第2話 幼馴染は相も変わらず
駆け足で俺は学校へと向かっていた。背後からは制服姿に着替えたミコがついてきている。息を切らせたり遅れたりする様子はない。後ろに垂らした一房の髪が風に揺れていた。
巫女服も似合っていたが、何を着てもよく似合う。顔も良くてスタイルもいい。こうしてみるとかなりかわいいんだけど、不法侵入してきたんだよなこの子……。
色々と思うところはあるが、その前に一つ確認しなくてはならないことがあった。
「なぁ、ミコ。うちに住むって言ってたけど流石に冗談だよな?」
「本気です! 神さまに仕える巫女なので」
「え? 巫女ってそうなの? ……絶対違うよな?」
「ふふふ……ところでサダヒコさま、あのお家ってお一人で住んでるんですか? 親御さんは?」
「話逸らすなよ……うちは共働きで両親ともども転勤が重なってな。あの家はじいちゃんが遺した家で……まぁ、今は一人だよ」
「そうなんです?」
歯切れの悪い俺にミコは首を傾げた。確かに全部を話してはいないが、話すつもりもない。俺はまだミコを信用していなかった。
玄関を壊したのがミコだとは考えていないが、突き破って入ってきた神さまの力だというのもいまいち信じられない。そんなパワーが宿ったなら世紀末覇者のような体になっていそうなものだが俺の体は貧相なままだった。
「サダヒコさま。そんな浮かない顔をしないでください。壊れた玄関ならうちのおじいちゃんにお願いしたので帰った頃には直ってると思いますよ」
ミコは俺の態度をじいちゃんの家が壊れたことを気にしていると受け取ったらしい。確かに間違えていないのだが……。
「そ、れは助かるけど……修理代いくらだ? うち貧乏だからさ」
「お金は取りませんよ。サダヒコさまは神さまになったばかりで力が不安定です。いろいろ起こると思いますけど、私がサポートしますから早く一人前の神様になってくださいね!」
「一人前の神様って……いや待って何か起こるって何!?」
俺の問いかけにミコは笑顔を浮かべるばかりで答えない。俺はわざとらしくため息をついた。
「はぁ……とりあえず話にしよう。ミコ、学校じゃ間違っても俺のこと神さまとか呼ぶなよ?」
「わかりました! サダヒコさま」
「何もわかってねぇ!?」
「えーやっぱり駄目ですかー」
「他の男子呼ぶときと同じ感じにしてくれ……俺と恋仲とか思われても嫌だろ」
「一緒に登下校もおしゃべりも意識することじゃないですよー。股に脳みそぶら下げてるんですか?」
今なんて!?
思わず足を止めて振り返るがミコはきょとんとしている。
き、聞き間違えだよな。ものすごい暴言食らった気がするんだけど。
「どうかしましたか? 三歩歩いたら忘れる鳥頭ですか?」
「待って待っていったん戻して」
「はい。サダヒコさま」
「……普段そんな感じなの!?」
入学からもう二月経った。こんな強烈な子がいてなんで話題になってないんだ。
「どっちがいいですか?」
「え?」
「どっちが、いいですか?」
それ聞いてくるのか。俺の頭はフル回転していた。
どっちだ。どっちが最善なんだ。暴言を浴び続けるべきか、平穏を保つか。当然取るべきは平穏だ。
いや待て。どっちみち学校でミコが話しかけてくる。さっきので確信した。学校では話しかけるなと言ったところで言うことなんて聞かない。その時点で平穏なんてあったものじゃない。その上で暴言を浴びる羽目になんてなったら……。
「い、今まで通りで」
「はーい」
……なんだろうこの敗北感は。
俺はさっきよりも急ぎ気味で駆け足を始めた。決して逃げたわけじゃない。違うぞ。本当に違うぞ。
「おはよっサダコ!」
「うおお!?」
「神さま!?」
突然何者かに肩をどつかれた。つい変な声がでてしまう。というか俺よりもミコのほうが驚いていた。というか秒で神さまって言ったな……いや今のは仕方ない。どついてきた相手は振り向かなくてもわかる。よく知った声だった。
「……おはよう
「いいじゃん。サダコとサダヒコ。一文字抜いただけじゃん」
「良くないだろ」
「なら昔みたいにまめちゃんって呼んでよ」
「やだ」
「じゃあサダコー。サダコって呼ぶー」
まめのブロンドの短い髪がきらきらと煌めいていた。背が低いから常に上目遣いになっている。まるい目は八重歯も相まって猫のようで、見た目だけでなく中身まで子どもっぽさがいつまでも抜けない。
「さ、サダヒコさま? その人は?」
「……幼馴染だよ。腐れ縁のな」
「猫坂まめだよ! よろしくね!」
まめは人当たりがいい。親しみやすいからよく男子が勘違いする。俺はそのとばっちりを受けてきた。
いや、ひどかったよ……本当にひどかった……。
「……はじめまして。私、サダヒコさまの巫女になった
「みい子ちゃん! いい名前だねって、うん? 巫女? さっきも神さまって……」
ミコのやつ早速言いふらしやがった!?
「あー気にしなくていい! そういう設定……そう! 設定だから」
「ふーん。設定ってことは、あ! 漫画研究会にでも入ったの? 漫画好きだもんね。それとも演劇部? 教えてくれたらいいのに!」
「あ、いや。違」
「じゃあ、先に学校行ってるね! 今度部活見に行くから! みい子ちゃんもまた学校でね!」
言うだけ言って、まめは行ってしまった。
本当に自由気ままな奴だ。運動部なだけあって速い。みるみるうちに見えなくなった。
「あの子がサダヒコさまの好きな子ですか?」
「はぁ……? あーそうだなー。好きだよーめちゃ好きーちょー大好き」
「雑にあしらってます?」
「そうだよ」
「もう!」
眉を逆さに八の字にしてミコが頬を膨らませる。美人というのはズルい。顔を崩しても美人のままだ。かわいい。まめで鍛えてなければ危うく恋に落ちるところだ。
「まめはただの幼馴染だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「私よく思うんです。それ以上でもそれ以下でもないって間違えた表現ですよね。一以上なら一を含んだ上の数ですし、以下でも一を含みますし。どうして使いたがるんでしょう。かっこいいからですか。かっこつけですかサダヒコさま」
「……なんかちょっと怒ってない?」
「怒ってないです!」
ミコが駆け出した。まめと同じくらい早い。あっという間において行かれた。俺としては別に何も困らない。むしろ都合がいい。遅刻するかもしれないが、一緒に登校しているところを見られるよりも断然遅刻のほうがいいしな。
見えなくなった坂の先、ミコは立ち止まっていた。
「ほら、行きますよ!」
待ってるならなんでさっき置いていったんだよ……。
女の子というのは謎だ。さっぱりわからない。俺は苦笑するしかなかった。
* * * * * *
何とか遅刻は回避し、俺とミコは校舎に入った。ギリギリの生徒が何人かいたおかげで悪目立ちはしていない。下駄箱に靴をしまう。ほっと一息つく俺の隣ではミコが舌打ちしていた。
なんでだ……?
「ミコ。クラス違うんだからあんまり話しかけるなよ」
「はーい。サダヒコさまはいつでも話しかけてきていいですからね! 寂しくなったらいつでも来ていいんですよ」
「話すやつくらいいるよ」
「声震えてますよ?」
「震えてないわ!」
ばっと口を塞ぐ。同じクラスの男子が靴を持ったまま俺を見ていた。ミコはにんまりと笑っている。
「他の人の目なんてもう気にしなくていいじゃないですか。早速一人見られちゃったことですし。これはもうオープンにやっていくしかないでしょう!」
「嫌だよ。俺は日陰者生活を満喫するんだ」
靴を室内履きに履き直して教室へ向かう。ミコが後ろをついてくるのはもう仕方がない。それでもどうにか離れられないかと早歩きをしていると足が滑った。雑巾か何かが落ちていたらしい。
まずい。後頭部から落ちる。だが俺は転び慣れていた。
俺は即座に体を回転させる。こうすることで顔が下になり、人は顔から倒れそうになると自然に手が出るものなのだ。俺は衝撃に備えるがなんの衝撃もなかった。
いや、ぶつかったにはぶつかったのだ。いや包み込まれたというべきか。触れたことのない未知の感触に脳が惚ける。ふわりといい香りがした。なんだ後ろに高級なクッションでもあったのか。
「もう、サダヒコさまったら。おっちょこちょいなんですから」
「な……!?」
見上げたらそこにミコの顔があった。近い。なんでこんなに近いんだ。理由はすぐにわかった。俺はミコの胸元に顔を埋めていたのだ。ミコは突き放そうともせず、頭を撫でている。
馬鹿な……ミコとは距離があったはず。なのにいつの間に真後ろに――いや、待て。考えるのはそこじゃない!
「ご、ごめ……」
考え込んだのが仇になった。ばっと飛び退くがもう遅い。
周囲から刺さるような視線の雨あられ。その雨に打たれたかのように俺は冷汗が制服に染み込んでいた。
俺からすれば転びそうになれば体を回転させるのは当然のことだ。でも普通はそうじゃない。俺は転ぶ直前にわざわざ顔を向けた人。女の子の胸に飛び込んだ男になっていた。
トドメにミコの一言。
「サダヒコさまったら。だ、い、た、ん」
周囲の目が痛いどころじゃなかった。レーザーが出て俺の体を貫いている。
「ち、ち……違うんだぁあああああ!!」
俺は今、最大の不幸に見舞われていた。
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