第4話 異人事件専門探偵社(ラプラス探偵社)所長――探護守偵

 取り調べを終え守偵(さねさだ)は有魔署を出た。


「やっとあの狭苦しい部屋から出られたか」


 調書作りのために有魔署へ拘束された時間は一時間ぐらいしかないのだが、一時間ずーと質問攻めにされていた守偵(さねさだ)の体感時間はとても一時間程度ではおさまるものではなかった。


「げっ、もう十二時回ってるじゃねえか」


 ふと右腕に巻いた時計を見るとちょうど頂点を指していた短針が右に傾いたところだった。

体感で昼は過ぎぐらいだろうと思っていた守偵(さねさだ)だが、いざ実際の時刻を知ると急に腹が空いてきた。


「助手が心配してるかもしれないし、とっとと帰るか」


 近くのコンビニに寄ることも考えたが、経営芳しくない事務所にそんなお金があるわけなく……自分が所長を務める探偵事務所が入った古いビルまでとぼとぼと歩いて帰ることにした。


「異人による殺人事件、か」


 事務所へ向かう道すがら、守偵(さねさだ)はついさっきの重信との会話を思い出していた。


 守偵(さねさだ)が事務所を構えているのは日本で最も多くの異人が暮らすと言われる街、有魔市有魔町。日本に限った話ではないが異人に対する差別、迫害意識が根強く残るこの世界の中で有魔市は異人に対してある程度の理解を見せる数少ない異質な街だった。と言っても、この街に暮らす住民たちが異人に対して良い感情を抱いているわけではない。不信感を抱いている者が大半だろう。それでも他の街のように路上演説やデモなど表立って異人を差別、迫害しようとする者もいない。


 相容れぬが、過度な干渉はしない。

 

 それがこの街の人と異人の距離感。他から異世界とも呼ばれるこの街はその絶妙なバランスの元、今までうまくやってきた。このバランスが崩れた時この街は……


「ま、んなこと考えたって仕方ねえか」


 一介の探偵にできることなどたかが知れている。廃れた雑居ビル二階、毎日助手が拭いているおかげでそこだけピカピカな窓とそろそろネジが緩み始めてきた看板を見上げて、守偵(さねさだ)はそう結論付けた。


 誰も契約していない狭い車庫から通じる階段を上り、自分が所長を務める探偵事務所の扉の前まで歩くが、守偵(さねさだ)がすぐ扉を開けることはなかった。


「……はぁ、このまま昼飯が食えるといいんだけどな」


 しばしの間扉の前で立ち尽くしていた守偵(さねさだ)だがため息を一つ吐くと決まっていない覚悟を無理やり押して扉を開いた。


「帰ったぞ……はあ」


 扉を開けた守偵(さねさだ)の視界にこの事務所で一番高価な依頼人をもてなすためのソファとそこに座る高そうなスーツを着た金髪の男が入る。瞬間、よどんだ空気の塊が守偵(さねさだ)の口からこぼれた。


「お邪魔してるよ」


 自分を見て開口一番ため息を吐かれたにも関わらず、ソファに座る金髪男は余裕のある笑みを浮かべたままだった。


「自己紹介はいいよ。あんたほどの有名人、この街で知らない人の方が少ないからな」


 塩対応どころかまともな対応をするそぶりも見せず金髪男が座るソファの対面にどかっと腰を下ろした。


「驚いた顔一つ見せない。探偵特有のポーカーフェイスかな。それとも……僕がここにいるのを事前に知っていたのかな」


 守偵(さねさだ)の粗雑な対応にも男の笑みは崩れず、感情の読めない瞳に守偵(さねさだ)を映す。


「市長、いやこの街の王の居場所なんてトップシークレットな情報を俺ごとき一介の探偵がわかるわけないだろ」


「謙遜を、二十三歳で探偵社の署長。しかも異人事件を専門に扱う探偵なんて世界中探してもここだけだよ」


 わざとらしいほど仰々しい反応を見せる二人。


「そりゃあ光栄ですね。二十八歳で市長になったあんたにそこまで行ってもらえるなんてね。有魔市市長、蜂王蟻命(はちおうぎめい)さん」


「こちらこそ日々陰から街の安寧のため靴底をすり減らしている君にそこまで評価してもらえるなんて光栄の限りだよ。ラプラス探偵社所長、探護守偵(たんごさねさだ)君」


 二人は笑い合う。口の端を引きつらせながら。


 今日初めて会い、互いの事をよく知らないはずの二人だったがこの時この瞬間に互いが抱いた感情は同じものだった。


(こいつとは絶対仲良くなれない)


 有魔市市長蜂王蟻命とラプラス探偵社所長探護守偵。この二人の出会いが異人と人、有魔市全体を巻き込む大事件の始まりとなるのだが、この時それを知る者は誰もいなかった

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