第7話 この青髪少女、超能力使えるってよ③

 診察室からはマサルの鳴き声と、先生の話し声が聞こえてくる。火傷の処置をしながら、色々と話しているのだろうか。


 5分程経った後、マサルは丸山先生に抱き抱えられながら診察室から出てきた。


 火傷した前脚はきれいにタオルで巻かれている。濡れたタオルで冷やしているのか、何か薬品を塗ったのか定かではないが、重症という訳ではなさそうだ。


「ブヒブヒ、ブブギョ! フゴッ、ブフギ!」

「いやー、火傷自体は大したことなかったから大丈夫だよ。少し気を失ってただけで、今はこんなに元気。心配なさそうだね!」

 

 相変わらずマサルが何を言っているのかはわからないが、あんなにも憎たらしく感じていたこの鳴き声が、今はやけに安心する。

 宇宙やらコスモテレパシーやら聞かされるくらいなら、"フゴフゴ"言われていた方がよっぽどマシだわ。


「金之助くん、マサルさんから何となく事情は聞いたよ。子供達の気を引きたくて、自分で前脚を焼いたところまでは覚えているって。気を失ったマサルさんを抱えて、病院に連れてきてくれたんだね」

「そ、そうなんです! 俺は別に豚を虐めて興奮する変態人間じゃないんですよ!」

「……なんの話しだい?」


 丸山先生は苦笑いしながら、頭にハテナマークをつけている。

 なんにせよ、この先生はある程度まともそうだ。もう全部あなたがやった方がいいよ。この受付嬢やべえから。


「無駄に事情聴取頼んじゃって悪かったね、結城くん。あれこれ疑って聞くのは気分がいいものじゃないからね」

「……いや、彼には聞いてないよ。コスモテレパシーを使用したから」

「あ、コステレ使ったんだ! 結城くんは本当に頼りになるなー!」


 いや、略すな略すな。

 なんだよ、コステレって。なんかお手軽感出ちゃってるじゃねえか。

 そして先生。信じちゃってるなら、あなたもだいぶやべえぞ。


「結城くんには全てお見通しだもんね」

「……勿論。マサルが愚かに自分で前脚を焼いてるビジョンや、彼が必死にマサルを連れて走ってくるビジョンは最初から私の脳内に送りこまれていた。……彼は本当に良くやってくれたと思う」


 こいつ、息を吐くように嘘つきやがった。

 お前さっきまで、俺のこと変態扱いしてただろうが。

 しかも、それをなかった事にしようと思っているのか、急に俺のこと褒め出してるよ。いやらしいなこの人。


 さっきまでの言動を洗いざらい追求してやりたいところだが、これ以上変に関わりたくない。

 本当は今すぐ帰りたいが、今のタイミングでやっておくべきことがある。


 獣医とはいえど医者は医者だ。今日俺が目の当たりにしてきた……、むしろ今もリアルタイムで目の当たりにしているこの奇寄怪怪について問わずにはいられなかった。


「あ、あの先生。ちょっと俺の話しを聞いてもらってもいいですか?」

「ん? どしたの?」

「なんというか……もしかしたら俺だいぶ変な事言うかもしれないですけど。マサルって人じゃなくて、豚ですよね?」

「あっはっは、面白い事言うね! 豚じゃなかったら動物病院来てないよ!」


 まあ、想定内の反応だ。むしろ、ひかれるのではなく、こうやって笑い飛ばしてくれた方が話しはしやすい。


 見た目は薄汚いヤブ医者だが、良い人のようだ。信頼できる。

 さて、問題はここからだ。


「じゃあ、続けておかしな事を言っていたらすいません。マサルは普通にタバコを吸ったり、パチンコをしたり、まるで人間のような生活をしているんですが、それを異常だと思いますか?」

「ん、なにが? そりゃタバコ吸ったりするでしょ。僕だって吸うし」

「……じゃあ、例えば牧場にいる豚がいきなりライターを使ってタバコを吸い出したらどう思いますか?」

「あっはっは、そりゃ傑作だね! そんな豚がいたら一躍有名になるだろうね!」

「なぜマサルが同じ事をしてもおかしくないのでしょう? 彼も同じ豚ですよ?」

「……? マサルさんは確かに豚だが、マサルさんじゃないか。何かおかしいの?」


 ダメだ、一見会話ができているようだが、肝心な部分にモヤがかかっているかの如く、言いたい事が全く伝わっていない。

 まるで見えない力に邪魔されているようだ。


 マサルが豚だと認識されているのは間違いない。さっきの小学生達含め、きっと他の人々も同じ認識なのだろう。


 しかし、マサルに関しては豚の中でも特別なようだ。明確な理由は説明されないが、マサルだけは豚ながらも人のように扱われ、それに対して誰も疑問を感じていない。


「じゃあ、最後にもう一つだけ。みんなマサルの言っていることがわかるんですか? 僕にはブーブー鳴いているようにしか聞こえないんですが……」

「確かにブーブー鳴いてるね? 豚だし。でも言ってることわかるじゃん」

「いや、だからなんでわかるんですか? ブーブーが人語に変換されているってことですか?」

「……ごめんね、金之助くん。さっきから君の質問の意味がイマイチわからないんだ」

 

 目の見えない人に、赤色と言っても伝わらない。耳の聞こえない人に、うるさいと伝えても理解してもらえない。

 それと同じように、少しズレた世界の中で生きているようだ。


 そして、ここで目の見えない、耳が聞こえない人に該当するのは俺だ。一般的な世界とズレているのは俺の方だ。

 

 認めたくなかったが、俺がおかしな事を言っているのは確かだよな。何か精神的な病気でも抱えてしまったのだろうか……。

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