第3話

邪念を振り払い、とにかく息を殺してニットの中から手を出そうとする……



「……れーじ?……どうしたの?」



「あぁ、おはよう未央音……今日はいつ来たんだ?」



手を取り出す為に腹部へ視線を集中させながら横から不意に飛んで来た質問に答える。



「……ん?……30分くらい……前?」



「そうか…早起きだな」



「……れーじは……何…してるの?」



「ん?あぁ、ちょっとな…気づいたらお前の服の中に手が入ってて……もう少しで終わるからじっとしてて貰っていいか?」



「……ん…分かった」



素肌に触れない様にゆっくりと……そう……邪念を振り払いつつ…………って…ん?



俺今なんか会話してた?おかしくね?誰と?今この部屋にはニットの中から手を出そうと奮闘してる自分と俺の苦労なんていざ知らず、隣すやすやと眠っているこいつ位……しか…



「…………………」



「…………………」



恐る恐る視線を腹部から上に向けると不思議そうにこっちを見つめる彼女の視線とバッチリ重なった。



「……おはよ…れーじ」



「未央っ!!?……お前っ……いつの間に!?」



俺の反応を見た彼女の視線が現在進行形でニットの中にがっつり手が入っている腹部へと向けられる。




「ち、違うんだ未央音!これは俺が故意に手を入れようとした訳じゃなくて事故で………」



「………………」



咄嗟にまるで浮気の現場を見られたかのような情けない言い訳が口から出たが、服の中に手を入れられている状況を彼女は特に気に止めていない様子だった。



それどころか……



「……れーじの手……あったかい」



俺の手をニットの上から触ると寝起きと言う事も相まってなのか、彼女はあどけない笑顔を見せた。



俺が寝起きの時は大層間抜けな顔をしているに違いない、それに引き換えこいつはどうして寝起きにも関わらずこんなにも人を安心させるような、癒されるような…無邪気な表情が出来るのだろうか……



「……み、未央音?」



「…れーじの…あったかくて……大きい手…安心する」



「あのな?未央音……そろそろ離して貰えると助か……」



「……すー……ん……あと…5ねん…」



「5年ってお前……ははっ…面白い冗談だな、よしそろそろ起きようか」



俺達は学生、確かに学生にとって朝と言う物は何よりの天敵で、ずっと布団と寄り添っていたい気持ちも勿論分かるけど……だけども!!



「……………ん…」



「……未央音?」



「…………………」



「未央音さん?……」



反応無し……それならばせめて服の中から手を出すだけでも…



しかし自分の手はここから動かすなと言わんばかりに無意識な筈の彼女の手に握られていた。



継続して掌に与えられ続ける幸福感、これは好機と見た邪な心が全力疾走でこっちにダッシュを掛けて来る。



「…ちょっ!?未央音!?頼むから起きてくれ!このままだと俺の理性が……!!」



「…んー…むにゃ……すー」



「未央音?み、未央音!?未央音ぇっ!!」



「……むにゃ……れーじ……一緒に…寝よ?…」



俺の必死の叫びも、睡魔には遠く及ばないのか、心地のいい体温と共に、彼女は安心しきっている寝顔で口から寝言を漏らすのであった。

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