第13話 すれ違いの二人-4

「そういえば、あの表のイーゼルに掛けてある看板は……?」


 トゥルーは、酒場の扉を軽く指差して質問をしていた。


「ああ、あれは今ここで住み込みで働いてもらっている方が出しているんです。いろんな人の相談にのって販売のお手伝いをされているんですよ」


 トゥルーは左手で顎を撫でながらラナンキュラスの方を見ていた。考え事をするときの癖のようだ。


「販売の手伝いか……。いわゆる『商人』とも少し違うか。おもしろい仕事を請け負っている人なんだな」


「『スガワラさん』というんですが、とても聡明な方ですよ。今はちょっと外出されているみたいですが――」


 ラナンキュラスは酒場の離れがある方向にちらりと目をやってからそう言った。


「――それは残念だ。その『スガワラさん』にもぜひお会いしてみたいもんだな」


「夜はいつも酒場を手伝ってくれていますから、いつでも会えますよ」


「カレンちゃんにも会いたいし、ブルードさんにも挨拶しておきたいしな。それにスガワラさんか……。次にここに来る楽しみが増えたよ」


 そう言ってトゥルーはカウンターの席から立ち上がった。


「あら? 今日はもうお帰りですか?」


「ああ、ちょっとラナちゃんの顔を見られたら――、くらいの気持ちで来たから。元気そうでなによりだ。次はもっと時間がとれるときに顔を出すようにするよ」


「いつでもお待ちしています。カレンにはボクから簡単に伝えときますね?」


「ああ、そうしてくれ。それじゃ、お休みのところ悪かった。今度はきちんとお客として来るよ!」


「ふふっ、お気になさらず」



◆◆◆



「異世界にやってきた、なんて境遇を共にする奇跡の出会いじゃないですか? 実際、ユタカだってそう思ってるでしょう?」


「たしかにそこは否定しない。同じ境遇の人間がいない、とは思っていなかった。それでも、実際に出会えるなんて本当に奇跡的だとは思っている」


「逆に僕たちが出会ってしまったので、実は似た境遇の人間がゴロゴロいるんでは、と思わなくもないですけどね」


「人を害虫みたいに言うな……。理屈はわかるが」



 仮に異世界からやってきたのが私とブリジットの2人だけなら、それが偶然出会う確率なんて天文学的なものになるだろう。ただ、実際に私たちはこうして顔を合わせている。すると、逆に同じような人がもっともっといるのでは? という話になってくるのだ。


「ユタカが僕の仲間にはなってくれないようなので、あんまり詳しくは言いませんが、少なくともあと1人は……、同じような人間がいると思っています」


「それはどういうことだ?」


「詳しくは話せない、と言ったでしょう? ですが、それと疑わしい人間の情報を掴んでいます。まだ接触はできていませんけど」


 この話は私を引き込むための「振り」のつもりだろうか? ただ、完全な出まかせを言っているという感じでもない。もしも3人目がいるとなると、いよいよもっともっといるのではないか、という話になってくる。


「遊びでヒントを教えましょう。それで僕より先に『その人』に辿り着けたら大したものです。それは、僕たちなら絶対知っているとても有名なスポーツブランドです」


 この男はなにを言っているんだ?


 スポーツブランドがヒント?


 ブランドの名前をした人物だとでも言いたのか? どうにもブリジットの話はこちらが遊ばれているようでイライラする。


「異世界にやってきてお互い苦労しましたよね? 『魔法』なんていう理解不能なものはあるし、言語だってまったく違う。そんなのを共有できるのも僕らくらいのものなんですよ?」


 言語? 魔法の理解不能度合いはまったく同感だが、言語に関しては逆で、苦労していない。――というか、奇跡的にこの世界の人はみんな日本語で話しているではないか?


 ブリジットは日本人ではないのか。たしかに異世界への転移が日本人限定なんて決まっているはずがない。日本と文化的レベルが近い別の国からこちらへやってきたということか。

 もし、そうなら異世界へやってきて日本語の勉強をする羽目になるなんて滑稽な話だ。だが、少し前の話で、江戸時代がどうとか言ってなかったか……?


「私になにか協力してほしいなら目的を先に話せ。人を利用する、とわかっている男に簡単に協力する、なんて言えるわけがない」


 彼と協力する、しないの話は延々と平行線を辿るだろう。ただ、敵に回すのも不気味な男であるのは間違いなかった。

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