第二章 ロータス

☆四人ぼっちの放課後

「――ねー、あのドラマ、いいよねー」

「今日の夜十時だっけ?主演がまた格好良いよね。私あの人を見るためにドラマ見てるようなもん」

「ゆかり、相変わらずだね……」

「こればっかりはしょうがないの、皆が格好良いのが悪いから。直そうとは思ってるのよ。キャラに合わないでしょ?よく言われる」

「たしかにー!クラス委員長が惚れっぽいとか一大事だよねー。てか、あややんもあれ見てんの?こないだ見てないとか言ってなかったっけ?」

「見逃し配信してるでしょ?あれで全部見たよ。美雪がおすすめして、すぐに慌てて見たんだから」

 不眠症で眠れないときにね、と心の中で付け加える。

「すご、やることが早い!」

「それで面白くてさ、すぐにハマっちゃった。ストーリーが読めないよね」

 そうそう!と美雪が声を上げ、ゆかりはストーリーより俳優の格好良さでしょ?と片眉を上げる。

 ――あのカフェ、『ロータス』の夢から覚めた、その日の放課後、私達三人は今夜のドラマの話をしている。

 終礼が終わって暫くした頃だ。教室にいるのはいつもの面々で、私達を含め四人しか残っていない。

 つまり、私とゆかりと美雪と、花矢さんだ。


「でもさー、主演もだけど、ヒロインも可愛いよねー。ちょっとあややんに似てない?」

「ば、私そんな美人じゃないよ!」

「私、あの子のメイク練習してるのよね」

「ゆかりも無視しないで!」

 ぶはっ、と美雪が噴き出す。三人で笑った。

 私はこの時間が好きだ。毎日のように私達は駄弁っているけど、終礼後のこの時間だけは、二人の取り巻きの皆もクラブに行ってしまって、三人だけで話せるからである。

 クールなのに惚れっぽいゆかりと、はっきりとものを言えて清々しい美雪と、あんまり気の利かない私。我ながら歪な三角形かもしれないと思うけど、不思議にすんなり日々は回っている。

「でも私、綾がお洒落に興味ないのはもったいないと思うわ。目も大きいしぱっちり二重だし、髪もちょっと巻いてるし」

 ゆかりが私の髪を手で梳く。ゆかりは慣れているからか、いつもなら絡まる髪がさららとばかりに流れた。私は眉を寄せる。

「そうかなあ。ただの天然パーマだと思うけど」

「髪を巻く手間が減るでしょ、たぶんだけど。私は髪が短いから、あんまり巻こうとは思わないし」

「そんな適当な」

「私にしてみれば、あややんの髪は長いからいじり甲斐があるんだよねー」

「美雪はメイクとかより髪の方こだわるもんね」

「わかってんじゃん!そう思うと校則ってヒドくない⁉ポニーテール一択とか意味分かんない、校則のせいで好き勝手出来ないんだよ!スマホだって持ち込めないしー」

「校則は好き勝手させないためにあるんだよ」

「えー、うー、そうだけど。でも、先生が絶対生徒の手綱握ってなきゃいけなくはないでしょ!」

「でも考えてみてよ。手綱握れなくて学校にちょんまげで来る生徒がいたらどうするの?本格的に月代さかやきまで剃ってさ」

 想像してしまったらしく、美雪がぶっはと噴き出す。そりゃ問題発言だ、とゆかりも声を震わせた。ウケてよかった。

「やばいよ、只者じゃないって!流行も何もないよー」

「綾はそんなことしないでよ?いつかメイクを教えこんでやろうと思ってるんだから」

「え?」それは初耳だ。

「私にもできると思う?メイク」

「何言ってんの」ゆかりが小さく微笑む。「私が叩き込んであげるんだから絶対大丈夫よ」

 ゆかりが言った言葉尻をとらえるように、そのときチャイムが鳴った。十六時五十分、部活が始まる十分前を告げるチャイムだ。二十分くらい三人で喋っていたことになる。

「あーあ、もう部活だよー」

「なに美雪、部活嫌なの?」

 美雪は吹奏楽部でトランペットを担当している。

「うーん。ほら、夏休みに大会があるでしょ?そのせいで先輩がめっちゃ厳しいの……まじでパワハラだと思うぅ」

 美雪が珍しく肩を落としていている。

 なにか慰めようと考えを巡らせたが、美雪が落ち込むのなんて初めて見るから、なんて言ったらいいか分からない。

「大会か……私もそろそろあるのよ。最近はもう、素振りばっかやってる気がする」

 そうこうしているうちに、ゆかりが話題を変えてしまった。救われたのか何なのかよく分からない。……私の考えは宙吊り状態だ。

 二人の会話は速すぎて、時々ついていけない。

「ゆかりの大会……あー、着物着てたやつかー」

「え……春の大会のこと言ってるの?え、てか見に来てたの美雪⁉私知らなかったんだけど!」

「綾と秘密で見に行ったんだよー。ね!」

「行った行った。ゆかり、着物美人だよね」

 ゆかりはかるた部所属だ。春の大会だと県内ベストエイトくらいまで行ったはずだ。

 ゆかりはいやー恥ずかしいと繰り返して顔を手で扇ぐ。その赤い顔のままこちらを向いた。

「綾は今日、これからどうするの?」

「私?」話を変えたな……。

「帰るなら昇降口まで送るよー」

「いや私、今日は用事があって……ちょっとしてから帰るの」

 そう。気の重いがあるのだ。

 わずかに笑みを浮かべると、「そっかー」と美雪が言い、ゆかりは「頑張ってね」と微笑む。ちょっと曇った気持ちを察してくれたのだろうか。思い出すとまた鬱々としてきた。

「それじゃ、あややん、またねー」

「また明日、綾」

「うん、ふたりとも、ばいばい」

 二人が教室を出ていき、一人になった私は、はぁと重い溜息を吐いた。

 一人になってしまった。あぁ……もう言い逃れどころか現実逃避もできない。

 だからだ。

 もう一度深くため息を吐き、意を決しての机へ向かう。もう本当、本当に、蛍石さんの馬鹿!

 花矢さんは、なにか勉強をしていた。プリントを広げて一心不乱に書きつけている。

 私はその背中に声を掛けた。

「花矢さん、ちょっといい?」

 彼女がふっと緩慢な動きで顔を上げ――驚いたように、ただでさえ大きな瞳を見開いた。瞳孔すら開きそうな勢いだ。それから、長い髪がさらっとその背中に流れる。

 真近で見ると、やっぱり美少女だなあ……そう思いつつ、続きの言葉を発する。


「――のこと、聞かせてもらえない?」


 しかし、その瞬間、だった。

 花矢さんはみるみるうちに青ざめ、怯えたように唇を震わす。

 そして立ち上がり、机の上に置いてあったプリントをぎゅっと掴んで――

 私に向かって、ぶちまけた!

「うわ!」

 視界が真っ白になって焦っていると、脇腹にドンッと衝撃が走る。なんとか紙をかき分けて視界を確保すると、物凄いスピードで廊下をダッシュする花矢さんが辛うじて見えた。あんな速度で廊下走る人初めて見た……。

 つまり、花矢さんは私をどついてまでして逃げたという訳だ。蛍石さんにそれくらいは覚悟しておけ、って言われていたから、驚きはしなかったけど……。

 まさかこれまでの抵抗とは。

 頭に乗っていたプリントがずり落ちてきて、私はもう一度溜息を吐いた。

 思い返すは、昨夜の『ロータス』での会話だ。

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