第9話 不感の才能(前)-4

 オズワルド氏とは前回とほぼ同じ時間、同じ店で待ち合わせをしていた。彼は私が来たことに気付いて、これも前と同じで、外のパラソルのある席から手を振っていた。


「こんにちは、オズワルドさん。いや、私が誘っておいて後から来てしまって申し訳ないです」


「いいえ、私はもう紅茶を3杯おかわりするくらいの時間ここにいますから。気にしないでください」


 彼はそう言って、ちらりと左手の甲のあたりに目をやった後、4杯目のおかわりをウエイトレスに頼んでいた。


「スガワラさんはコーヒーですか? 約束通り、私が支払いますよ?」


 こう言われるまで私は、先日の魔法闘技で賭けをしていたのをすっかり忘れていた。


「ああ、そういえばそうでしたね。では遠慮なくコーヒーをいただきます」


 ほどなくして、あの平凡な味のコーヒーが運ばれてくる。一口だけ飲んでから私は今日のこれからについて彼に提案した。



「――また魔法闘技場にですか? 私は構いませんが、ひょっとしてスガワラさん、先日見に行ってハマってしまいました?」


「ええと、観戦しておもしろいのはもちろんなんですが、今日は別の事情なんです」


「別の事情ですか……、それはどういう?」



 私は、今日の魔法闘技の決闘に知り合いの魔法使いが出場する旨を話した。この話は3日ほど前、酒場に来たカレンさんから聞いたものだ。


 彼女からは、ブレイヴ・ピラーが抑えてある天覧席で一緒に観戦しないか、と誘われたが、オズワルド氏との先約があったので断ることになった。


 約束事の優先順位は、「早い者勝ち」と決めている。


「なんと! 私もあのアレンビーが無名の魔法使いを決闘に指名していたので気になってはいたんですが、まさかまさかスガワラさんの知り合いとは」



 パララさんは、そもそも魔法闘技に選手登録すらしていなかった。ゆえに当然「無名の魔法使い」なのだ。それを今注目のアレンビーが指名して決闘する、のだから注目も集めるだろう。


 彼女の選手登録の手続きは大急ぎで行われたらしい。アレンビーとパララさんの関係はよくわからないが、彼女がこの決闘を受けた事実に私は驚いていた。


「そういうことなら、すぐにでも闘技場に向かいましょう! まだ時間はありますが、早めに行って最前列を確保してしまいましょう!」


 そう言ってオズワルド氏は、まだ湯気の立ち上っている紅茶をすごい勢いで飲み干してしまった。こうなると同じように私もコーヒーを飲まざるを得ない。こちらもしっかり湯気が立っていて、まだ熱そうだな、と思いながら一気に飲み干す。



「ちなみに、もしよければですが、その『パララ・サルーン』について教えてもらうことはできませんか?」



 闘技場へ向かう道中、彼はそう尋ねてきた。情報屋なら当然だろう。今、注目されているアレンビーへの挑戦者ではなく、彼女が逆に指名した相手なのだ。誰もが「パララ・サルーン」について知りたがっているはずだ。


 だが、「パララさんについて」を彼女の許可なく話してしまうのはあまりに迂闊だと思った。そうこう考えて私が返事に迷っていると、オズワルド氏から引いてくれた。


「わかっていますよ。本人に許可なく話せない、――といったところですか? スガワラさんはそういう人だと思っています。ですから、今のは無しで」


 彼は笑いながらそう言った。情報屋といったら、なんというかもっと図々しいものだと思っていたが、彼は思いの他あっさりしている。


 ただ、最後に「もし本人から許可がもらえたらお願いします」と一言添えてきた。そういうところは彼なりの仕事の流儀なのだろうか。筋を通しているようで好感がもてる。



「ああ――、そういえばお互いもっと簡単に呼び合いません?」



 唐突にオズワルド氏からこう提案された。


「私は知り合いから『オズ』と呼ばれています。『オズワルド』と最後まで言うのは面倒ではありませんか?」


 呼び名についてそこまで考えていなかったが、彼がその方がいいのなら従おうと思った。


「わかりました。では、今から『オズ』と呼ばせてもらいます。よろしく、オズ」


「はい、私も……、そうですね。先日、名前入りのカードをもらいましたから、『ユタカ』と呼んでもいいですか?」


 名字の頭をとって「スガ」は、これまでずいぶんと呼ばれてきたが、下の名前で呼ばれるのは珍しかった。こちらでの例外はパララさんの言う「ユタタさん」くらいか……。ただ、特に悪い気はしない。


「それでは、今から『ユタカ』と呼びますね。よろしくお願いします」


 そんなやりとりをしていたら闘技場前に到着した。


 今回は自分でチケットを買って入場する。入ってすぐのT字路は前回と同じで左へ曲がった。観戦席に出るまでの廊下、なぜか私は緊張で手に汗をかいていた。きっと数時間後に、同じように廊下を歩いてパララさんは決戦の地に降り立つのだ。この緊張はその様子を想像していたからかもしれない。



 観戦席へ出ると2人で迷わず最前列の立ち見のところへ行った。すでに数組の人たちが陣取っていたが、まだまだ空きスペースはある。


「あとは決闘の時間までここで過ごしましょう。下手に動くと戻れないかもしれませんからね?」


 オズは最前列にある手すりを何度か掌で叩きながらそう言った。


「そうしましょうか。いや、なんというか付き合わせてしまって申し訳ないです」


「いいんですよ。私も興味ある決闘でしたからね」



 闘技場では、すでに4人制の魔法闘技が繰り広げられていた。だが、パララさんの決闘に頭が奪われていてあまり興味がわかない。


「まだ決闘の開始までは時間があります。『パララ・サルーン』についての話の代わりと言ってはなんですが、この前みたいにユタカ流の販売のコツを教えてもらったりできませんか?」


 彼は笑顔でそう問うてきた。商売の話にそんなに興味があるのだろうか?


「わかりました。では、これまでの私とオズの会話の中で自然と使われている方法をお話しましょう」


「私たちのやり取りの中で、ですか?」


「そうです。もっとも私たちに限った話ではなく、誰しもが無意識に行っている方法ですね」


 彼は先日と同じく、手帳を開いて白紙のページを探していた。私は彼がメモする準備が整うのを待ってから話を始めた。


「これは言葉にすると、少しズルい方法に思えますが……、簡単に言うと、先に相手になにかしてあげる、ことです」


「うーんと――、なにか例え話をもらえませんか?」


「例えば……、私がオズに聞かれる前に『パララ・サルーン』の情報について話をしたとします」


 ここでは彼女をあえて『パララ・サルーン』とフルネームで呼んだ。オズをまだ完全に信用しているわけではない。呼び方で親密度合いを見られるような気がしていたのだ。


「それは……、とてもとてもありがたいですけど?」


「その後に、私がなにか重要な情報をあなたから聞き出そうとしたらどうです?」


「うーんと……、それは内容によりますけど、きっと話してしまうでしょうね」


「つまり、そういうことです」


 オズはわずかな時間、斜め上の虚空を見つめた後、なにかを納得したように頷いて見せた。


「ああ、なるほど。これはちょっとわかった気がします。先に無条件で相手になにか与えて『貸し』をつくるんですね?」


「その通りです。人は無意識に対人関係を均衡に保とうとします。なにか一方的に与えられるだけでは不安になります。これを応用して、商品を見に来た人に有益な情報を無条件で与えてあげるんです」


「与えられると、返したくなって……、商品を買ってしまうわけですね?」


「そうです。こうして言葉にしてしまうと、ズル賢い方法に思えてしまいますが、私たちは日常的に無意識でこれを行っています」


「ああ、言われてみれば思い当たりますね。こうしてきっちり説明されると面白いもんです」


 オズとこうした話をするのは退屈ではなかった。彼と打ち解けていった上で、いつかは聞いてみたいことがいくつかある。


 「情報屋」としての彼は、私の知りたい情報をもっていたりするのだろうか?


 我ながら打算的な付き合いをしているな。それでも彼との会話を楽しんでいるのは偽りではなかった。

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