終章 真実
◆第16話 橋上の決戦(前)-1
私とブリジットは、初めて出会ったあのオープンテラスのカフェで向かい合っていた。
「こんな誰に聞かれるかわからないところで話をするんですか?」
ブリジットは大きくを手を広げて右に左にと首を振ってみせた。オーバーな仕草をして見せるのがこの男の癖なのだろう。
「それこそ『木を隠すなら森の中』と同じ理屈だ。喧騒に紛れてた方が秘密の話もしやすいんじゃないか? 魔法闘技場で話した時もそうだっただろう?」
「――たしかに一理ありますね。その様子だとユタカも僕と話したいことがあるようですね?」
「話したい、というより答え合わせだ。お前が出したヒント、『有名スポーツブランド』の意味がわかったから確認したい」
ブリジットは珍しく本当に驚いたような表情をした。
「本当にわかったんですか? ――だとしたら驚きですよ。あの時は絶対にわからないだろうと思って言いましたからね?」
「『ジュウ・ジー』、現代日本に生きていたら多分、誰でも知っているブランドだ。そして、そのロゴマークを『ある場所』に刻んだ人がいる」
「……本当に驚いたな。はったりじゃなかったんですね。ご明察です」
「ジュウ・ジー」、私が元々いた世界でとても有名な国産スポーツブランドだ。10倍の負荷を意味する「10」と重力の「G」、ブランドを象徴する十文字のマークは誰でも知っていた。
正確には、十字に重なるように「C」のようなマークがあり、アルファベットの「G」の右下の部分を強調したようなデザインだ。
カレンさんが記録していた書類には明らかにこのロゴマークを模したと思われる絵が描かれていた。
ラナさんはおそらくこういった情報を知らず、切り裂き魔の真似をしていた時、単なる十字傷を付けていたと思われる。
それが殺害された王国騎士団の人の傷を正確に写したものなら、この犯人は私やブリジットと同じような境遇の人間ということになる。もっとも、なぜこの印を残しているかまではわからないが……。
そして、すでにこの世界に転移してきた3人目の候補は上がっている。
問題はブリジットが予想している人間と私が思っている人間が同じ人物なのかだ。それが別々なら、さらに4人目5人目……、と大勢同じ境遇の人間がいる可能性を考えないといけない。
「その人物についてお前が知っている情報を教えてほしい。私も知っていることは話す準備がある」
「いいでしょう。お互いにカードを出し合うというのなら拒みませんよ?」
ブリジットとの情報交換は、例の傷跡をつけている人物を絞り込むのに十分だった。ただし、彼はラナさんの両親の事件までは視野に入れておらず、あくまで直近の事件に対してのみ情報をもっていた。
「後に続いた道具や衣服に対する切り裂きの事件は『模倣犯』の仕業です。あれは傷の意味を理解せずに単なる『十文字』と思ってる人間が真似てるだけですね」
それがラナさん、という話は出てこなかった。おそらくそこまでの情報はないのだろう。そもそもそこまで調べる気もないのかもしれない。
「ブリジット、お前はこの傷をつけている意味をどう考えている?」
私は率直に彼の意見を求めてみた。
「ある種の猟奇的な犯罪者――、と考えるのが普通だと思います。ですが、僕はそう思いません。僕たちのような境遇の人間へのメッセージともとれますが、それだけならマークを印す場所はもっと他にあるはずです」
私もそこに関して彼と同意見だ。ラナさんの両親の事件を含めて猟奇的な連続殺人、としても期間があまりに離れすぎている。
私たちへのメッセージだけなら、道なり壁なりもっと安全で目立つ場所に印せばそれとわかる人間には伝えられるはずだ。
「……なので、あくまで僕の予想ですが、罪の意識を和らげたいのではないですかね?」
「それはどういう意味だ?」
「罪を背負いきれないから自白したいんですよ? だけど、公に言う勇気はない。だからごくごく一部の、奇跡的に意味がわかる人間にだけ自分が犯人とわかるようなメッセージを残しているのかと……、それで気持ちを楽にしてるんじゃないかと思います」
罪の告白をこっそり書面に残すようなものか。そうすることで、罪の意識をいくらか軽減できたりする。
彼の考えは私にはない発想だった。てっきり、ブリジットが『有名スポーツブランド』と私にヒントを与えたように、犯人に行き着く情報をあえて残して「挑戦者」として楽しんでいるくらいに考えていた。
「もちろんユタカの発想も一理あると思います。ただ、このマークの意味を理解できる人間がこの世界には存在しない可能性だってあるんですよ? 僕たちは偶然出会ってますけどね? そう考えると『ヒント』としては弱すぎると思うんです。あれの意味は、自己満足や自己肯定。ようは犯人が自分自身のためだけにやってるんだと思います」
あまり認めたくないが、ブリジットは人の心理を理解するのがうまい。それゆえに騙したり、操ったりすることもできるのだ。そして、こうした意見を求めるのは案外すんなりと応じてくれる。
この男はなにがしたいのだろうか。自分の利益のために詐欺を働いているだけなら許せはしないが、理解はできる。
だが、パララさんを利用した行為は彼自身になにか利益があるとも思えない。
「今ユタカは、僕がなんの目的で自分に会いに来て、パララ・サルーンを利用した悪さを仕出かしたのか、と考えていると思います」
彼は本当にこちらの考えを見透かすように話をしてくる。
「僕から言えるのは、全部を知ろうしても無理だし、無駄だということです。僕もユタカも……、この世界の主人公じゃないんですよ? 世界の仕組み、転移の理由、それぞれの人間の思惑……、そんなものは都合よく準備された物語の主人公にしかわからない。普通の人間はそんなこと知らずに、理解せずに生きているんです」
気にするだけ無駄だということか。この男の意見はとても現実的でたしかに当たっていると思った。
「お前の言うことは正しいし、私もその通りだと思っている。ただ、知りたい、納得したいという探求心は捨てたくない。それを無意味だとも思いたくないな」
「ユタカは、とても現実的な人のようで、たまにとても子どもっぽくてロマンチストなところがありますよね? 別にバカにするつもりはありませんが」
「……私の問いかけにずいぶん饒舌に答えてくれるんだな?」
お互い注文したきりで手を付けていなかった飲み物をブリジットは少しだけ飲んでから改めて話し始めた。
「もう何度も伝えてますが――、あなたと敵対する気はないからですよ?」
彼がそう言ったとき、突然大きな鐘の音が鳴り響いた。
この街に来て一度も耳したことがない騒がしい音だ。
それはどんどん伝播して、遠方にまで響いていく。街の様々なところに鐘が設置されているようだ。
「なんだ……? この鐘の音は?」
「僕も耳にするのは初めてですが、これは街の警鐘ですよ。大きな災害とか敵国の襲撃を知らせるためのものと聞いています」
警鐘だって?
――ということは、なにか街で非常事態が起こっているのか?
たしかに周りの人々の様子が穏やかではない。
「なにごとかわかりませんが、危険な香りがするので僕は先にここを離れようと思います。ユタカも避難した方がいいかもしれませんよ?」
ブリジットはそう言うと、飲み物代のコインをテーブルの上に置いて足早にこの場を去っていった。呼び止める間もなく彼は騒ぐ人混みの中へと消えていく。街の人たちは突然鳴り響いた警鐘にざわついている。
一体なにが起こったというのだろうか……?
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