第7話 ケの日-2

 日が一番高い時間になった頃、クドゥさんの提案で休憩を挟むことになった。彼はお弁当を持参していたようだ。私はそこまで考えていなかったので、近場で昼食をとることにした。


 この辺りまでやってくるのは少ないので、散策も兼ねてお店を見てまわる。手軽にパスタを食べられるオープンテラスのお店を見つけ、そこで昼食をとることにした。メニューを見ながら、飲食店のメニューは元いた世界と大して変わらないな、と思った。


 こういった食文化の一致は原材料が近ければ同じようなところに行きつくものなのか、それとも起源は共通していて、なんらかの形で私がいた世界とつながりがあるのか……、とあれこれ考えながらランチセットを見つけてそれを注文した。


 空は雲ひとつない快晴だ。ペンダントの売れ行きもよく、これなら夕方過ぎには酒場に戻れるだろうと思った。



「あの……、向こうでアクセサリーを売っていた方ですよね?」



 聞き覚えのない声で話しかけられた。正面に見知らぬ男性が立っていた。


「え…っと、どこかでお会いしたでしょうか?」


「突然すみません。はじめまして、私は『オズワルド』と言います。たまたまペンダントを売っているあなたをお見掛けしまして――」


 「オズワルド」と名乗った男性は、ホテルマンのような慣れた美しい所作で私に一礼をした。年齢は私と同じくらいだろうか。白か、いや銀色に近い少し癖のある髪と上品な雰囲気の垂れ目が印象的だった。


「はじめまして、私はスガワラと言います」


 席を立って私も軽く一礼した。ただ、このオズワルド氏がなぜ話しかけてきたのかはかりかねていた。先日の一件もあって、どうやら私の中で見知らぬ人への警戒心が強くなっているようだ。


「スガワラさん――、ですか。突然すみません。ペンダントの紹介や販売の手際があまりに鮮やかでしたので興味を持った次第でして」


「は、はぁ。それは、ありがとうございます」


 一応褒められているようで悪い気はしない。しかし、そんな理由で声をかけてくるものだろうか、と疑いの感情もある。


「傍から聞いていてもあなたのペンダントの紹介はとてもおもしろかったです。よければ今度ぜひ私にもお話を聞かせてもらえませんか?」


 そう言って彼は小さいカードのような紙を差し出した。そこには彼の名前「オズワルド」と「情報屋」の文言が書かれている。


 これは名刺か……、名刺交換の文化などないと思っていた。私は自作の名刺を数枚持ってきていたので、慌ててそれを取り出して彼に渡した。こちらの世界に来て初めての「名刺交換」だ。


「様々なギルドや情報誌に『情報』を売る仕事をしています。あなたのようにおもしろい話を聞けそうな人とはぜひお近づきになりたいんです」



 新聞記者や雑誌記者に近い人だろうか、オズワルド氏になにか魂胆があるのかわからない。表情は人懐っこいような笑顔を浮かべてる。


 私は彼の肩書に興味をもった。「情報屋」――、どんな情報を扱っているのか不明だが、ひょっとしたら私が知りたい情報ももっているかもしれない。


「ははっ……、私なんかでよければいつでもお相手しますよ、情報屋さんが喜ぶようなお話ができるかはちょっと自信ないですけどね?」


 オズワルド氏と話をしているとお店のウエイトレスが私の注文したランチセットを運んできた。


「おっと……、昼食を邪魔してすみません。私は昼間、この辺りにいることが多いです。もし見かけたら声をかけてもらえると嬉しいです。私もスガワラさんをお見掛けしたらお声をかけさせていただきます」


 そう言い残して彼は、再び美しい所作の一礼をすると、この場を立ち去って行った。



 ラナさんのご両親の殺害事件に関すること、ブリジットにかかわること、私のような明らかに異なる文化圏から来た人の情報……、ミートソースのパスタを口に運びながら、私は今自分が欲している情報を頭に思い浮かべていた。


 オズワルド氏がどんな情報をもっているかは別として、まずはこれらの内容の聞き方を考えないといけない。


 ストレートに聞いて、逆にいらぬ疑いをもたれても困るので、上手い方法を考えないといけない。


 彼が私からどのような話を聞きたいのかまだわからない。だが、営業にまつわる話ならそれなりに準備できそうだ。今後、中央市場に足を運ぶ際は彼のことを気に留めておいてもいいだろう。


 ランチセットのミートソースパスタとコンソメのような味のスープ、生野菜のサラダはどれもおいしかった。食後にはセットになっていた紅茶も運んできてくれた。


 外の暖かい日差しを浴びながら熱い紅茶をゆっくりと啜る。なにかとても贅沢な時間を過ごしている気分だ。心身ともにリフレッシュされて、この先の仕事にも弾みが付きそうだ。

 十分に休憩をとれたので、私はクドゥさんのところへ戻って販売の手伝いを再開した。

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