第27幕 王の降臨

 垂直離着陸機は正対する俺たちと大破した3台の『ドミネーター』との間、少し脇にどいた位置にあっという間に降下、着陸した。ドアが開くと数人の近衛兵と思しき人員が飛び出してきて地面に絨毯を広げた。間髪を入れず、軍服を着たイングヴェイ王が絨毯の上に降り立った。俺はサラを見た、サラも俺の指示を受けるべくこちらを見ていた。俺は小さくサラに頷いた、サラはそれだけで理解し、スペンサー卿を刺激しないようゆっくりとイングヴェイ王に近づいて行った。


「スペンサー卿、いやマルセロ。聞こえるか?」


 マイクを通さずともイングヴェイ王の声は力強く、駐車場に響いた。その声にスペンサー卿が答えた。


「これはこれはイングヴェイ王、加勢に来ていただけたとは恐縮です。この目の前にいる海賊崩れの何でも屋、王のお力を持って天誅をお加えください。」


「マルセロ、私がここにやってきたのは、これまでお前が国に尽くしてくれたことに対する礼を言うため。そしてこれ以上お前が罪を重ねないよう止めるためだ。」


「我が王よ、今すぐ勅命を撤回してください。この国には私という御者ぎょしゃが必要なのです。私がぎょすることでこの国は更に富み、栄えるのです。」


「今まで本当によくこの国のために働いてくれた。心から礼を言う。」


 そう言うとイングヴェイ王は深々をこうべを垂れた。そして顔を上げると続けた。


「しかしお前のお陰でこの国はもう十分成熟した。飢えるものはほとんどいなくなり、教育も行き渡った。」


「おお、王様、もったいなきお言葉。」


 スペンサー卿の声が感激で震えた、そして王は続けた。


「この国の未来は、もう国民に任せていいのではないか?」


 少しの間があったのち、スペンサー卿が笑い出した。そしてひとしきり笑ったのち、スペンサー卿が嘲笑ちょうしょうを交えながらイングヴェイ王の問いかけに応じた。


「王様、愚かな国民に何を期待するのです。国民の愚かさは昔も今も変わりません。目の前のこと、明日の生活を維持することに心を奪われ、長期的な展望などありはしない。国民などただただ真面目に働いて税金だけ納めておればいいのだ!」


 イングヴェイ王は視線を足元に落とすと


「マルセロ、昔のお前は間違いなく国民を愛していた。変わっていくお前に気付いてやれなかった私を許せ。」


「…私を憐れむな!上から目線で私にものを言うな!!」


 そう言いながらスペンサー卿はマシンガンの銃口を王に向けると引き金を引いた。側に控えていた近衛兵が身を挺して盾をなるより早く、サラの操るパワードスーツが王の前に立ちはだかった。スペンサー卿が放ったマシンガンの銃弾はパワードスーツの盾にことごとく弾き返された。王への攻撃が無駄だと察したスペンサー卿はマシンガンを外に放り投げると『ドミネーター』の中に姿を消した。すると砲身を曲げられただけの『ドミネーター』のエンジン音が高まり、逃走が始まった。しかし逃走を察知したサラがすぐさま追走し、加速しきる前に『ドミネーター』の右側の無限軌道キャタピラーを破壊した。『ドミネーター』は右回りに二周すると逃走を諦め停止した。俺は静かになった『ドミネーター』に近づいた。ドミネーターのハッチが開き、再びスペンサー卿が姿を現した。


「ザック、何故私と手を組まない。富も名誉も思いのままにくれてやろう。」


「くどい。そんなものに俺は興味はないし、お前の思いあがった考えに賛同も出来ない。」


「では何で私にまとわりつく。」


「スペンサー卿、今回の俺の仕事は一条レイラの身の安全を確保する事だ。あなたがレイラに手を出さないと約束するなら俺の要件は終わりだ。イングヴェイ王もいる、ここでレイラの身の安全は保障すると約束してくれないか。」


 俺の要請に対しスペンサー卿は頭の中で一応検討をしているのか沈黙が流れた。しかしその沈黙の後にスペンサー卿の耳障りな嘲笑が響いた。


「笑わせるな。一条レイラは危険な女だ。その思想、和泉いずみ国での人気、デイビッド王子との結婚…我がスピアーズ国の体制を転覆しようとしているテロリストだ。排除せざるを得ない!」


「レイラがテロリスト?彼女は暴力をふるった事もないし、暴力を先導した事もない。」


「これから暴力に訴える可能性がある。我が臣民を騙して焚き付け、テロを起こす危険が十分ある。」


「そこまでだマルセロ。」


 イングヴェイ王の声が響いた、気が付くと俺の後ろに王が立っていた。その横でサラががっちりとガードを固めていた。


「先程、お前は私に対して発砲したな。残念だ、この事実は公表せざるを得ない。そして今やお前は私が王であるか否かに関わらず殺人の容疑者だ。マルセロ、今すぐこの惑星を出ろ、そして二度とこの惑星に帰って来るな。それがお前の今までの苦労に報いる最大限の恩赦だ。分かるな、マルセロ。お前は道を誤ったのだ。」


 スペンサー卿の顔が苦痛で歪んだ、肩が怒りで震えていた。その刹那、彼は行動を起こした。胸元から拳銃を取り出すとイングヴェイ王に向けて再び発砲した。しかしその銃弾は当然の如くサラがパワードスーツのシールドで弾き飛ばした。するとスペンサー卿は『お前さえいなければ!』と叫んで銃口を俺に向けた。


〝バーン!〟


 銃声が一発轟いた。それはスペンサー卿が構えた銃からではなく、俺の右腕の中のS&Wが発したものだった。スペンサー卿の動きに無意識に俺の体は反応し、俺の右手はスペンサー卿が撃つ前に愛銃をホルスターから引き抜き、弾丸を放っていたのだった。

 俺の指先には相手の心臓を貫いたという手応えが残っていた…また人を殺めてしまった…俺の口の中に苦みが走った。スペンサー卿は『信じられない』という表情のまま崩れ落ちた。



「ザック、あなたに嫌な役回りをさせてしまった、すまない。」


 イングヴェイ王の声で俺は我に返った。振り返って視線を交わすと、王は深い悲しみの表情を浮かべながら俺に軽く頭を下げた。気が付くと辺りが明るくなっていた。この国に新しい朝が訪れようとしていた。










 


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