第9話 不感の才能(前)-3

 魔法ギルド「知恵の結晶」の本部には初めて来ました。以前にここの面接試験を受けた際は、中央の城下町にある支部の建物でした。本部は、大きな教会ような雰囲気で、三角の屋根が3つほど並んでいました。それを見上げながら、まるで魔法使いの帽子みたいと思いました。


 アレンビーさんへの連絡はマヒロ様がとってくれました。ちょうど今日の依頼が終わるくらいの時間に彼女もギルドを出るということだったので、知恵の結晶本部の入り口で待ち合わせをしました。


 もうすぐ日が沈む時間で、涼しい風が時折吹き抜けていきます。


 知恵の結晶の制服を着た人たちが行き交う中、見知った赤くて長い髪が目に付きました。向こうも私に気付いたのか、真っすぐこちらに歩み寄ってきます。


「あっ…アレンビーさん! そっその…お久しぶりです! パララです!」


 アレンビーさんは切れ長の美しい目を私に向けました。長く伸びたまつ毛がとても映えています。


「パララ・サルーン、あんた相変わらずそういう話し方なんだ?」


「あっ…えっと、ごめんなさい。なかなか上手に話せるようにならなくて――」


「私ら同級生でしょ、緊張することもないんじゃない?」


 そう言ってアレンビーさんは歩き始めました。


「歩きながら話そうよ? 駅に着くまでに終わるでしょ?」


 大股でずんずん進んでいく彼女の背中を私は小走りで追いかけました。そういえば、魔法学校でもこんな感じの人だったな、と思い出していました。あの時はいつも彼女の後ろに付いていく集団がありました。


「あっ…あの、突然呼び出してごめんなさい。それで」


「さっきからなにに謝ってんの? あれでしょ、『決闘』の件で来たんでしょ?」


「はっ…はい、そうです」


「それで、どうなの? 私の挑戦受けてくれるの?」


 アレンビーさんはズバズバと次の言葉を言ってくるので私の頭が追い付いてきません。


「あの…私は選手登録もしてないですし、どうして私なのかなって――」


 彼女は突然、歩を止めました。私は速足で後ろを追っていたので危うく背中にぶつかりそうになりました。そして私の方に振り返ってから、彼女はひとつ大きなため息をつきました。


「やっぱりあれか……。あんたにはわかんないか」


 私に、というよりは独り言みたいな言い方でした。


「まぁいっか……。私ね、知恵の結晶に入って前よりずっと魔法に磨きがかかったと思うんだ。先輩たちと比べても全然遜色ないくらいにさ」


「そっ…そうなんですね、さすがアレンビーさんです。セントラルの時もほとんど成績トップでしたもんね!」


 私がこう言った時、「ちっ」と舌打ちが聞こえたような気がしました。


「そうね、『総合成績』はね! 技能では一度もあんたに勝てなかったけどさ」


 アレンビーさんの目つきはまるで私を恨んでいるようでした。


「私はね、セントラル時代に一度も勝てなかったあんたに勝ちたいの。今ならやれる気がする。そうじゃないとね」


 彼女の視線が私の目から地面に逸れました。私は次の言葉を待ちました。


「ずっと『2番手』の気がしちゃうんだよ。『知恵の結晶』だって最初に推薦もらってたのはあんたでしょ? 私はあんたがダメだったから2番手で選ばれたの」


「そっ…それは私が技能以外は全然ダメで、お話もまともにできなかったからです! アレンビーさんはなんでもできるから選ばれたんです! 決して2番手なんかじゃありません!」


「ふん、あんたがどう言おうと私にとってはそうなのよ。だから、あんたに勝ちたい。勝ってセントラル時代の『2番手』のレッテルとお別れしたいの、理解できた?」


 アレンビーさんはセントラル同期の中でみんなの憧れでした。決して私なんかが敵う人ではなかった。きっと誰も2番手だなんて思っていないのに。


「――でさ、受けてくれるの? 決闘?」


 私は返事に迷いました。彼女を思うなら受けた方がいいのかもしれない。けど、そもそも一方的な彼女の思い込みの気がします。私は別にアレンビーさんと競いたいわけじゃない。


「最近ちょっとだけどさ……、あんたの名前を耳にするようになったのよ。トゥインクルに入って活躍してるみたいじゃない?」


「えっ…は、はい。紹介してくれた方がいまして、今はそこで活動しています」


「立派に『魔法使い』やってるんならさ。自分の魔法に誇りもあるでしょ?」


「いっ…言っている意味がよくわかりません」


「私に負けるのが怖いのかって聞いてんの? 知恵の結晶所属の魔法使い相手じゃ怖くて戦えない? 学校での技能は下だった相手だけどさぁ」


「――ません」


「は?」


「アレンビーさんはすごい魔法使いだと思ってます。けど、魔法で戦うなら私は負けません」


 わずかだけど、私がこう言った時に彼女が気圧されたように感じた。表情が一瞬だけ強張ったように見えました。


 彼女の言う通り、私は自分の魔法に誇りをもっています。これしかできないから……、魔法によって私は生かされてるから……。この「力」にだけは、誰よりも誇りと自信をもっているつもりです。


「言ったわね。それなら、私からの決闘の申し出……、受けてくれるわよね?」


「わかりました、受けます。そして私が勝ちます」


「いい度胸だわ。それでこそ『パララ・サルーン』よ。弱腰の相手なんかと闘いたくないものね」


 彼女はそこまで言うと、特にお別れの挨拶もなくひとりで歩いていきました。私はその場に立ったまま、その背中を見つめていました。いつの間にか日は完全に沈んでいました。


 私は改めて、心の中でその決意を固めました。


 アレンビーさんと決闘をする、と……。

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