第17話 それぞれの決着(後)-4
スガワラさんはとても不思議な人でした。変わった名前もそうですが、自分のことより他人を気にする人です。危険な雰囲気ありません。
成り行きから彼は、ボクの酒場で働くようになりました。「スガさん」と口にしやすい名前で彼のことを呼ぶようになりました。
スガさんは決して器用な人ではありません。酒場の手伝いを必死にがんばってくれていましたが、注文を間違えたり、忘れてしまったり、洗い物を溜めてしまうこともよくありました。
ですが、いつでも手を抜いていないのだけは伝わってきました。それはボクだけでなく、きっとブルードさんやお客様にも伝わっていたのだと思います。
お店に一番顔を出すカレンが最初に――、それからいろんな常連のお客様とも打ち解けていって、彼はお店にどんどん馴染んでいきました。
スガさんは自分でお店を構えるわけではなく、商品を売るお手伝いをする商売を始めました。
彼にはそうした商才があるようで、大量の薬草を香りのついた虫よけ薬に変えて売ったりしていました。どこからそんな発想が出てくるのか、やっぱり不思議な人です。
彼に続いて、ボクに変化をもたらしたのはパララでした。同じセントラル卒業の魔法使いで非凡な才能の持ち主。そして、かつてのボクに憧れを抱く子です。
彼女と初めて出会ったときに見たグリモワ。
ボクはあれを見て、昔の自分の姿が過りました。あんなふうにぼろぼろになるまで本を読み、魔法学に勤しんでいる時が僕にもたしかにあったからです。
才能をもちながらも上手くその力を活かせないでいるパララにボクは力を貸したくなりました。魔法使いに手を差し伸べる……、ボクにまだそんな感情が残っていたことに自分で驚いていました。
『魔法の力で人助けをしたい』
彼女は迷いのない真っすぐな眼差しをボクに向けてそう言ったのです。かつてボクも同じ考えをもっていました。ですが、今のボク……、魔法の力を恨み憎んでいるボクにとってパララのその言葉は、姿は、あまりに眩し過ぎるものでした。
スガさんとパララ、この2人はボクをどんどん変えていきました。
スガさんはどんな依頼にもいつも全力で当たっていました。ときに無茶をして傷付くこともある方です。彼が危険な目に合いそうだと知ったとき、ボクは誰に言われるでもなく、自分の力で助けたいと思いました。
自分の力を呪い続けてきたボクが、再び誰かのためにその力を振るおうなんて日がやって来るとは思っていませんでした。それほどまで、ボクは自分が気付かない間に変わっていて――、スガさんのことを大事に思っているのだと気付きました。
パララはある日、魔法闘技場でセントラルの同級生との決闘に挑んでいました。彼女はもてる技術を総動員して、とても高度な闘いをしていました。
きっと彼女は自分の魔法の力を信じている。彼女の姿を見ながらボクはそう感じました。
スガさんも、パララも……、自分がもっている力に正面から全力で向き合い、それを活かす努力をしている。そうやって必死に今を生きようとしている。ボクにはそう見えました。
だったら、ボクはどうなのか……?
誰もが欲しがる強力な力を持ちながら、ボクはその力に背を向けてしまったのではないか?
ボクは――、もう一度、この「力」と向き合うべきじゃないだろうか?
両親が亡くなったあの時からずっと目を背けてきたボクの力。スガさんとパララは……、きっと彼らにしてみたら無自覚に、それと向き合う勇気をボクに与えてくれていたのです。
そして、ずっとずっと壊れそうなボクを守ってくれたカレン。あなたがいたからボクはもう一度、自分の意志でこの力を使おうと思えたんです。
◇◇◇
半分が完全に消失したアルコンブリッジを、ボクは見つめていました。その後ろでは、傷付いたり疲弊した人たちの回復や治療が行われています。
カレンも、あのシャネイラでさえも、さすがに無傷とはいかなかったようです。
ここに来る前、ボクはトゥルー様に甘えてしまいました。
彼を困らせてしまったかもしれない。
だけど、心の内をああやって話せてよかったと思います。
ボクの力をズル賢く利用する人がいることを理解したうえで……。
不満をぶちまけたうえで……。
それでもボクは、ここに立とうと思えたからです。
ここにいるボクは、誰の命令でもなくボク自身のの意志で立っているのです。
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