第19話 浮気は文化らしいが、命かけてまでやるもんじゃない②
「ほら、見てよ金ちゃん。マー君のあの浮かれよう。あれは女だわ。絶対女。紛れもなく女よ……」
「ルイさん、落ち着きましょう。とりあえず、メスしまいましょうね……」
この人は相変わらず危険物常備してるのか。この持ち物といい、不審な行動といい、職質されたら一発アウトだな。
「ところで、マサルが浮気してるかもしれないってところまでは聞きましたけど、なんでそう思ったんですか?」
「ああ、マー君が今日出かけるって言うからさ、あえて何も聞かずに泳がせた訳。んで、マー君がお風呂入ってる間軽く携帯覗いたら、小春とかいう女とやりとりしててさ。"久しぶり"だの、"早く会いたい"だの言ってる訳よ。こんなん、浮気以外のなにものでもないっしょ?」
軽く携帯覗くなよ。呼吸をするように携帯のロックを解除している姿が目に浮かんだわ。
さっきから探偵顔負けの尾行術のノウハウを教えてくるし、この人何者なの?
「だったら、その場でマサルを問い詰めた方が早かったんじゃないですか?」
「金ちゃん、違う。こういうのはその場で問い詰めてもしらばっくれられて、余計な警戒心を与えるだけで終わるのよ。こういう時はあえて泳がせて、確実な証拠を掴んでから処刑するの」
だから、なんでこの人は殺るの前提なんだ。処刑する気満々じゃねえか。
しかし、周りの人達にジロジロ見られてるな。まあ、こんな姿でコソコソしながら動いてたら誰だって見るよな。
(なんだ、アイツら。なにしてんだ?)
(知らねーけど、女の方すげえスタイルいいな。顔も絶対美人だろ)
チャラチャラした男の若者二人が、やや離れた後方から遠目にこっちを見ながら話している。
ルイさんは髪色も伴い、明らかに目立っている。いや、目立つというより自然と目が惹かれるというか……いわゆる芸能人とかが持っているオーラ的なものを放っているのだろう。
俺のジメジメした空気とは対照的であり、住んでいる世界が元々違うのだ。
(っていうか、隣の男なに? 彼氏?)
(ブハッ、そりゃねーだろ! あんな陰キャが彼氏じゃ男の趣味悪すぎだって!)
聞こえてんだよ、自称リア充パリピ頭空っぽ野郎共が。暗黒のオーラで闇の世界に取り込んでやろうか。
っていうか、この美人ギャルの彼氏豚だから。陰キャ男子よりよっぽど衝撃的だから覚悟しておけよ。
まあ、あんな陰口は放っておいて今は尾行だ。ルイさん直伝の尾行マニュアル破ると怒られそうだし……って、あれ? ルイさんどこ行った?
「てめえら、今なんて言いやがったコラッ! 尻から手突っ込んで奥歯ガタガタいわせてやろうか!?」
怒号が聞こえた先に目を向けると、ルイさんは馬鹿にしながら笑っていた男の胸ぐらを掴み怒鳴り散らしていた。
おいおい、尾行の心得その一、"目立たず、騒がず、冷静に"はどこいった? 全部破ってるじゃねえか。
しかも、脅し文句が少し古いヤクザのそれよ。
男達はルイさんの異様な程のプレッシャーに完璧に硬直している。むしろ若干泣きそうになっている。
アイツらがどうなろうとどうでもいいのだが、さすがにこれ以上騒ぐのはマズそうだな。止めに入るか。
「ル、ルイさん……、ちょっとまずいですよ。マサルにバレちゃいますって」
「今はそんな事よりもっと大事な事やってんの! 金ちゃんはちょっと黙ってて!」
興奮おさまらないルイさんは、袖からごく自然にメスを取り出す。当たり前のように現れた凶器に、男達は目が点になっている。
いやいや、さすがにそれはマズイ。もう全てにおいてマズイ。どうする? 警察呼ぶか?
いや、警察呼んじゃ逆にダメだろ。落ち着け俺。
「あーしの親友バカにしやがったよな!? どういうつもりだか知らねえが、命落とす覚悟は
出来てんだよなあ!?」
出来てる訳がないだろ。殿様を侮辱した平民かよ。
ルイさんは変わらず怒鳴り続けながら、取り出したメスを男の首筋に当てる。
この前はマサルだったからまだコメディーチックに見えたが、全くの他人は洒落にならん。
俺は咄嗟にルイさんを後ろから羽交い締めにし、制止した。
「ちょっ、ルイさん落ち着いて! もう、この二人も反省してるみたいなんで!」
「は、放してよ金ちゃん! こういうヤツらはちゃんと身体と心に深く傷をつけてあげないと、同じ過ちを繰り返すんだから!」
「ほらっ、アンタら! もういいから、さっさと逃げて! 早く行けっ!」
俺の言葉に正気を取り戻した二人組は、情けない声をあげながら必死に逃げて行った。
男達の姿が見えなくなった事を確認し、俺はルイさんの身体を離す。
解放されたルイさんは"取り逃した"と、悔しそうな顔を浮かべつつメスを袖口にしまい、舌を鳴らした。
「もー、金ちゃんは優しすぎるんだよ。だからああいう奴らが調子こくんだって。もっと徹底的に潰さないと」
逆にルイさんは厳しすぎるだろ。厳しいとかのレベルを通り越してたけど。
「ははっ……まあ、あの人達の言ってたこともわかりますけどね。ルイさんと俺がいると不自然というか、釣り合わな……」
"ドンッ"
ルイさんは言葉を遮るように、俺の後ろにあった壁に勢いよく手をつきつつ、顔を近づけてきた。要するに壁ドンというやつだ。
胸が高鳴っている。あら、やだ。これが少女漫画の乙女の気持ち……という訳ではなく、俺のこの胸の緊張感はルイさんの怒りを感じ取ったからだ。
しかし、その目は睨みつけているようで微かに涙が滲んでいるようにも見えた。
「……あのー? ルイさん?」
「なにさ、不自然って。釣り合わないって……あーしはアイツらが事実無根な悪口を言ったからあそこまで怒ったんだよ」
「いや、でも……」
「ねえ、金ちゃん教えてあげる。初めて会った時から"俺なんか……"みたいな卑屈な思考顔に引っ付けてるけど、それとんだ大間違いだから」
ルイさんは壁から手を離すが、顔の距離は変わらず真っ直ぐに俺の目を見つめていた。
普通なら美人からのガン見なんて耐えられないのだが、その視線の真剣さに俺は目を逸らす事が出来なかった。
「金ちゃんが今までどんな環境で、どんな人生を歩んできたかなんてあーし知らないけどさ、そこまで自分を卑下する必要なんてないから。自信がないって言うならそれは周りの人間がバカばっかりで、少し運が悪かっただけ。金ちゃんはめちゃくちゃ優しくて、めちゃくちゃいい男なんだよ。保証する。だから、金ちゃんはあーしの親友として胸張って隣に立っていればいいんだよ」
ルイさんの言葉がお世辞なんかではない事は、その目が物語っていた。
いや、真偽がどうとかではない。周りの人々に、親にさえも否定され続けてきた人生だ。
どうしようもないと思い込んでいた自分を丸ごと肯定してくれた言葉に、心が動かされない訳がなかった。
"嬉しい"とか"感動した"とかそんな単純な感情ではない。優しく包まれたようで、満たされたようで、ただ涙が出そうだった。
俺はこの時の気持ちを一生忘れないだろう。
「……すいませんでした、ルイさん」
「謝らないで。あと、"さん"づけやめて。敬語もおかしい。親友っぽくない」
「ありがとう……ルイ」
女性の名前を産まれて初めて呼び捨てにした。恥ずかしさと謎の罪悪感でとんでもないキョドりを見せそうになったが、俺の言葉に満面の笑みを浮かべたルイを見てそんなことどうでもよくなった。
この日俺に初めて親友ができた。
そして、俺の人生に変化が起き始めていた事に気づいた瞬間であった。
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