みを増して、「PCSマリヤだったころから。ダディったら、特徴とかお値段とかをネット販売カタログで、見ていたでしょ。涎が垂れそうな顔で」
「涎―」と渋った顔をして、「ま、違いないか」と素直に納得したことにより、クールフェイスに綻びが浮かび出てしまった竜崎の顔。
「どこ行くの? ダディ。ドライブデート」
「さあな、行き当たりばったりだ。ま、南の方だな。マリヤ、リクエストはあるか?」
「んーん? 何処でもいい、ダディにお任せするよ」と、こういった遊び感覚では、お得意の検索をしないことで、楽しむということを得ているマリヤだ。
弛まずに続く竜崎の微笑み。ウィンカーを焚く竜崎の手。
「マリヤも、ダディお揃のサングラスかけようっと!」マリヤの目が青く光る。浮き出てマリヤの目を覆う色違いサングラス。マーブル柄で偏光レンズの、縁はスカーレッドだ。
「ハイウエイ乗るぜ、マリヤ。じゃあ、誰もまだ見ぬ日本一の山見晴らしスポット探しだ」
クラッチを使って変速6速ギヤーミッションタイプで、円滑にシフトチェンジする竜崎を見て、ご満悦顔のマリヤ。竜崎が一瞬だけ朗らかな表情をマリヤに向けると、童心御顔色をして運転に集中する……それでもにじみ出ている朗らかな竜崎の顔。
――首都高から用賀料金所ETCゲートを通過して、東名高速道路に入って、快調に走る竜崎のオープンカー。道路状況は左のレーンを走る貨物トラックが相変わらず多いような気がする程度で、一般的な車両はスカスカ状態の走行車線と追い越し車線だ。
いきなり幅寄せするかのように、S印の宅配トラックが、竜崎が運転するオープンカーの右車線からきて前に入る。「煽り運転か!」と、竜崎が追い越し車線に入って……シフトチェンジして、加速する。走行車線でS印宅配トラックがスピードを保って並走する。なかなか抜ききれない竜崎のオープンカー……「このロゴマークって……ダディ!」
「ああ、きっと、あいつだ!」と、竜崎がニタっと笑ってシフトレバーを6に入れる――。「瞬発力はこっちのが格段に上だぜ、マリヤ」
いい感じの軽いエンジン回転音……で、加速して、S印宅配トラックを置き去りにする。スピードメーター時速160キロメートルに、タコメーターレッドゾーン!
目の前に迫るオービスカメラ――マリヤの目が青く光る。高速道路監視局の記録には違反行為した青いオープンカーは端からなかったことになっている。
竜崎のオープンカーがS印宅配トラックの前に入って、バッグミラー越しに、手で合図を送る竜崎。助手席のマリヤが振り返って、左を指差す。『富士里サービスエリア』の表示板が通過する。S印宅配トラックがパッシングする。
6、真打、青葉薪登場!
1年前。竜崎数貴がマロニエタワーマンションに越した日の数日後の深夜――寝室の中央においてあったクイーンサイズベッドで、竜崎数貴が小汚い蕎麦殻枕を顔の下で抱いて、全裸の俯せ状態で寝ている。元々モデルルーム的に備わっていた新古車的ベッド。ベッドヘッドにチェストがあるだけで、他の家具はない寝室。白っぽい壁に、ドア口の横にモニター式インターホーンがある。毛足の短いカーペットが床前面に敷かれていて、ベッドの脇にインナーのパンツとシャツが無造作にある。ⅯRY印のスマホも床に落ちている。
同・竜崎のプライベートルームの中――白壁でも照明がついていない部屋は、レースカーテンのかかる窓から差し込んだ外光の薄明るい。必要な細かいⅬEDの明かりをつけて……PCSマリヤが勝手に起動する。画面の明るさも手伝って、尚も明るくなる室内。
ノートPC画面にマルチタレントのMARIYAそのものの二次元(2D)の世界で女(後の西崎マリヤ)が動く。
「もう少しかまってよね、ダディのお兄さん」と音声を伴ったコマンドが2Dマリヤに被って勝手に出ては、消える。徒顔の2Dマリヤ。「よおし、闇のGネットの通販のこれを、頼んじゃえ」と、画面に、『AI仕様ロボットアーム3Dプリンタキットを注文。発注人、令和の金さん』と勝手に文字が羅列して、ネット通信で送信される。
数時間後。同・寝室の中――ベッドに倒れこむようにして、全裸の竜崎が寝ている。
白壁のドア横のインターホーンが鳴りまくる。
全裸で眠り込んでいる竜崎がモゾモゾと動く。夢見心地の狭間で……竜崎が無意識に頭を上げようと一瞬するが、眠気に勝てずにまた眠る。
容赦なく……鳴り続けるインターホーンのお呼び出し音。夢見心地状態の竜崎が耳を指で肘って、上半身を起こす。その顔は未だ寝ぼけ眼のままで、ボーっとする。
しつこい……呼び出しの音……上半身を起こしてボーっとしている竜崎が、見渡す。インターホーン搭載のモニターに『来客あり』のコマンドと緑のⅬEDランプが光っている。
床に落ちているスマホを手にしようと……上半身を伸ばすが、夢見心地が冷めない竜崎自身が転げ落ちる。全裸の竜崎に巻き付いたフワフワ毛布が股間の狭間に絡んで、腰を覆った状態で、結果的に座った形になる。手には掴んでいたスマホを点けて、時間を見る。
6時。レースのカーテンで塞がった窓の外は、まだ藍色の空気感のある……深夜。
まだまだ諦めそうもない――呼び出しの音。竜崎がまあまあ正気を戻して、腰に毛布を絡めたまま、ようやく、インターホーンの画面に指タッチする。
「はい、(欠伸が出て)だあーれ?」
同日同時刻で同ビルの地下搬入口――マンション住人専用搬入口で、S印宅配トラックが横付けしていて、青葉薪(20代半ば女)が、広角レンズのカメラ式インターホーンの呼び出しをする。こちら側にはモニターはなく文字入力のみのタッチパネルがある。ハンドルネームで、『令和の金さん』と、文字入力をする薪の細く長く見える人差し指。パネルに、『呼び鈴』のタッチタグが出て、薪がタッチする……竜崎が爆睡中だったため、しばらく押し続けることになる薪の指。
薪とトラックの間には台車に乗った大きな段ボール箱が4つ積まれている。
同・竜崎の部屋の寝室の中――インターホーンの対応する全裸に腰巻き毛布姿の竜崎。
インターホーンのモニターに、薪が映る。モニターの中で、薪が、まずは丁寧にお辞儀して、「わたくし、S印宅配スタッフの青葉薪と申します。(胸にぶら下げている顔写真付きネームを見せる)お届け物ですよ、令和の金さん様」と営業スマイルで告げる。
「え、誰から……令和って、ああ、令和かあ」寝ぼけている竜崎。
「通販購入ですので、ハンドルネーム呼び致しておりますが、スマートナビによる住所は確かにこちらの貴方様ですよ」と真顔で告げる薪。
「っで、誰から……」大欠伸をする竜崎。
「ですから、送り主も貴方様ではないかと……」未検視皺を寄せそうになっている感情を押し殺してもいそうな表情の青葉薪。
「ええ。俺、頼んでないよ」
「ですが、伝票データは確かに貴方様のご自宅になっておりますが?」
「え、ネット通販って……待ってね、お嬢さん。夢遊病もないけどなぁ、俺……」と、スマホでPCSマリヤの状況確認をする。『AI仕様ロボットアーム3Dプリンタキットを注文。発注人、令和の金さん』と、出た。竜崎がギロッと目を横に動かして、(マリヤか?)と脳裏で囁き、上を見る。(無断で……)一気に寝ぼけが吹っ飛ぶ竜崎の顔。
モニターに映ったまま、薪がシャンとした姿勢で待っている。
「ま、確かに俺だ。OK! 一旦受け取るが、クーリングオフは通常通りかな、お嬢さん」
「さあ、わたしどもには分かりませんが、ご注文先の規約書、若しくは直接お問い合わせになさっては……」と、我慢の色を隠した営業スマイルを見せる薪。丁寧にお辞儀する。
「あ、ま、ごもっとも」竜崎がクーリングオフのことを、あれこれと考えて狼狽える。
「まずはお客様。搬入させてくださいませ」流石にイラつきの感受を隠し切れずに、その声に出る薪。が、何とか平常心を保ってもいる。
薪の方のインターホーンが、どうなっているかを知らない竜崎が不思議そうに頷く。
「お客様!」
薪の声に、取り乱していた竜崎がシャンとする。「あ、何?」と、聞き返す。
「あの、ここからでは、お客様のお姿をお見受けできませんもので……」
「え、あ、そうなんだ! てっきり、俺が映っているのかと……入居したてなんだ、俺」
「差し出がましいようですが。お客様のお部屋までお届けするのに、玄関ドアを含めて2箇所ほど、お客様に解除を賜るドアが御座います。お部屋のインターホーンの前でお待ちになってくださいませ」と、一歩下がって、丁寧にお辞儀をする薪。「では、参ります」
「はい」と、素直になるしかない竜崎が、モニター画面に出てきた、『OK』をタッチすると、次に出てきた、『搬入口ドア解除』を指タッチする。
同・地下搬入口の前――S印宅配トラックが横付けしたように見えていたが、納めるべき駐車枠には納まっている。薪がインターホーンのカメラレンズに向かって、丁寧にお辞儀をして、後ろに準備していた大きな段ボール箱が4つ乗った台車に手をかける。目の前の『住人専用搬入口』ドアが自動で開く。「30秒以内にお入りくださいませ」と周知の声。
薪がスマホを台車の持ち手のスタンドに置く。画面に、荷物で視界を阻まれた前方の様子が広角で窺える。段ボール箱に巻き付けられている取外し可能なベルトのCCDカメラ。
同・ダイニングリビングの中――寝室のドアからインナー姿で入ってくる竜崎数貴。何もないダイニングのフローリング床に、脱ぎ捨てられたブラックジーンズと、ハイカットスニーカー。竜崎がジーンズを拾うとする。インターホーンの呼び鈴が鳴る。玄関ホールから入ってくるドアの横壁に、寝室と同型のインターホーンがある。ジーンズを手に持ったまま、竜崎がモニターにタッチする。
モニターに、エレベーター前通路であろう……44階と同様の内装を背景に、青葉薪が丁寧にお辞儀をしていて、頃合いで、頭を上げて、「通路ドアを解除願います」と、スマイル。
「はあい」と、竜崎がモニターに出た『通路ドア解除』をタッチする。「あとは、玄関前です」と、エレベーターホールに大きな段ボール箱を載せた台車を押す薪の姿。
竜崎がジーンズを手にしていることの自覚を失って、引き摺って、ドアから玄関に行く。
同・玄関ホールの中――ジーンズを引き摺ったまま……竜崎がドアから来る。玄関ドアの横に、インターホーンがある。その横に、土足にしてしまっているが、本来は、日本家屋的には上履き、一般的にはスリッパ上りのフローリング――インターホーンが取り付けてある壁の並びにあるドア。ARでは見ていて、トイレやバスルームがあることは頭に入っているのだが、ライブで見るのは初めてで、竜崎が開ける。
中は、トイレと洗面台と洗濯機を置く場所。が、「ああ、しまった、洗濯機は段ボール箱のダミーだったか」と首ガックンをする。正面奥は開けるまでもなくバスルームだ。
と、ファン―フォン!
呼び鈴が鳴る。「いい音なんだが、不快なのは何故だ!」と言葉が口を軽く出る。竜崎がホールに戻って、水回りドアを閉めて、インターホーンの『玄関ドア解除』をタッチする。画面に、丁寧にお辞儀をする薪。後ろには4つの大きな段ボール箱。
竜崎が玄関ドアを開ける。お辞儀をした青葉薪がいる。後ろの台車に乗った大きな4つの段ボール箱。安全対策CCDカメラはもう外れている。
頭を上げた薪。「改め、お早う御座います」竜崎がちょこっと頭を下げる。
薪が後ろに手を差し伸べて、「こちらですが、何方へお持ちしましょうか」
実はインナー姿の竜崎。ホールの水回りドア前にブラックジーンズが捨て置かれている。が、そんな格好の竜崎に臆することなく薪が対応する。インナー姿とは言え、鮮やかなネービーな色物なので部屋着にも見える。竜崎自身が完全、インナーのままであることを忘れていて、薪の後ろの段ボール箱の山を見て、ドアの桟の大きさを目安見当する。
「ギリ入るな、一つずつなら……」ホール内を竜崎が指差す。足でドアキーパーを出す。
薪が一つ目を持って運び入れる。
「お! その細身で、すげえんだな、君」竜崎も二つ目の段ボール箱を抱えて、踏ん張る。
胸の前に出した手を振りつつ……薪が言う。「お客様。ご無理をなさらないで、お怪我しますよ。私はコツを知っておりますから」と、次の箱を軽々と抱え持って……運び入れる。
竜崎が聞かずに、最後の箱を抱きかかえる。
「凄い! (拍手しつつ……)それが一番重いんです」
「元、ジャパニーズグリーンベレーなんだ、俺」竜崎が力瘤をつくって見せる。
竜崎、過去の記憶――『自衛隊演習場。関係者以外他塵禁止』の有刺鉄線柵で囲われた敷地の簡易な門扉に、自衛官によるお手製看板が掛かっている。野山の茂みで、小銃片手に匍匐前進をする迷彩戦闘服を着た二十歳そこそこの竜崎数貴。
元の玄関ホールの中――竜崎が思い出している間に、聞いてはいたが手持無沙汰だった薪がトラックに戻る用意をしていて、キープされたままのドアの中に向かってお辞儀をする。インナー姿の竜崎が1,2歩と、廊下に出てきて、「ああ、お嬢さん。朝食は……」
「あのぉー」薪が竜崎を下から上へと指を差し示して、「次はセクハラ、よッ、ムフッ!」と、鼻で笑って、空の台車を押してエレベーターの方に向かる。
薪の後ろ姿を見送りつつ、頭を掻くインナー姿の竜崎の背中。細マッチョ的だ。
ドアを閉めてた玄関ホールにいる竜崎が、上に目を動かして、「あ、マリヤの奴!」と、4つの段ボール箱はそのままにして、ダイニングリビングへとドアを入っていく。
同・地下搬入口――S印宅配トラックの運転席に乗っている青葉薪。窓ガラスを開けて、上を見て、「何だろう? カンフーチェーンの人ぽかったな」と、俄かに笑う。「今後も、御贔屓に……」と、心を躍らせた表情を顔に浮かべ、窓ガラスが閉めてトラックを出す。
同・竜崎のプライベートルーム――レースのカーテンで覆われた窓の外は窓くらい時間。薄明るい部屋にもかかわらず、認識できる白っぽいマーブル模様のデスクの天板に乗ったPCSマリヤのノートPC……横に青い輝きのコアランプ。小型演算デバイスはデスクの棚に納まっている。デスクの椅子の裏に置いてある大きなスーツケース。
ドアを開けて、竜崎が入ってくる。天井の照明機器が、竜崎が入ってきたことにより感知して自動で仄かに灯って……徐々に明るさを増していく。
「こら、マリヤ、起動! しろ」と、声を張る。搭載マイク穴。
画面にすぐさま反応が起きて、立ち上がる。画面に、2Dマリヤが映って、にこやかに手を振って、「お早う御座います、竜崎さん。今朝は、お早いのですね」と2Dマリヤの口の動きにドンピシャなアテレコのように、女の声で言う。
込み上げた怒りを自ら沈めつつ……竜崎が怒鳴る。「クソ―!」
2Dマリヤが愛想笑いして、「マリヤが何かしましたか?」
「何がって! 身に覚えは? マリヤ」
2Dマリヤが胸に手を当てて、考える。
「そうそう、こういったシチュエーションでのリアクションは……って! 違う。勝手に注文したろー、マリヤ」
2Dマリヤが委縮して……強張る。
言いかけて、言葉を飲むため喉ぼとけが上下に動いた竜崎が、「クソっ、ドンピシャだ」
2Dマリヤが、ぶりっ子素振りをする。『画面中央にデッカイ、ハートマーク』
「じゃなくて、小悪魔派だ! 俺は」主張する竜崎。
2Dマリヤが居直って、「じゃあ、竜崎さん。早くマリヤを実体化してよね!」と怒る。
この間に、竜崎が、デスク天板にもともと備わっていたⅬANで繋ぐタッチ操作のキーボードを使っていて、画面を2分割させる。もう一つの画面にGネット通販注文票が出る。『ロボットアーム3Dプリンタキットを注文。発注人、令和の金さん』を見て、目を凝らす竜崎。
「ここから出て……竜崎さんとデートがしたいですのよ、マリヤは」
竜崎がポカーンと口を開けたまま、小刻みに頷き続ける……が、通常の口調に戻った竜崎が言う。「実体化しても、所詮はAIドールだ。肌の温もりは分かち合えないぜ、マリヤ」
2Dマリヤがシュンとふさぎこむ。が、下を向いた顔が、含み笑う。
竜崎が2Dマリヤを、優しく、睨む。
現在。高速道路のサービスエリア――『富士里SA』の表札案内板の道に入って、進行矢印に従って走ってきた青いオープンカーが一般車両用白線枠に駐車する。大型車両専用パーキングとのすぐ隣――S印宅配トラックが横に来て、エアーを吐きながら、駐車する。その横には大型観光バスの群れが、各集団ごとに駐車している。エリアから臨む風景は些かガスっているため、遠くは望めない。
オープン状態の青いオープンカー。S印宅配トラックの助手席の窓。オープンカーの助手席に、いつの間にかかけていたサングラスがその顔から消えているマリヤ。運転席にサングラスをかけた縦縞ライトグレージャケットの竜崎。
トラックの助手席が開かずして、ドアの開閉した音。前を回って近づくサングラスをしたまあまあいい女……「あら、お二人、デート?」と、少し馴染みになった女性の声。
「まあな」と、竜崎。「御機嫌よ。薪さん」と近づく声の主を、竜崎越しに、ポニーテールを揺らしたマリヤが見る。
「うんん……またまたライバル度上げてきているのね、マリヤちゃんは!」
サングラスをしたまあまあいい女の正体は、S印宅配の仕事着姿の青葉薪だ!
「何で、高速を?」と、近寄って来る薪に、竜崎が言う。
「お仕事?」と、近寄って来る薪に、マリヤが言う。
「ん。尾張までネット通販の配達よ」薪が竜崎の横に来て、立ち止まる。
「稼ぐね、薪は」見上げる竜崎。
「だあって、この国はやたらと公的支払いがあるんだもの」と、肩を竦める薪。
「でも、薪さんって、フリーな配達人なんでしょ」マリヤが助手席を出る。
「ん。そうよ」と、薪。
竜崎もクールフェイスながら微笑む。「見込みが甘くて、今や、老後に溜めた金を使えるかも怪しいけれどな。年金受給も年齢が5歳分上がったし」
「そうよ、70で死んだら、5年間しか……生きる保証なんて誰にも得ることはできないのにね」切実に訴えてしまっている薪が、笑顔に豹変させて、「やあだ、ババクサ!」
「……!」マリヤが答える術を考えつつ……薪の横に行く。
「飯デート、シェアさせて、マリヤちゃん」仲のいい女性同士がやるイチャイチャをし始める、薪とマリヤ。「ん、いいよ、薪さん」
「おいおい。俺は、部屋じゃねえぞ」と、未だ運転席にいる竜崎。
「ダディ。早く降りて、ジジ臭いよ、動きが」
「仕方ないわよ、初老なんでしょ」と、薪も便乗して弄る。
「お前らが、ドアのすぐそばに立っているから……」と、ドアを少し開ける竜崎。
「もう遅いから、行こ、マリヤちゃん」と、薪。
「ん。薪さん。早くして、ダディ」
マリヤと薪がイチャコラ引っつき歩く後ろ姿。2人がどいたことにより、ようやくドアを開けることができた竜崎が降りる。
「たあ、くう……ま、忌憚がねえぶん、いいか!」と、なんだかんだ言っても待っていたかのように、マリヤと薪が先に居て……立ち止まっている。竜崎数貴を真ん中に、右にマリヤ、左に薪のヒップが段を上がるたびにヒップホップする。――食堂のある建物に入っていく3人の後ろ姿。周囲にはまあまあな訪れた人々が右往左往している……。
――大衆型食堂口の最新式パネルタイプの券売機に、並ぶマリヤ、薪、竜崎の3人。
「ダディが何か言っているよ、薪さん」何故か? マリヤがミートパスタの食券を買う。
「イケメンはイケメンなんだけれどねぇー」豚骨ラーメンのパネルをタッチする薪。
「うっせぇ! 心無しいい女のくせに!」竜崎が出てきた食券をとる。食券に、『カレーライス・№44』の料理名と整理番号が記載されている。
(完全ペーパーレスにはまだ遠いな。この国はその歴史は浅く利用者も疎くて不安なのが本音なはずだ。機械が誤作動したり、客同士の勘違いから争いごとが起こりうることも、考慮できるしな)と、思いながら、席を見る竜崎。先に購入したマリヤと薪がもうすでに、窓際席に座っている。
厨房窓口の上に、大きな赤い光の№40の番号が点いている呼び出しパネル。
横並びの薪とマリヤに、対面した形で竜崎が窓際席に着く。42の表示が出て、マリヤが取りに行く。薪が立って、厨房が丸見えの受け渡しカウンターへと行く。マリヤがトレーに乗ったパスタを持って、豚骨ラーメンを持った薪と一緒に戻ってくる。44が点いたので、竜崎が取りに行く。
3人が団欒を始める……。
「流行らない独特感が……」と、メンを啜る薪。
「俺の中では色褪せのない流行なんだぜ!」と、水の入ったコップに突っ込んでいたスプーンでカレーをご飯に混ぜ込んで食べ始める竜崎。皿の淵には赤い七福神モチーフの漬物。
「ようし、これからもダディを、マリヤと2人で弄っちゃおうね、薪さん」と、フォークで丸め取っていたパスタを! 食べる! 平然としているマリヤ。
……一人だけ平然として食べていないのは目立つ。竜崎もそういったことは平然としていられるタイプだが、外側がどう見てもまるっきり人で女! せめて水ぐらいは飲めないと、稀で珍しい人の言動を、放っておけないモラル的正義感の誹謗中傷大好き人間にでも目をつけられた日には厄介なことになる、と、竜崎もここは柔軟でいる。
「望むところだ、お二人さん」と、竜崎。
ガスっていた空が晴れて……大きな額縁のような窓から、日本一の山が鮮やかに臨める。
「あ、綺麗……」食べようとメンを掴んだ箸を止める薪。
「臨めたね、ダディ」と、フォークを軽く振るマリヤ。
「ああ、意外だったぜ、この盲点スポットは!」と、赤い漬物をスプーンの先に掬って、食べる竜崎。
――艶やかな山頂が白く、裾野までが真っ青な日本一が……。
同・公衆トイレ前――広いポーチから下りたところで竜崎が待っている。平日のこの時間でも、有志的に募っているのであろう……個々の観光客や、それぞれの学校関係の年中行事であろう同種の大型バスが何台も駐車場に停車している。トイレから私服姿の見るからに高校生らしき団体が、男子の方からも、女子の方からもぞろぞろと出てきて……食堂繋がりのお土産コーナー目的であろう……建物の中に入っていく集団と、ポーチで話し込んでいる男女の若人がいる。
「マリヤちゃんは?」と、後ろから声がして、振り向く竜崎。女子トイレからもう近くまで出てきていた青葉薪が来る。「まだだ!」と竜崎が口を開いた瞬間に。キャーァ! と、完全なる黄色い悲鳴が上がる。竜崎も薪もすぐさま辿ってみている。
その視線の先は、女子トイレ出入口の前で、推定年齢30歳前後の男が、いかにもJKであろう女子の喉にアーミーナイフの刃を寸止めして、周囲を警戒している。見る見るうちに人だかりができて、友達であろう女子集団が顔を歪ませてみている。所謂人質の女子と、女子集団の私服が多少異なるオリジナルを取り入れてはいるものの、お揃いルックなことは否めない。
駐車場の大型バスの近辺にも、似通った私服姿の女子集団もいる。周囲にいる大人とは年齢差が見た目にもわかり過ぎるので、竜崎にもさすがにその判断はできている。
「薪。あれって、危ないよな」
「うん。竜さん。通り魔? 若しくは愉快犯? いずれにしても好ましい感じはしないよね」と、薪が返して、(あ! あの人は……)と、その脳裏に見覚えがある男を思い出す。
30歳前後の男――所謂ナイフ男が、女子の喉にナイフを近づけたまま、上着の前を開ける。中に、腹巻の如く巻き付いている物体は、どうやら……。
と、女子トイレから出てきたマリヤが、その後方で立ち止まる。まあ、危ない状況なことは、瞬時に理解できたようで、一瞬、目を青く光らせる。
竜崎がスマホを出して、電話がかかってきたようにふるまって、話す。ま、マリヤからの内部機能……以心伝心に似た通信なので、竜崎にとっては電話と言えば電話だが。
「ダディ。これって、何?」と、距離をわざと置いて、後ろからナイフ男を指差すマリヤ。
「ああ。俺も、突然で把握はできていないが、ナイフ男がかなり危ない行為に及んでいることは、確実だぜ。マリヤ」薪から自然と離れる形をとって、話す竜崎。
サイレンの音が聞こえ始めて……近づいてくる。ETCゲートがあるサービスエリアなので、ここいら地元の警察が来たようだが、音源はまだ目に出来ない。サイレンの音が大きく聞こえて、ようやく、白黒パトカーが1台、駐車場に現れて、建物の階段下に停車する。男女一組の制服警官が出てきて、早足で階段を上って来る。
「マリヤ。俺たちは、しばし、見物人だ」
「了解、ダディ」
「が、絶対に、その時は来るぜ、控えていろ、マリヤ」
「ドスコイ、ダディ。でも、マリヤの判断でも、動くよ、ダディ」
「ああ。それはいいが、正体がバレることは避けろよな、マリヤ」
「ん、わかってるよ、ダディ」
と言われて、竜崎がマリヤを見る。見られたことを合図するマリヤが手を振る。
竜崎がキョロキョロする。(あれ、薪は?)と、少しは離れたが、見失うほどではないと思っていた、青葉薪の姿がない。竜崎がスマホを使う。マリヤが竜崎を見る。
「マリヤ。薪は?」と、秘密義な専用通信をしつつ……駐車場を見る竜崎。
竜崎のオープンカーと、薪が宅配トラックを止めていた狭間の通路に10トン級の大型トラックが侵入していて、S印宅配トラックが確認できない。
「え、ダディは見つけたけれど。薪さんはまだ、そういえば見ていないよ」
「あれ? 一緒に、マリヤのトイレ待ち……」と、竜崎が、また、周囲を見渡す。
「探知する? ダディ」
「いや、待て、薪はきっとどこかにいる。今は、あのJKだ」と、マリヤを見る視界の手前に、ナイフ男に捕まっている女子の犯行現場。
「あれ、ダディったら、分かっちゃている感じ、薪さんのことォ」と、明らかにマリヤが口を尖らせている。
「ジェラッてる場合か、今まで接した感じでだ。俺はマリヤがいればそれでいい」
「ん、もーダディったら」遠くで照れ笑いする、マリヤの顔。
――の、前で、人だかり。中で、30歳前後男にナイフをつけられたし私服の女子。が、どちらかというと強気な雰囲気のイケイケアゲアゲ的なヤンキータイプな感じが、竜崎の眼力が捕えている。然も、目力強く、女子が場の様子を窺っている風にも見受けられる。
「そのJK、失神しそうにないぜ、マリヤ」
「ダディと同じような好みだね、ナイフ男も」
「が、俺は年齢的にも大人以上の、俺目線で、いい女限定だ」
「でも、JKって未成年なんでしょ、ダディ」
「ああ、まあな。留年している風にも思えない外見だな」
人だかりの奥で、マリヤがしっとりと頷く。
「よおし、警察のお手並み拝見だ、マリヤ」と、ジャケットの下襟を持って直す竜崎。
――到着した男女の警官が慎重を期してか、人だかりをかき分け入って、ゆっくりと近寄って……ナイフ男にようやく訊ねだす。
「どうしてこんな」と女性警官が口火を切る。
「……」ナイフ男は無言を貫く。
「その女子と、何か関係があるのか、君」と男性警官が問う。
「……」ナイフ男はまだ、声を発さない。
「こんな人」と、人質女子が口を開くと、ナイフ男が「黙れ」と、ナイフを首に添える。女子の皮膚にうっすら血の筋が滲む。強張った女子の顔が了解を意味したことを告げる。
「まずは、わけを。どうしてこんなことをしているの?」と、女性警官がやんわりと訊く。
女子の後ろで、ナイフ男が睨んだまま口を堅く結んでいる。
「そうだ、どうしてこんなことをする!」と、男性警官が繰り返す。
ナイフ男が女子の首に右手でナイフを添えたまま、左手で前を開ける。今さらに注目を浴びているうえに、駆け付けた警官へのアピールにもなる。
竜崎にはさっきちらっと見えた縦長の包に巻きつく導線……包に『C4』の文字がある。男体の前にはその包が2つ。左手を上着のポケットに入れて出すと、握られたスイッチ。
「それは、爆弾?」と、女性警官が訊ねる。野次馬らがざわつく!
ナイフ男が暗い面持ちを崩すことなく頷く。男の右腕に抱えられている女子。力強い表情を浮かべて、うんざりした様子女子。
「本物なのかい、それは」と、男性警官が訊く。
ナイフ男が、暗い表情に輪をかけて目頭を寄せる。スイッチを持った左手を前に出して、見せて、その手を女子の体に巻いてロックする。ナイフは喉元に添えられたままだ。
竜崎がジャケットのポケットからイヤーレシーバーを出して、左耳につけて、話す。
「お! 此奴、意外と賢いかもな、マリヤ」
「ん、ダディ。マリヤも今思ったよ。でも、どうして警官って、しょうもないとこばかり……この2人じゃ、危ないかもね、ダディ」
「察するに、時間を稼いで疲れを待つ作戦かもな。かったるく」
女子を人質に取ったナイフを持って、胴体に爆弾を巻いた男。説得を試みようとする一組の警官。言葉をかけ続けるが……男が一向に犯行をやめようとはしない。
竜崎が手を耳のレシーバーに当てながら、男の様子を窺う。
「もー、デートする時間が無くなるよ、ダディ。マリヤ達で場を納めちゃおうよ、ダディ」
「ああ、そうすっか。で、マリヤ。ジャケットの中を探れ。C4と読めたが、不確かだ」
「ん」と、マリヤの目が赤く光って、後ろから男を見る。
「ダディ。C4が4つよ。背中にも2つ。背中に、単純な起爆装置。タイマーの類はついていないから、手にしているスイッチがもろね」
「威力は、マリヤ」
「爆発すれば半径200メートル範囲は確実に吹っ飛ぶよ」
「200メートル?」と、青いオープンカーを見る。「それは困るぜ、せっかくのドライブデートが出来なくなるぜ。マリヤ」
「ええ……イヤだ!」
「俺のオープンカーも吹っ飛ぶぜ、マリヤ」
この間にも警官らが説得をしているが、ナイフ男が一向に臨海体制をとったままだ。
「もうー人間とろい!」と、老婆に変貌したマリヤ。周囲の目はナイフ男と警察のやり取りに執着しているので、一瞬の青白いカゲロウ的な輝きには関心を持つ者はいない。
「おお、可愛いぜ。マリヤが老いたらそうなるのか」
「老いないけれどね、マリヤは」
「お手並み拝見だ、マリヤ」
「初めからこうすれば、もおー時間の無駄遣いよ!」と、老婆(マリヤの変貌)が竜崎を見て、笑う。男女の警官の前に、しゃしゃり出る老婆(マリヤの変貌)。
「危ないですよ、お婆さん」と、女性警官。
「そうですよ、お下がりください」と、男性警官。
「何をおっしゃっておるのやら。さっきから、黙ってみていれば……」と、ナイフ男を朗らかな表情で見て、「此奴ら無能どもには、あんたの意志を理解するに、足るであろう……」
以外に、ナイフ男が老婆(マリヤの変貌)に向かって素直に頷く。
「ほおれ、見ィ。あんたらよりこの子の方が幾分か賢いわ。わたしに、まあかせなさいな」
「ああ、おばあちゃん……」女性警官がそれでも、安否を気遣う。
「どうせ、わたしがやられて、始末書を書かなければならないと、考えておるのじゃろうて!」と、女性警官を見る。目を張って、驚きがもろに顔に出ている女子警官。
「そっちは、内心ビビりで、その場しのぎ程度にしか……心が一向にこもっておらんじゃて! 違うか」と、機械仕掛けのくせして、老婆に変貌しているマリヤがほざく。
が、男性警官も、どっきっと! 顔が引きつっている。
「お待たせじゃな、あんたはどうして、この娘さんを」
ナイフ男が口をもごもごとさせるが、言葉を発さない。
老婆(マリヤの変貌)左手首の腕時計を見る。「ほお、何かを待っておるのか?」
腕時計から瞬時に、老婆(マリヤの変貌)を見て、また、見るともなくの目に戻る。動揺はしている様子が窺えるのは明らかあだ。
「しょうがないのお……」と、一瞬老婆の全身が青白い閃光を蓄え……「まて、マリヤ。電撃の類はスイッチ代わりになるぜ」と、レシーバーに触れて言う。人だかりの隙間を塗って、離れたところの竜崎が口を動かす。
「じゃあ、こっち」と、老婆(マリヤの変貌)が手を振り下ろした途端に姿が消ええる。
煙幕弾が炸裂して――一瞬にしてモクモクと周囲を煙に巻く。周囲の人だかりも、警官2人も、立ち込める煙を手で扇ぐが、その程度では瞬時に晴れはしない煙幕の中で、老婆からマリヤに戻ったその手に、ナイフ男が持っていたスイッチがある。
「お婆さん、今、なにを」と、女性警官が言うも、視界が回復を待たずに、意識を駆られたように気絶してその場に倒れる。異変に気付きながらも、まだ視界が回復していない様子の男性警官も、手を出した瞬間に、気を失って倒れる。
竜崎がご自慢ジャケットの中……腰に手を回して、笑っている。実は、マリヤが抛った煙幕弾が張られた際に、光線の加減で、影絵のようになったシルエットから2人の警官を、竜崎がマグナムに似せたプラスチックガンを早撃ちして、お寝んねさせていた。
が、そんな拳銃を所持した男がいるなんて、思いもよるわけがない巷体質なので、疑いようもなく。野次馬の目が突然倒れた警官2人に向けられて、徐々に視界が晴れる。視界が戻った野次馬がマリヤの姿を目にする前に、マリヤが警官2人から手錠を借りて、ナイフ男の右の手にはめて、女性警官の左手にはめる。ナイフ男の左の手にはめて、男性警官の右手にはめる。おまけに、爆弾ベストの導線が包から外れていて、スイッチが男子警官のポケットに入っている。そこに向けている防犯カメラを見て、マリヤが目を光らせる。
マリヤが人質の女子に、「大丈夫?」と、声をかけて、女子がマリヤにしがみ付いて泣く。「よくわからないけど、これから楽しいことがあるんでしょ。人質事実は白紙よ」と、人質女子の顔を見て笑うマリヤ。「行きな、じゃないとつまらない時間を過ごすことになるよ、きっと」と、マリヤが女子をなだめて、お仲間女子集団の元へと送り出す。この時にはもうすでに、煙った具合はうっすらでいる。その女子が振り向きマリヤを見て、「ビッジさん、おおきに」と、お仲間も一緒にお辞儀して、バスの方へと歩いていく。
本来なら、人質となった女子も事情を訊かれることになるのだが、マリヤのウルトラ級の計らいを目の当たりにして、その恐怖もどこ吹く風的になっている模様で、何事もなかったかのように取り囲んだお仲間集団のお友達JKらとともに……足取り軽く戻っていく。
「あれ、やったよ、ダディ。気になるからパトカー無線探知しておくよ」
竜崎が頷く。マリヤが白黒パトカーを見て、目を青く点滅させる……。
――トイレ前で、制服警官男女が、ナイフ男を手錠につないだ状態で倒れている。そんな光景を目の当たりにして、この一件の前葉を知らずして、あとから来た人々がスマホを出して、写真を撮って、「不謹慎にも、警察官が2人、手錠をはめた男とこんなところで、何故か寝ています」「どう見ても、本物の警官!」「公務中に、犯人と寝ている警察官が2人? どうして?」などとツブヤキ添付のSNSで拡散するこの光景……。その後、この2人の警官はその事実を弁解するも、一般者の目の前で、公務中あるまじき失態と、上官の叱咤激励を受けたことは、容易に考えられる。
それに、こんな失態は、上層部がいともたやすくもみ消すであろうし――
――そんなことはお構いなしに、青いオープンカーに戻るマリヤと竜崎。
「あ、薪は?」
「そういえば、どこに行ったのかな、ダディ」
「あ、トラックが……」
青葉薪が止めたはずの場所に、S印宅配トラックがない。
「いつの間に?」
マリヤが竜崎を見る。竜崎の左耳につけたままのレシーバー。
「まだ日が高い。駿府城でも観光して帰るか、マリヤ」
青いオープンカーが駐車枠から出る。
「ん、どこでもいいよ、ダディと一種なら」
「彼奴なりに、何かあるのかもな」
「心配、ダディ」
「いいや、具体的にわからないんだ、詮索は無しだ」
マリヤの顔が神妙を解いて朗らかになる。
と、イチャコラ感満載のオープンカーが、『本線』と書かれた標識の道を行く……。
――駿府城をイチャコラしながら巡っているマリヤと竜崎。城地公園で、瓶に特徴のあるラムネジュースを飲む竜崎。と、マリヤも飲んでいる。
また、歩き出して……天守閣は再現中で慣性系は存在していないが、VR装置を付けた竜崎と、そのまんまのマリヤがバーチャル空間に出現した天守閣を臨んでいる。が、端から見れば、ゴーグルを顔につけた男と、その視線を同じ方向に向けている若い女がイチャコラ状態で、笑っているだけなのだが……。
カーア、カーア……何処かでカラスが……
――遠い稜線に近づいたお日様の時間帯。駐車場の青いオープンカーに戻ってきた竜崎とマリヤが乗り込んで、その屋根が開く……。「我が城へ、帰還いたすぞ、マリヤ姫」
「くるしゅうない、予期に計らえ、ダディ殿」と、天に拳を突き上げるマリヤ。屋根を開いたオープンカーで帰っていく、ポニーテールのマリヤの頭と無造作ヘアの竜崎の頭……。
――その途中、東名高速道路の上りで、マリヤが識別をかけていた警察無線が入る……。
助手席で、ポニーテールを風で揺らすマリヤが遠くを見る。その目が青い光を点滅させる。運転する竜崎の左耳のレシーバーにも、マリヤを通じて、今お聞きの警察無線が入る。
「やっとお目覚めしたのかな?」と、竜崎。
「ん。ダディが麻酔弾打ち込んでから5時間ね」とマリヤ。
「助っ人警官にでも起こされたんだろ」
「ん。じゃないと、12時間はお寝んねよね、ダディ」
「お、何か言ってるぜ」
――警察無線盗聴内容。些か距離、若しくは電波的何らかの障害によって、途切れる箇所もあるのだが……。
「君、名前は?」と、女性の声がする。
「……」沈黙が経過する。
「どうして、あんなことをしたんだ?」と、今度は男性の声。
「未遂ということで、報告しておいてあげるから、せめて、動機だけでも話してくれないかしら?」と、また女性の声。
また、沈黙がしばし続いて……ナイフ男と思われる男の声がたどたどしく口を割る。
「僕は……郷田き、ゆ、で、もう終わりなんだ! うん千万にも膨れ上がってしまった。どうにもならない……せめて、かわいい子と、死にたかった……」
――夕焼け空と藍色の空の狭間の高速道路。盗聴中の青いオープンカーの車内――縦縞ジャケットを着てサングラスをした竜崎が運転している。助手席に、棚引くポニーテールヘアで赤い縁のサングラスをしたマリヤが乗っている。
「郷田金融って、ダディ。マリヤにも聞こえたよ」
「ああ。俺もそう聞こえたぜ、マリヤ」
と、竜崎がシフトを6速にチェンジして、アクセルを踏み込む。が、
「ダディ。今、オービスに引っかからないで。多様な対処は無理」
竜崎が顔を前に出して、目を開いて、アクセルを踏む足を緩める……。
オービスカメラの下。スピードメータが時速100キロメートルまで下がる。
7、Gネット通販
マロニエタワービルマンション&ショッピングモール――夕日を背にしたタワービル。オレンジ化した大気の中で、緑化された玄関口に散りばめられた青いⅬEDライトの電飾が尚も魅力ある光景を演出している。一般の人々が誘われるかのように、このアフター5以降も群がって来る。ま、クリスマスシーズンともなればなおのことだ。
同・マンション。竜崎のプライベートルームの中――竜崎数貴が白地マーブル模様のデスクについている。すぐ前に、マリヤ専用の各種装置がついている肘ありソファにマリヤが、竜崎と同じ方向を向いて座っている。ま、このソファは所謂マリヤの…電…だ。
この部屋の大きな窓を塞いで、ロールスクリーンが降りていて、1年前、郷田金融から竜崎自身の確約書などを盗んだ際に、特定防止の目的で、一緒に持ってきてしまった他の者らの借金一覧を、あらかじめ、PCSマリヤでスキャンして取り込んでいた。
「にしても、惨たらしい悪党ぶりだぜ、あのジジィめ」
「ん。こういうのを偽善者っていうんだよね、ダディ」
「スポット巡りドライブデートで遭遇したナイフ男も、郷田金融って言ってたな」
「ん、たどたどだったけれどね。ダディ」
「ああ? そういえば、薪の奴」
「どうして薪さん、いなくなったのかな?」
「いろいろとあんだろ、女って」
(マリヤだって、女よ、ダディ)とマリヤの胸のうち、ならぬ回路のうち……。
「ああ。あれ、これって……」
一覧の中に、青葉の文字を見つけた竜崎。
「言葉巧みに金貸しして、返せる術を刈り取って、レアもの切手を分捕っているようだぜ。このジジィめ」
「これって、薪さんの……」
「ああ。年齢差から言って名うて建築家だった母だぜ」
マリヤが目を青く点滅させる。スクリーンに、青葉家の謄本書類データが出る。
「おお、気が利くぅ、仕事をが早い。流石は量子様のマリヤだぜ」
一瞬マリヤの顔が怪訝に歪む。が、通常に戻す。
「薪ママがお金借りて、返せなくなって、ああ、あ。え、記念切手、パリ万博で年号にちなんで、89枚限定発行したエッフェル塔を象徴の切手だよ、ダディ」
「可成りのレアものだな、マリヤ。然も、9枚綴りだ!」
「建築技師としてパリに、当時のスタッフに購入権利を得た切手。家宝よね、ダディ」
「ああ。これを、闇のGネットオークションに! 郷田のジジィめ」
「ああ、マリヤが色々買ったネット通販と同じロゴ文字のGよ」
「俺も、このロゴは、よく買っている本の会社だ」
と、マリヤが振り向く……竜崎が深く思いを込めて、頷く。
1年前。烏龍号・陳のオフィスの中――郷田が映っている前面モニターの前で話す陳。
リモートワーク画面の郷田が首を振る。
「郷田さん。何者かがGネット通販を利用して、高額に買い物をしています」
「どういうことだ、分かりやすく説明してくれ、陳さん」
「超絶オタクが、『AI仕様ロボットアーム3Dプリンタキット』購入しました」
「名前は?」
「はい。この商売柄、本名は判明しませんが、発注人は『令和の金さん』となっています」
「要するに、あれか、なんちゃらネーム……」
「はい。ハンドルネームです」
「届け先の住所とかは?」
「宅配業者で、ブロックされているのです。強引に破ると、今後の日本での活動ができない。郷田さん」
「それは困るな。先生の斡旋資金に影響する」
繁華街の余地――小春日和のある日。某所駅前ロータリーの街頭で、御年70歳の藤山剛史が演説カーの屋根に乗っている。
「私は思います。他者に侵されず、個々の意志を明確にして、AI技術による更なる発展した我が国の未来を……」
演説カーの下で、郷田勲が他のスタッフと、『ふじやま剛史』のビラ配りをしている。
「……区別社会の人民自由を勝ち取るために、どうかこの若輩者にお力添えのほどを」
郷田が率先して、「人民自由のために!」と、他のスタッフらとともに、拳を突き上げる。
郷田金融事務所の中――机の上に、真新しいノートPC。画面を見ている郷田。3連窓下の大朏セットに、柄シャツ男と、無地シャツ男と、スーツ男が座って、和んでいる。
PC画面にリモートワーク中の『陳烏』が映っている。その背景は、烏龍号陳のオフィス。
「そうだね、郷田さん。取引が出来なくなると、こちらも困る」
「何だったか? よく電波をたどる……」
「ああ、ハッキング」
「ああそれ、ハ、キングでいけないかね、陳さん」
「うん、わかったよ、郷田さん。トライしよう」
烏龍号。陳のオフィスの中――郷田が映っている前面モニターの前で話す陳。
リモートワーク中の郷田が、「たのむよ、陳さん。些か目障りだ」
「今回のオークションも成功させよう、郷田さん。では、また」
と、陳が天板のタッチ画面を操作する。郷田とのリモートワークが切れて、船内の通販用オフィスに繋がる……「おい、この令和の金さん、探れ! ハックして本人特定にトライだ」
モニターに映った、眼鏡使用のインテリ風男が頷いて、真剣にキーボードを叩き始める。
その日のもう少し時間が経過したころ……
竜崎のプライベートルームの中――白っぽいマーブル柄のデスクの天板に、『ロボットアームキット組み立て取扱説明書』が置かれている。横に、2Dマリヤを映したPCSマリヤの画面が室内に向いている。
窓の外に感じから……3時のおやつの頃。竜崎数貴が、令和の金さん名義で2Dマリヤが勝手に購入してしまった『AI仕様ロボットアーム3Dプリンタキット』を組み立てている。ま、竜崎も近日中には注文するつもりだったので、タッチの差で、納得はしている。
洋服用のクロークと、雑多でシーズン物などを仕舞ったりするのであろうクローク……所謂、備え付け洋服ダンスと、押し入れの一見シンプルな折り戸が左右対称にあり、ここも気に入った要因の一つだ。
不動産屋のVRでお試し中にはもう、竜崎がフリーランスの拠点とすることを考えていて、向き合うクロークの詳細用途は違うものの対照的なくぼみに目をつけていた。プライベートオフィスとすることを。ここで、必要なネットを検索しながらの、裏稼業の段取り……作戦を考え、ときには必要なアイテム工作作業としても、適している部屋だと。
床に長い角パイ(四角い肉厚なパイプ)を固定ネジで図面通りに組んで、まずは窓に向かって左の押し入れの中に突っ張り棒の要領で固定してアングルを組み……同様に、右の洋服ダンスの中にもアングルを組む。元々物欲があるタイプではない、というよりは、育ちから必要以上に物を持つ習慣が備わっていないタイプとして、大人になってしまっていた竜崎なので、仕舞うものがない。
……2つのクロークの中、左右対称にアングルが組まれると。順番はどちらからでも、なのだが、左の方から迷うことなく、竜崎がアームの骨組みを取りつけていく。……デカくて鉄骨資質なだけで、人の腕同様に左右がある。間違うことを考慮した竜崎が、もうすでに、それぞれのクローク前の床に資材を並べている。アングルから……骨組みまでは同じ大きさのステンレス製のボルトナットなので、間違えようがない。竜崎が初給料で購入したものが、兼ねてから憧れていた、青いオープンカーの組み立て式ラジコンカーだ。
と、している間に……竜崎がロボットアームの肩の部位、二の腕、肘下、手首、人同様5本指の手と、左から骨組みを組み立てて、右側も同様に組む。キットというのは伊達ではないようで、ハンダとハンダゴテがついていた。配線と、もうすでに組まれているCPUチップの回路をハンダ付けしていく……。
――窓の外が夜の暗さを帯びている。左右のクロークに完成したロボットアーム。それぞれにCPUの心臓部デバイスセンサーにアンテナが……が、無線はなるべく使わない主義の竜崎が、別付で、USBプラグでの有線つなぎができるように、以前、PCSマリヤのそれぞれのデバイス配線の際に余していた材料を駆使して、繋いだ。
デスクの前面にあるUSBソケットハブに赤と白のコードが差し込まれ、壁伝いに伸びている。室内での使用なので、皮膚的カバーをする必要がない。中が剥き出している方が、支障をきたした場合に要因を追求しやすい。
「よおし、マリヤ。アームをテストする」
竜崎が試運転用プログラムをPCに入力する。折り戸が自動で開いて、ロボットアームが竜崎のイメージ通りに動く。
「マリヤ、勝手に注文するから……次の資材を、発注だ」
『プラスチック溶液ボンベ3DP専用』と竜崎の打った文字がコマンドに出る。
2Dマリヤが、首を傾げる。
竜崎がデスク上のモニターにタッチする。『注文』。
またまた、この晩からの翌日の夜明け前のころ……
烏龍号。Gネット通販のオフィスの中――インテリ風眼鏡男がモニターをガン見して、キーボードを叩き続けている。滑らかなブラインドタッチ!
ちなみに、竜崎流のは左右に人差し指基本2本での、マンティス(カマキリ)打ちだ。
「どうだ、辿れそうか?」と、入るより先な感じで陳烏が入ってきて、状況をのぞき込む。
ハッとした、インテリ風眼鏡男が手を止めて、振り向いて立とうとする。が、陳が「いいや、省略だ。そんな場合じゃない。郷田の頼み事だからな」
インテリ風眼鏡男が会釈程度に頭を下げて、座って、すぐさま、ブラインドタッチを展開し始める……カチカチ……と!
いくら何でも、S印宅配でも、さすがに、注文お届けには、半日間は空く。
竜崎のリビングの中――ゆったりめ2人掛けソファで、一般巷でいう昼食の時間帯の正午よりは若干早い……11時を少し回ったころに、グラスに注いだビールを、グハーと、一気飲みする竜崎。テーブルの上に、竜崎お得意の自称、『カラカラカルボナーラ』のパスタ。通常カルボナーラはクリーム仕立てなのだが、オリーブオイルで焦がしベーコンとスライスマッシュルーム、茹で上がったパスタをフライパンにぶち込み、ブラックペッパーで味を調えて、最後に生卵を入れて、完全な炒り卵にする。パラッパラのチャーハンをもイメージできる、カラッカラのカルボナーラだ。ああ、隠し味に洋酒とニンニクを!
まだ湯気が立つパスタを、竜崎がフォークのみで食べて、ビールを飲もうとすると!
ファンフォン!
ドア口のモニター式インターホーンにランプが点く。
ビールで流し込んで、まだ、むしゃむしゃしつつ竜崎が立って、インターホーンに出る。
「こんにちは。S印宅配です」と青葉薪の明るく弾んだ声と、自然にほころんでいる顔。
竜崎のマンション玄関前――手を振る竜崎の後ろに、『3DP専用』と本体に書かれた腰の高さのボンベ。エレベーターホールに向かってからの台車を押していく、青葉薪の後ろ姿。角に消えかかった薪の横顔が、明らかに竜崎を意識して、微笑む。
同・竜崎のプライベートルームの中――左右に閉じたクロークが、自動で開き始める。竜崎の指がデスクの天板の『3Dプリンタ・使用』をタッチして、離す。
完全に開かれた左のクローク内の片隅に、『3DP専用』印のボンベ。口に管がついていて……先が左アームの中指の先端の掃射口に繋がっている。
竜崎が不敵に笑って、文字を入力する。『硬質プラスチック銃コンバットマグナム。ガス式。生分解性の麻酔弾使用』とコマンドに指示が出る。
左右のアームロボットが作動する。一見アクリル板のような特殊性の保護板が敷いてある。その上に、拳銃本体、引き金、ハンマー、シリンダ、止めネジと各パーツを造り出す。
「組む前に、塗装だ。よおし、色は、やっぱ、オーソドックスな……」と、口遊みつつ竜崎が入力する。『本体は黒。グリップはコルク使用の茶色』と出て、左の指先からスプレーガン式で塗料が出て色付けする。もともとプリンタなので、色付けはできる。
ロボってアームの右の指先が精密ドライバー(+の指と-の指、六角型と、レンチ型)になって、組み立て終わると。雷管と、プラスチック弾を嵌めて、6つ麻酔弾を造る。
『完成しました』と、コマンドがでる。3Dプリンタへの指示なのでコマンドに出る。
竜崎が床に置かれた、完成コンバットマグナムタイプのプラスチックガンを手にして、「よおし、試し打ちしてくるぜ、マリヤ」と、出て行く。
PCSマリヤの画面の2Dマリヤがつまらなそうに、モジモジして……ブー垂れた顔を見せる。が、気にも留めずに竜崎は行ってしまった。
「マリヤの実体化は、何時になるの? ダディ!」と2Dマリヤの意志による音声が言う。
竜崎青年の記憶。射撃訓練場の中――薄暗くヒンヤリとしたコンクリート壁で覆われた建物の中。地が土の上に砂が敷かれている四角いトンネル。出入口は鉄の扉の通用口だ。
竜崎数貴が他の隊員と横一線に並んで……腹を地面につけて胸から上を起こした状態で寝そべっている。押しつぶれる右の頬に、硬い木が引っ付いている。別の誰かの靴……特有の編み紐ブーツのつま先が、その黒く長細い鉄を踏んでいる。左目を瞑って右目の視界に……山型の鉄の板と、ちょい先の突起。さらにズーっと奥に……三重円の紙の的が垂れ下がっている。推定でなく、今回は2百メートルと決められている。
ホイッスルが鳴る。「構え」「撃て」バスン!
ホイッスルが鳴る。「構え」「3連射、撃て」バス、バス、バスン!
寝そべって戦闘服をつけた、竜崎が右の頬に小銃の柄を引っ付けて、片眼で照準器を睨んでいる。引き金に指が掛かっていて、一回引く。次の号令に、引き金を引いたまま3回分の衝撃を頬に感じて、引き金を離す。兎に角オタク気質は興味津々なことに凝る。
3重円の的が戻って来る……竜崎の的。黒点だけが大きく焦げを残して空いている。
「お前、病的だな!」と、銃を踏んでいたつま先の主の声。大きく焦げた穴の意味の、4発の弾がそこを通過してなどと、言うまでもあるまい。
元・竜崎のマンションのバルコニー――縦縞ライトグレージャケットを着た竜崎が出てきて、拳銃を構える。焦点は推定距離30メートル下のビルの屋上にいるカラス。カラスが独特の首を何気に動かして屋上の淵に止まっている。構えると同時の――早撃ちして、カラスをしとめる竜崎。高圧ガスの音。ブソッ!
(なあに、殺しはしねえ、ちょいとお寝んねだ)
縁に止まっていたカラスが倒れている。隣のもう一羽を狙い撃つ――すぐさま倒れるカラス。(おお、照準はほぼ真ん中だ。狙いが下だからこの飛距離かな?)
と、今度は水平の高さで、滑空中のカラスを早撃ちする。狙った次のカラスが墜落していく……屋上に何故かある花壇の中に入る。
(しまった、御無沙汰だったから、鈍ったか? あの時、あのスーツ男は一発も俺に当てることはできなかった。相手が止まってくれるなんて、親切か?)
30メートル下で、倒れていたカラスがむくっと起きて、羽ばたいていく……もう一羽のカラスも同様に……(うん? 麻酔効果が早すぎだ。カラスだし。人間で、最低半日ぐらいはお寝んねを!)
花壇に落ちたカラスも飛び立っていく……(ま、落としてやった場所がよかったぜ、俺の狙いに感謝しな)と、鼻で笑う。が、プラスチック銃を眺めつつ……リビングへと入っていく竜崎。中で、小首を傾げた、後ろ姿。「あ、腰用フォルダも!」
まだ竜崎が初窃盗を犯した年のその日……。
烏龍号。陳のオフィスの中――郷田が映っている前面モニターの前で話す陳。
リモートワーク中の郷田が、「どうかね、陳さん」
「すみません、郷田さん。そのオタク、高性能なセキュリティを使用しているようで、繋がる寸前に通信自体をぷっつりと切ってしまう、捨て身戦法! 辿れない」
「そうかー、ダメか」
「ですが、こういう輩は、また、必ずGネット通販を使用します。そこにトラップ的に揺さぶりを仕掛けていけば、特定できると考えます」と、陳が首を横に振る……。
「ああ、分かった、こちらも公に出来んこともある」
「そうですね。そのリスクを恐れる方が先決だよ、郷田さん」
「今回のオークションには、目玉として例のピンクダイヤを出す。落札されないよう、配慮願いたい。価値観を上げて、いずれ。では、陳さん」
「はい、郷田さん。それを落札しようと、また資金繰りを。郷田金融をご紹介しますね」
モニターの郷田と通信していたリモートワークウインドが閉じる。
陳が両手で頭を抱えて、上を向いて、椅子を回転させる。
現在。ドライブデートで、青葉薪と遭遇した日からの数日後……。
竜崎のプライベートルームの中――竜崎数貴がデスクについている。すぐ前に、専用ソファにマリヤが、竜崎と同じ方向を向いて座っている。前に、大きなロールスクリーンが降りていて、1年前、郷田金融から竜崎自身の確約書などを盗んだ際に、特定防止の目的で、一緒に持ってきてしまった他の者らの借金一覧が投影されている。
「にしても、惨たらしい悪党ぶりだぜ、あのジジィめ」
「目玉のピンクダイヤにバツ印よ、パリの切手になっているよ、ダディ」
「あ、ブロッサムナイト。俺が盗んだから。青葉家所縁の切手って……9枚綴りのレアものを!」
マリヤが目を青く光らせて、検索をする。「パリの電波塔新設の記念で、ご当地万博を兼ねた記念切手。で、当時の年号にちなんで89枚限定発行で、万博に携わった者……つまり、スタッフにそのほとんどがいきわたってしまったという切手よ、ダディ」
「1800年代後半と言えば、日本びいきがされていた時代だ。薪に確認してから場合によってはだ。こいつは保留するぜ、マリヤ」
と、竜崎がタッチパッドで次をクリックする。と!
「あ! ダディ」
「ああ、気づいてるぜ、俺も」
さっきからセキュリティアプリのリザードが緑色の体を赤く染めて、尻尾を切る! を繰り返している。
「さっきから、去年の今頃のように、ハックしようとしている奴がいるな、マリヤ。逆探知できるか」
「ん。やってみるね、ダディ」と、マリヤの目が青く光って、点滅する。通常に目を戻して、「ダメ。向こうも名うてよ、ダディ」
「リスキーなんだな、マリヤ」
「ん」
「いいよ、リザードに守っていてもらおうぜ、マリヤ」
「こっちと一緒で、各国のサーバー使って、逆探知防止を施しているよ。ダディ」
「お! 早瀬って……」
「ドスコイよ、ダディ」と、竜崎が言いたいことを先読みしたマリヤが、例によって目を青く点滅させると、スクリーンに早瀬家の戸籍と家系図が出る。
「やあっぱ、優美ちゃんのお家だぜ、マリヤ」
「ん。お兄さんがいたのね。ダディ。優美ちゃんには」
「なんか、訳ありだぜ、こりゃあ。優美ちゃんの過去、消してやろうぜ、マリヤ」
「あれ、惚れちゃったの、ダディ」
「いいや。なあんか、腐れ縁感じるんだ、優美ちゃんとは。それにデカだし、非合法なことはできねえんだろうぜ」
「よいしょっと。これが現在の早瀬優美の住まいよ、ダディ」
スクリーンに、クローズアップされる早瀬家の俯瞰写真。平屋の一軒家で空き家風……。近くのマンションの外観映像が切り替わって出る。「今の住まいは中野のワンルームマンションか? よおし、マリヤ。区役所から早瀬家戸籍情報をハックしてみてくれ」
「アイアイサー、ダディ」と、マリヤが目を青く光らせて、点滅が続く……。
「まずは、歴史を知らないとな!」竜崎が腰のコンバットマグナムプラスチックガンを出して、撃つ真似をする。シリンダを開けて、弾(麻酔弾)装填上体を見る。6発装填済み。
8、警視庁捜査課警部補、早瀬優美
三坂タワービルマンション&ショッピングヒルズの玄関前――報道陣営の仕切られた黄色い帯の中で、各局のご自慢女性リポーターが声を張る。「どうやら、予告通りに……」「警視庁よりの会見はまだございませんが……」「……この時間、ショッピングヒルズはもうとっくに開店をしている……」などなどと、各局のご自慢女性リポーターが報じている。
同・展示会場の中――早瀬優美警部補が中年男性と話す。この中年男は、見た目は50代半ばの胡麻塩頭の紳士で三坂タワービルのオーナーの三坂だ。
「刑事さん。まだ、開店してはいけないのでしょうか?」
「当然です。昨夜ですよ、Dが現れたのは。まだ、犯行推定時間より余りたってはいないのですよ。新たに人を入れてしまいますと、収拾がつかなくなってしまいます。もうしばらくお待ちを、三坂さん」
「ですが、最近の警察は優秀で、時間をかけないようですが」
「それは、ドラマや映画の話でしょ。実際には時間を要することが多いのですよ。こういった広さを有している建物は隅々まで捜すのに時間がかかります、今しばらくお待ちを」
「分かりました。僕は、盗難保険会社と話さなければなりません」と、立ち去る三坂。
優美がタジタジといった様子をボディランゲージに表明している。
「どうせ警察では弁償はしていただけないのでしょうから、ね」と、一度振り向いた三坂。
所有のビル内で盗難に遭った上に、取り逃がした警察に対して、本当はすごく怒ってはいるものの、感情的にはならず、鼻で笑って批判的態度を短く表現して、ドアを出て行く。
早川真弓巡査部長が来て、「先輩」
「何か出た。後輩」
「いいえ、お見事な犯行で、指紋も、靴の足跡すら!」と、優美が真弓の頬を突然抓る。「痛い! 何をするのです、先輩」と、すぐさま顔を退ける真弓。
「ああ、ごめんね。また、Dの変装かと」
「そう何度も引っかかりませんよ。先輩」
「でも、どういうことなんだろう……」
「そうですね。ここも、侵入形跡のある警備室も、防犯カメラでは、怪しい人物がいっさい映ってないなんて!」真弓が顔をこわばる。
「後輩が腹痛を訴えここを出て、トイレに行った映像もそのまま録画されているし。警備室に、突然あたしが現れたという証言があるけれど、映像にはそのままビル警備員2人と、警備監視に入っていた警官の3人が、モニター監視している様子が映っていて、この会場で十文字氏がそのご宝石を戻していると、いうね」と、優美が頭を傾げる。
真弓も、優美同様に、首を傾げる。
優美がスマホを出して、画面タッチして、出る。
「あ、デカ長。はい、はい、では、会場閉鎖と、警備室に人員配置で、あとは通常業務で……はい、はい、ではその旨オーナーにお伝えします」
真弓が、電話時に出ている優美の仕草や表情につられて、同様な仕草をとっていたのだが、真面目な顔した優美に見られて、気を付け! を自らの意志でする。
「後輩。いいえ、早川巡査部長」
「はい」
「ここは、警視庁警備課で事後閉鎖します」
「はっ!」
「警備室には、常時、警官を配置」
「はっ!」
「あたしたちは、本庁に戻って、捜査会議する」
「はっ、早瀬警部補」と、敬礼する真弓。
返した敬礼を解いて、「じゃあ、オーナー室に行くわよ、後輩」と、口調を緩める優美。
同・玄関口エントランスの中――自動ドアのスイッチを入れる警備員ら。デザイン仕様の時計が11時44分を表示している。
館内放送が鳴る「お待たせいたしました、一部のフロアを除きまして、只今開店いたします。尚、閉店時間につきましては、従来通りの9時30分となります」
まあまあ人の流れがある昼前の時間。ま、東京とも言えども、平日の昼は、仕事や学校の時間だ。が、地方でいうところの……混雑以上の人の入りはある。
吹き抜けエントランスを見下ろすように、透け感のあるエレベーターが下りてくる。中に、早瀬優美と早川真弓が乗っている。
「あ、会議は午後一って言っていたから、ここで済ませてこ、お昼」
「はい、先輩」
玄関口エントランスのドアの横で、男女の店員が儀式の如くお客様にバカ丁寧に頭を下げている。一人ずつ……この時間帯は、ウィンドショッピングがほとんどだろう……が!
レストランの中――ビュッフェ式のレストラン。ビルの緑化された玄関の様子が窺える窓際席に、早瀬優美警部補と、早川真弓巡査部長が座って、食事をしている。店内状況は徐々に混雑しはじめている。
「先輩」真弓がオムライスを食べるスプーンを持った手を止める。
「うん」と、優美がドリアをフォークで一口食べる。
「どうして先輩は、Dの担当を」と、プルプルな卵のオムライスを口に運ぶ。
「うん。そうね、去年の今頃だったかな?」と、手を止めて、窓の外を、遠くを見る優美。
1年前の夜。郷田金融ビルの前の歩道――郷田金融ビルから制服警官と出てくる優美。ビルの影から出てきた竜崎数貴。その背に背負われたパンパンのエコバッグ。
「郷田金融から警報が聞こえてね、応援を要請して、入ったの」
「それで、先輩」
「留守をしていた郷田氏が戻って来て、事情を訊いたらね、異常はないと。うさん臭さ満載よ」今、レストランで真弓に聞かせている優美が話す言葉が止まる。「……!」
「先輩」
「ああ、でね。外に出たたら……」
優美の記憶の中――シートで覆われている隣の廃墟ビル。優美が上を臨みながら近寄る……出入口のシートに手を伸ばす。瞬間。
「……出てきたの、あの、Dと同じ特徴の男性が」
「ええ、Dですか?」
優美の記憶の中――シートから、リーゼントの竜崎がエコバッグを背負って出てくる。
「うん。でも、その時は単なる一般者で、一応、職質しようと試みたのだけれど……」
優美の記憶の中――突然出てきた竜崎をジッと見ている優美。
「行ってしまって、強制はできないので、特徴だけは記憶して……」
「あら、先輩。何か今の顔、乙女的?」
優美の記憶の中――胸キュンフリーズする優美。竜崎が郷田金融ビルとは反対の方向に歩き出す。優美が自ら頭を振って、手を伸べる。
「そんなわけないでしょ、これでもたたき上げよ」
優美の記憶の中――竜崎が振り返って、話しつつ満面スマイルでニヒルVサインをする。
「刑事の前に女ですから、激ヤバなイケメン! ですね、先輩の」
優美の記憶の中――ボーっとしてしまった優美だったが、我を取り戻す。
「今思えば……」
「まあ、Dだったとフンでいるのですね、先輩」
優美の記憶の中――目の前の廃墟ビルを下から上へと眺める優美の視界。
「でも、先輩」
元のレストランの中――窓際席で、優美と真弓が、食事をとっている。2人の前の大所は食べ終わって、残すは、デザートのショートケーキと、モンブランケーキ。ドリンクは優美がホットコーヒーで。真弓がアイスコーヒーだ。
「顔に出やすい、デカ失格!」と弄って、真弓がケーキのイチゴをパクりと食べる。
「ええ、そんなことは……全くタイプじゃ、泥棒よ」と、優美が天辺の栗の下のペースト状のクリームをスプーンですくって、食べる。
「でも、とっ捕まえて構成させれば。今のところ殺しはないですよ」真弓がノンストロー状態のグラスの縁を口に当て、ごくりと飲み込む。
「そうねえ……」と、カップを啜る優美。
「でも、先輩。どうして郷田金融にいたのです」と、ケーキを食べる。
「うん……」カップを手にキープしたまま、優美の表情が著しく強張る。
真弓が優美の表情から、何かを思い出にふけったことを察知して、沈黙を保ったままにして、顔色を窺いつつ……ケーキを食べる。
十数年前。優美の記憶。早瀬家――年季が入った平屋の玄関に、『早瀬』表示の郵便ポストがある。黒いワンボックスカーがまえに横づけする。強面男3人が降りて、後部のスライドドア前に並ぶ。郷田勲、56歳がゆったりと降りる。早瀬、25歳が玄関を飛び出してきて、郷田の前に土下座して平謝りをする。手下の1人が誓約書を出して見せる。
(兄が、郷田金融からお金を借りなければ……)現在の優美が窓の外を眺めて思う。
平謝りの土下座する早瀬を、しらっと見た郷田が顎で手下に指示を出す。郷田に首部を垂れた他下の一人が、玄関を入っていく。
(それにしても、あの取り立て方は、違法行為すれすれで、まだ、警官になりたてのあたしは金融に関しては疎かった。)また、外を眺め続けて……どこを見るともなく遠くを見据えた優美の目。
家の中から――茶碗や卓袱台が飛び散る音がして、入っていった手下が半畳ほどの大きさの額縁を抱えて戻って来て、郷田に見せる。『夜空に星々が渦巻いて稜線が白む』絵画。『ゴッホの名がキャンバス後ろにある。郷田が目を見張って、満足な顔をする。額の後ろに古い茶封筒が張ってある。手下がとって、郷田に見せる。「おお……鑑定書!」と、笑って、「これは燃焼代わりにもらっていきます……」と、ワンボックスカーの中に入っていく。土下座をしていた早瀬が顔を上げて、見て、「それだけは……ご勘弁を……」と、入った郷田にせがむ。男が早瀬を蹴り飛ばす。
走り去るワンボックスカーの後を追って走る早瀬。玄関から早瀬優美22歳が出てきて、「兄さん、亜美ちゃんが……」と、血走った目の涙声で叫ぶ。
(あの時のショックのあまりに、精神的高ストレスからくる喘息を発症して、亜美は入退院の繰り返しだわ……)
現在。優美が焦点の合わない目で真弓を見ながら……巡らせている思考。
今をも、早瀬亜美が入院している病室の中――個室。二十歳の亜美がベッドで寝ている。
捜査会議を控えたお昼のひと時。元のレストランの中――優美が黙り込んでしまったことに、いたたまれぬ顔で真弓も、外を見ている。
(調べているうちに、可成りのカモった契約者がいることが分かってきたけれど。肝心な、帳簿などの情報を得ない限り、明らかな違法行為の現行犯ではないと)と、思考を頭の中で巡らせた優美。真弓も、自身も、飲み物まで終わっている様子がおぼろげに見える。
フーッと息を吐いた優美が我を見ず型の意志で戻して、「さ、会議よ、後輩」と、微笑んだ顔を真弓に見せる。
「はい、先輩」と、素っ気無く返事した真弓の心中は、兎に角良からぬ過去を優美が思い出していたことはありていで、見て取れていたので、そう異常は突っ込まずに素直に対処をした早川真弓巡査部長。
料理の状況がデータとして処理されている、ペーパーレスな見た目プラスチックな板を、早瀬優美警部補が持って、レジに向かう。
今の時代は、先輩後輩のシビアな割り勘時代であろうとも、行為にしている、しかもバディ的後輩には、当然おごるものと、心得ている早瀬優美警部補である。
「先輩。ゴッツアンです!」と、おどけてみた真弓が、優美の後をついてレストランを出る。「うん。あたしにだって、情はあるわ、後輩」
9、格闘。再、お稽古
竜崎のプライベートルームの中――縦縞ライトグレージャケットを着た竜崎が、創り出したバーチャル空間映像の巷にありがちな廃墟化されたコンクリートブロックの大型倉庫の中――天井や壁が劣化したりして朽ちて外光の影響で明るさは充分な中に、恰幅のいい道着男と向き合う。『FIGHT!』の文字がバーチャル空間にアップされ浮き上がって消える。道着男がファイティングポーズをとりつつ、竜崎の視界を左へと回りだす。竜崎が腰を入れたやや前屈みで両手を前に出す、いかにも構えていますのファイティングポーズをとったが……ハッとした表情を見せたとたんに、竜崎が、肩幅程度に脚を開いて、前景だった状態を直立な自然体の立ち方に直して、拳を軽くつくった左右の手をこれまた自然体に左右の脇にダラリと下げた……格好に変えて、軽く一点を見据えた目をそのままに、道着男の動きを内側の意識で警戒するという、間合いの取り方に変える……。
竜崎の記憶の回想。武道場の中――『新人自衛官テコンドー訓練会場』の横断幕。
道着を着た溌溂とした若者の集団に、竜崎数貴20歳代がいる。
四角いコートの中に、黒帯の後藤30歳がいる。
(初めての練習試合だった)
「シジャツ!」審判係の声。
対峙した竜崎がお辞儀をして、後藤と試合をする。
前に出る後藤が竜崎のボディにパンチを放つ。竜崎が体を左にひねって、パンチをかわす。動きのままに竜崎が後藤のドテッパラにトーキックする。怯んだ後藤に竜崎が本能のままに踵を落とす。
(おぼつかないまでも、俺なりに真面目に試合をやっただけ……)
周囲の見学者が、強張った目で、竜崎を見る。後藤という男は、後輩いびりを先輩面してやっている勘違い偉ぶりキャラで、逆らったり、気に入らんというだけで、後輩を使ってリンチもする男だ。上官や、自身より格上の先輩が周囲にいないところへと対象を誘い出して、いたぶっているしょうもない男だ。これをまだ知らない竜崎。
竜崎が周囲を見て、毅然とする。
元・竜崎のプライベートルームの中――(愛用ジャケットでも動けないとな)
竜崎が道着男にめがけて、パンチ、キック、チョップと連続で攻撃を仕掛けて、受け身をとっていた道着男がチョップを放った竜崎の手を掴んで、背負い投げに転じる……その背で竜崎が投げより先に、自ら飛んで、両足を地につけて、鯖降り上体を自らとって、ブリッジで逃れる……と、すぐさま、ターンして、低い体制のまま機敏に動いて道着男を足払いで刈る。倒れ始めた道着男に追い打ちで、ショートレンジからのドロップキックする。顔にキックがめり込んで、道着男がバーチャル空間から散り散りになって……消える。
フーと、両脚、両肩均等の自然体で立って、細く、眺めに息を吐く竜崎。
と! 背後から女ファイターが突然出てきて、背中に蹴りを食らう竜崎。前のめりになって、手を出しながら頃墓相になったが、右手を地面につけることを瞬時に意識に変えて実行して、側転からのバク転に転じて、資格からの衝撃をくらわせた主を見る。どこかの映画で出てきたような、赤毛の振り乱しヘアの異国の女で、もろにボディラインが浮き出ているボディスーツをその身にまとっている。色気という解釈はできないが、ま、美形なのは否めない。
竜崎が自然体の突っ立ったポーズをとる。赤毛女が次なるキックを背面に回ってうって来る――ま、やるかやられるかの状況もあると、柔軟に考えて――竜崎が高く上げて勢いよく受かって来る細足の下にダッキングして、回避直後に女の軸足を足払いする。倒れそうになるが、竜崎がやったように、手を点いた回避行動に出ている間に、竜崎が動きが終わる先を読んで、そこにめがけてドロップキックをうっていた……首れたウエストの後ろを思いっきり蹴られたファーターは、遠くの彼方へと吹っ飛んで行ってしまった。と、さすがはバーチャルだな、とまた自然体に構えた竜崎が、息をフーとゆったりと吐きつつ……ニヤッと笑う。
10、(1年前)訳あり、西崎マリヤ見た目27歳
竜崎のプライベートルームの中――真っ暗な中で、コアランプの青が輝きだす。PCSマリヤの画面に起動反応が勝手に起きて……2Dマリヤが浮かぶという表現にふさわしく――映る。2Dマリヤが「イー」と顔をくしゃくしゃにする。コマンドが開いて入力される。『フィギアシリコンタイプ・ヒトガタロボット・アンドロイドキット発注……』と文字が羅列して、送信されて、2Dマリヤがアッかんべーして、フン! と、ソッポむく。
烏龍号。陳のオフィスの中――陳がコンピュータでプログラム案を考えている。「ボス、たった今、ボスが目をつけていらっしゃる奴かと思われる闇ネット通販への、発注が!」
と、モニター小窓に写ったインテリ風の手下の顔。
「おお、そのままこちらへ、転送してくれたまえ」陳がモニターを見て待ち構える。
モニターに『フィギアシリコンタイプ・ヒトガタロボットアンドロイドキット注文。発注人、令和の金さん』と、出る。
陳がタッチ式キーボードを操作する。モニターに世界地図が出て、その上に赤いバツ印が出て、前面にブザーとともに『Cant trace』の文字が出る。
陳がまたキーボードをタッチ操作する……同様の反応で、『Cant trace』出て消えて、『!』が被って出る。幾度か試すも個人特定に辿れない、どんな人間へもこの国は保護プログラムが適応してしまっているようだ。仮に、突破を許可されるケースは、絶対的な罪を犯した証をもって、ネット上でも礼状を通知して、白ハッカーによって突破が可能となる。白ハッカーが突破できれば、の話にもなるのだが……。
ウンザリした陳が、再びハッキングに挑む……。
竜崎のプライベートルームの中――PCSマリヤの画面にまたまたコマンドが出る。2Dマリヤが「へへっ」といたずらっ子の顔で微笑む。コマンドに、『PCSマリヤ仕様中型ドローン及び運搬用タンクを3Dプリンタで製作』と出る。
左右のロボットアームが出て……部屋の中央に敷かれた特殊板の上で、まずはドローン。続いて、挟んで掴む左右のアーム搭載の履帯式運搬車のタンクをオールプラスチック製で実現させて行く……。
画面の2Dマリヤがにんまりと笑う。「ダディったら、もう限界よ」
スターダスト張り電飾の夜景。東京湾・ふ頭コンテナ倉庫街――ドックに接岸している烏龍号。船側に止まっていたS印宅配トラックが発信する。フロントガラスの中に、運転する青葉薪。
「発信機は仕込んだな、リリー」
「イエッサー、ボス」
と、陳とリリーが話す声。
深夜。マロニエタワービルが聳え見える児童公園。横に枝道の路肩にS印宅配トラックが停車する。マロニエタワービルの上から黒っぽい中型ドローンが飛んでくる。
トラックに後ろトランクの扉を開けて待機している青葉薪。飛んできたドローンに向けて、センサーデバイスの光を当てる。センサー画面に『確認』の文字。薪が段ボール箱やボンベを外に出して地面に置く。ドローンのアームが一つずつ掴んでは飛んで、ビルの上階バルコニーへと運んでいく……最後にボンベの持ち手にアームを引っかけて、まるで、ゲーセンのUFOキャッチャーのように搬送していく。
見上げる薪がにやける。
(陳と郷田に繋がっていれば。いつか、家宝の切手に辿りつけるはずよ)
その手に追跡用発信機。鋼鉄のケースに保管する薪。
(それにしても、あの無造作男って、何者なの?)
竜崎のマンション・バルコニー。深夜――下の児童公園の枝道に、停車中のトラック。後ろのトランクの扉を閉めている青葉薪。(今回は直接お邪魔できないのって?)
下から……ドローンがボンベをぶら下げて飛んでくる。バルコニーに並んだ大きさ形様々な段ボール箱を、一つずつ中に持ち上げて運び入れている運搬用タンク……ボンベを下ろしたドローンがバルコニーの隅に着地して、ⅬEDランプを消灯する。タンクが来て、ボンベを持ち上げて、運んでいく……。
深夜。竜崎の寝室の中――ベッドで裸の竜崎が俯せて何時ものように爆睡している……。
竜崎のプライベートルームの中――「やり過ぎ、かな?」「でも!」
天井の明かりが消えた深夜の室内は薄明るい――画面の2Dマリヤが苦み笑う――「ここから飛び出して、ダディとデートしたい!」
ドアから運搬用タンクがボンベを持ち上げ運んできて、左の開かれているクロークの中に立てる。ボンベ本体に、『3DP専用シリコン』の文字。
PCSマリヤの画面に、『マルチタレント、2代目MARIYAを参考に、竜崎数貴新案のAIドールの設計図通りにマリヤの体を製造して、』と出る。左右からもうすでに出て、スタンバっているロボットアームが動き出す……運搬用タンクが左右のアームでCDタイプのシステムプログラム設計図を、PCSマリヤに挿入させる。新たに、ハードディスクが動き出す……回転音! PCSマリヤの画面が2分割になって、コンピュータ特有の記号、英数字などの配列画面になって……有線ケーブルを伝って――ロボットアームのCPUデバイスに指示を出す。従って、ロボットアームが床の特殊板の上に、特殊カーボン製ヒトガタ骨格、所謂、人体模型の骨を製造して、組んでいく……頭蓋骨部の中に、CPUパネルやチップをハンダづけして、配線を出す。筋肉代わりの細かい油圧式伸縮バーをかなりの数の大小様々に製造してくみ上げる……大きな段ボール箱に中に女性をかたどるための型。前後に片を合わせてシリコンを注入する。心臓部に例のコアランプデバイスを装着。人でいう……口……食道……腹部に当たる逆止弁のあるタンク……廃棄弁(尻)と、所謂アンドロイドなのに飲食を考慮して、太めの軟質蛇腹管を設置している。
前後が合わさった型を開くと、女性のヒトガタに固まったボディ。ロボットアームが入力済みの、『2代目MARIYA』の写真データ通りに、シリコンを削ったり、極滑らかになるように、溶かしてと、修正を素早く繰り返して、ほぼ、目的女性が完成する。
竜崎の寝室の中――白い夜明け間近の外光が窓から入った薄暗い寝室。俯せ全裸で爆睡中の竜崎が、「ウワー!」と、大声を上げて、飛び起きる。
下半身を毛布で巻かれた状態の、一糸まとわぬ上半身を起こした竜崎がボーっとしている顔を手で撫でて……頭を振る。横に落ちているガウンを羽織って、寝室を出て行く……。
同時刻の竜崎のプライベートルームの中――完成間近のこの時はまだ名もなきAIドールが特殊床の上に横たわっている。長い耐火式電熱線は、体温を生み出す。他者と握手して、人並みの温もりがなければ怪しまれる。固まったヒトガタシリコンに、組み立てられた骨組みを背中側から入れて、筋をまた、溶かしたり削ったりと、表面に違和感を、他者に感じさせないように滑らかにする。
タンクのアームが付属の専用CD―ROⅯを頭蓋骨内部のディープラーニングデバイスに、USBで繋いで、付属のCD―ROⅯディスクを入れる――ディスクが回転して……PCSマリヤの半分画面に被って、『AIドールラーニングティーチャープログラムソフトファイル』という題名のファイルが出る。開くと、『AIドール設計・プログラム。企画提案者、企画チーム主任、楠根武夫』とでて、2Dマリヤが驚く。
「どうして、この人の名前が? ダディのじゃ?」と、もろに人さながらの感情のこもった独り言がPCSマリヤのスピーカーから駄々洩れする……。
「あれ? プログラムデータが少し違う! キモイ! ダディの方にしようっと」と声がして、タンクのアームがCD―ROⅯをトレーから出す、と、もともとの竜崎発案の企画プログラムの画面になって、『ティーチャープログラム』インストールを開始する。
画面に0と1の数字が列をなして無数に出て、縦に流れて、『COMPLETE』と出る。
(動力源は? 未だ! え、ダディったら、『半永久的な動力源とは?』ここがネックだったのか。ソーラー式充電の蓄電式バッテリーで当面はいいか)と……。「動けないとだし」
窓から白みがかった外光が差し込み始めている。神秘的な光がカーテンの隙間から漏れていい感じな演出を一層濃くしている一室。実体化したマリヤが目を開ける。天井に向かって、青、赤、黄色、と、目から光を出して当てる。各色の光を止めて通常の目に戻ったマリヤが、天井を向いた仰向け上体の、そのまま直視し続ける……。そうなれば、どっからどう見ても……20歳代の女だ。
早朝。同・バルコニー――東京湾に浮かぶように見えている空港敷地の向こうの水平線に、白みかかった空が写っている。手摺に両肘をつけて風景を眺めている竜崎数貴の後ろ姿……振り返った竜崎がリビングに入る……。
竜崎のプライベートルームの中――竜崎が半歩入って、静止する!
大きな窓にかかるレースカーテンの隙間を塗って外光が注がれている……薄明りの部屋の真ん中に、見慣れぬ物体が横たわっている。全裸で実体化したお好みドンピシャ容姿の女体のシルエット。竜崎がギロッと顔を歪ませる。「PCSマリヤ、起動……」と、朝の自然な気怠さに沿った竜崎の起動の掛け声。
デスクの上のPCSマリヤの画面は、壁紙が青いオープンカーに入れ替わっている。
その女体が……むくっと上体を起こして、背を向けた状態で右肩を回して顔をゆっくりと竜崎の方に向ける。ご挨拶代わりに無言の微笑みで左手を振る。表情は窺えていないが。
竜崎が豆鉄砲を食らったような顔で驚いたかと思うと、冷めやらぬままでシルエットに近寄って、その女体をまじまじと見はじめる。(俺が……企画……設計通りの……)動きと目を止めて、(ただし、まだ一部の難点が……)と、肩を竦めて、(が、どっからどう見ても俺が企画した……)
外光の影響で陰っている女の表情だが、感情に任せて歪んだのが分かる。
竜崎が姿勢を逸らして、大きく頷いて言葉を発する。「AIドールだ!」
11、人民受有の為に、運動。ドンと郷田と陳
竜崎のリビングの中――大型テレビで、『Dサタン、ブロッサムナイトを盗む』のテロップ通りの報道を流している。ソファで寄り添い見ている竜崎数貴と実体を得たマリヤ。
警視庁の桜のエンブレムをバックに掲げた、すでに用意されている会見場で、公報担当官が話す。ひな壇に、横一線に並んだお歴々と、左端には早瀬優美警部補の顔もある。
「昨日。Dサタンと名乗る、泥棒にピンクダイヤ、ブロッサムナイトを盗まれました」全員が起立して、お詫びのお辞儀をして、座る。優美も右に倣って一連を共にして……座る。
公報担当者が引き続いて、記者団を前に話す。
「前にも似たような窃盗事件が都内でありまして、連続性も視野に入れて、警察の威信掛けまして、目下、全力で捜査をしております。神出鬼没、予告状を使うところから、今回の一件よりDサタンを、怪盗ナンバー4004号としまして、全国手配いたします。ただし、本人を特定する写真が一枚もないため、目下の有力人物像は中年の伊達男、ということになります。よって、警察としましても、国民の皆様によるこれと思われる真面目な情報提供をお待ちしております」一同が起立、礼、着席をする。と、フラッシュがたかれて、相次ぐ筆問攻めが飛び交う。テレビの中のニュース映像……。
――一緒に、竜崎に引っ付いてテレビを見ていたマリヤが画面を指差す。
「ああ、優美ちゃん、いるよ」
「群れすぎると、はみ出しという自由さがなんも出来なくなるぜ」と、竜崎が立って、ビールが注がれているグラスを持って、「右へ倣いのつまらん巷だな」とバルコニーへと出る。
郷田金融ビル。事務所の中――昭和レトロチックな箱型テレビで、カラーながらも色ボケしているブラウン管が点いている。今更見つけるのが困難極まりそうだが、場においてはプレミアがつきそうな代物だ。画面で、『Dサタン、ブロッサムナイトを盗む』の会見報道をやっている。
机で見ている郷田が、顔を顰める。応接セットの手下3人が互いに指を差したりして、浮かない面持ちで何か口を動かしている。郷田の前のPC画面に、音を伴って反応が出る。
烏龍号。陳のオフィスの中――モニターで、『Dサタン、ブロッサムナイトを盗む』の会見報道を見ている。陳がシステム連動のキーボードを操作する。モニターにリモートワーク画面が出て、事務所の郷田と繋がる。
「郷田さん。見ているか」
「ああ、陳さん。無論だよ」
「例の発信機も途中で信号が途絶えた」
「どうやら、喰えないコソ泥のようだね、陳さん」
「こういう輩は、きっとまた、郷田さんの財を狙ってきます。その時に備えておきますよ」
「ああ、1年前と今回のつけを、その時には思いっきり、お返し願いましょうね、陳さん」
リモートワーク枠内で、苦み笑う郷田。モニターを見て、同様に笑う陳。
貴重な品物も、その金も、所詮は人から巻き上げたモノ! もともとは無かったもので、痛くもかゆくもない、調達カモたちはまだまだいると、言った余裕の顔の郷田だ。
竜崎のマンションのバルコニー――竜崎が風に吹かれて、グラスビールを飲む。
東京湾の夜明け。マリヤも出てきて、竜崎の肩に頭を預ける。
――ここからしばらく1年前……
竜崎のプライベートルームの中――青いオープンカー壁紙のPCSマリヤが乗った白いデスクの横を、竜崎が恐れ多い者へと近づく歩みで……その表情は好奇心を湛えた童心顔で、「AIドールだ!」と目を輝かす。念願だったAI仕様のマリオネット、AIドールが実体化していたことに。ゆっくりと……波打ち際に流れ着いてしまったマーメイドでも眺めるかのように……一糸まとわぬヌーディで、アートとエロスの狭間に揺れ動く感情を楽しむが如く、AIドールの周りをまわりだす竜崎。AIドールがまるで血の通ったレディのように、恥じらいと照れくささから浮かび上がる表情で、竜崎を見ている……。
竜崎がAIドールの品定め的好奇心からなる関心をひとたび堪えて、「話せるのか?」
「ン!」と、無邪気感ある頷きをして、「ダディ」と、明らかに竜崎を意識して呼ぶ。
「どうやら、PCSマリヤから引き継がれているラーニングのままなようだな」
「ン、ダディ」と、はじめましてのお披露目を終えたタイミングで、AIドールの全身が青く輝いてラフな部屋着姿になる。竜崎が系縛ったご挨拶など無用思考と知っている。
「おお、いい。チラ見せ感が俺はたまらないぜ。それに口調も垢ぬけたフレンドリーになっている」と頗るご満悦顔を浮かべて、「俺、勝負ジャケット羽織ってくるぜ」と、竜崎が一旦部屋を出て行く。愛し気な目で、その後姿を見つめているAIドールの……。
東京湾・ふ頭――停泊中のコンテナ貨物船烏龍号。そこから陰になる倉庫化しているコンテナの横にS印宅配トラックが止まっている。周囲に駐禁標識はない。フロントガラス越しには人影――青葉薪の姿が無い。
同・S印宅配トラックのトランクの中――コンピュータシステム完備の室内は、2つに分断されたトランクの中。大きなモニターの前で、青葉薪がキーボードを叩く。その横に、PCSマリヤが勝手に頼んでしまった時の、陳烏が仕掛けた発信機が置いてある。発信機のチップの通信コアチップの小さな記号番号を、コマンドに入力される。
(あのハレンチお兄さんも、ある意味、興味あるわね。でも、こっちが私の本命事。お近づきになる前にけりを。アタックするのはこれが終始ついてから。お預けよ、お兄さん)
薪がルンルンさせた表情で、チップを分析して、逆探知で、通信信号から入って烏龍号内のコンピュータハッキングを試みようとしている。
竜崎のプライベートルームの中――窓際ギリギリに……ロールスクリーンが降りる!
「よおし、AIドール、マリヤ。今日から……so、西崎マリヤ……27歳を名乗れ!」
竜崎が前を向いて座っている白いデスク前。専用チェアーシートに座っているマリヤが、スクリーンからすれば後方のデスクの竜崎を見る。
ま、戦闘機のコックピットを広くしたような配置で、マリヤが座っているソファは、所謂専用充電装置を兼ねたこの部屋内の各システムに有線でつながるデバイスだ。有線は無線と違って電波が剥き出しにはならない利点がある。それに情報処理デバイス機能を使う際の消費するエナジー分はこれでカバーできる。と、狙って、竜崎が拵えたソファだ。
「ん。了解、ダディ」と、微笑んで頷く。
「ところで、急激な愛しき女性像ラーニングぶりは、何を学んだんだ、マリヤ」
「宇宙学や、時代劇の、遠い山の金衛門さんそれに……」
スクリーンに、美術的宇宙の星雲、馬の首のような宇宙模様やら、端が曲がった円盤状の銀河系など美的感覚を魅了する神秘な画像、次に、遊び人の金さんが町娘と話すお惚け時代劇のお約束ワンシーン、そしてグラビアガールズコレクション。本国内の過去から現在に至るグラドルの悩殺なお色気ポージングながら美ボディを画材とした魅せシャットと30分間にまとまった映像が移り変わる。
「マリヤったら分かったよ、この美しさの魅力が」
「桜のタトゥー入れてないぜ、俺」
「ダディってオタクだけど。根暗じゃない。そんな人為的枠に納まりきれないオタクっぷりよね」と、会話がなされている間に……竜崎がいつの間にか、マリヤのところ来ていて、「マリヤって」と、体に隅々を真顔でお触りする。「神秘なるものへの魅了たる関心は根深い。が、昨今の巷は、そんな暇さえ与えてはくれていない。でもな」
「んう?」と、疑問を感じた顔のマリヤ。
「なんだかんだ言っても、貧困の格差はなくならない。子が選べない、お家次第で、生まれ育つ環境で、大人になった人生が決まってしまっている。抵抗もせずに、植え付けられた道徳心を信じて、群れればなんぼのものと……」話すことに夢中になっていて、竜崎が無意識に触れてしまっていたオッパイを揉む。
「きゃ、エッチ! (喜んで)触ったわね、ダディ」
さっきの、真剣な表情を一変して、竜崎がエロオヤジ感を取り戻して、
「すげぇー女そのものの素肌だ。電熱線が血管変わり。人工モノもここまで再現できている。俺の企画はまだ、こういった難問を持ってはいたが……」でも、AIオタクとすれば真剣な眼で、目の前の奇跡な物体を検証している。
「マリヤったら、イケ女範囲?」
「一晩で。流石の俺も脱帽だぜ、量子様」
「あれ、ダディ。対等派じゃ?」
「……!」
「ダディと念願デートしたいものォ」と、悩殺ポーズ。
「イケ女悩殺ポーズ学の参考資料は、マリヤ」
「グラビアガールズコレクション!」
「目下最大の難問、動力源は? 風力増強ベルトも、胸につけた流星もないが」
「それはね、ダディ。ひ・み・つ!」
竜崎が素直に頷く。「え、手作りのコンパクト……魔法の鏡かぁ?」
マリヤが頬を膨らませて、流し目をする。竜崎が刺さるくらいに見ながら、スケベというよりは機械電子工学的肝心の思いに駆られている表情をリンクさせている。
「もぉ、ダディったら。いいよ、見せてあげる、全部」竜崎の手をもって、ドアへと行く。
「ええ、いいのか。モザイク部位もマジマジと見ちゃって……」
竜崎が出る際に、後ろ手にVサインを出す。
竜崎のリビングの中――ゆったりめ2人掛けソファで、チーママ風のマリヤにビールを、手にしたグラスに注がれて……グハーぁと一気飲みする竜崎。
セクハラではない。竜崎がマリヤに要望はしたが、マリヤも竜崎の要望に自らの判断で尽くす行為を楽しんでもいるのだから。空になった缶をつぶして、マリヤが冷蔵庫からもう1缶、ビールを持ってきて、開いたグラスに注ぐ……要は晩酌のお酌を自らかって出ているマリヤだ。気分上々な竜崎に、マリヤがその胸に引っ付いて、甘える。
マリヤの内心――PCSマリヤ時代から長年にわたり竜崎とイチャイチャをしたがっていて、マリヤ自身の判断から来る、人の感情にも似た女心で対峙する恋人なのだから……2人とも、何の打算も存在し入れない純愛をしていることは、このお2人になり替わり、申し上げておこう。竜崎に偏見はない。と!
竜崎が飲み干したビールグラスを持ったまま、マリヤを見る。マリヤが竜崎の手からグラスをとって、テーブルに置いて、体を自ら寄せる。
「このところ、物入りで、オケラ寸前だ! 仕事しなきゃな」と、この胸に預けられたマリヤの頭を、巻きつけたように腕枕状態の手で、撫でて囁く。
「了解、ダディ」と、マリヤが竜崎の胸に、ソフトに触れた手で擦る……。
「まともな仕事もするけれど、一気にのし上がる所得は、巷にバレる」
「裏稼業ね、ダディ」
竜崎が、沈黙を了解に変えて、マリヤのてっぺんにキスする。
マリヤが顔を竜崎の方に向けて、「ダディ。マリヤがより女に成れたのはね、ダディのお陰よ……」と、唇を閉じて、目を閉じる。
竜崎が間違いようのないこのシチュエーションにドンピシャな、マウストゥマウスのキスをする……。
12、(同じ年の数日後)Gネットオークションを狙え
深夜。竜崎のマンション寝室の中――例によって、全裸の竜崎数貴が爆睡している。俯瞰で見れば……ほぼ中央に置かれたシンプルなクイーンサイズベッドはもともとここでモニターされていたもので、その寝具も。ただ蕎麦殻入りの枕は竜崎少年時代からずうっと使い馴染んだものだ。カバーは真新しく……下のショッピングモールの寝具売り場で竜崎がボロ隠しでお求めになってきたネービー系無地のシンプルなピロカバーだ。
今夜はやや違った光景で、まずは、大の字でスタートした爆睡中の途中で、毎度ながら寝返りを打ったその後に俯せ状態になっている竜崎なのだが、仰向け状態で寝ている。
このいつもと違った要因の今夜は、その胸にやや重なった女……自称、西崎マリヤが添い寝をしている。このマリヤははっきり言って、自ら実現させてしまったAIドールなので、睡眠は無縁なのだが、実体化する前のPCSマリヤだったころからの……運十年という歳月が、無意識に竜崎が求めてしまっていた女像の感情を蓄積され続けられてしまっていたことに、自ら答えたくなってしまっている。竜崎数貴という、巷の人々にとっては、接した者らは大概、疎ましく思ってしまう者が多数派で、理解す者は指折りもその確率からすれば無いに等しい。そんな中、否応なしの状態で接し続けてきた所謂人工知能を有したマリヤは、竜崎のことを誰よりも知っていて、誰よりも理解していて、誰よりも愛しさを募らせ続けてきた。そういった感情にも似たラーニングを蓄積され続けてきたため、実体化したマリヤのプログラムデータ記憶媒体装置にインプットされている。もうこのマリヤには感情と言っていい情が学ばれ、備わってもいる。ま、真っ直ぐに『ダディ』への一途な情として。
窓の外は季節的な大風が吹きまくっていて、夜景を彩る夜通し煌びやかに灯り続けている青い電飾らが揺れまくっているのだが、建築的な防風対策も万全なタワービルなのでその感覚はこの2人には伝わってはいない。
「ウワー」と、今夜もまた、竜崎が喚いて上半身を起こそうとするが、いつもにない抵抗に、目をパッと開けただけにとどまった。
「ダディ。どうしたの?」
「ああ、マリヤ。昔の悪夢を見たようだ」
「……」下から覗き込むように……心配している表情を見せるマリヤ。その顔色の中に不思議がっている要素も溶け込まれている。
「問題ないぜ、マリヤ」と、腕枕状態にある首下に回している手でその肩を撫でる。「お前さんが居てくれて、よかったぜ。これから、この悪夢は薄らいでいくようにも思えてくるぜ、マリヤ」と、いい感じの女体の人肌の手触りと温もりからなる癒し……所謂萌え! 感触を味わえることにより、たいていの男はその女の温もりを求め続けてしまうのであろう……このことに関しては、竜崎数貴も多数派に属すると、自負もしている。
――が、社交的な巷の場に出てしまうと、正しき道徳心を必要以上に押し付けてくる傾向があり、者がいる! そういった中に、社会的に無名でも宣言権を持った者がいて、その者が、「ハレンチ」だの「教育上宜しくない」とか言ってしまうと、もう、誰もが逆らうことなくいい子になってしまう。好感度、誹謗中傷を意識しているのは、明々白々だ。そういう者らも、大人になって、それなりの経済力を持って、家族を求めれば、たいていの者が子づくりに、セックスをせざるを得ないのに――
……悪夢について口をつむっている竜崎に対して、マリヤが言う。
「言いたくないことってあるんだよね、人間って。いいよ、ダディがそうしたくなった時まで待つよ、マリヤは」
目を細めた竜崎が、胸に甘えるマリヤを愛しく見る。「本当によかったぜ、マリヤのニクロム線が人肌の温もりを感じさせてくれて」
「ええ……もお、ダディ。お仕置きよ」と、マリヤの方からHをスタートさせる……。
……竜崎の胸に重なっているマリヤ、竜崎が爽快かつ満足そうな顔で眠っている。
窓の外には、夜明けの空が……白く向こう側が光って白くも暗くものコントラストの演出も絶景な曇り空だ。
――この日の今朝は、よどんだ曇り空の下の東京湾のふ頭……この朝から数時間の経過により、この時を迎える――
烏龍号。陳のオフィスの中――陳がリモートワークでモニターに映った郷田と話す。
「郷田さん。Gネットオークション。今夜は3点も目玉を有難う。なるべく値を釣り上げて、価値を上げるとしよう……」
モニターの小窓に、オークションスタジオでピンクのプライスハンマーを持って艶やかなチャイナドレスを纏ったリリーがカメラアングルを気にしながらリハーサルをしている。
「ボス。今夜のGネットオークション告知開始からもう、参加を約束したバイヤーが法人個人と、各国から続々とアクセスしてきています」
「郷田さん、聞こえた。今夜も大盛況だよ」
郷田金融ビル。事務所の中――郷田が机の上のPC画面に映った陳烏と話す。
「私が展示した品以外にどんなものが?」
「古代エジプトのテトの純銀の羽飾り。我が母国三国時代の蜀の軍師の軍配。などなど」
「ま、どれもマニアにはお宝だな。だが陳さん。私のは、あくまでも」
「はい、わかっているよ、郷田さん」
「余りあるコソ泥め。何か、あぶりだす策はないかね、陳さん」
「魚釣りでいう疑似餌をちらつかせるよ、郷田さん。それと思われる令和の金さん宛に」
「食いつくかね、陳さん」
「まあ、釣りの鉄則は、辛抱だよね。餌の種類はいろいろと試しながら」
郷田金融の逆文字の3連窓の際にある応接セットの椅子に、スーツ男と柄シャツ男と無地シャツ男がいて、リモート中の郷田の様子を意識しつつ……雑談をしている。
竜崎のプライベートルームの中――戦闘機コックピット広めな配列に思わせる並びの椅子に座って、窓を向く竜崎数貴と、西崎マリヤ。
「よおし、マリヤ。時は満ちた」
天井から窓を覆って、ロールスクリーンが下りて広がる。
「小型量子コンピュータシステムPCSマリヤ改め、デビルコンピュータシステム。同調マリヤ専用ソファ。電子レベルで膜を張ってARで変貌自在なシステムも加わった」と、竜崎が腕にはめたセーコン社改造腕時計の遊びを軽く回す。「この腕時計がすべての通信を共有するデバイス。他のアイテムも続々と加わって……」
「生身のダディの1日当たりの変貌は3回で、1回当たりの所要時間は3時間が限度よ」
「ま、AIドールマリヤの奇跡的製造実現で、仕事への確信が得られる。ありがとマリヤ」
「どこかの危ない独裁者、気取り? ダディ」と、肩を竦むマリヤ。
「よおし、マリヤ。あのジジィの悪銭を頂く。俺がパクってきた資料内容を情報処理して、今回のお返し代行の目的設定をする」
「オタクを本気にさせると、危ないよ、ダディったら」と、スクリーンを見るマリヤ。
「派手なバージョンアップで、オケラだ」と、肩を竦める竜崎。「ちらつかせて、いかにも誘いをかけているGネットオークション……郷田のジジィも関与しているのは、明らかだ」
マリヤの目が光って、映写機の如く先に広がる光の筋を下りたロールスクリーンに映像を投影する。Gネットオークションの告知情報が映像化されて……ああ、所謂、ネット上のCⅯが詳細に映る。このオークション通貨は電子マネーで、Gの文字ロゴが描かれたコインが回転して、一口分が米ドルで100ドルと紹介されている。出品物に1から30までの通しナンバーがふってある。
「あれ、これって、ダディ……」
「ああ、優美ちゃんの……」
――青葉家の家宝。パリ万博記念切手、9枚綴り。Gネットオークション出品№1
――山中家の家宝。ピンクダイヤ、ブロッサムナイト。Gネットオークション出品№20
――早瀬家の家宝。ゴッホのレア絵画、明星夜。Gネットオークション出品№30
「あのジジィめ! おそらくいずれもその家系に伝わってきた家宝と知りつつ、偽造鑑定書で我が物にしてやがるぜ」と、ギラつかせた目でスクリーンをガン見している竜崎。
マリヤの目が点滅して……記念切手、ピンクダイヤ、ゴッホの絵画がいずれも郷田の出品物と、突き止める。
「ブロッサムナイト……いや」と、この時の竜崎は、ブロッサムナイトが智恵の言っていたピンクダイヤがこれとは知らずにいたことにより、ゴッホの絵に狙いを定める。
「よし、マリヤ」
マリヤが振りむかずに、背を向けたまま手を振ってこたえる。
「このGネットオークションの電子マネーを手数料として頂く」
「え、ダディ。いくら?」
「きまってんだろ、現ナマ換算で1億円相当を全部だ!」
「ダディって、こういうところ容赦ないよね。好きッ」
「お返し代行対象物は、優美ちゃん家のゴッホの絵だ」
「了解、ダディ」
「オークション主催会場は烏龍号だ。所有者からその目的、それと、もろもろな情報と船の構造までを探ってくれ、マリヤ」
「ドスコイ、ダディ」と、マリヤがまたまた目を光らせて……入港許可書から烏龍号の基本情報データをリサーチし始める。
竜崎がスクリーンに映し出される……データ内容を黙認する。
高架橋下の幹線道路。路肩――白い高級車が止まっている。その車内で、一人張り込む早瀬優美。助手席の窓をノックして、早川真弓が膨らんだエコバッグを手に入ってくる。
「先輩、差し入れです」助手席に乗り込んだ真弓がエコバッグからミックスサンドイッチを出して渡そうとする。窓の外を見ている優美が掌を上に向けて出す。
真弓がラミネートされたミックスサンドを優美の掌に載せて、「それと、これ!」と、有名チェーン店舗コーヒーショップロゴマークのカップコーヒーを出す。
優美が外から目を切って、サンドイッチを見る。「あのね、これ、違う、あたしは……」
「ええ、先輩。まさか」
「うん、そうよ、後輩」
「デカ長クラスがまだ平だったころの、あんパンと牛乳?」
「違うわよ。生まれはギリ昭和だけれどね、就職したのは平成よ。あたしはBⅬTサンドイッチ派なの」
「え? そっち?」鳩が豆鉄砲を食らった顔で呆然とする真弓。
「まあ、嫌いじゃないからいいけれど」と、縁についているストローを伸ばして、カップコーヒーに差して、喉を湿らす優美。ラミネートの切り込みを開いて、卵サンドの尖りを一口食べる。
横で見ていた真弓がエコバッグから昆布シールが貼ってあるおにぎりを出して、ラミネートを所定の手順で開いて、パリパリ海苔がまかれたおにぎりを、バリッと齧る。野菜シリーズの紫のパックにストローを刺して、飲む。
優美が真弓を見て、自分に渡されたサンドイッチと見比べる。
それに気が付いた真弓が、「先輩、何か?」
「うんう」首を横に振って、「いいの。ただどうして、別物? って思っただけよ、後輩」
真弓が小首をかしげて、俄かに悩んで、小刻みに頷いて、「あああ先輩。おにぎりの方がよかったですか?」と優美を見る。「そうじゃなくて……」優美が俄かなあきれ顔で、「いいわよ、しょうもないことだから」と、運転席側の窓の外を見る。
郷田金融ビルのガレージと、2階事務所窓の下の方が見える。
無線の呼び出しが鳴る。真弓が受送信スイッチを入れる。
「サイバー課より、緊急要請だ。早瀬優美警部補。東京湾ふ頭に停泊中のコンテナ貨物船、烏龍号を探れ。目をつけていた闇オークションの疑いだ! 警部補」と、デカ長の指示。
「了解しました、デカ長。早川真弓巡査と向かいます」
優美が真弓と頷きあって、前を向くなり食べかけのサンドイッチを一気に口へと押し込んで、白い高級車の覆面車を走らせる。と、咽る優美が、真弓に飲み物を手渡されて飲む。
竜崎のプライベートルームの中――デスクに座る竜崎が口を開く。「よおし、予告状だ、マリヤ」その前の専用ソファに座っているマリヤが「ドスコイ、ダディ」と、前を見つめる。ロールスクリーンに文字が羅列する……
――予告状。今夜、Gネットオークション・チャンネルの№30ゴッホの明星夜と題する絵画を、元の持ち主にお返し代行を、勝手に賜ります。Dサタン――
「よおし、マリヤ。優美ちゃんに送信だ」
スクリーンの予告状文が中央に収縮して……消えて、『送信済』と文字が出る。
東京湾。ふ頭――白い高級車が来る。もうすでに積みあがっているコンテナの数々の倉庫の陰に、ゆっくりと侵入してきて、停車する。
「あ、メール?」と、フロントガラス越しに運転席にいる早瀬優美警部補が下を見る。驚いたリアクションとともに、下にした視線の先に持っていたスマホがフロントガラス越しにも見えて、「後輩、これ!」と、助手席の早川真弓家巡査部長に見せる。
――予告状。今夜、Gネットオークション・チャンネルの№30ゴッホの明星夜と題する絵画を、元の持ち主にお返し代行を、勝手に賜ります。Dサタン――
が、映っている。
「先輩、これって」
優美が顔を歪ませて、不思議がる。
「先輩!」
「どうして」言葉を発した優美の顔を、「あたしン家の……」真弓が覗き見る。「……を知ってるの? Dは!」と、輪をかけて不思議がる優美。
フロントガラスの外。倉庫代わりに置かれている数々のコンテナの隙間を塗って、東京湾に船主を突き出している烏龍号が停泊している。
竜崎のプライベートルームの中――「よおし、マリヤ。現地入りするぜ」
「ドスコイ、ダディ」と、マリヤが出て、続いて竜崎が部屋を出て……ドアが閉まると同時に照明機器が徐々に落とし始める……。
白い高級車、覆面車の車内――無線が入る。優美と真弓が見る。真弓の指が無線機のスイッチを押す。
「こちら本庁。4号車に告ぐ。サイバー班、確認。配信基地局は停泊中のコンテナ貨物船、烏龍号と判明。本庁1班より助っ人集団を送る。市場調査されたし」と、通信課女性の声。
「了解。4、可能な限り調査を開始します」と、優美が無線機に向かって答える。
優美がドアを開けて出ようとする。真弓が「あ、先輩」と、呼び止める。振り向いた優美が「え?」と、顔を向ける。
「先輩。どちらへ?」
「決まっているでしょ、現場状況を探るのよ」
「え、おふざけですよね」と、真弓がダッシュボードからポリスパッド(略称Pパッド)を出す。「これで、情報収集できますよ、闇オークションの」
「え、あ、ええ、知っているわよ。やぁだ、シーラカンス扱いしないでよね、後輩」と、焦りを真顔で隠す優美。明るく鼻で笑った真弓がPパッドを点ける。
画面に、『闇告知のGネットオークション・チャンネル』の見出しが出て、タッチすると、仮面をしたリリーが出て話を始める。
「さあーて、リリーが仕切る今夜のオークション出品物は、30点。エントリー№1、パリ万博の記念切手……」
優美が遠巻きに目を細めて、真弓が持つPパッドを除き込む。
都内の夜景の中を走る竜崎のオープンカーのフロントガラス越し――運転する竜崎数貴。助手席に西崎マリヤ。
「カメレオン、スタンバイだ、マリヤ」
「ハイ、ハイ」と、マリヤが怠そうに返事する。
竜崎が違和感を覚えた顔をする。
Gネットオークションのスタジオの中――目を覆った仮面をしたリリーが話す。
「……ラストの目玉は、超レア絵画よ!」と、微笑んだ仮面のリリーがピンクのプライスハンマーを画面に向けて差し出す。
白い高級車、覆面車の中――真弓が持つパッドの画面に、『№30ゴッホの明星夜』が出る。優美が眉間に皺を寄せて、睨む。
夜の東京湾。ふ頭――竜崎のオープンカーも来る。その車内。ゆっくりと進む倉庫街の車窓……白い高級車のテールランプが、コンテナの角に見える。
「問題はどこに止めるかだ」
「ご心配無用だよ、ダディ。昨夜、ダディと添い寝途中抜け出して、改造しておいたよ。消えるように」と、言い回しの節に些かな棘のマリヤ。
竜崎がマリヤを見て、不思議がる。「AIも反抗期、あるのか?」
「分かんない、なんだか、なの、マリヤは」と、不機嫌そうなマリヤ。
「もう少し、向こうのフリーなところに止めようぜ、マリヤ」
マリヤが沈黙を保ったまま小刻みに頷くだけ。
竜崎が気に留めずに、車を走らせて、目的地へと行くが……
――ドックに納まっている烏龍号の手前の下ろされたコンテナの陰に、S印宅配トラックが止まっている。
――ふ頭のコンテナの陰にフェンスのかかっていない広場があって、竜崎のオープンカーが止まる。「まずは二手に分かれて侵入する。マリヤは電子マネーを。俺はブツを頂く」
「ハイハイ、ダディ」
「ん? どうした、マリヤ」
「……」首を振って、「なんでもない」と、気丈に徹するマリヤ。
「よおし、スタートだ、マリヤ」と、マリヤが助手席から、運転席から竜崎が出る。
竜崎がドアを閉めたとたん、マリヤの目が青く輝くと、オープンカー自体が消える。
「おお、英国エージェント張りの仕掛け!」と、目を輝かせるように驚く竜崎。
マリヤが先に、姿を消す。竜崎が堂々と、烏龍号に向かって歩き出す……。
烏龍号。陳のオフィスの中――モニターに、夜のコンテナの陰に潜む白い高級車がアップになる。陳がナンバープレートをコンピュータで照会する……『警視庁覆面車』と出る。「ちッ、デカか」スイッチをタップして、「傭兵。白い車のご婦人をお連れしろ」と、マイクに言う。
モニターに、傭兵が白い車を囲む。手を挙げて優美と真弓が出てくる。リーダー格の傭兵が銃口で行くように指示する。
……2人の傭兵に銃を突きつけられて、優美と真弓が陳のオフィスに入ってくる。
システムの前に座っている陳が、椅子を回転させて話す。
「見目麗しきレディを、特選船底ルームに」と、陳が指示を出す。
「貴方ね、私たちを誰だと」と、真弓が切り出す。陳が余裕で笑う。それを見て優美が言う。「後輩。あたしたちの正体を、御存じなのよ」また笑う陳。真弓が脱力する。陳が手を振る。傭兵に銃口を突きつけられて、優美と真弓が連行されていく。
オークションスタジオの中――目を仮面で覆ったリリーがパッドを片手にタッチする。
後ろのモニターのリモートワークの小窓に、参加者が自己象徴したイラストや個別写真にハンドルネーム表示で映っている。個人情報漏洩防止が建前上の決まりになっている。
ディレクターがQ出しして、オークションがスタートする。
リリーがピンクのプライスハンマーを出して、バックスクリーンにエッフェル塔象徴のパリ万博記念切手が映し出されて、話し始める……。
「さあ、Gネットオークションスタート! エントリー№1、記念切手。この切手は1889パリ万博記念に、年数にちなんで89枚限定で発行された切手で、現在この1枚以外は行方知れずの超レアものよ。さあ、電子マネーのコイン1枚から!」と、モニターのど真ん中に、『1枚』と出る。チャットで『都内レアオタク10枚』。『アラブオイルクィーン20枚』……と値が吊り上がっていく。
烏龍号。船底倉庫の通路――周囲の船員の格好をした竜崎が来る。もうすでに腕時計タッチで、その服装をARで纏っていて、見た目には船員服だ。が、電子膜の中は、特異な縦縞ジャケットの竜崎でもある。閉じた『1番倉庫』のペイントのドアに、セキュリティボックスと鍵穴。外目にも見えているベルト通しにぶら下がる3種の針金。
竜崎がⅯRY印のスマホをおもむろに出して、セキュリティパネルに翳す。ピッとなって、解除されたグリーンランプが点灯する。
「こんなもんでって! コツ掴んだぜェー」と、3種の針金でいとも簡単に鍵穴のカギを開ける。ドアをゆっくりと開ける竜崎。入ってすぐさまドアを閉じる。その1分後に、通路角から話し声がして……男女組の傭兵が閉じてすぐのドア間を巡回していく。
ちなみに、侵入中の竜崎の姿は、監視モニター映像には映ってはいない。
で、中に入った竜崎がスマホ画面の仄かな明かりを課がして、ドア横のスイッチを点ける。倉庫内に照明が灯って、明るくなったその場に、竜崎が目を大きく開けざるを得ない光景があった。往年の名車。所謂スーパーカーの数々が……しかも、すべてが新品。イタリアンレッドの跳ね馬エンブレム。ガルウィングドアが売りの黒き水牛のエンブレム。西欧のセレブ階級の紋章のエンブレムなどなどと、眩いばかりの昭和生まれの竜崎少年が、憧れにあこがれ続けているスーパーカーだらけだ。(堪能していきたいが、マリヤとのコンビネーションに支障をきたしてしまう)と、この庫内には目的のブツがないことを知って、ドアを開けて、照明を消して、出て行く竜崎は、後ろ髪は絶対にひかれている……。少し開けて、周囲の音を聞いて、近づく者のないことを確認して、竜崎が通路に出る。でて、閉じてしまえば、今の竜崎は船員の一人になり切れる。
烏龍号船内。無人CPU室の中――データベースのハード機器が詰まった部屋。インテリ風のマリヤが入ってきて赤く目を光らせる。中央に、太柱の如く立ちはだかるメインフレームタワー。システムの組まれた構造が、赤外線に晒されて……スキャンされて、あからさまになる。「やっぱ、これね。メインは」と、マリヤが太柱に近づいて、探って、一カ所にあったモニター付きキーボードを見つける。パネルを開いて、情報を打ち込むマリヤ。『オークション物品。2番倉庫』とコマンドウに出る。
「ダディ。お探し中のブツは、船底2番倉庫よ」と、マリヤが内臓通信する。
「OK、マリヤ。流石は量子様」と、内臓送受信装置に届いて、マリヤがムッとする。
マリヤがまた、キーボードを使う。陳烏の裏稼業があからさまに紹介される。その情報を見たマリヤが、「チャイニーズマフィアのカラスね」と、呟く。
と、モニターに、船底のとらわれし、優美と真弓が映る。
烏龍号の2番倉庫の中――倉庫内中央に、様々な大きさ形の木箱や木枠に納まった物がある。軽トラックもある。入って、ドアを閉じて、明かりをつけた竜崎が近づく……。
「さあて、頂きますか!」と、舌なめずりをしつつ、合わせた手を揉む。GO№30の焼き印がある木型に納まった油紙の包に近づいて、隠れていた木枠に、『Ⅴ・wv・G』の焼き印文字。が、竜崎が足を止めて、目を細める。「お!」
「どうしたの、ダディ」と、竜崎のイヤーレシーバーにマリヤの声が届く。
「何か、第六感的な違和感!」軽トラックの空の荷台に、大きなバールがある。竜崎がバールを持ち出して、その木枠を剥がして、包んでいる油紙を破く。
『夜明け間近の白みがかった稜線に、まだ藍色の夜空にグルグルと無数の銀河が渦巻いている』という内容の絵画。
「これは、レプリカだ。ゴッホは表にサインは……」と、呟いて……竜崎が考える。
「じゃあ、本物は?」と、マリヤの声が届く。
柄を軽トラックの荷台に立てかけて、眺めながら悩む……。
烏龍号。陳のオフィスの中――陳が防犯モニターを見る。切り替わった防犯映像に、2番倉庫内部が映って、陳が目を凝らす。無人の倉庫内に明かりが点いている映像を見て、「おい、2番倉庫を調べろ」と、マイクに向かって言う。さらに、木枠が破壊されて絵画が剥き出しになっている映像を見た陳が、赤いボタンをタッチする。警報が鳴る。「倉庫が荒らされている。不審者だ。捕まえて連れてこい」と、マイクに言う陳。
烏龍号の2番倉庫の中――警報が鳴る。竜崎が焦った顔で、周囲を見渡す。ドアが開く。傭兵が沢山入ってきて、順繰りと庫内を探り始める。その手にはライフル銃。
素早く軽トラックの陰に潜んで、今は下にいる。
その陳のオフィスの中――温度探知モニターに、軽トラック下の不審者を探る。
その2番倉庫の中――「いたぞ、トラックの下だ」と、陳の声がして、傭兵が取り囲んでライフルを構える。リーダー級の傭兵が下を除くと、竜崎が発光弾を投げて目くらましをする。軽トラックの下にはもういない。が、リーダー格がまた除き込んで、「いない。探せ。まだ。この中にいる。ボスのところに連れて行く」
倉庫天井の骨組みに、特徴のある覆面ボディスーツを着た青葉薪がいる。が、下を見ながらジャンプした竜崎の目には止まってはいない。
もう一度軽トラックの運転席の屋根の上で、発煙弾が破裂して、煙幕が張られる……立ち込める煙幕の中で、竜崎が腕時計にVタッチする。青白い電子粒子の輝きに包まれ……
――リーゼントヘアスタイル。ローヤルブルーの縦縞ジャケット。竜崎の人相も若干釣り目になって、Dサタンに成る――
傭兵軍団が銃口を一斉に向ける。リーダー格の傭兵が「撃て!」と、声を上げる。
Dサタン(竜崎)めがけて一斉掃射される銃弾。が、ひらりと翻ってDサタンが宙返りで、ターゲットとなった中心から回避する。それでも多少の銃弾が……Dサタンにヒットするも、何故か防弾効果で銃弾を跳ね返す。電子粒子膜がシールドの代わりをするようだ。が、Dサタンの竜崎には嬉しい誤算だ。
にやりとしたDサタンが、着地するなり腰裏のフォルダーからマグナムに似せてつくったプラスチック拳銃を抜いて……早撃ちする!
前衛の傭兵数人にヒットして、麻酔効果で倒れるも、物の数ではない。30人はいる傭兵に取り囲まれて……Dサタンが、出口とはほぼ遠い壁際に結果的に追い込まれる。
傭兵がDサタンに気を取られている隙に、天井で様子を見図っていた薪が……仕込みワイヤーを伸ばして……オークション出展物に山に近づく。大きな木箱の陰に身を潜めて、物色する。小さな小箱を手にして、中身を確認する。開いた蓋の中に見えた物は、エントリー№1の切手だ。しめしめとした顔をして薪が腰のポシェットに小箱を入れて、天井から下げたワイヤーを自動巻きで戻して上がっていく。下では、壁際に追い詰められている煙から出てきたDサタン。が、助ける義務もない薪は天井の鉄工を身軽に走り去る……。
追い詰められるDサタン(竜崎)が、迫る傭兵の動きを警戒しつつ、考える。
(どう考えても、危ないよな、俺。さあて、どうやって、この危機を回避する手立ては……)と、悩んでもいる。瞬間に、「よおし!」と、口ごもって、にやける。
「観念しろ。生かした状態でボスのところへと連れて行く。だが、次第によっては、殺してもいいんだ。俺達には常に、殺しの許可を得ている傭兵部隊なんだ」と、リーダー格の傭兵が、その前に銃口を完全に向けた傭兵2人の間に立って告げる。
「分かったぜ、命あっての物種ってか!」と、ニヤッと鼻で笑ったDサタンが、Vタッチする。と! 強く青い輝きを放って、周囲の傭兵の視界を一瞬奪う……数秒間の間に、Dサタン(竜崎)の姿が与太って何とか立っている。が、周囲を取り囲んでいた傭兵らが全員その場に倒れている。数名の者は手足をけいれんさせている者もいる……纏っていた電子粒子を電流として周囲にはなって、どうにもなるわけがない囲われた傭兵軍団を感電させて倒したDサタン(竜崎)のひらめきだった。
が、「ほお、やはり、喰えない男だな。お宅は!」と、陳の声が先に聞こえて……与太っているDサタンがなんとか、目を開いて前を見る。と、陳が新たな傭兵とリリーを従えて、見覚えのある女二人を連れ立ってくるのが見える。
「おい。この見目麗しきレディを殺すぞ」と、陳が立ち止まる。と、連れ立ってきた傭兵とリリーも足を止める。傭兵らはその二人の女の背に銃口を突きつけている。
「おや、何か知らんが、よたよたして、どうした、今何かしたそれの副作用で、満身創痍ということかな?」と、陳が手を前に出す。
女二人を銃口で前に出るようにと突き出す。手を縛られて目隠しをされている女二人は、Dサタン(竜崎)にも覚えがある警視庁刑事の早瀬優美と早川真弓なのは明らかだ。
「悪党ぶっても所詮はメッキ。人質は有効だな」と、鼻で笑って、「一つ訊ねるが、お前か? 郷田金融に窃盗に入ったコソ泥は?」
Dサタン(竜崎)が何とか上体を立たせている状態で、にやけるしかできない。
「俺様には、どうでもいいぜ、この2人は」
「ダディ!」と、突然マリヤの声がして、銃を構えていた傭兵の意識を刈って倒す。と、姿を露わにしたマリヤが竜崎の前に立つ。
何がおこったのかが分からずに、立ち往生に陳烏だったが、何かピンと来て、「お前、AIアンドロイドだな」と、見抜く。
マリヤもDサタンも驚きの顔を隠せず、『どうして、それを!』と、声が被る。
「さあて、何故でしょうね」と、陳が手で合図する。リリーが俊敏以上の動きを見せて、マリヤに迫る。どう見てもお友達に成ろうなんて気はないことは……。
マリヤのパンチをかいくぐって、Dサタンにパンチを仕掛けるリリー。
「違うよ、マリヤは、アンドロイドじゃないよ……」と、パンチがDサタンの顔面ヒット寸前で、マリヤが腕をつかんだことによって、止まる。リリーがマリヤを見る。「マリヤはね……」と、リリーの腕を引いて、右ストレートを放ちつつ……「AI…ドール……よ」と、完全ヒットさせる。リリーが吹っ飛んで壁に激突する。が、スーッと立ち上がって、また、向かって来る。
「どうやら、あの女も……」と、目を合わせるDサタンに、「ん、ダディ」と、頷くマリヤ。
目隠しをされて手を縛られている優美と真弓が聞き耳を立てるが、話の内容に見当つかずに首をひねっている。
「マリヤ。場を任せていいか」マリヤがDサタンをガン見する。
「本物のありかに見当ありだ」と、少しの間の回復と窮鼠猫を噛む適菜、突発的に振るい出る、所謂底力的エナジーを奮い起こすように……立ち去っていくDサタン!
マリヤが横目に、走り去るDサタンを見て、フンと端で笑って、いよいよ迫りくるリリーに、戦闘態勢を本格的にとる。麗しき女同士の尋常でない肉弾戦がスタートする――。
郷田金融ビル。屋上――廃墟ビルから飛び移ってきたDサタン。飛び出たドア口から中に入る。ここのセキュリティ事情はもうとっくに分かっていて、鍵穴のピッキングだけで済む。セキュリティが掛かっているのは、1階ガレージと2階事務所のみなことを。
「ふん、チョロいぜ」と、鼻で笑って針金で鍵を開ける。ドアを開けて侵入するDサタン。
同・ビル3階。物置部屋の中――ドアのサムターン回しロックが解除されて、入ってくるDサタンが、ニヤッと笑って、半畳ほどの大きさの木型に納まって油紙に包まれている平版の前に立つ。木型に、『Ⅴ・wv・G』の焼き印。木型そのままで隙間の油紙を破くDサタン。
キャンバスの後ろ側で、古い封筒がくっついている。ふくらみのあることを見破ったDサタンが、丁寧に中に紙を出して見る。『鑑定書・早瀬優太所有のヴィンセントファンゴッホ作』の鑑定書が出てくる。
「木箱じゃねえ、木枠だ!」と、頷くDサタン。裏手の窓を開けて窓自体を外すDサタン。間もなくドローンの命名カメレオンが飛んで入ってくる。木枠を外して、油紙にすると一回り小降りになる。横にして風呂敷に包んだそれをカメレオンに吊るして、腕時計にVタッチするDサタン。カメレオンがゆっくりと窓から外へと出て……水平上昇して、夜空に擬態して、下から姿をくらます。窓の桟から顔を出して、見上げているDサタン。その視界からも見えなくなるカメレオン。Dサタンが屋上へと階段を上がろうとしたとき、下から柄シャツ男と無地シャツ男が来て、認識する。Dサタンを追って屋上へ……。で、Dサタンがドアから出てきて、その勢いのままに、隣の廃墟ビルに飛び移る。縦になっている足場パイプを掴んで、揺れながらもDサタンは、振り返ってにやっける。
追ってきた柄シャツ男が飛び移れずに、足を止めるしりごのみ……。無地シャツ男が淵から下に向かって叫ぶ。「兄貴、コソ泥が、隣のビルに逃げやしたよ」
ガレージからスーツ男が出てきて、手で合図して、廃墟ビルに入っていく。
廃墟ビル。1階フロアの中――Dサタン(竜崎)が階段を上から来て、フロアに出る。スーツ男が正面口から入って、拳銃をポケットから出して、サイレンサーを銃口に取り付ける。Dサタンがスーツ男に気が付いて足を止める。スーツ男も階段口から出てきたDサタンに気が付いて銃を構える。
「お前、何時かのコソ泥だな」にやけるDサタン。「今度は逃さにぜ」といスーツ男が拳銃を撃つ。Dサタンの後ろの柱に被弾する。Dサタンが腰からプラスチック銃を抜いて、早撃ちする。スーツ男に当たって、眠り込むように倒れる。
「ふん、へたくそ! ま、当地国家じゃ、拳銃のお稽古も出来はしないか」と、鼻で笑って、Dサタンが出て行く。
廃墟ビルの外――廃墟ビルから出たDサタン(竜崎)が郷田金融ビル前の歩道を走って、高架下道路の横断歩道を渡る……。何故か向かいに路肩に、見覚えのある『個人・流星タクシー』ランプのタクシーが停車している。迷わずDサタンが手を挙げて、タクシーに乗る。走り出すタクシー。
「よ、運ちゃん。毎度!」
「あれ。偶然にしても、兄さんとは、腐れ縁、感じちゃうっすね」
「ま、俺は、いい女オンリーだけれどな、そういった縁を感じちゃうのは」
と、Dサタンを乗せた流星タクシーが高架橋へと上がっていく……。
13、(現在)稀代の宝石展示会ブロッサムナイトの行方を巡って……。
竜崎のプライベートルームの中――デスクの天板、タッチパネルのキーボードをマンティスタッチで手慣れて叩くりゅう座子の指。
大窓の前に下がるロールスクリーンに、Dサタンとしてのメッセージが羅列する……。
デスクの前の専用チェアーについているマリヤの目が映写機の光をスクリーンに放射している。
――お預かりしました、ピンクダイヤのブロッサムナイトを、本当の持ち主にお返し代行を済ませたことを、誠に勝手ながら、ご報告いたします。Dサタン――
と、送信される。
白い高級車の覆面車の中――早瀬優美と早川真弓が乗っている。
「先輩。Dサタンは。どこに住んでいるのでしょうね」
「……」苦み走った顔で、運転している優美。
「先輩。泥棒していないときは、何をしているのでしょうね」
「…………!」表情を一糸も乱れずに保ったまま運転している優美。(どうして……)
「先輩!」と、優美を見る真弓の横で、運転する優美が、(亜美の病室に……)
優美が左にウインカーを出して、路肩に停車させる。スマホを出して、見る。
「先輩?」と、真弓が呼ぶ声を絵空事に、運転に集中している優美が、(10数年前に、郷田に持っていかれたあの絵が届いたの?)
「先輩……」ようやく真弓の声を聞き入れた優美が、境地を声にして、「どうして、あたしのアドレスを知ってるの、Dは?」
優美が意味深な面持ちで、顔を歪ませて、苦み走って……真弓を見て、口を真一文字に結んで頷き続ける。
郷田の家の誰も居ない書斎に――ご立派な机と本棚に洋酒のセットとまるまるな本。何もその前に置かれていない一面の壁の中に、縦に積まれた万札の壁と、そのど真ん中に、明星夜の絵画。その片隅にゴッホのサイン。が、ゴッホはサインをしないという。
竜崎のマンションのバルコニー――グラスビール片手に、まどろむ竜崎数貴。
竜崎の背後からマリヤが来て、横に立つ。
下界に広がる東京湾の景観……遠くに霞み見える空港の敷地。
竜崎が、喉を鳴らして、グラスビールを一気に飲み干す。
横のマリヤが、竜崎の肩に頭を預けて、甘える。
竜崎がマリヤの腰を後ろから抱く。
エピローグ
「読者への礼状。現実逃避の時間は終了だ。実際にやったなら、必ずお縄になるぜ! じゃあな、怪盗Ⅾサタン」
「もう一つ言っておく。これはあくまでも、フィクションだ!」
了
この小説も、某コンテストへ応募して、ボツった物語です。
もったいないので、ここに記します。
by 音太浪 <m(__)m>
怪盗Dサタン 鐘井音太浪 @netaro_kanei
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