害獣駆除

異端者

『害獣駆除』本文

 よく晴れた日の午後、武蔵野市役所でのことだった。

「――ええ、はい。こちらで承っております」

 市役所職員の男性は老婆に丁寧な口調でそう言った。

「ただし、捕獲器の設置等には立ち会っていただき、用意する餌の餌代は自己負担となります」

 職員の説明しているのは、令和二年度から武蔵野市で請け負っている外来種(ハクビシン、アライグマ)の駆除についてだった。

 老婆の家の床下にはどうやらハクビシンが住み着いているらしく、足元で物音がして落ち着かないからどうにかしてほしいと市の方に相談に来たのだった。

「こっちは独り暮らしで不安なんだから、厄介なケダモノはさっさと駆除してくれないとね……」

 老婆は吐き捨てるようにそう言った。市に対する感謝の意はなく、して当然という態度だった。

 ふと、窓の外が暗くなった。

 市役所の職員の一人が窓に寄って外を見ると悲鳴を上げた。

「ゆ……UFOが!」

 説明していた職員と老婆も窓に駆け寄る。

 上空には、街を覆わんばかりの巨大な円盤が浮かんでいて、その陰で暗くなっているのだった。

「他の所にも、巨大なUFOが現れたってニュースでしてる!」

 誰かがそう言った。

 どうやら、世界各地にこのような巨大な円盤が出現しているようだった。

『聞こえるか、人間ども!』

 それは耳に聞こえるというよりは、頭の中に直接伝わってくる「声」だった。

『お前たちは、我々がほんの数万年地球を留守にしている間に好き放題に荒らしおって! おかげで自然豊かなこの星はボロボロだ!』

「そ、そんなこと言われても……」

 誰かが言った。

『いいか!? よく聞け、人間ども! これから我々が、増えすぎたお前たちを適正な個体数まで駆除することとする! 拒否権はない!』

「そんな勝手すぎる!」

『反論するも何も、全てはお前たちが地球を荒らしたせいだ! よって、我々が駆除するのは当然のことだ!』

 声がやんだ。

 突如、老婆の頭上に光が差した。その光は天井を貫通して差しているようだった。

 老婆の体が浮きあがった。悲鳴が上がる。その悲鳴は多すぎてもはや誰のものかも判然としない。

 老婆は天井を通り抜け、そのまま浮上していった。

 「駆除」が、始まったのだ――人々はそう察した。


 その後も、世界各地で頭上に光が差し、連れ去られるという現象が発生した。

 間違いなくあの円盤の仕業だと分かったが、一般人にはどうしようもできなかった。

 各国の軍隊は、宇宙人に対抗しようと最新鋭の兵器を投入した。

 しかし、無駄だった。

 ミサイルは何発撃っても、円盤に傷一つ付けられなかった。とうとう核ミサイルまで使用したが、周囲の電子機器を停止させ放射能で汚染しただけで終わった。

 その間にも、駆除はどんどん進んでいった。

 駆除は人種や民族、国籍、年齢、性別等を一切区別せず、無差別に行われた。当然社会的地位も考慮されず、対策について会議している最中の政治家が駆除されるといったことも起きた。


 もはや万策尽きた人類は諦めた。

 各地の紛争や民族、宗教対立等はほぼなくなった。自分がいつ駆除されるとも知れないのに、そんなこと無意味だと悟ったのだ。

 こうして、有史以来人類に初めて真の「平和」が訪れた。

 人々はいつ駆除されるとも知れないままに日常を過ごした。最初のうちこそパニックになる人も出たが、慣れてしまえば落ち着いたものだった。

 当たり前の日常を過ごし、身近な人が駆除されたと知ると弔いの言葉を述べる――そんな習慣になっていった。

 それはとても穏やかで、破滅とは言い難いものだった。

 やがて、駆除が完了して円盤が消えると各地の街の大部分が廃墟となった。


 大半が廃墟と化した武蔵野の街をハクビシンが駆けていく――。

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