第3話 魔法使いの挑戦(後)-6
パララさんの面接の日から3日経った。
面接当日にひょっとしたら顔を出すかもしれないと思っていたが、その日、彼女が酒場に顔を見せることはなかった。
面接の練習をしている期間はいつもより賑やかだったので、少しの寂しさを感じる。ラナさんもブルードさんも、「面接どうだったかな?」を口癖のように言っていた。
いつものように昼の開店時間が終わり、扉に「close」の札を出した。ブルードさんは仕込みを行い、ラナさんは新しい仕事の依頼書に目を通している。私もなにか手伝おうと思った時に扉の外に人影を見つけた。
「パララさん!」
私は扉に向かって声を思わず声を出していた。外にいる彼女に聞こえたかはわからないが、ラナさんとブルードさんには聞こえたようだ。2人はすぐに私のところへやってきた。私は酒場の扉を開けてパララさんの顔を見た。笑顔の彼女がそこには立っている。
「あっあの、遅くなってすみません! 面接の結果が出ましたので……その、皆さんにご報告にきました」
パララさんは笑顔でそう言った。
「中で聞きましょう。さあ入って下さい」
ラナさんがいつの間にかパララさんの後ろにまわっていた。背中を押して店の中へ招き入れる。私は改めて「close」の札を確認したあと、ゆっくりと扉を閉めた。
ラナさんに背を押されていたパララさんだったかがくるりと振り返り私たちの方を向いた。
いつも戸惑っている表情を見せていた彼女だったが、今見せてくれたのはこれまで見たこともないような明るい表情だった。
「面接の結果が届きまして……、その――」
私を含めここにいる皆が息を飲んだ。
「ふっ……ふ、不合格でした!!」
一瞬時が止まったように私たちは固まった。次の言葉が思いつかず、目が泳いでしまう。パララさんの表情を見て、きっと合格、これで魔法ギルドに所属できるのか、次の試験があるのかはわからないが……、とりあえず良い結果が聞けるものだと思っていた。ゆえに面食らったしまったのだ。
パララさんは立ったまま笑顔でいたが、やがてその表情は崩れていった。そして目に涙が溢れているのが見てとれた。その涙がこぼれようとする瞬間、ラナさんが彼女を抱きしめていた。
「ごっごめんなさい、あんなに皆さんに協力してもらったのに……私、こんな結果で……、うっぅぅ…」
彼女はラナさんの胸に顔をうずめながら嗚咽をもらしていた。彼女の頭をラナさんが優しく撫でている。
「いいえ。パララさんはよくがんばりました。今回はたまたま縁が無かっただけですよ?」
「そうだな。こんだけがんばったんだ。今は休んでまた次を探したらいいんだよ」
ラナさんとブルードさんが声をかける。私はなかなかうまい言葉を見つけられなかった。彼女の涙が私にはとても辛く見えた。しかし、次の瞬間、パララさんは顔をあげると私の方を見てこう言った。
「なっ泣いてしまってごめんなさい……。私、今とても悔しいんです……。ですが、とてもうれしくもあるんです」
私はその言葉の真意をはかりかねた。悔しいのはわかる、だがうれしいとはなんだろうか?
「わっ私…短い間ですけど、今までこんなふうにがんばってなにかを成し遂げようとしたことなくって……、だから、その――」
パララさんの言葉を聞きながら、私は考えた。わずか3日間ではあったがパララさんは面接の練習を必死に取り組んでいた。自分から苦手を克服しようと酒場の仕事を手伝ってくれたりもした。
私はてっきり、魔法学校などのこれまでの生活でも同じように努力を重ねてきた人なのだとばかり思っていた。
「が…がんばって…けど結果ダメでこんなに『悔しい』って思えたの初めてなんです。今まではなんていうか、ダメでもそんなもんかって諦めてて……、悔しいと思えなかったんです」
なるほど、パララさんは恐らく魔法に関しては凄まじい才能の持ち主なのだ。だからこそ努力を重ねなくてもそれなりの結果を残せていたのだろう。
ただ……、だからこそ、がんばっても結果を残せなかった時の「悔しさ」を経験したことがなかったのかもしれない。
「くっ、悔しくって涙があふれて止まらないんですけど……、もう一度がんばろうって今は思えるんです。こんなふうに思えたのは初めてで……、皆さんのおかげなんです!」
ラナさんとブルードさんはお互いに目を合わせて、その後笑って2人でパララさんの頭に手を置いた。
「そうですね。またこの次がんばりましょう!」
「この間のみたいなのでよければまた飯つくってやるから、がんばろうぜ!」
「あっありがとうございます! ブルードさんのお料理とてもおいしかったです!」
ここに来た時のパララさんの笑顔を、私は無理してつくったものだと思っていた。しかし、心が満たされたゆえの本心の笑顔だったのだ。今、話している彼女を見ているとそう思える。
「ゆっユタタさん! 本当にありがとうございました! こっ…今回はダメでしたが、必ずお仕事をみつけてお礼をします!」
「いいえ。今回良い結果に導けなかったのは私にも責任があります。ですが、パララさんがこうして前向きに捉えてくれたのは本当にうれしく思います」
「わっ私、今の気持ちが冷めないうちに早速次のお仕事を探してみようと思います! きちんと魔法ギルドに所属できるようにいくつかまわってみようと思っているんです!」
今回の面接試験の結果は実らなかった。だが、パララさんの中で壁をひとつ越えたような気がする。曇りのない表情を見てそう思った。これならきっと近いうちに定職につくのも叶うだろう。
ラナさんがパララさんの手を握ったかと思うとなにかを手渡していた。
「これは少ないですけど……、先日働いてくれた時のお給金です」
「そっそんな…あ、えっと…ありがとうございます!」
一瞬、受け取るのを拒むような素振りを見せたが、なにかを思い出したような顔をした後、素直にそれを手にしていた。
「ボクも今回のようなギルドの求人がまたないか探してみますね」
パララさん、ラナさん、ブルードさんはそれぞれに言葉を掛け合っていた。気付けば彼女の涙は止まっている。
今回、結果だけ見れば依頼を果たせなかったのかもしれない。客観的に見ればそうだ。しかし、依頼主のパララさんも、私自身も心は満たされている。これもひとつの成果に違いない。私は満足した笑みをパララさんに向けた。彼女も満面の笑みを返してくれた。
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