第4話 弔い
「そろそろ時間ですので、これで帰ります」
午前中の出荷が一段落したところで章吾はリーダーの山口さんに声を掛けた。
「あーそうか、お疲れ様。ごめんね、無理して出てきてもらって」
「いえ、困った時はお互い様です」
章吾は、今日はとある用事のため休みにしていたのだが、人手が足りないという事で、山口さんに頼まれて午前中だけでも、ということで出勤していたのだった。
本来、半日というシフトは無いが、今回は特別だ。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
倉庫の事務所でタイムカードを押すと、そこで事務仕事をしている末次さんに挨拶をして、外に出た。
倉庫の最寄りのバス停に着くと、しばらく待ってアパートに帰るために乗るバスとは真逆の方向の、横浜駅へ向かう路線に乗り込んだ。
横浜駅に着くと、駅ビル内のフラワーショップで仏花を2つ買う。そして中区の港方面から大船まで行く根岸線に乗り込んだ。
山手駅という駅に着いたところで電車を降りると、内陸の方に向かう路線のバスに乗った。三十分ほど揺られたところで、とある商店街の名前を冠した停留所で降りる。そこから五分ほど坂を下ると、目的の市営共同墓地が見えてきた。
門のところで管理人に声を掛けると、入出記録に記帳を求められたので名前を書く。市営の共同墓地は霊廟の形をとっており、公園の様に緑豊かな敷地の中央に骨壷を納める建屋が造られていた。
建屋の中にはロッカー型の棚が並んでいる。
千九百六十七番。
その番号の付いた両開きの観音扉を開けると中は簡単な祭壇になっており、位牌が二つ置かれていた。
ここが、〝女魔術騎士〟、クレセント・エンドバーグと 〝斧の聖闘士〟、ブランジの墓だった。今日は二人の命日だ。
〝魔術使い〟、首領ドン・ドロワス・ドミニポーデ三世は遺体すら残らなかったのでここには安置されてはいない。
世間では十年前の〝自衛隊の一部によるクーデター事件〟と記憶されている魔王との闘い。
実際には魔王が、データリンクシステムを搭載した自衛隊の兵器を魔術で乗っ取り、配下として勇者と戦った事件。
そこで戦死したクレセントとブランジの遺体は他の身元不明被害者の遺体と共に無縁仏として弔われる筈だったが、章吾がなけなしの金をかき集めて引き取ってここに葬ったのだった。
もう少しお金が有ればもっとまともな墓に葬れたのだが、この世界で頼るべき親類を無くしていた章吾には安価で済む市営の共同墓地に埋葬するしかなかった。
そもそも、つい、この国の感覚で仏教形式で葬ってしまったがこいつらの世界での葬式の出し方ってどんなだったっけ?と今になって章吾は思う。
王国連合の騎士団ならば戦死者に対して何か儀式をしていたはずだが、二人はそこに所属していたわけでもないし、宗教らしきものもいくつか有ったが、彼女らが何らかの神を信仰していた記憶もない。
それぞれ出身地の風習に根ざした葬り方が有るのだろうが、そう言えば葬式の出し方なんて詳しく話したことは無かったなと章吾は思った。
祭壇を簡単に拭き掃除して仏花を供える。そして線香を上げ、手を合わせる。仏花はそのままにしておいても腐ってしまうので参詣が済めば持って帰る。
しばし、二人の冥福を祈った後、後かたづけをすませて、墓地を出た。
この後は人と会う約束がある。
横浜駅まで戻ると、駅のそばにある全国展開するコーヒーチェーンの店舗に入った。客席を見渡すと既に相手の女性は来ていたので、カウンターで自分の飲み物を購入した後、彼女の前の席に座った。
「少し待たせたか?」
「そうね……退屈だったわ」
彼女の趣味だともうちょっと高級で洒落たカフェを選びそうだったが、こちらに合わせてくれたのかもしれない。
この女性の名前は〝つかさ〟章吾達がこの世界に帰還した際に居合わせた二人の女子大生のうちの一人だった。
彼女達も事件に積極的に首を突っ込んできたこともあって、魔王との闘いに巻き込まれてしまった。
当時は活動的で、やんちゃ、とも取れる言動を繰り返していた彼女だったが、十年経ってすっかり落ち着いてしまっていた。
明るく染めていた髪の色も今は染めていないため黒髪だ。
「これ、前に借りていた金」
章吾は鞄から薄い封筒を取り出して差し出す。
彼女とは事件の後しばらく交際していたが、色々あって別れた。
しかし友達付き合いは続いていて、その後も何かと生活の手助けをしてくれていた。
今のアパートに入居した時も保証人になってくれたし、その際に必要だった偽造の身分証を手に入れるための金も貸してくれた。
「仕事、順調なの?」
「それなりにね。ようやく固定の現場に入れるようになったし、少しは安定しそうだ」
「そう」
つかさは少し逡巡すると、いましがた貰った封筒を返してきた。
「これはいらないわ」
「どうしたんだ?前は借金したら死んでも返せって怒ってたじゃないか」
つかさは少し後ろめたそうに笑った。
「これをもらわない代わりに……もう、会うのをやめにしましょう」
彼女の左薬指には指輪が光っていた。
「夫がね、あなたと会うのにいい顔をしないの。娘も分別が付いてくる年頃だし」
「……そうか。」
章吾は深々と溜め息をついた。
「そういうことなら、仕方がないな。ごめん。迷惑を掛けてたみたいだ」
「謝らないで、悪いのは私なんだから」
少しの間、沈黙がテーブルを支配した。
「ねえ、夫のことを助けたの後悔してる?」
つかさの夫とは、章吾も面識がある。何しろとある事件で彼の命を助けたのは章吾自身なのだ。だがそれがつかさと彼の縁を取り持った、ともいえる。
「バカを言うな……俺は勇者だぜ。戦士でない無辜の民が虐殺されるのを黙って見過ごせる訳がないだろう。」
「それがたとえどれだけ憎んでいて、生理的に嫌いな人間だろうと、恋人が寝取られそうな相手でも、だ。」
後悔なんてないさ。と、章吾は嘯いた。
また、沈黙が場を支配する。
「そう言えば、耀子の墓にお参りに来てくれたのね」
「ああ、先週の休みに」
〝柊耀子〟。つかさと同じく、章吾達がこの世界に現れたときに居合わせた女性の片割れだ。彼女の死体も残っていない。親族が失踪宣告をして、死亡扱いとなった。
ただ、章吾の時との違いは実際に死んでいることと、墓を建て弔ってくれる家族がいるかどうかだろう。
墓は他県にあるため、命日に先立って、連休の時に参詣する事となった。
「好きな男と一緒に逝けたのがせめてもの救いね」
「ああ、あの美人がおっさん趣味とは驚きだったな」
耀子と、ドン・ドロワス・ドミニポーデ三世は魔王との戦いの最中、耀子の方から告白して付き合っていた。
ドン・ドロワスは、整っていると言っていい容姿ではあったが、カイゼル髭のいい年した中年だった。性格もアレだし、ナイスミドルとは到底言いがたい。
二人とも魔王の次元燃焼砲に巻き込まれ、同時に消滅している。
「あの二人は人目をはばからずイチャイチャしてたから目に毒だったわ」
「他の部屋まで聞こえていたからな」
章吾は昔を思い出して苦笑する。
当時、勇者の仲間達とつかさと耀子は一時期、共同生活を送っていた。つまり、別の部屋で行われているいろいろな事が、その……、丸聞こえであり、非常に困った。
個性的な友人達を思い出し、場の空気が少し和らいだ所で、つかさと章吾の時間は終わりを迎えた。
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