第6話 十色の力(後)-2
「かっ…雷がおさまるまでお店にいても、いい…ですか?」
大人になっても雷は苦手でした……。――というより、雷ではなくて突然大きな音が鳴るのが苦手なんです。雷自体が苦手というわけではないんです。
「かまいませんよ。雨も強くなってきましたし、もう少し休んでいってください」
ラナさんは微笑みながら私を見ましたが、また窓の外に目を戻しました。
「――あら?」
彼女はなにかに気付いたのか、窓の向こうを凝視しています。そして、お店の入り口の方に歩いて行って扉を開けました。するとカレンさんと……もうひとり、以前にブイレヴ・ピラーの中で見かけた若い男の方がお店に入ってきました。
「カレン……、それにサージェさん、こんな雨の中どうしました?」
「やぁ……ラナ、休憩中の時間に悪いね」
カレンさんは雨除けのフードを脱いで毛先についた水滴を飛ばすように顔を振っていました。
「あれ、パララちゃんも一緒かい?」
「こっ…こんにちは! お邪魔してます」
カレンさんと一緒に来た「サージェさん」という方は店内をゆっくりと見まわしています。なにか探し物をしているような感じす。
「ラナンキュラス様、あの……スガワラという男はどちらに?」
「スガさん……、ですか? それがお出かけしてからまだ帰っていなくて――」
サージェさんはカレンさんの顔を見て無言で頷いてました。
「ええと……ラナ、スガがどこに出かけてるかってわかるかい?」
ラナさんは左手の人差し指を唇に当てて少し上を向いていました。
「うーんと……、わからないわ。どうかしたの?」
「何事もなければいいんだけどね……。ちょっと離れの中覗いていいかい?」
カレンさんの話し方にはなにか緊急性があるように感じられました。
「……なにかあったの?」
「なにか起こってないか……、確かめたいってところかな?」
ラナさんは、スガさんに後で謝らないといけませんね……、と独り言を言いながら外にある離れの鍵を持ってきました。ユタタさんが普段そこに住んでいるのを初めて知りました。
「離れの調査はサージェに任せるよ。なにか見つかったら報告して」
鍵を押し付けられたサージェさんは困惑した表情をしています。
「じ、自分が調べるのですか?」
「ああ、私が中覗くより男のあんたに見られる方がスガもまだいいじゃないかって思ってね?」
「……そういうものですか?」
「私はなんか抵抗あるんだよ……。ほら、さっさといきな!」
「……命令とあらば」
サージェさんはお店を一度出て離れの方へまわっていきました。ラナさんはカレンさんに事情を尋ねています。
カレンさんは、どこから話そうか……、と額に手を当てながら考えていました。そして、こちらに目をやって私にも聞いてほしい……、と言って語ってくれました。
私が魔鉱石の輸送隊を襲ってしまった日から「ブレイヴ・ピラー」はブリジットさんの行方を追っていました。
私が最初に出会った仕事の紹介所や彼と何度かお話をした喫茶店、他にもいろいろなところで聞き込みをしているそうです。紹介所に関してはもう一度現れる可能性が高いと考えられていて、交代でブレイヴ・ピラーの人が見張りをしているようです。あまり聞き込みを繰り返しても警戒されてしまう、と判断したようです。
その見張りの人から、ブリジットさんを探している人が現れたと報告が入ったそうです。
それがなんとユタタさんでした。
カレンさんは最初、私の一件でユタタさんもブリジットさんを探そうとしているのだと思ったそうです。ですが、ユタタさんがひとりで動いていることに疑問をもったようでした。
この話を聞いてラナさんもびっくりしていました。ユタタさんは本当に誰にも言わずにブリジットさんをひとりで探そうとしていたみたいです。ですが、紹介所の見張りをしている人からユタタさんが危ないギルドの人に絡まれていた、と報告が入ってきたそうです。
「きっ…危険なギルドとかあっ、あるんですか?」
「うんとね……、私らは『裏のギルド』とか呼んでるけどね。恐喝・窃盗・暗殺そんなのばっかりを請け負うギルドってのがあるんだよ……。表向きには普通のとこなんだけどね?」
私は急に背筋が寒くなりました。そんな恐ろしいギルドがあるなんて……、私が世間知らずなだけなのかな。
「裏のギルドとそれの中核の人間は、ある程度うちのギルド内に情報があってね……。スガがそういうのに絡まれてたらしいんだよね」
「スガさん……、そんなこと一言も言ってませんでした」
ラナさんが視線を落として呟きました。
「これに関しては私もさっき知ったとこでね。嫌な予感がしたから話を聞きに来たってわけなんだけど――」
ユタタさんは外に出たまま帰ってきていない。なにか胸の中がざわざわするのを感じました。その時、酒場の扉が開きました。サージェさんが戻ってきたのです。
「カレン様、これを見て下さい!」
サージェさんは小さなメモ紙をカレンさんに渡しました。それがなにか私はすぐにわかりました。「魔法の写し紙」、遠距離で連絡をとるための魔法がかけられた紙片です。
紙に文字が記されると少しの間発光するようにできているのですが、それはもう消えているようです。そこには待ち合わせの時間と場所が書かれていました。
「これヤバいやつだねぇ……。この場所、例の報告あったギルドのある近くだよ」
「ゆっ…ユタタさんが危険なんですか! たっ助けにいかないと!」
私は気持ちが急いていたのか、大きな声を出してしまいました。
「そうだね……。これ急がないと本気で危ないかもしれない」
「本部に伝令を出します。小さいところですが裏のギルドに乗り込むなら編成をきちんと組むべきです。グロイツェル様にも報告しましょう」
カレンさんはサージェさんの話を遮るように首を横に振りました。
「一刻を争うよ。いちいちグロイツェルの指示とか待ってられないよ」
「しかし、報告もなしに他ギルドと争ったとなると後のことが――」
「後のことはそん時考えるよ。私の勘違いでスガが無事ならそれでいい。けど……、最悪の場合を考えると今この時間が惜しいんだよ」
カレンさんは睨みつけるような目でサージェさんを見ていました。彼が気圧されているのがわかりました。
「……わかりました。自分もお供します」
「当たり前だよ。ひとりで行かせるつもりかい?」
「わっ…私も一緒にいきます!」
考えるより前に声が出ていました。けど、なにも迷いはありません。危険なのかもしれませんが、今のお話からひとりでも力になれる人が必要だと感じました。
「こっちから頼もうと思ってたところだよ、パララちゃん」
カレンさんは私に笑顔を向けてそう言いました。
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