第4話 花の闇(前)-2
カレンさん曰く、今でも衛兵が私の見張りをしていることがあるそうだ。それゆえに万が一、襲われるような場面があったとしても安全だろう、と……。ただ、衛兵の動きの全ては把握しきれないため、直属の部下をひとり私の護衛につけてくれるという。
紹介された人は、以前競り市の会場で私とカレンさんが話していた時に「馴れ馴れしい」と言った男だった。
歳は私と同じかやや下くらいだろうか。前に会った時の印象そのままに顔つきは険しかった。よくよく見ると綺麗な顔だちをした男だ。中性的な雰囲気の顔だちは若いアイドルのようにも見える。
「私の側近のサージェだ。愛想はないけど腕はたしかだからね」
サージェと呼ばれた男は、軽く会釈をしたが口は開かなかった。
「スガワラと言います。よろしくお願い致します」
こちらから挨拶をすると、顔をじろりと見られ、その後小さな声で「よろしく」と言ったのがかろうじで聞こえた。
「サージェ、頼むよ。スガを絶対危険な目に合わせないのが今回の任務だからね!?」
「はい。カレン様の命令とあらばお任せ下さい。必ずお役に立ってみせます」
私への挨拶よりも遥かに聞き取りやすい声で彼はそう答えた。私がカレンさんに頼まれた仕事を行う際は、彼が護衛についてくれるらしい。
「また酒場に顔を出すからさ。わからないことはなんでも聞いてくれたらいいよ」
一通り話を聞くと、カレンさんはそう言って立ち去ろうとした。しかし、急にピタリと立ち止まると私の方を振り返ってこう言った。
「大事なこと言い忘れてた。ラナにはこの話、うまく誤魔化しといれおくれよ?」
たしかに、今回頼まれた内容は、ラナさんに了承を得ないとできないものだ。
「あの子に余計な心配かけさせたくないからね……。頼んだよ?」
カレンさんの一言はもっともだ。そのまま伝えるとラナさんに気を使わせてしまうだろう。今聞いた話を整理している間に、彼女とサージェ氏は去っていった。ぶらりと外に出たつもりがずいぶんと密度の濃い時間を過ごしてしまった。
駅前の喧騒が急に戻ってきたように感じる。彼女の話に集中して周りの音が耳に入ってこなかったのだろう。時間はそれほど経っていなかったが、疲労感はあった。
そのまま酒場に帰ると、ちょうど郵便箱を見に来たラナさんと出くわした。
「あら、おかえりなさい。今日はどちらまで行かれてたんですか?」
いつもの笑顔でそう問いかけられた。
「駅前までです。そこでばったり以前仕事を手伝った方と会いまして話し込んでしまいました」
「そうですか。スガさんも顔が広くなりましたね?」
「そんなことはないですよ……。それでですね、実は新たに依頼をひとつ受けまして」
「それはよかったですね。『リピーター』っていうんでしたっけ?」
少し前に、私の以前の仕事についてラナさんに説明したことがあった。その時触れた単語のひとつを覚えていたらしい。
「まぁそんなところです。それで実はラナさんに1つお願いがあるんですが――」
「ボクにですか、なんでしょう?」
「今回の仕事は夜遅くに外出する必要がありまして……、ここを閉めた後に外へ出ても構いませんか?」
ラナさんは左手の人指し指を立てて唇に押し当てた。考え事するときの癖のようだ。
「ボクは構いませんが――、近頃物騒な話を耳にしますから…その、危なくはないでしょうか?」
「それほど遠くに行くわけではありません。一応、護衛の人も付けてくれるので大丈夫だと思います」
彼女は、澄んだ黒い瞳で私を見つめてくる。虹彩が美しく、まるで星が煌めく夜空を球体に閉じ込めたようだ。
「そうですか……。スガさんは荒っぽいことはできない人ですから用心して下さいね?」
私が荒事に向いていない人間というのはラナさんをはじめ、酒場の常連客たちにはほとんど知れ渡っている。
「安心してください。いざという時は走って逃げます。逃げ足だけはそれなりに自信がありますから」
「ふふ、わかりました。離れの鍵はスガさんにお任せします。夜遅くなるとお店の方は閉めてしまいますので気を付けてくださいね?」
「ありがとうございます。酒場の仕事には支障のないようにしますのでご安心ください」
「そんな心配はしていませんよ? さぁ中に入りましょう」
私は彼女と一緒に酒場の扉をくぐった。ラナさんは私の仕事について特に詮索をしてこない。信用してくれているのだろう。隠し事をしていることに少し心が痛む。
しかし、余計な心配をさせたくないのは私もカレンさんと同じだったので、その後ろめたさを振り払えた。
「ああ――、そういえば、カレンがスガさんを探してお店に来たのですが、会いましたか?」
不意にラナさんからそう問われた。そういえばカレンさんも、一度こちらに立ち寄ったと言っていた。
「はい、カレンさんとも駅前で会いました。大した用ではなかったようですが――」
「そうですか……。わざわざお店に訪ねてきたので何事かと思いましたよ」
いろいろ話すほどつまらない嘘を重ねると思い、私は適当な返事をしてその話を終えた。
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