第18話 迷走の帰結(前)-2
「スガワラさん、わざわざすみませんね? お話はすぐに済みます」
シャネイラさんが護衛の人を連れて酒場を出る際、私も一緒に外へ出た。ラナさんには適当な理由を話したが、不審に思われているかもしれない。
外は晴天。陽射しが一直線にこちらに向かってきた。シャネイラさんの翡翠の髪は本物の宝石のように輝いている。彼女は護衛の人を少し遠ざけてから私に話しかけた。
「単なる興味で尋ねますが――、『話し合い』とは?」
少し前の酒場でのまものの話だと察した。ただ、なぜシャネイラさんがその部分を気にするのか、この人はひょっとすると私と同じようにまものの言葉を理解している人なのか? 私は返事をする前にいろいろと考えた。だが、その考える間がいけなかった。
「その表情と、返事に窮するところをみると……、なにか思い当たる旨があるのですね?」
さすがは巨大な組織をまとめ上げている人だ。半端な言動では誤魔化せそうにない。
「あまり詮索するつもりはありません。ただ、まものについてあまり知ろうとしないことを私はお勧めします」
彼女はさらに問いただすでもなく、話をここで終わらせようとした。
「まものは――、私たち人間と同じように意思疎通のできる生き物ではないでしょうか?」
思い切って口に出してみた。これが危ない発言だったとしても聞いているのは目の前の彼女だけだ。全てにおいて信用できる人とは言い難いが、表立って無茶をする人でもないこともたしかだ。
シャネイラさんは少しだけ険しい顔をした。
「あなたがなぜ、そのような考えに至ったかはわかりませんが――、今の話は2度と口にしてはなりません。仮に憶測だったとしても、です」
「シャネイラさんは、まものが話せる生き物だと知っているんですね?」
彼女はちらりと左右に目をやってから一歩私に近付いた。体温を感じるくらいに近い距離感だ。
「スガワラさんはなにか確信があるようですね? ゆえに私から伝えておきましょう」
私は息をのんだ。その音が目の前の女性にも聞こえたかもしれない。
「仰る通りで、まものは話をします。我々にはなにを言っているかわかりませんが、彼らの中では意思の疎通ができており、コミュニティを形成していると思われます。これについては、ごく限られた者だけが知っています」
「それなら言語を解読すれば人間との意思疎通も可能なのでは? 今回のような争いも起こさないようにできるかもしれない」
シャネイラさんは目を瞑り、首を左右に振った。
「その必要はありません。なぜこの話を一部の者しか知らないのか……、まものが私たち人間に近しい存在だと知れると不都合があるからです」
――不都合? なにがどう不都合なんだろうか? うまくやれば余計な血を流さずに済むのではないだろうか。
「まだ研究段階ではありますが、『魔鉱石』はまものの死体の集合体だと言われています。遺跡に大量の魔鉱石が眠っているのは、単純にあれが彼らのお墓だからです」
急に気味の悪い話になった。魔鉱石がまものの死体?
そういえば、現代でも石油・石炭が太古の動植物から生成されているという話を耳にしたことがある。その真偽は別として――、その簡易版と考えればいいのか?
「まものが単なる『害をなすもの』ではなく、こちらと意思を通わせる可能性があると知れたらどうなるでしょう? 恐らくまものを保護しようとする者が現れるはずです」
彼女の言いたいことはすぐ理解できた。仮の話だが、現代の日本で、実は食用の牛が非常に高い知能をもっていて人と会話できるとしたらどうだろうか?
きっと牛を食用にすることを反対する人が現れ、それが少なくない数になるだろう。そうなると、牛を食肉として食べる文化そのものに歪が生じるのだ。
そして、こちらの世界ではそれが「エネルギー問題」となる。魔鉱石の存在を前提に成り立っている社会で、まものの意思、文化という存在自体が「不都合」なのだ。
「スガワラさん、あなたはとても聡明な方です。それゆえ私はこの話をしました。あなたが他のところで今の話をすると危険だからです」
なぜかブリジットがいつか話していたことが頭を過ぎった。
『漫画の主人公みたいにこの世の真理に気付いて世界を正したりするんですか? そんなことできるわけない』
彼の言う通りだ。それを知っても私がどうこうすることではないし、どうにもできないのだ。
「私との話もまもののこともすべて忘れなさい。あなたは本来、こうした話にかかわるべき人ではない」
シャネイラさんはそう言って私から離れた。護衛を呼び寄せ、ここを去っていく。
そういえば先日、ユージンもそんなことを言っていた。
『なんで私たちのような闇に生きる人間とかかわったのか不思議なくらいに』
「かかわるべきではない」か……。たしかにそうなのかもしれない。私はそこまで自惚れてはいない。世界を変えたりする物語の主人公ではないことは百も承知のつもりだ。
それでも、たとえ平凡であっても――、私がこの世界で納得して生きるためには、あとひとつだけ知らないといけないことがある。
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