◆◆第10話 黄昏の追憶(後)-1

 私は不思議な感覚に陥っていた。


 目の前には「私」がいる。


 まるで、テレビゲームの客観視点のように私が私を眺めている。


 そうか、これは夢か。夢で自分を客観視した経験は幾度かある。家のテレビをつけっぱなしでいると、その内容を夢で見たり、ショッキングな映像を見るとその日の夢に出てきたりもした。


 ――だとすると、この夢はきっと私の過去の追体験になるのだろう。




 私は幼い頃からテレビゲームが好きだった。


 両親はゲームとはほぼ無縁の人生を送ってきたようで、それに関してあまり理解がなかったようだ。家の教育方針がそれなりに厳しかったため、私の家にはゲーム機がなかった。

 ゆえに、友人の家に遊びに行ったときにふれられるゲームが楽しくて仕方なかった。友人がやっているのを見ているだけでも楽しいと思えたくらいだ。



 高校生になるとアルバイトをして、自分でゲーム機の本体とソフトを買うようになった。両親もさすがに自分で稼いできたお金をどう使うかまでは口出ししてこない。学校の成績もそれなりによかったので、それも理由にあったのかもしれない。


 今までは人の家で遊ばせてもらうだけのゲームだったので、学校で繰り広げられる最新の話題についていけなかった。それが高校生になってようやくできるようになった。


 もっとも、この年齢になると勉強の話だったり、進路の話だったり、はたまた恋人の話だったりが多くなってきていた。

 それでも時々流行りのゲームの話に花が咲いたとき、そこに混ざれるのがとてもうれしかった。


 ただ、ゲームの話をしていても、イベントの演出や戦闘システム、ゲーム・コンフィグについて友人はあまり興味を示さなかった。私はそういうところも含めての「ゲーム」に興味を持っていた。


 いろんなゲームのステータス数値がなぜ255で止まっているのか不思議に思い、2進法を習ってその謎が解けたときはとても感動したものだ。



 やがて私は、ゲームを制作する側の人間になりたいと思うようになった。生まれて初めて、明確な将来の目標をもった瞬間だと思う。


 しかし、両親は私のそういった進路選択に反対だった。その反動なのか、高校3年、受験を控えた一番大事な時期で勉強に身が入らなくなってしまった。――とはいえ、まったく勉強をしないわけでもなく、教師や親に口うるさく言われない程度の成績は残していた。


 それが幸いしてか、指定校推薦の枠をもらえた。結果として、受験勉強はそれほど苦労せずに大学への進学が決まった。特別興味があることを学べるわけでもない、普通の文系大学だった。



 大学生活もいたって平凡に過ぎていった。どうやら私は何事も「そつなくこなす」のが得意な人間だったらしい。順調に単位を取得していった。そして、大学3回生になると再び進路選択を迫られた。


 大きな会場で開かれる合同会社説明会には、誰でも知っている大手企業の名前がいくつも立ち並んでいた。私はそこに、大好きだったゲームの制作会社の名前をいくつか見つけた。


 この機を逃したらこんなチャンスは二度とない、そう思った。


 あの有名タイトルをつくった会社が向こうから「ウェルカム」と門戸を広げているのだ。私は専門的な知識は少ないながら、ゲーム制作会社を中心にエントリーをして、面接を受け続けた。


 今さら……、と思いながらも独学でゲームのプログラムを学び、デザイン関係のポートフォリオをつくったりもした。専門的な勉強を受けている人とのレベルの差はさておき、元々クリエイティブなこと自体は好きだった。


 しかし、理想と現実の乖離は大きく、ゲーム会社への応募はエントリーの段階でほとんど弾かれてしまった。面接にすら進めない日々が続いた。所属学部や学科、専攻している科目を見るとそれも当然だな、と今になっては思う。


 ただ、半端に夢の入り口をちらつかせられると、必死に掴もうとしてしまうものだ。落ちても落ちても……、私はゲーム制作会社の応募を繰り返していた。


 それは、貴重な時間をただただ浪費する結果に終わってしまう。同期の友人が内定を決めたり、何次選考まで進んだ、と言った話題をするなかで、私はひとつの面接すら突破できずに、多くの企業が募集する期間を過ぎ去ってしまっていた。


 この時期になると友人との話題も、卒業後の就職についてが多くなってきていた。そこに加わることができない自分が情けなく、励ましてくれる言葉もどこかあざけりのように斜めに捉えてしまっている自分がいた。



『ユタカくんなら大丈夫。きっといい会社が見つかるよ』



 そんな中、ひとりの言葉だけは正面から受け止めることができた。


 小学校からの親友「ヤス」だ。彼とは中学校までは一緒だったが、高校からは別の学校に進んでいた。それでも、休みの日には連絡をとってよく一緒に遊びに行ったり、いろいろな話をした。


 彼は、数少ない私の「考え方」の理解者だった。一緒にクリアした最新のゲームの話題をするときも、ゲームの設定やシステムの話に耳を貸してくれた。


『ユタカくんは他の人が気付けないところに気付けているんだよ。それはすごい才能だと思うな』


 彼はとても聞き上手で、そしてよく私を褒めてくれた。彼は非常に成績がよくて、高校は私が進んだ学校より難易度が高いところだった。そこでもトップに近い成績を修めていると聞いていた。


 彼自身がとても優秀な人だったので、その彼に褒めてもらえるのはとてもうれしかった。私は、他のどの友人よりも彼に心を許していて、ゲーム制作に携わりたい、といった話も早い段階で彼にだけは打ち明けていた。


 その優秀な彼だからこそ、就職活動もかなり早い段階で内定をもらっていた。彼に対してだけは弱音をもらすこともできた。ただ、一方でこのままだと彼からも見限られるのではないか、というわずかな恐怖もあった。ヤスの前では、彼が認める「優秀な自分」でいたかったのだ。


 これまで形だけでも「優等生」として生きてきたのもあって、就職浪人だけは避けたいと思っていた。そう思うようになった頃には、なりふり構わず、業種や職種も関係なく、受けられるところはなんでも受けるようにして就職活動をしていた。


 そして大学卒業前にはなんとか、とある会社から内定をもらえた。


 もっとも新卒でありながら「契約社員」だったが……。


 それでも、その会社はベンチャー企業で、社内の成績次第では正社員登用や年齢に関わらない出世が可能という話だった。私は、就職活動では大きく躓いたが、ここで改めてがんばろうと思っていた。


 ゲーム制作をしたい気持ちが無くなったわけではない。しかし、この頃にはずいぶんと薄れていた。挑戦するだけして実らなかった。


 つまりは夢破れたのだと自分に言い聞かせていた。

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