妹は推しを兄と結ばせたい その5

 兄ちゃんとカオリお姉さまの会話をミコちゃんの協力を得て、完璧に盗み聞きすることに成功した。


 兄ちゃんには悪いけど、欲望には勝てなかったよ……。


「ふふ。サダヒコは動物好きだよね」

「人並みだと思うけどな。カオリはどうなんだ?」

「わたし? わたしは動物は全般好きだよ。嫌いな動物って特にいないかな」

「おおさすが委員長……アイアイとかバビルサとかは?」

「もう、またそうやって揚げ足取ろうとして。バビルサとかマイナーな動物よく知ってたね」


 なんだかなー。

 盗み聞きしておいてなんだけど、ちょっと期待してたのと違う。なんか老夫婦の会話みたいな慣れが強すぎるというか。

 もっと、こう。ドギマギって言えばいいのかな。困った感じのを見たいのに。


「というか、ミコちゃん。バビルサって何?」

「ちょっと待ってくださいね……あ、この動物園にもいるみたいですよ。うわ、怖いですね。私ちょっと苦手です」

「うっわ、何これ。このイノシシの牙? 角? これ、どうなってんの?」


 思った以上に変な生き物が出てきて二人してちょっと引いてしまった。カオリお姉さまの言う通り、なんで兄ちゃんこんなの知ってるんだろう。


「なんだ、カオリはバビルサ知ってるのか」

「たまーに動物系のテレビで見かけるからね。せっかくだから、教えて欲しいな」

「やだよ。知ってるだろ?」

「それはそれとしてだよ。せっかく調べたんだから披露したいでしょ? サダヒコ」

「し、仕方ないな。せっかくだから実物見ながら話そうか」


 ゴリラゾーンから兄ちゃんたちが移動を始めたので、こっそりとアタシとミコちゃんは後をつける。

 カオリお姉さまは兄ちゃんが調べたって言ってたけどどうして兄ちゃんは調べたことがあったのかな。疑問が顔に出てたのか、ミコちゃんがだらしない笑顔を浮かべながら答えを教えてくれた。


「サダヒコさまはですねー、デート場所になりそうな場所のリサーチをしてたんですよ! 私とのデートのとき動物園でもいいけどって言ってましたから」

「あー。そういえば兄ちゃん、ミコちゃんともデートしてるんだっけ」


 さらっと言っちゃったけど、兄ちゃんの誰とでもデートしちゃうの良くないと思う。まぁ、だいたい約束したからだって分かってるけどさ。


「ところでサツキさん。委員長さんとサダヒコさまってどういう関係なんですか?」

「どうって、見た通りっしょ。運命の二人!」

「そうじゃないですよ。お二人の以心伝心って、どう見ても普通じゃないじゃないですか。福の神と貧乏神ってだけじゃないと思うんですよ」

「あー。それね……」


 アタシは言い淀む。ちょっと話しにくい話だからだ。


「あ……ごめんなさい! 無神経なこと聞きました。無理に話さなくても大丈夫ですから!」


 ミコちゃんがはっと口を塞いだ。その態度でアタシは察する。


「ああ、なんだ。兄ちゃんから聞いてんのね」

「すいませんでしたサツキさん……委員長さんとサダヒコさまの出会うタイミングを考えたらわかることなのに」

「平気だよ、別に悪気があってのことじゃないんだし」


 アタシはぼりぼりと頭をかく。正直、話したいことじゃない。だけどミコちゃんには世話になってるんだし、言わないのもフェアじゃないよね。


「アタシ、今とは違くて暗くてじめじめした子だった。だからいじめられてて、それを助けてくれたのがカオリお姉さまだったのね。ここまでは知ってる?」

「はい……そう聞いてます」

「じゃあ兄ちゃんもいじめられてたのは?」


 ミコちゃんはうつむき気味だった顔をばっと上げた。初耳らしい。兄ちゃんも離さないし、兄ちゃんの周りでそれをバラす人もいないから当たり前か。


「サダヒコさまが、ですか? どうして?」

「詳しくは知らない。兄ちゃんのことだし誰か庇ったんじゃないかな。それでカオリお姉さまと衝突したことがあったみたい」

「お二人がですか!?」

「うん。一度、大喧嘩してるの見た」


 ミコちゃんが信じられないという顔をする。今の二人を見たらそんな喧嘩してるなんて想像できないよね。


「庇っていじめられているのに喧嘩になるって、ちょっと想像しずらい状況ですね」

「うん。どうしてそうなったのかは知らない。だけど本気でぶつかり合った相手だから、二人には信頼があるんだと思う。ミコちゃんはどう? 兄ちゃんと本気で喧嘩したことある?」


 ミコちゃんは首を振った。


「実はアタシもないんだよね。兄ちゃんって滅多に本気で怒らないから」


 兄ちゃんのそういうところをアタシは尊敬している。人付き合いが苦手だというけれど、むしろ兄ちゃんは人と距離を取るのがうまい。相手の心情を読み取れる人だ。わざと不幸を引き寄せる自分を周囲から遠ざけてる節がある。


 そういう配慮に気付いてカオリお姉さまは兄ちゃんを気にかけてる。お似合いだって思う。


 アタシとミコちゃんはしばらく黙り込み、バビルサについてうんぬんかんぬん語る兄ちゃんを遠くから眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る