第37話 垣間見えたのは、青い春 番外編

「あのー、戻りましたー。店長、宮本さん。ありがとうございました」


 客足もなく、店長はレジでボケっと突っ立っていた。というか、立ったまま気絶しているのではと心配になるレベルでピクリともしていない。過労怖い。


 宮本さんはなんやかんや商品補充をしながらちゃんと仕事をしていたが、俺の顔を見ると凄い勢いで詰め寄ってきた。


「お帰り榊くん! ちゃんと、女の子にハートを届けられたかな!?」


 何言ってんだ、この人。まだ、酒抜けてないのかな。変な風に詰めてくるのやめてほしい。


「とりあえず、連絡くれた女性は無事です。色々ありましたが、多少は力になれたかとは思います」

「それは良かったねー! やっぱり私のアドバイスが心に響……榊くん? その、顔……どうしたの?」


 小柳さんから再度殴られた俺の顔を見て、宮本さんは冷や汗を垂らしている。

 この人達、めちゃくちゃ心配してくれるいい方々なんだけど、暴走するから慎重に対応しないと。


「あ、あのですね。これは……」

「て、店長おおおお! てんちょおおおっ!」


 宮本さんの絶叫に、完璧にノビていた店長のスイッチが入る。


「ど、どうしたの、宮本さん! 事件かい!」

「榊くんが……榊くんが殴られて帰ってきたああ!」

「んなっ!? 宮本さん、今すぐ警察に……いや、弁護士……? もう、どっちにも電話して!」

「が、がってん承知!」


 あー、始まっちゃったよ。

 こうなると、またしても迅速に暴走を止める必要があるのだが、"SMのお店行ってきました"発言のように、もう身を削るような思いはしたくない。


 だが、すでに宮本さんは携帯を取り出し始めている。とりあえず警察だけは面倒臭くなるからやめてほし――


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 そんなカオスな状況に、凛とした声が響き渡る。

 その声の主は、いつの間にか店内に入っていた小柳さんだった。


「あ、あれ? 小柳さん、無事送れたから帰るって……」

「そう思ったんですけど、やっぱりバイト先の皆さんにもご迷惑をおかけしたでしょうし。謝ろうと思って引き返してきました」


 律儀だな。いいことなんだが、ちょっと嫌な予感がする。

 この暴走機関車達と小柳さんは会わせちゃいけなかったと直感が言っている。


 急に現れた女性の存在に目をパチクリさせる二人に対して、小柳さんは深々と頭を下げた。


「あの……金之助さんがバイト抜けたのは私を助けに来てくれたからなんです! あと、金之助さんのこと殴ったのも私です! ごめんなさい!」


 いまいち全容が掴めない謝罪に二人は顔を見合わせている。

 宮本さんは携帯をとりあえずしまい、顎に手を当てて何かを考えこみ始めた。


 そして、何かが繋がったが如く頭に豆電球がつく。


「そっか……榊くんが助けに行ったのはこちらのSM嬢……助けたご褒美として一発貰ってきたって訳なのね……」


 待て待て。とんでもない結論に至ったな。

 店長も、"あー、なるほどっ!"みたいな顔浮かべないでくれないかな。


「宮本さん、何を勘違いし――」

「失礼ですが、あなたのお名前は?」


 完璧に自分の世界に入った宮本さんは、俺に弁明の隙など一切与えない。

 ギラついた目で小柳さんをロックオンし、詰めよっていく。


「あ、えっと。小柳しおりと申します」

「小柳さんね……榊くん、特殊な性癖だけどいい子だから。その拳で、どうか幸せにしてあげて下さい」


 この機関車、そろそろ止まってくれんかな。

 前回でフラグたちかけたかと思ったのに、超特急でへし折りにきてるじゃねえか。


「特殊な性癖……?」

「あ、あのですね、小柳さん。宮本さんちょっと色々勘違いしているみたいで……」

「ああ、特殊って金之助さんは男性がお好きってやつですね。私も最初はビックリしたけど、気にしませんよ」

「んなっ!?」 「んなっ!?」


 小柳さんの発言に、またしても店長と宮本さんに衝撃が走る。

 あまりにも混乱しているのか、二人は状況を整理させようと俺達に背を向け話し合いを始めた。


「て、店長。要するに、榊くんはドMの同性愛者で、本当は屈強なムキムキの男性に虐められたいけど、中々お相手が見つからないからこちらのSM嬢とプレイを……」

「そ、そうだね。きっと色々あるんだよ。それを知った僕達が出来ることは……ありのままの榊くんを受け入れてあげるだけだよ」

「……がってん、承知」


 なんかとんでもねえ会話が聞こえてきた。

 話し合いが終わったらしい二人は、こちらを再度振り返り、かつてないほど優しい瞳を俺に向けている。


 そして、宮本さんはゆっくりと近づいてきて、俺の肩にポンっと手を置く。


「みんな違って、みんないい。だよ?」


 ウインクしながらそう呟かれた。

 軽く、殺意が湧いた。


 



 さて、その後の話をしよう。


 俺が何を言ってもまともに話が通る空気ではないことを感じとった俺は、これは致し方ないと、土下座をかました。

 学生時代から積み重ねた完璧なる土下座のリアリティに、みんな若干ひいていた。

 

 しかし、冷えていく空気と共に皆が冷静になっていくのを感じとった俺はそこから怒涛の弁明を始める。


 今までの発言と経緯、全てが誤解であることを一から十まで片っ端から説明した。

 というか、俺はドノーマルで普通に女性が好きであることを半泣きになりながら訴えた。


 その努力の末に、見事に誤解は解けた。

 そして、"なんか、ごめんね"と、憐れみの目を向けられながら謝られた。


 せめて今日だけでも、ヒーローのまま格好良く終われなかったものだろうか。

 やはり、この世界ではあまり調子をこいてはいけないのかもしれない。






◇◇◇◇




「……金之助さん、普通に女性が好きなのか。……ふーん、そっかあ」

 

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