第7話 ケの日-3
夕方に差し掛かり、風がわずかに冷たさをおびる頃、クドゥさんとの仕事は終わりを迎えた。
「かっ……、完売したぁ!」
クドゥさんは喜びを爆発させて叫んでいた。道行く人の視線が少し痛い。
今日の仕事の中で彼がこんなに感情を露にした姿を初めて見た。余程嬉しかったのだろう。全部で20ほど準備していたペンダントは無事に売り切れた。私は14売り、残り6つをクドゥさんが売った。
「いやぁ……、私もいくつか売れましたが、やっぱりスガワラさんには敵いませんね」
「私は今日これを売るためにいますから。ここで成果が出ないと来た意味がありませんよ。お力になれてなによりです」
時間的にはまだまだ人の往来はあるが、クドゥさんは露店をたたむ準備をしていた。精霊石のペンダントを売り切ったらそこまで、と割り切っているようだ。
「スガさんに助言をもらったおかげで私も少しですが、販売に自信がつきました。いやはや、お客さんとお話するのは大事ですね?」
「そうですね。商品の良さも当然ありますが、最後の決め手は『この人から買いたい』と思ってもらえるかどうかですから」
私も露店の片づけを手伝いながらクドゥさんと今日の成果をお互いに称え合った。彼のお店の宣伝もいくらかできたので、今後の商売の弾みにもなるかもしれない。私は彼から約束通り報酬の7,000ゴールドを受け取った。
「今度はお店の方でも販売手伝ってもらおうかな? スガさんがいたらなんでも売れそうな気がするよ」
「ははっ……、さすがにそれは買い被り過ぎです。ですが、ご依頼とあればいつでもおっしゃってください」
「はい、ぜひまた声をかけさせてもらいますよ」
成果を残せた後はいつも心地よい疲労感がある。これから酒場に戻った後は食事会も待っている。その時、ふと思い付いた。
「クドゥさんはこの辺りによく来られるのですか?」
「よく、かどうかわからないけど、仕入れとかでも来るからね。それなりに来てる方なんじゃないかな?」
「酒場になにかお土産を買って帰ろうと思うのですが、なにかオススメを知りませんか?」
せっかく人が集まるのだからなにか買って帰ろうと思いついたのだ。仕事もうまくいったので懐にも余裕ができている。
「そっか……、スガワラさんはあんまりこっちには来ないんでしたね。それならいいものがありますよ」
クドゥさんはわざわざオススメの品物が売っているお店まで道案内をしてくれた。その道中にどういったお品かを説明してくれた。
彼の話ではスイーツ、というか、手軽なお菓子のようだった。露店を出していたところから10分程度歩いただろうか、道に甘く香ばしい匂いが漂ってくる。そして目の前にカラフルなテントのお店が姿を現した。
「この町の名物、『星と月のトリート』です。老若男女問わず大人気のお菓子です」
お店の前にはわずかに列ができていたが、それほど長い時間並ばなくても買えそうだった。
「とてもおいしそうな香りがしますね。これにしようと思います。ありがとうございます!」
「いえいえ、きっと喜ばれますよ。初めてでしたら『星』と『月』両方買っていくのがオススメです。味が違っていて好みがありますからね?」
「そうなんですね。早速並んで買ってこようかと思います」
「私は土地の返却手続きがありますから、この辺で失礼しますよ。スガさん、今日は本当にありがとうございました」
クドゥさんはまた何度も頭を下げてお礼を言ってくれた。
「いいえ、こちらこそお世話になりました。よければまたお声かけ下さい。お疲れ様でした!」
「はい、お疲れ様でした」
彼は何度か振り返ってはぺこぺこと頭を下げて遠ざかっていった。私は彼の後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、お菓子屋の列に並んだ。お店の前に値段とそれぞれの味の違いを解説している表が出ていたので、自分の番がまわってくるまでそれを読んでみた。
価格は「星」も「月」も同じ。ひと口大のクッキーのようなお菓子だ。名前の通り、5つの角がある「星型」と三日月型をした「月型」の2種類がある。説明書きによると、星型は砂糖を多めに使っており、サクサクの食感が特徴らしい。
一方の月型は塩気がある味になっており、カリカリの食感が特徴とあった。私はクッキーとクラッカーのような感じだろうか、と想像を巡らせていた。
すると、私の番がまわってきたので、それぞれを3袋ずつ購入した。それなりに日持ちもするようなので余っても大丈夫だろう。10代と思われる若い女性店員がとても元気な声でお礼を言って紙袋を手渡してくれた。
お土産を買うと早く渡したいと気持ちが逸ってしまうのか、帰りの足取りが自然といつもより速くなる。私は帰りの路面電車を待ちながら、燃えるような茜色に染まった空を眺めていた。
仕事がうまくいって帰りの時間も予想していたより早くなった。お土産を持って帰るところには待っている人がいる。今の時間がとても幸せに思えた。
まだ、この時は後に待ち受けていることを知る由もなかったのだ……。
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