大文字伝子が行く62

クライングフリーマン

大文字伝子が行く62

午前10時。伝子のマンション。「学。たまには和食の朝食もいいな。納豆、もう一個くれよ。」「はいはい。ただいま。」高遠は皿に納豆を入れ、撹拌してから鰹節をかけ、生卵を落として、醤油を垂らして、伝子の前に出した。

EITO用のPCが起動して、画面に理事官が現れた。「朝食中にすまないな。上手そうだなあ。挽き割り納豆かい?もう何年も食べて無いなあ。やっぱり朝食は、ご飯がいいよ。」

「奥さんは、ご飯出してくれないんですか?」と、思わず高遠が尋ねた。「家にいるときは3食が洋食。地獄。だから、外で食べることが多い。」

「理事官。なんか用事があったんじゃないんですか?」と伝子は食べながら尋ねた。

「まずは田坂二曹のことだ。命に別状はない。弾が貫通していたのは、不幸中の幸いだった。当面は戦線離脱だ。その、撃った大松は覚悟を決めたんだな、スラスラ自供したよ。資金繰りが上手くいってなかった時、ある日使いがやって来て、札束を積んだ。」「反社の時と同じですね。」

「うむ。で、連絡を待て、と言われて先日使いの者が来て、成功したらまた報酬を出す、と言って、大文字伝子抹殺指令を出した。放火して、わざと同じ模様のトレーナーを着てうろついたのも、君をおびき出す為だった、と。びくびくしながら生活するのは、もうごめんだ、なんて言ってた。『水道』に関しては、全く分からない。以上だ。あ。新町、どうした?EITOベースワンには来なくなったが。」

「結城警部と早乙女さんに頼んで、『補習』をやっています。警察署の会議室借りて。」と伝子が応えると、「良かった。もう副総監の失神は見たくないものな。」

画面は消えた。高遠が、伝子にごはんのおかわりを出すと、「理事官も失神しそうだったものな。」と伝子は呟いた。

「そう言えば、副島先輩は、わざと大松に刺さった矢をえぐったんですかね?」「うん。多分な。」「伝子さんが止めなかったら?」「止めるように仕向けるさ。ああいう人。」

「後輩思いは、伝子さんに負けず劣らず、か。」「嫌いか?」「僕の好きなのは、伝子さんですよ。」

「僕の好きなのは伝子さんですよ、だって。朝からいちゃついてる。」と入って来た綾子が言った。「お母さん。また婿いびりに来たの?」「ご挨拶ね。総子ちゃんが相談してきたのよ。ここの所、連絡無いのは嫌われているのかな?って。」「そんなこと、お母さんに言ったの?嫌う理由ないよ。事件が東京に集中してて、ここの所、連続してただけだから。後でメールしとくよ。」

「良かった。婿殿。煎餅何袋かくれない?お茶請けにいいのよ。」

高遠が煎餅を渡すと、「じゃあね。」と綾子は帰って行った。「伝子さんの顔が見たくなったんですよ。」「お前は常に性善説だな。」

チャイムが鳴った。編集長だった。「今朝、朝イチで送りましたよ。」「ありがとう。でも、そうじゃないのよ。一佐のお見合い、どうなった?」「さあ。その後聞いて無いな。何か目をつぶってから開いた人とお見合いすることになった、とは聞いているけどね。なんで、編集長が気にするのかな?」「実はね、大文字くぅん。私もお見合いの釣書預かってて、困ってんのよ。」

二人に割り込んで高遠は言った。「無理ですよ、あんなに候補がいたんじゃ。全部ダメだったって答が出るのは随分先ですよ。」「そうよねえ。」「そうだ、女性の写真はないんですか?辰巳君、失恋したままですよ。」「あ。それもそうだわよね、高遠ちゃん。いいこと聞いたわ。」

編集長は、そそくさと帰った。

「学ぅ。たまには、朝から子作りしない?」と伝子が言うと、チャイムが鳴った。

「夜のお楽しみだね。」と言って、玄関を開けると、赤木とひかるが立っていた。

高遠は、奥から予め梱包をした箱を持ってきた。煎餅の箱だ。

「ありがとう。もう謎解きは要らない?」「要る。実はね、今回のキーワードは『水道』。」「わあー。漠然としているなあ。でも、資料集めておくよ。」

赤木とひかるは帰って行った。「確かに漠然としているなあ。ちょっと、ブレーンストーミングしてみるか。」と言って、伝子は高遠にコーヒーを注ぎ、自分のカップにもコーヒーを注いだ。「それ、コーヒーだよ。「たまには、いいさ。」

午後2時。

『上水道(じょうすいどう)とは、一般に飲用可能な水の公共的な供給設備一般を指す。上水道には単に「水道」という呼び方もあり、下水道や中水道などとの区別を強調する場合に上水道と呼ばれることが多い。水道水の用途には、飲用、洗濯、調理、トイレの水洗などがある。』

高遠が自分のPCを起動し、ウィキペディアで調べると、こんな説明が載っていた。

覗き込んだ伝子は「やっぱり下水道じゃないだろう。」と言った。「前に水道水に毒を入れようとした事件、ありましたね。」「久保田管理官が、各処理場に警邏を増やした、と言っていたな。」

「何かの隠語かな?」「インゴ?」「ほら、デパートとかで、万引き犯が出た時に館内放送で報せる、とかいうやつ。」

「専門用語か?あるかなあ、そんなの。」

「水管橋・・・そうだ!和歌山の。」「どうしたの、伝子さん。」

伝子は南部に電話した。スピーカーをオンにした。「南部さん、去年和歌山県で水管橋の崩落事故ありましたたよね。」「ええ。ライフラインですからね。他府県だけど、よく覚えていますよ。水管橋復旧に8ヶ月位かかったらしいですよ。それが・・・まさか、今度のターゲットが水管橋?」

総子が電話に割り込んだ。

「ねえちゃん、取り壊しになった大阪千里の本庄水管橋の動画、ウチの友達が撮影した動画が持ってるンやけど、観る?」「ああ、頼む。」「頼りになる従妹やろ?」「ああ、分かっている。」伝子は南部と総子に礼を言って電話を切った。

話の途中からPCで水管橋を調べていた高遠が、「これだ!」と声を上げた。

「狙われるとしたら、ここだよ。日本一長い水管橋。荒川水管橋。今度の土曜日、見学会がある。橋の途中まで、申し込んだ見学者は、歩いていけるそうだ。」

午後2時半。EITO用のPCを起動した伝子は、自分達の考えを話した。

「なるほど。幸い、時間はある。だが、後二日で、どう対処する?」「爆発物探査が先決だと思います。」「他の水管橋は?品川区の大井水管橋、町田市の境川水管橋、水道橋の鶴見川水管橋。有名なものでも、こんなにある。イベントがないからと言って油断は出来ないぞ。」と、理事官は言った。

「分散するしかありませんね。」「とにかく、東京都と埼玉県の水道局に調査させよう。」

午後4時。交通安全教室と高齢者詐欺対策教室から依田達が帰ってきた。

「あー疲れた。」と依田が言うと、「飲み物は、自分で勝手に飲んで。」と高遠が声をかけた。

「先輩達も、闘い終えて、ですよね。解決しました?」「ああ、田坂が負傷した以外は成功だった。」伝子は、かいつまんで昨日のことを話した。「命に別状はない、ということだ、田坂二曹は。」「二曹・・・怪我したからですか?」と祥子が尋ねた。

「ま、そういうことだな。それで、一難去ってまた一難。」と高遠が言うと、PCを覗き込んだ慶子が「その一難、って、この水管橋?」と高遠に尋ねた。

「それは、総子が送ってくれた、大阪の水管橋。取り壊しになったやつ。大がかりだろう。」と伝子が言うと、「大がかりなだけに爆破されたら?確か去年和歌山県で崩落事故があって、復旧に半年以上かかったとか言っていたな。」と物部が言った。

「つまり、先輩は『死の商人』によって、爆破または何らかの事件が起こる、と?」と、福本は言った。

「いつ起こるか分かっているの?何かイベントがあるとか。」と、栞が言った。

「今度の土曜日。」「後、2日間しかないな。このデカ物、調べるのは厄介だな。多分、通常点検でも何日かかかるだろう。」伝子の言葉に物部が絶望的な声で言った。

その土曜日がやって来た。午前9時半。荒川水管橋。『コスモスアリーナふきあげ』に、見学者は集まっていた。

明らかにホームレスと思われる一団がやって来た。『国葬反対』のプラカードや横断幕を持っていた。

「おじさん、もう国葬終わったよ。知らないの?それにこんなところでデモなんかやっても・・・。」

「意味ないよな。と、ホームレスは若者にナイフを突きつけた。ブーメランが飛んできた。ブーメランはホームレスの手のナイフを跳ね飛ばした。

「誰だ?」「誰かな?正義の味方とだけは言っておこうか、『死の商人』の使い魔ども。」

黒い新しいコスチュームで身を包んだ、なぎさが言った。ワンダーウーマンとは違って、黒ずくめのレザーのボディースーツだった。言わば、ブラックウーマンだった。

オープンのトラックが3台、走ってきた。降りて来た久保田管理官が「みんな、危険です。トラックに乗って一時避難してください。」とメガホンで叫んだ。久保田警部補と愛宕が見学者をトラックに誘導した。久保田管理官もトラックに乗った。トラックは瞬く間に移動をした。

一団の男達はホームレスの格好を脱ぐと、スーツ姿だった。そして、プラカード等の代わりに、銘々の武器を持った。

どこからか、ブラックウーマンの一団が現れ、スーツの軍団に対峙した。二つの集団の闘いが始まった。

水管橋の通路の途中。電動キックボードに乗った、狐面の女が、通路から下を覗いている男に近寄った。「文字通り、『高みの見物』という訳か。」

「誰だ?なんて言わない。ある時はワンダーウーマン、ある時はスーパーガール、そして、ある時は狐面の女。しこうして、その実態は、大文字伝子。代わりに言ってやったぞ。」「随分親切な悪党だな。」

「ありがとう。」と言い様、男は拳銃を出そうとした。どこからかシューターが飛んできた。シューターとは、EITOが開発した、魚のうろこ形の手裏剣のようなものだ。反対側にも狐面の女がいた。怯まず男が拳銃を出すと、最初の狐面の女がシューターを投げ、拳銃は、下の川に落ちた。最初の狐面の女は『送り襟締め』で男を落とした。もう一人の狐面の女が長波ホイッスルを吹くと、オスプレイが現れ、降りて来たロープに最初の狐面の女が男を括り付け、合図を送った。オスプレイは、そのまま去って行った。

「間におうたな、伝子ねえちゃん。今回は任務やで、給料弾んでや。」と言って、2番目の狐面の女は狐面を外した。「理事官に言えよ、総子。」と、最初の狐面の女は狐面を外して言った。「行くぞ。」電動キックボードに乗った二人は水管橋通路入り口に向かった。

下の、コスモスアリーナふきあげでは、倒された手下達の逮捕回収が十数台のパトカーで行われていった。

数分後。久保田管理官が誘導して、見物客に主催者側から謝罪があり、見学再開を宣言された。見学会は、約1時間遅れだった。

久保田警部補がEITOに連絡をした。「無事終わったか。念の為、分散した各チームからは、何事も無かった、と連絡があった。それから、渡辺警視から伝言だ。帰りに豆腐を十丁買ってきて、という伝言だ。」

側で聞いていた、管理官は言った。「お使いか。公私混同だな、誠。」「明日はあいつらを締め上げてやる。」と、警部補は呟いた。

―完―

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