◆◆第17話 それぞれの決着(後)-1
「精霊使い」、扱う魔法は他の魔法使いと変わらないが、発動までの過程が根本的に異なる。精神エネルギーと精霊の力の等価交換ではなく、精霊そのものを使役する存在。
エネルギーを交換する過程を必要としないことから、いわゆる呪文詠唱の概念が存在しない。また、属性に関する相性も存在せず、あらゆる属性の魔法を使いこなすことが可能。
自身のもつ精神エネルギーとの交換、という制約がないことから魔力の総量が根本的に異なる。そのため、通常の魔法よりはるかに高威力のものを放つことができる。
なにかの偶然が重なってシャネイラさんの記した研究論文が世に出てしまった。見る人が見ればその内容が「誰」を指し示しているか明らかでした。
セントラルに入ってからボクはそれなりに注目される存在ではありました。実践的な魔法の訓練でも詠唱速度、威力ともに右に出るものはいなかったし、魔法学の研究関係でも水準以上の結果を残すことができていたからだと思います。
――ですが、シャネイラさんの論文が世に出たときから、ボクを取り巻く環境は明らかに変わりました。
セントラルの教授たちはこぞって学内にボクを囲い込もうとしてきました。
これまで推薦をくれていた魔法ギルドの勧誘も極端に激しくなりました。
以前はそれほどまで積極的ではなかった王国までもがお抱えの魔法使いとしてボクを指名してくるようになりました。
単にボクへの勧誘の声が多くて強いだけならどうにでもなったと思うのです。そうならなかったのは、周りにも影響が出始めたからです。
さまざまな組織、機関の人が酒場を訪れるようになりました。もちろん「お客様」としてではありません。ボクの両親や周りの人を懐柔して引き込む目的で、です。
それは学内の友人関係にも及びました。あとで聞いた話ですが、ボクを連れてくることを条件に推薦を約束する魔法ギルドもあったそうです。それも複数……。
酒場には何度断っても大金を置いていこうとする人間が次々と現れました。致し方なく両親は一時的にお店を閉めて、外部との接点を極力無くしました。ボク自身も必要最低限以外は外出を控えるようになっていました。
甘い言葉や金銭による勧誘は、拒絶し続けると、暴力や恐喝にその姿を変えていきました。あくまで間接的なものでしたが、脅しめいた手紙が頻繁に届きました。街中でガラの悪い人たちに囲まれたこともあります。それを助けてくれた人も王国からの使いだったりしました。ボクが襲われるところまで含めて全部仕組まれているようでした。
誰を、何を信用していいのかわからなくなっていました。この状況でボクが信用できたのは両親と親友のカレン、ブルードさんとトゥルー様――、そのくらいでした。
以前は心を許していたシャネイラは憎悪の対象となっていました。
彼女が余計な論文を書かなければ……、それを世に出さなければ、こんなことにはならなかったはずなのに。
人を避ける日々が続く中、あの事件は起こりました。ボクの両親が亡くなった……いいえ、誰かに殺された事件です。
その日、ボクの両親は買い出しで外へ出かけていました。ボクの影響はお店の営業にまで及んでいて、両親には申し訳なく思っていました。ボクは家のなかで2人に何度も謝っていました。お父さんもお母さんも、ボクが悪いわけじゃないと言ってくれました。
でも、ボクが魔法使いになろう、なんて思わなかったらきっとこんなふうにはならなかった。ボクが優柔不断だからいけないのか。いっそどこでもいいから進む道を決めてしまえば全部終わるじゃないかな。
本当にそれで終わるのかな?
所属した先でボクの力はなにに使われるの?
その気になったら所属とか関係なしに力を求めてくるんじゃないの?
どうしてボクはこんな力をもっているんだろう?
外へ出た両親がなかなか家に戻らず、ボクは心配になっていました。夜がふけた頃、カレンとトゥルー様が酒場を訪ねてきました。そこで両親の死を知りました。
ボクは心の底から恨み憎んだ。
自分がもった魔法の「力」を!
「精霊使い」なんてふざけた論文を書いたシャネイラを!
ボクの周りに纏わりつく、力に飢えた連中を!
恨んで恨んで……、恨みぬいて、憎しみを積もらせてボクは……、心の殺し方を覚えました。
もう泣かない。
笑いもしない。
怒りも喜びも全部いらない。
そうしないとボクはもう壊れてしまう。
ボクはセントラルを首席で卒業し、それと同時に「魔法使い」としての肩書を捨てました。首席にのみ配られる法衣と杖は部屋の奥にしまい、鍵をしました。魔法に関わるすべての話を断るとセントラルに宣言して出ていきました。
両親が亡くなった事件の後、表向きにはボクに声をかけてくる連中は減りました。近くで見張っている人がいるのには気付いていましたが、ボクは気付かないフリをして無視を決め込みました。
部屋に籠ってほとんど外へ出てこないボクに、カレンは何度も家を訪れ、声をかけてくれました。彼女がいなかったら本当にボクはどうにかなっていたかもしれません。
トゥルー様は王国騎士団への入団が決まり、このあたりを離れていきました。
長い間、ボクはずっと部屋の中で過ごし、世の中とのかかわりを断っていました。
ただ、唯一残っていたのがカレンとの繋がりでした。
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