第18話 この先に御用の方は

 文句を付きながらも険しい坂道を登りきったフェイトが息を切らしていると、目に前に件の人物が用意したらしき立て看板を発見した。


「御用の方はお使いください」


 立て看板の下には転移魔法陣があり、乗れば男がいる場所に一直線なのだろう。

 だが、もとより険しい坂道を登らせて、教えを得ようとする人間をふるい落とすような相手だ。

 罠ではないかとフェイトは怪しむ。


「まさかね」


 警戒して拾った小石を転移魔法陣にフェイトは投げ込んで見るのだが、すると転送された小石は勢いよく上空に跳ね上がったあと、その光は麓に繋がっていった。

 やはりこれは罠なんだなと認識して周囲を見るフェイトの目が霞む。

 ふと見た方向に見える景色はどこか違和感があり、ここが魔法が当たり前の世界と考えたら勘違いの可能性があっても調べずにはいられない。

 フェイトはそのための道具を取り出す。


「こういうときはマトックよね」


 フェイトは言葉通りにマトックを生み出した。

 彼女には「鉄血」と呼ばれる、自身の血を媒介にした特殊金属を精製して自在に操る能力がある。

 今の仕事につく前には、その能力で人知れず闇に潜む怪異と戦っていたのだが、それはまた別のお話。

 さて作り出したマトックを握って歪みを軽く叩いてみると、撓むような感触がフェイトの掌に伝わってきた。

 何かが隠されている。

 しかもこじ開けなければ先に進めないタイプではなかろうか。

 直感を信じたフェイトは同じく鉄血で作り出した釘を構えると、マトックからハンマーに切り替えた右手のそれで釘を打つ。

 空中に刺さった釘で歪みに波紋が広がった。

 何も見えないのに釘が静止している時点で何かがある。

 それがわかればあとは叩き割るだけだろう。


「アイゼン・シュラーク!」


 ハンマーを杭打ちに使う大きなサイズに変形させたフェイトはそのまま力いっぱいに釘を打ち付けた。

 指した釘を目印にして、見えないナニカごと釘を砕く勢いの一撃。

 流石に隠蔽魔法もこの衝撃には耐えられないようだ。

 隠されていた魔法石が砕けて破片が地面に散らばった。


「やりすぎたかな?」


 魔法を発動させる要石程度だと軽く見ていた見えないソレの正体が思いのほか高値そうだったことにフェイトは少し引くが、単純にこの大きさの魔法石なら何でも良いのならば補填はいくらでも可能。

 なので仕方がないかと、あらわになったベールの先を目指す。

 隠蔽魔法で隠されていたのは木造の大きな建物で、どことなく学校にあった武道場に近い雰囲気がある。

 とりあえず入り口らしき場所から中の様子を伺ってみると、そこにはハゲ頭の男が正座して座っていた。

 フェイトの来訪に気づいた彼は彼女に問いかける。


「隠形石を砕いたのは貴卿で相違ないな?」


 隠形石とは言葉の意味から推測するに、さっき砕いた魔法石のことであろう。

 そう判断したフェイトは賠償請求を受ける覚悟で認めることにした。


「その通りです。そちらこそ、家庭教師のトライバンでしょうか。私はブラフマーエージェントのフェイトと申します。あの石の保証と仕事の依頼。どちらが先でも構いませんので、話をさせてもらえますか?」


 だが帰ってきた言葉はフェイトの想定とは異なる。


「俺はトライバン先生にここを任されている門下生の一人、戦士ユンゲル。貴卿が先生に会う資格があるか、一手お試しさせてもらおう」

「具体的には何を?」

「見てわかりませんか? ここは見ての通り練武場。俺も武器でお相手する」


 ユンゲルはカチャリと音を立てる勢いで鞘に入った剣を左手に持って立ち上がる。

 着ている服装は半袖の上着と長ズボンという、オーザムでは一般的なファッションだが、その左手の剣は異彩を放っていた。

 鞘に刻まれた模様はどこかゴテゴテとしていて少し浮び上がっている。

 そのまま盛り上がって鎧になりそうな予感をフェイトは感じ取った。

 それに相手をすると言ってあの禍々しい剣を持ったということは、彼は真剣勝負をするつもりなのか。

 腕試しにしては少々過激すぎる流れに、そもそも腕試しをしなければ会わないという話の違和感をツッコめないままフェイトもたずねた。


「武器というのはその剣ですよね。貴方は私を殺すつもりで挑んでくるのでしょうか?」

「無論加減は致すが、もし死ぬようならばそれまでということ」

「では……貴方自身も返り討ちにあっても納得の上というわけですか」


 フェイトの指摘をユンゲルは鼻で笑う。

 加減をすると言い放った上でのこの態度は、万が一にも自分がフェイト程度の相手に殺される事はないという自信の表れであろう。

 ここまでの坂道やトラップにストレスが溜まっていたのもある。

 こんな客人を舐めた態度で応対する連中には「殺さずに殺す」くらいしなければ釣り合いが取れないと、フェイトも武器を構えた。

 鉄血で生み出したのはフェイトの身長よりも長い六尺の棍。

 刀やハンマーと並んでフェイトにとっては使い慣れた武器なのだが、刃のない武器を持ち出したのを見てユンゲルは彼女を侮ったようだ。


「今の手品は興味深いが、そんな武器で大丈夫かな? ここは練武場故に予備の剣はいくらでもある。刃物ならば当たりどころでいくらでも勝ち目が出るのだから、俺としてはそちらを用いるのをお勧めするが」

「アナタはそんなまぐれ当たりには仮に死んだとしても勝ちを認めないでしょうし、そもそもそんな迂闊な傷を負うつもりもないくせに良く言うわね」

「俺は親切心で言ったんだがな。逆に怒るとは無礼な女子だ」

「親切なら最初からこんな腕試しをするんじゃないわよ。

 さあ……始めようじゃない。負けたらちゃんと主人を読んでくることね」

「やれるものなら」


 棍を槍のように構えたフェイトに対し、剣を鞘から抜いたユンゲルは切っ先を彼女に向けた。

 そのまま放り投げられた鞘が空を舞う。

 アレが落ちたときが開始の合図だと、にらみ合う二人の間には暗黙の了解が出来上がっていた。

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