第16話 橋上の決戦(前)-2

 後から振り返ってみると、とても運がよかったんだと思う。


 この日、私はブレイヴ・ピラーの本部の中にいた。各隊の代表が揃ってシャネイラに報告をしている。

 その内容はそれぞれで、人員の状況・統制、任務の進行状況……、私はこういう話が苦手で、会議室の席で真面目な顔をして頷きながら、関係ないことを考えたりしていた。


 そういう私の性格を見抜いてるグロイツェルは、時々私に話を振ってくる。まったく居眠りしてる生徒と先生じゃないんだから勘弁してほしい。


 ただ、いくつか気になる話題もあった。ひとつはうちの3番隊――、この隊は主に隠密任務を遂行している部隊だ。討伐やら護衛といった表の仕事に出てくることは少ない。


 この隊が少し前からスガの周囲をはっている。理由は、ユージンが率いていたギルド『牙』がこちらの傘下に入ったゆえだ。


 彼らから、過去にブレイヴ・ピラーが護衛をしていた輸送隊へ襲撃を仕掛けた男、「ブリジット」がスガと会いたがっていた、という旨を聞き出せた。


 彼の周囲を見張ることで捕らえる機会があると踏んでいるようだ。どういうわけかスガは、私たちの関わりに巻き込まれることが多い。


 それは、ひょっとしたら私が身近にいるせいかのか?


 それともラナの近くにいて、それと接点を持とうとするシャネイラがいるからなのか……?


 いずれにせよ、あんまり運がいい星の元に生まれてはいないようだ。


 私はスガの顔を頭に思い浮かべると軽い笑いが込み上げてきた。


 3番隊の連中には彼が私の知り合いだと伝えている。ついでに護衛してくれていると思うとありがたくもある。私の隊は荒事が得意なやつばかりで、隠密には向かない。こちらが直接関われたら一番いいのだが、そうもいかなかった。



 グロイツェルは、人員・組織の増強が得意だ。


 力でねじ伏せるわけではなく、力をチラつかせながらも、仕事の分配や権利の付与、元々の組織の尊厳を守りながらうまく他の組織を吸収してブレイヴ・ピラーを巨大化させている。

 表立って、剣を振るうことはほとんどなくなった男だが、私が2番隊を任される前までは、シャネイラと並んで「達人」と呼ばれた剣の使い手だ。


 設立からまもないような組織でなければ、裏側の世界で「賢狼グロイツェル」の名は今でも恐怖の象徴でもあるのだ。



「『黒の遺跡』駐留の王国騎士団への協力要請が増えていますね?」



 グロイツェルの報告に対してシャネイラがそう言った。


「はい、交代で数名を常に派遣していますが、どうにもあそこのまものは鎮まる気配をみせません。直近で戻って来た者の報告では、むしろまものの勢いが増してる、とさえ思えると話しておりました」


 シャネイラは無言で頷いていた。仮面の下ではどんな表情をしているのだろうか。



 その時、会議室に備えてある魔法の写し紙が光りはじめた。


 一定規模以上のギルドは王国から特別な写し紙を支給されている。これは、国が私たちに武装などの権利を与える代わりに、他国からの侵略といった緊急事態には協力するという約束が交わされているからだ。


 ――とはいえ、私がここに所属してからそれが光ったのは一度も見たことがなかった。


 他を制して、シャネイラ自らがその紙を手に取り、内容を確認していた。私も含め、その場にいた全員が彼女に注目している。


「――ちょうど今話題にしていた『黒の遺跡』に関わることですが、これは穏やかではありませんね」


 私たちがシャネイラから事の詳細を知らされてからそう時間を置かずして、街の各地に設置された警鐘が鳴り響いた。



◆◆◆



 私はトゥインクルに届いている依頼を確認しているところでした。アレンビーさんとの魔法闘技から変に名前が知れ渡ってしまったせいか、指名で依頼が入ることもあります。

 ただ、名指しでのお仕事は緊張するので依頼を確認した後、今日はそれが無いことを知ってホッと肩をなで下ろしていました。


 受付の人に今日はどんな依頼を受けようかと相談しようと思ったとき、ギルドマスターのマヒロ様が私を呼ぶ声がしました。


「ああ! パララさん、よかった。まだここにいましたね」


「まっ…マヒロ様? そっ…そ、そんなに慌てていかがされたんですか?」


 マヒロ様はここまで走ってやってきたのか、膝に手をついて肩で息をしていました。


「はあはあ……、ブレイヴ・ピラーから緊急の…応援要請が入っています。何人かに来ていますが、動ける者からすぐに王国北の城門に向かってほしいとのことです!」


 北の城門? あそこはたしかずっと先に関所があって、さらに先にはあの「黒の遺跡」があったはずです。


「こちらで各々へは連絡をつけますので、パララさんは先に現地へ向かってください。ブレイヴ・ピラーの部隊ともそこで合流のようです」


「わっ…わ、わかりました! すぐに準備して向かいます!」


 私は大慌てで手荷物を確認して外へ出ました。街の大通りを走っているときに遠くから大きな鐘の音が響いてくるのが聴こえました。

 そして、それは時間差で他にも伝わり、やがて、私のいる場所の近くにも設置されていた鐘にも届きました。


 まだなにが起こったのが全然わかっていませんでしたが、とても胸騒ぎがします。



◆◆◆



 ラナンキュラスが乗った電車は、彼女が降りる予定の終着駅よりいくつか手前の駅と駅の間で非常停止していた。街へ響き渡る警鐘の音は、車内にも十分聞こえてきている。


 車掌は、車内を周って乗客に目的の駅を聞いていた。降車口は開いている。希望する者はここで降りてもらっているようだ。他国からの侵攻といった非常時は王城の防塞が一部開放されることになっている。そこに逃げ込むなら、今ここで降りるのが賢明だった。


「お嬢さんはどこまで乗って行かれる予定ですか?」


 車両の最後尾に座っていたラナンキュラスは、最後に声をかけられた。彼女は微笑んでこう答える。


「ボクもここで降りますね」

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