背中と刃物、私とコイツ
Chan茶菓
第1話 幼馴染の夢
「なぁ聞いて聞いて!」
パンっと手を叩いて幼馴染が話し出す。
ボリュームがデカい。ここはおしゃれなカフェだぞ。タダでさえよく通る声なのだから…もう少しおしとやかに話してくれないか。
店内でゆっくり流れるアコースティックギター の曲を聴きながら、『この曲なんだか聴き覚えあるんだよなぁ』なんて考えてたのに。
もうすぐ出てきそうだったのに。
「ん、なに?」
「最近な、背中を刺されるん。」
「......あ、思い出した。この曲あのドラマの曲やん、楽器とテンポでこんなにちゃうねんなぁ。」
「え、あの朝ドラのん?えーほんまや!アップテンポやのにな、あの曲!全然分からへんかったぁ。」
って、ちゃうねんってー!っと話を本題に戻そうとする、話題逸らし失敗か。
「はいはい、んでなんて?」
「あんなぁ、最近背中刺されるねん。」
ついに幼馴染が妙なことを言い出した。
それも真面目な顔で。何を言っているんだこの子は。
たった今、楽しみにしていた流行りのSFアクション映画を見てきて。
たった今、お洒落なカフェで頼んだ珈琲とケーキを待っているところなのだが...。
この洒落た状況で変な事を真面目に言ってのけるのが彼女の不思議ちゃん要素である。
そして二十年来の付き合いだ。もう慣れを通り越して呆れだ、呆れ。
「冗談言うにも、もうちょいマシな冗談あったやろ…。」
10分かけて悩んだ私の、可愛い可愛いケーキ、運ばれてくるのは待ち遠しい。
今は別の意味でも待ち遠しい。
「ちゃうねん!聞いて!」
始まった。これは聞くまで止まらない。
いや聞かなくても止まらない。
「なんかなぁ、夢で刺されるねん。」
なんだ夢か。
「夢やったらええやんリアルちゃうんやし。」
「えーでも怖いやん!だって毎回背中やねんで??アメリカの刺し方なんやで?」
幼馴染が上から振りかざす真似をする。
「それは特定の漫才見すぎやろ。」
ハハッと笑いながら横を通り過ぎる店員のお姉さんを目で追った。
「あっ、ちょっとぉ。こっち見て!」
ぷうっと可愛げもない膨れっ面で、私の左手をペシペシと叩く。
すぐに真面目な話もおちょけてネタを突っ込んでくる、これが 関西人の長所であり短所だなぁ。
なんて考えながら、本人が割と真面目そうに話すので、真面目に聞いてやることにした。
「んで?なにカウンセリングでもせぇって?そんな大層な資格もってへんし、話聞くしかできひんぞ。」
「ええねん!いつもみたいに聞いてくれたらええんやもん〜。な?おねがーい。」
口の前で手を合わせ、上目遣い。これを本人は無自覚でやってるんだもんなぁ。
「しゃあないなぁ。ええやん、話してみ。」
私は頬ずえをついて聞く姿勢に入った。
彼女の話はこうだった。
最近背後から背中を刺される夢をみる。
状況は同じではなく、知り合いの家だったり、彼女の家だったり、出かけ先だったり。様々らしい。
「ふーん…まぁ話聞いても背中刺されまくるんは嫌やなー。夢見悪っ。」
聞き終わったので、椅子にもたれながら、私は足を組み、腕を組んだ。
「やろー?なんか月一くらいでめっちゃ見るねんー。」
月イチが最近めっちゃ、かと言われたらちょっと怪しいが。関西人特有の「オーバートーク」だ。
「アレしたらええやん、夢占い。」
自分自身、気になる夢を見るとつい調べてしまうタチだ。
ジーンズのポケットに手を入れ、スマホを取り出して検索エンジンを開き、『夢占い 背中を刺される』で検索してやった。
「んー...、あ、でもそんな悪い意味なさそうやで。」
「え!ほんま?」
「えー…あ、へぇ部位ごととか誰がとか状況で別れるねんな…。」
「なになに?どう?なんて書いたる?」
「えー…と、『刺される夢は問題の解決』『背中を刺されるのは精神力の減退』『知人から刺される、刺す夢はその人との距離が縮まる』って書いたるな…。」
「えーっ!ふーん、そうなんやぁ...。なんか前向きやのに後ろ向きやん!フフッ」
「どっちやねん。」
私はフハッと笑って、スマホを机に伏せながら、椅子に凭れた。
幼馴染は先程よりニコニコしている、何がそんなに嬉しいのか。
まぁご満足いただけたらしい。
ちょうど良いタイミングでケーキが運ばれてくる。
私が頼んだのは、ビターチョコレートを使ったオペラだ。
長方形に切られたオペラは2つ並んでいて、断面が綺麗な層を作っていた。
1番上の層は生チョコでコーティングしてあり、少し金箔が乗っている。
真っ白な丸い皿の上に四角いケーキが2つ。 その歪さがむしろ良いというものだ。
フォークで少しすくい口に運ぶと、口の中に広がるコーヒーの風味と、このビターチョコの苦味、これが堪らない。
幼馴染はスフレチーズケーキ。
横にブルーベリークリームがたっぷり、ぽってりと乗せてあり、分厚いスフレは少し皿をつついただけででフルフル、フルフルと細かく全体が揺れる。
周りにはクランベリーだろうか?皿の縁にワインレッドのベリーソースがあしらわれている。
だが幼馴染は手をつけない。
皿を揺らしては、これ堪らんと言わんばかりの表情でムフフゥと満悦の表情を浮かべている。
「突っつかんとはよ食えよ〜、食い切ったら速攻で店出てくぞ〜。」
そう言って、私はまたケーキを少し口に運ぶ。
「えっ、待って待って。あかんでっ。」
慌てて幼馴染も食べ始めた。
それを見て私は笑って、先程より少し多めに口に運ぶ。
「なぁそういや、結局誰に刺されるん、その夢。」
肝心な事を聞いてなかったとふと思い、コーヒーを啜りながら聞いてみた。
「んーとなぁ、んー...ナイショ。」
幼馴染は目線を逸らしてガムシロップ2つ入りのアイスティー口に含んだ。
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