第2話 剣と魔法と、お嬢様のご依頼




わたくしのお話を聞いてくださる?


私は、俗にいう『伯爵令嬢』と呼ばれるお嬢様ですわ。

2年ほど前、中央に出向いたお父様が、一人の少年を拾ってまいりましてね。

お父様はよく拾い物をして帰ってきますの。


その少年はわたくしたちが普段来ているお洋服とは違い、まったく見たことがない装いをしておりましたわ。


どうやら東にある「ハカマ」というものだったらしいですわ。後に本人がこっそり教えてくれましたの。


服はボロボロで、言葉も通じず、侍従たちが宥めるも、ずっと警戒していましたの。



わたしくしったら、なんだか我が家の愛犬サルバージが子犬だった頃を思い出してしまって、可愛いらしく思えて…ついその少年の頬に手を添えてしまいましたの。



彼はその行動に驚いて、ポカンと口を開けたまま少し固まってしまいましたの。


サルバージに「お座り」と声をかける時の表情そっくりでしたのよ。

もうおかしくって!わたくし笑っちゃいましたの。


もちろん、そのあと彼はハッ!と我に返って、顔を真っ赤にしながら私の手を撥ね退けましたわ。


あら、別に無礼者なんて思いはしませんでしたわ。

誰だって言葉も人種も違う異国の地で、急に大勢の大人たちに囲まれたらそうなりますわ。


怖くて虚勢を張っていましたのよ。



彼の虚勢をなんとか解いてあげたくて、雷に怯えるサルバージを宥める時のように、優しく、彼の前足、違いますわね。両手をそっと握り、「大丈夫、怖くありませんわ。」と語りかけましたの。



言葉が通じずとも、敵意のないことは目を見て笑いかければ伝わりますわ。

それが通じたのか、握られた手を見て、つう、と静かに涙を流しましたの。



それが彼との出会い、正門での出来事ですわ。



そうなんですの!彼ったら、正門で馬車から身を投げ出しましたの!

ほら、ウチの侍従たちって、なんというか…ちょっぴり威圧感…といいますでしょうか、ありますでしょ?

……そうですわね、筋骨隆々といいましょう。



その侍従三人と一緒に馬車に乗っていた所に、大きな伯爵家の正門まで見て、「ここは牢獄!?それか実験場だ!!逃げないと!!」と思ったようで…、あの頃から行動力だけはありましたわね。

サルバージのお食事並みの勢いだったらしいですわ。



でも飛び出してからが問題でしたの、侍従たちはサルバージに鍛えられていますから…ずば抜けた瞬発力で地面に転がる前に捕まえられてしまいましたの。


そこからはわたくしも合流して、先ほど話した通りですわ。




そんな彼でしたけれど、少しずつ言葉も覚え、我が家に溶け込んでいきましたわ。

今ではすっかり誰からも愛される侍従になりましたの。



それに最近分かった事なのですが、彼には剣の才能がありましたの。

伯爵家の騎士をあまりに見つめるものですから、騎士が遊びで剣を握らせたところ、みるみる上達していくんですって。


才能があるのは素晴らしいことですわ。伯爵家の支援で士官学校に行かないかと勧められたそうですの。

本人から聞きましたわ。今はわたくしのほぼ専属の従者ですもの。



わたくしに告げた時の彼の目、凄く輝いていましたの。

まるでお気に入りの赤いボールを見つめるサルバージみたいでしたわ。

わたくし、たまらなくって。

「どうしても剣を選ぶの?」なんて意地悪な質問してしまいましたの。



彼、こう言いましたわ。

「剣と侍は一心同体。剣があってこそ主君に我が身を賭けられるのです。」




ですって。

でも、わたくしの傍に居るためにわたくしと離れるなんて元も子もございませんでしょう?それにわたくし、別に「わたくしに命を賭けて~。」なんて命令した事一度もございませんわ。確かに「死ぬときは一緒です。」なんて、まぁロマンチック!と思いましたわよ?

でも5年だなんて長すぎますわ!しかもその間一度も会えないだなんて!



……でも、彼のあの目を見ると、わたくし止められませんの。

だからせめて剣を贈ろうと思いますの。

とびっきりのを!


ここだけの話…実は彼、闇魔法の素質がありますの。

でも闇魔法は忌避されておりますでしょ?

だから本人にはその次に素質がある火魔法しか教えておりませんの。


本当は力を最大限、存分にふるってほしいのだけれど…。仕方ありませんものね。

「なにか」あれば責任は伯爵家についてきますもの…。フフフ。


なので火属性が付与された宝石を

…え?彼にぴったりの宝石がありますの?で

すが闇属性の宝石はタブー視されていますわ。…なるほど少し混じっているだけで火属性が大半を占めていますのね。


それを見せてくださる?




…まぁ!わたくしの真っ赤な瞳の色にそっくり!

質も申し分ありませんわ、これにしましょう!


あとは、そうですわね、やっぱり彼の髪と瞳のように全体的に漆黒の剣がいいわ!



…では出来上がり次第、伯爵家のわたくし宛に送ってくださいましね。

感謝いたしますわ、武器商人さん。

あなたのような方に出会えてわたくしは幸運ですわ。


できれば、もう一つわたくしのお願い聞いて下さる?

もう一本剣が欲しいのだけれど。



実は短剣が欲しいの。

えぇ、わたくしでも持てるようなものがいいですわ。



誰かを傷つけるなんて!

そんな物騒なことには使いませんわ。


「あくまで」護身用でしてよ。


ほら、そう、これから侍従が…一人減る予定ですもの。

やっぱり自分で身を守れるようにもしておかないと。

できれば神聖力の籠った短剣がいいですわ。

えぇ、扱いには十分気を付けますわ。

神聖力がこもった剣で怪我をすると傷は治りませんものね…。

でも「念には念を。」といいますでしょ?



…あら、ちょうどお持ちになっていますの?なんて運がいいのかしら!それを見せてくださる?



…まあきれいな短剣…。

柄にはまっている黒い宝石もきれいですわね。素敵ですわ。

こちらも購入いたしますわ!





…え?短剣の代金は必要ありませんの?

まぁうれしい、今後も用があればお手紙を送りますわね。

…これからもよろしくお願いいたしますわ。










あとがき

____『ある領民達の会話』






「なぁ聞いたか?あの事件。」



「あぁ、伯爵家で魔獣を育ててたらしいじゃないか。」



「それだけじゃないらしい、黒魔法剣士の子供まで雇って中央に潜り込ませようとしていたって話だぜ。」



「あの皇帝の忠臣で有名だった伯爵が反逆罪とはな、死ぬまで無実と証言していたらしい。しかし一人娘は首を落とされずに済んだと聞いたぞ。」



「あぁ、むしろ止めるために聖剣まで手に入れていたんだと。愛犬だと思い込んでいた暴走する魔獣を殺め、いつもそばに置いていた侍従が黒魔法師と知り、さぞつらいことだろうな…。」



「ほかの一族たちには刑罰が下されたから、その娘が伯爵家を引き継ぐらしい。」



「黒魔法師はどうなったんだ?」



「黒魔法師本人は自分が何者なのか知らされず育った上に、事件の日以外で誰にも危害は加えたことがなかったらしく、伯爵令嬢の訴えで聖剣で片腕を切り落として背中に奴隷印を刻むことで、娘の傍に置くことになったらしい。」



「これからは伯爵家の監視下で、今まで通り使用人として過ごさせるなんて…。恐ろしいったらありゃしねぇ。」



「伯爵家の使用人はほとんど全員が暇を出したって話だぜ。」



「娘一人に重責を負わせるなんてなぁ、この伯爵領も終わりだな…。」











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