第18話 迷走の帰結(後)-2

「まず結論から話そう。ラナちゃんの両親を殺したのはオレじゃない」


 私はこれを聞いて横目で彼の表情を確認した。彼もまた私と一緒でずっと正面を向いて話をしている。その表情はかすかに哀しみを帯びているように見えた。


「スガワラさんがオレにこの話をしてきたのは、十字傷について知ったからだろう? まさか本当に転移してきた人の目に付くとは思っていなかったな」


「話がよくわかりません。トゥルーさんが殺したんじゃないなら十字傷をどう説明するんですか?」


「とても簡単な話だよ。殺したのは別人、後から十字傷を付けたのがオレ……。真実なんてそんなもんだ」


 一体どういうことだ?


 遺体を見つけて、無意味に転移してきた者がわかる傷だけを付けたというのか?


 いや、十字傷に関してはもうひとり……。


「まさか! この辺りで殺されたという王国騎士団の――」


「スガワラさんは本当に頭がきれるな。そういうことだ。あの王国騎士がラナちゃんの両親を殺した犯人。そいつを斬ったのがオレだ」


 ラナさんが模倣犯となるきっかけとなった殺人。その被害者がラナさんの両親を殺害した犯人だったのか?

 つまり、ラナさんの両親を殺害した犯人はもうこの世にいない……。


「ラナちゃんの両親が殺された事件、オレは偶然、現場の近くにいた。残念ながら気付いたときにはもう2人とも斬られた後だったが……」


「犯人をそのとき見たんですか?」


「いいや、オレが見たのは犯人の後ろ姿……。王国騎士団の制服の背中に描かれた金色の紋章だけだった」


 私がトゥルーさんを、そうとは知らずに初めて見かけたとき、電車の乗り降りですれ違ったときに見かけたあの紋章か。


「当時のオレはとても臆病だった。犯人が王国騎士団の誰かと訴え出てもよかったのだが、それをすることで自分が騎士団へ入る道も閉ざされるのでは、と考えてしまった」


 そういえばトゥルーさんは何度も挑戦した末に騎士団に入団したと話していた。


「自分の保身を優先して、ラナちゃんを救う勇気を持てなかった。本当に情けない限りだ」


「遺体に十字傷を付けた意味は!?」


 私は少し声を荒げてしまった。思っていた話と違い、若干の混乱もあったからだ。


「実は元々遺体にそれに近い傷は付いていたんだ。あの時、オレが犯人の背中を追っていたらラナちゃんはもう少し救われたのかもしれない。なのに、オレは……、王国の紋章に臆して、追いかけられなかった。その罪をどこかに残したかったのかもしれない。気付いたら元々あった傷に少し手を加えていたんだ」



『罪を背負いきれないから自白したいんですよ? だけど、公に言う勇気もない。だからごくごく一部の、奇跡的に意味がわかる人間にだけ自分が犯人とわかるようなメッセージを残しているのかと……、それで気持ちを楽にしてるんじゃないかと思います』


 いつかのブリジットの言葉だ。あの男はこの心理を理解できていたのか?


「実際の犯人を殺したときは一からあの十字を刻んでやった。衛兵団がラナちゃんの両親殺しと結び付けて考えてくれれば、その真実に気付くかもしれないと思ったからだ」


 それが結果的にラナさんを模倣犯に駆り立てることになってしまった。記号めいたメッセージとは、こうも歪んだかたちで伝わっていくものなのか。


「騎士団の紋章自体は共通だが、その周りの刺しゅうの色は階級によって分かれている。あの日見た背中の紋章は目に焼き付いていた。騎士団に所属してから当時の階級と所属や任務を調べていけば犯人にいきつくのはそうむずかしくなかったよ」


「その犯人から、ラナさんの両親を殺害した理由は聞いたんですか?」


「ああ、とてもくだらない理由だ……。ラナちゃんを王国に引き入れようと両親に掛け合い、何度も大金を握らせようとしたが断られ続けた。それについて騎士団の上席から何度も叱責され、衝動的にやったらしい」


 少し前にトゥルーさんは言った。「真実なんてそんなもんだ」と……。本当にその通りだ。十字傷も殺人の理由もそうだ。


 なにか大きな陰謀があったわけではない。


 凶悪な連続猟奇殺人犯がいたわけでもない。


 人の心の弱さ、ちょっとした行き違い、偶然……、そんなものが幾重にも重なっただけの話なんだ。それがきっと真相であり、真実。


「こっちに戻って来てラナちゃんにすべてを打ち明けようと思っていた。ただ、彼女はオレが思っているよりずっと強い子だ。しっかり立ち直って、元の明るい女の子に戻っていた。だから、話せないままだったんだ……」



 ――また沈黙、そして静寂。



「ラナさんは――そして、カレンさんもずっとこの事件を気にしています。カレンさんが言っていました。今のラナさんの笑顔は仮面だと! 心の底から笑っているラナさんの顔じゃないと!」


 トゥルーさんは首を左右に大きく振った。まるでなにかを振り払うようだった。それは、臆病だった過去の彼自身だったのかもしれない。


「スガワラさんのおかげで決心ができた。ラナちゃんに、カレンちゃんにもすべてを打ち明けよう。そして……、その後の彼女たちをよろしく頼む」


 トゥルーさんはベンチから立ち上がった。


「今日の夜、きっとカレンちゃんも来るだろうからふたりにすべて話すよ。その後は衛兵にも話さないとな……」


 彼は空を見上げながらそう言った。



 私はとても単純にトゥルーさんが犯人なのだと思っていた。それを知ってラナさんやカレンさんがどれほど傷付くか心配していた。今、聞いた話はそれに比べればまだ、幾分か救いのある話――、なのだろうか?


 知り合ってまだ短い期間ではあるが、このトゥルーさんという人の印象、そして酒場のみんなから聞く彼の話から、きっと今のが事の真相で間違いないのだと思った。


「トゥルーさん……。私はできればもっと別のかたちであなたと知り合いたかった。そうしたらいい友人になれたと思っています」


「……ありがとう、スガワラさん。オレは君が少しうらやましいよ。ラナちゃんにとっての君のような存在に、オレはなりたかった」

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