交錯する想い編

第18話 栖孤の昔話

「なるほどなーそんなやつがいるのかー」


 高校の昼休み、昨日の出来事を栖孤すこに話した。誰かに聞かれるわけにもいかないので屋上に忍び込んで。身の危険が迫っていることを伝えないわけにはいかなかった。


「……容姿は伝えた通りだ。りっちゃんに気を付けて欲しい」

「おー」


 おざなりな返答に、肩透かしを食らう。ミコに作ってもらった弁当を餌に釣ったのが悪かったのだろうか。食べることに一心不乱だった。油揚げが特別に好きってわけじゃないって言ってた癖に、凄い食いつきだ。


「おい栖孤、本当にわかってるのか?」

「わかってるよー。何でも切れる刀ってのにだけ注意すればいいんだろー? アタシがちゃっちゃとやっとくからよー、今日は安心して寝ろー」

「や、やっとくってなんだよ」

「んー? 殺すに決まってるだろ?」


 栖孤はあーんとウインナーを口に運び咀嚼する。りっちゃんが食われる姿が一瞬目に浮かび、俺は唾を呑んだ。栖孤は妖怪だ、価値観が違う。そう言い出すことは想定していたがこう平然と言い放たれると動揺してしまう。


「栖孤、殺すのは駄目だ。俺がなんとかするから」

「あー? なんで庇うんだよー、お前も狙われてるだろー?」

「……幼馴染なんだ。俺が止めてやらないと」


 小さい頃からりっちゃんがビクビクとしている様子には気づいていた。あの頃に話を聞いてあげていれば、神さまも妖怪も全部消すなんて言い出さなかったかもしれない。俺は気付けば拳を強く握っていた。


 空になった弁当を俺に押してつけ、栖孤は大きくあくびをする。そして俺の頭をわしわしと撫でた。


「くだらないなー。止めるっていうなら尚のこと、殺してやったほうがいいだろ」

「そんなわけあるか。殺す殺すっていうけどさ、栖孤に何かあったら俺は……」

「か、神が妖怪を心配してるんじゃねーよ! そもそもだけどな、アタシは強いぞ。そんなやつには――」

「先代を殺したのはりっちゃんなんだ」


 栖孤が口を閉ざす。静寂がその場を支配していた。


「……根拠は?」

「死んだ本人から電話でそう聞いた。ちょうど襲われたとき、助けてもらった」


 ぎりと歯ぎしりする音が聞こえる。栖孤は耳も尻尾も隠せなくなるほど気を荒げていた。だがすぐに逆立てていた毛は倒れる。耳も尻尾も垂れ、栖孤は空を見上げて寝転がった。


「人のために残って、人に殺されたのか。それでも人を助けるのか。あの馬鹿」


 栖孤の声は震え目は潤んでいる。涙が零れないように堪えていた。

 俺はそれには気づかないふりをして栖孤の隣に座る。生徒たちの声と風に揺れる木々のざわめきが通り過ぎていた。


「少しだけー……昔話を聞いてくれるか?」


 俺は無言で頷いた。栖孤はここではないどこか遠くを見つめ、ぽつりぽつりと語り出した。



 * * * * * *



「おーい! 貧乏神! いるかー!」

「おや、子狐。どうしたんだい。こんな何もないところに」

「この間の……借り? っていうのを返しに来た。ほら、魚!」


 アタシは行き倒れていたときにあいつと出会った。あいつは神さまのくせに妖怪にお供え物を分け与えるような変な奴だった。


「おやこんなに。借りを返すというのは親御さんの教えか、しっかりしている」

「そうだ! もういない、けどな」

「……うーむ、こんなにたくさんは食えないなぁ。子狐、減らすのを手伝ってくれないか? お供えも余ってしまっている」

「いーのか! あっ、でもお返しだし、えっと」

「一人で食べるのは退屈でなぁ、話し相手になって欲しいのだ」

「も、もー! しょうがないな!一緒に食べてあげるぞ!」


 アタシはそれからよくあいつのいる祠に足を運んだ。その度に一緒に飯を食った。あいつのお供え物にはアタシが食べたことのないものがたくさんあった。


「なー、どうしてこんな変なとこに場所に住んでるんだよ。アンタ神さまだろー」

「わたしはいるだけで不幸を呼び寄せてしまうからね。だからこうして人里離れた場所にいるんだ」

「……引きこもりなのかー?」

「ははは! そうだなぁ、引き籠りだなぁ」


 あいつは寛容なやつだった。どんなに失礼なことを言っても怒ったことは一度もなかった。


「ここから出ないのかー?」

「そうだなぁ。ウズメが帰ってきたときにはここから出ようか」

「ウズメ?」

「私の片割れだ。福神でな、人間になると言って出て行ってしまった」

「ひどいな! アンタはついていかなかったのか?」

「私までいなくなったらこの村の神がいなくなってしまうだろう? それにウズメが帰って来る場所は私が守ってやらないと」


 寂しげなあいつの顔をよく覚えている。どんなときでも笑っていたあいつがウズメのことになるとそういう表情をしていた。


「じゃあアタシが連れてきてやるぞ! ウズメは人間になったんだろ? アタシが人里に降りて探してやる!」


 そう言うとあいつは驚いた顔をしていた。そしてアタシの頭を撫でてくれた。


「ははは。それは頼もしいなぁ。でもな、私のために頑張る必要はない。お前はお前の好きなように生きなさい」

「アンタには借りがいっぱいあるんだ! アタシはやるぞ! 人里に降りるにも名前がいるんだ、アンタ付けてくれよ!」

「おいおい大役だなぁ……じゃあ栖孤だ。狐のすみかという意味だ。お前がお前のための在り処を見つけられるように」

「栖孤、栖孤か! 気に入った!」


 それからアタシは人里に降りて暮らした。色んな場所を見て回った。でもずっとウズメは見つからなくて……あいつに合わせる顔がなかった。でもあいつの様子が気になって、またこの町に戻って住み始めたんだ。そんな折だった。


 あいつが死んだと知ったのは。



 * * * * * *



「先代は、栖孤の名づけ親だったのか……」


 俺は手で顔を覆う。まさか栖孤と先代の関係がこんなにも深いだなんて想像もしなかった。当たり前だ。引き籠りだのなんだのと口悪く言っていたのだから。親しいがゆえの軽口だったなんて、分かるはずもない。


「サダヒコが気に病む必要はねぇーよ。お前はむしろ被害者だ。ウズメがいなくなって不安に駆られた村の連中が用意した神様の後継人……人柱といってもいい」

「いや、でも。俺、栖孤にひどい伝え方を」

「そんなの仕方ないだろー。話してない事情を察しろなんて無茶だし」

「う、うう……栖孤ー!」

「おい馬鹿!? 抱きつくんじゃねぇーよ!」


 俺は感極まって抱きついた。

 これまで栖孤のことを勘違いしていた。人とは相いれない存在だと。でもこんなに温かい心を持っている。それが今、ひどく傷ついているなんて。

 栖孤に引きはがされ、俺はぽいと投げられる。俺の身長くらいは飛ばされて落下した。受け身を取るが体に衝撃が走る。


「ぐはぁ!?」

「あ、ごめん。力加減下手くそでな……で、でもいきなり抱きついてきたお前が悪いんだからなー!」

「そうだ、な。悪かったよ……」


 強打したわき腹を撫でつつ、俺は立ち上がる。

 痛みで少し冷静になれた。

 ふざけている場合じゃない、ここは瀬戸際だ。よくわかってしまった。りっちゃんが栖孤にとってどれだけ憎い相手なのか。栖孤にりっちゃんがどんな容姿なのか伝えてしまったのはミスだった。

 きっとこの後すぐにでも、栖孤はりっちゃんを殺しに行くに違いない。


「……栖孤! りっちゃんの件は俺に任せてくれないか!」


 地面に頭を擦り付けて俺は土下座した。

 栖孤は何も言わずに俺の横を通りすぎていく。


「待て! 栖孤、待ってくれ!」


 駄目だ、行かせては。一体どうすればいい。ふと頭に先代の言葉が蘇った。


「運命は俺の手に……」


 握った手には運命を決める白い紐が現れていた。紐は栖孤へと繋がっている。これしかない。俺は紐を引っ張った。

 紐は消失し、運命は覆る。

 一体何が起こるというのか。ぷちと音を立て、すとんとスカートが地面に落ちた。


「……あ」


 目の前には栖孤の臀部があった。しゃがんでいたせいで距離が近い。白のパンツで凝った装飾なのだが、ふちが透けている。その、なんというか。大人、だった。


「な、なっ……!?」


 手で隠そうにも隠せていないパンツを晒しながら、栖孤はみるみるうちに顔を赤く染めていく。

 これしかないって思ったけど……これじゃなかったな。


「止めるにしてもやり方があるだろぉーがー!!」


 大きな張り手の音があたりに響いた。








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