第35話 宇宙とヒーローと暴力と④

 突拍子もないマサルの発言に、またしても一瞬時が止まる。

 何がどうなれば、今の流れからそんな陽キャがノリで言い出しそうな発言に繋がるのか。

 しかし、マサルはそんな空気はお構いなしとばかりに鳴き続ける。


「プギャギ、ブブギョ! フゴッ、フゴッ、プキ? ブブギョ、ブギー! プゴプゴ!」


 何言ってるかわからんと、お前が鳴き終わるまでの時間がすげえ無駄だな。

 仕方なく、"続けて頼みます"と再度先生に向かって視線を送る。


「ああ。えっとね、"俺、しみたれた空気嫌いなのよ。誰が悪いとかマジどうでもよくね? それよりみんなで海とか行きゃぁ、ハッピーじゃね?"だって」


 なんか喋り方が生理的に嫌だ。

 俺はマサルの発言に対して、あからさまに嫌な顔を浮かべる。


 ただ、少し空気がおかしい。そんな俺に対して同調してくれる雰囲気を感じられない。

 というのも、結城さんと小柳さんはその提案に対して目を輝かせている。


「……海、悪くない。宇宙と海は限りなく近しい存在。行ってもいい」

「わ、私。海とか行ったことなくて! しかも、誰かと海に遊びに行くとか結構憧れで……!」


 どうしよう。なんか、キャピキャピした空気になり始めやがった。

 マサルはそんな二人のリアクションに対して満足そうに頷きながら、尚も鳴き続ける。


「プギャギ! ブギーフゴッフゴッ! 」

「"開放的な海でコミュニケーション! 心を解放する為にも、露出度高めの水着ヨロシクゥ!"だって」


 やっと意図が見えてきたわ、このエロ豚が。

 お前、女性陣の水着が見たいだけだろ。


 さてさて、どうしたものか。

 ちょっと俺には、女性を交えたシーストーリーなんて似合わない。というか、色んな意味でハードルが高すぎる。


 ただこの空気だと、とても異論を唱えられそうにないな……まあ、適当にバイトが忙しくて不参加という方向に――


      "バーン!"


 その時、病院玄関のドアが勢いよく開いた。

 そして、そこに現れたのはまたしても見慣れた金髪ギャルだ。


 やっぱり、出たよ。

 マサルがいる限り絶対盗聴はされていると思っていたが、このタイミングでの登場か。


「話しは聞いたわ! 友達と海なんて最高じゃない! しーちゃん、金ちゃん、五秒で支度しな!」


 いやいや、今から行かないから。

 行くとしても、普通は後日皆で予定を合わせてとかだよ。ぶっ飛びすぎだろ。


「お、お姉様? どうしてここへ?」

「あー、マー君が今日ここで定期検診なのは知ってたし。盗聴……たまたま、様子見に来たら面白そうなこと話してたからさ!」


 急に現れたルイに対し小柳さんは嬉しそうにしているが、反して結城さんは怪訝な顔をしている。

 そして、軽く睨みつけながらルイに対して口を開く。


「……何、急に。あなた、全然関係ない。話しに入ってこないで」

「はぁ? あんたのが関係なくね? あーし、マー君の彼氏だし、金ちゃんとしーちゃんの友達だから! むしろ、あんたのが部外者なんだけど。ほら、無関係なやつはかーえっれ! かーえっれ!」


 ルイ、本当に容赦ねえな。一気にペース握りやがった。


 ルイの"帰れ"コールに、結城さんはまたしても目に涙を溜めて泣き喚きスタンバイに入る。

 その姿を目にした丸山先生も、一気に顔から冷や汗が噴き出ている。


 ……まあ、丸山先生には色々と恩があるし迷惑もかけてしまっている。

 仕方ないが、軽くフォローいれとくか。


「……ルイ。結城さんもだいぶ海行きたそうにしてたし、ここはみんなで仲良く行ってきなよ」

「"行ってきな"って何? 金ちゃんは強制参加よ?」


 チッ、バレた。

 ナチュラルにお見送りポジションにつこうとしたのに、さすがにそんな甘くはなかったか。

 

 そんな中、空気を読んだ小柳さんが、半べそをかいている結城さんの頭を撫でながら口を開いた。


「お姉様。せっかくですし、みんなで行きましょう?」

「……あーし、そいつ苦手なんだもん」

「でも、可哀想ですよー。ほらっ、さっきまで

薄ら笑いしてたのに、今は涙堪えるのに必死ですよ」

「……まあ、金ちゃんとしーちゃんがそこまで言うなら連れてってやってもいいけど」

「いいですって! よかったですねー、結城さん!」


 結城さんは、小柳さんに頭を撫でられつつ、目に溜まった涙を拭い小さくコクコク頷いている。


 おかしい。

 今の流れからして、ルイのポジションはいきなり現れた一番話しに無関係な人間のはずだった。

 そんな彼女が、なぜ全ての決定権を握っているのか。ギャルの勢いって恐ろしい。


 とりあえず、ルイと結城さんはあんまり仲良くないんだろうな。相性悪そうだし。

 ますます、この面子で団体行動したくない。


「ルイ、今日は俺バイトに戻らなきゃ行けないから……」

「そーなの? じゃあ、後日予定合わせて行こっか。……あ、あとマー君?」

「プギョッ!?」


 いきなり名前を呼ばれたマサルは身体を震わせ、一気に冷や汗が噴き出す。

 それもそのはず。ルイからは殺気が溢れ出ている。というか、袖先からメスが出ている。


「露出度が高い水着がなんだって?」

「ブブギ……フゴゴッ」

「ふーん。マー君は水着なんていらないから、より露出する為には、皮でも剥ごうかー?」

「プギョッ!?」


 命の危機を感じ取ったマサルは、瞬時に逃亡へとアクションを移す。

 四足歩行で高速のスタートダッシュをかますものの、ルイはそんなマサルの首根っこをガッツリ掴み、容易く捕獲した。


「とりあえず、あーしまたやることできたから、マー君連れて帰るね! あとで連絡するから、海行く日決めようね!」

「プギャギー! プギョー!」

「んー? そっかー、そんなにスタンガン気に入っちゃったー? マー君ほしがりさんだねー!」

「プギョー!」


 この流れにも慣れてきたな。

 むしろ、マサルが調子こいた後はこれがなきゃちょっと物足りないわ。


 そして、いつものように嵐のように現れたルイは、最後に一番いい笑顔をかましてマサルを連れて去って行った。

 思う存分楽しんで頂こう。


「じゃあ俺も帰りますね。バイト場に戻らないと」

「あ、じゃあ私も。その……皆さん色々とすいませんでした。海でもご迷惑かけそうになったら、私すぐ帰宅しますんで」


 小柳さんは深々とお辞儀をしつつ、まだ今日の出来事を気にかけている。

 そんな小柳さんの表情から何かを汲み取ったのか、結城さんがチョコチョコ近づき小柳さんの手を握った。


「えっと……どうしました?」

「……触れた方がわかるから」


 そう言いながら、結城さんは目をつぶり集中している。

 その姿に今までの胡散臭い雰囲気などは一切なく、何か神秘的なものさえ感じた。


 少し時間をかけたあと、結城さんはゆっくりと目を開き、問いかける。


「……ねえ。なんでこの町選んだの?」

「えっ!? ……いや、特に理由はないですけど……なんとなくです」

「……そう。あなた、幸せに呼ばれたの。だから、そんな顔しないで大丈夫。これからは楽しいことが沢山待ってる」

 

 結城さんの言葉に、小柳さんは驚きの表情を浮かべている。


 根拠などあるはずがない。今日出会ったばかりの電波少女の戯言だ。

 それでも、その言葉の全てが彼女に刺さったかの如く、小柳さんは目に涙を浮かべながら「ありがとうございます……」と呟いていた。

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