【HIGH-SPEED】
@OVERLOADfilm
第1話 理不尽な瞬間
風が吹く。
うだるような暑さの中で一瞬の清涼感を招き入れたこの風は、涼しさと同時に手元のセメント粉を巻き上げた。
一瞬目に粉が入り痛むが、視線は逸らさない。
口の中がカラカラに乾く。
原因は暑さだけではない。目の前でこれから起こることに対して、張り詰めた緊張が口の水分を奪ったのだ。
周囲に大きな建物がないことを条件に探し出したこの場所は、体育館の裏手に位置する駐車場だった。
黒々としたアスファルトは、照りつける太陽の熱を吸収し何倍にも増幅してこちらに放出していた。
口を覆うマスクは熱気がこもり、汗なのか、湿気なのかわからない滴をいくつも顎に発生させていた。
遠くから、吹奏楽部の練習するトランペットの音が響く。
学校を取り囲む街路樹からは、セミの声が、映画館さながらの6.1chサラウンドで響き渡っている。
いつもなら全く気にならない生活音が、今は集中力を削がないか心配だった。
「はい、本番!!」
平台と呼ばれるステージの奥から、怒鳴るような声が響く。
大体3メートル四方のこのステージは、僕の目高ほどの高さで設置されていた。
右手に握ったコンプレッサーの引き金に力を込める。
体勢は低く、自身の後ろ側にあるカメラに見切れてしまわぬように気をつけて。
平台の反対側から、シューと音を立てて、花火のような筒から白い煙が巻き上がる。
それを手に持った同級生は、風の動きを読み、ステージ全体に行き渡るように煙を撒き散らす。
「よーい!…」
時間が止まる。全てがスローモーションのように見える。
吹奏楽部のトランペットの音が、セミの大合唱が、あらゆる雑音が、ゆっくり聞こえなくなる。
「はい!」
カチン!と拍子木とベニヤで作ったカチンコが弾かれると同時に、ウレタンと樹脂で作られた塊が、こちらに倒れ込んでくる。
塊が地面に触れるその刹那、右手に力を込める。
シュゴー!と圧縮された空気が一気に放たれ、左手に構えたちりとりの中のセメント粉が大きく舞い上げる。
視界は灰色に染まる。咄嗟に目を瞑る。全身が粉だらけになるのを肌で感じる。
「はい、カット!」
その声で、止まっていた時間がまた動き出す。
我に返って、僕、土田 迅(つちだ しゅん)は一人呟く。
「しんど…」
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