第二章 神殺し編
もう一人の幼馴染編
第16話 神殺し
「ふふ。一緒に帰るのなんか変な感じがする。ねぇ、サダヒコ。ミコさんは?」
「なんかクラスで文化祭の仕事頼まれたらしい。先に帰っていいって」
俺は委員長と帰路を共にしていた。いつもは別方向なのでこうして一緒に帰るのは稀だ。今日は寄る場所があり、委員長に話したら「私も行く」というので二人でそこまで向かっていた。
「えっと、りっちゃんだっけ? 会えるといいね」
「ああ……でも見間違えかもしれないな。もう引っ越してから十年も経ってるし」
俺たちの目的地は先日栖孤と出かけたとき、りっちゃんを見かけた本屋だ。学校からだと少しばかり距離がある。ミコにはすぐに家に帰るように言われていたが、このくらいならいいだろう。買い食いするわけでもないし。
「まめちゃんも一緒に遊んだ幼馴染なんでしょ? 誘わなくてよかったの?」
「まめは部活だよ。それに帰って来てたのに連絡の一つもよこさなかったんだぞ。俺たちのこと忘れてるかもしれない」
「大丈夫だよ。きっと覚えてるから」
委員長がポンと肩を叩き、にっと笑った。俺はつい最近まで忘れてたんだが……元気づけようとしてくれてるんだし気持ちだけもらっておこう。前を向いていたので気づかなかったが、いつの間にか妖怪ザコちゃんが委員長の胸ポッケに収まっていた。
静かにしていると思ったら寝ていたらしい。いつもは生意気なザコちゃんだが寝ていれば可愛い顔している。ずっと寝ていてくれないだろうか。
「……どこ見てるの? えっち」
「いや違うよ!? 委員長の胸ポッケにザコちゃん寝てるんだよ」
「え? そうなの?」
委員長は自分の胸ポッケを見下ろし、うーんと唸った。
「やっぱり見えないな」
「まぁ、妖怪だしな。委員長はザコちゃんの重さとか感じないのか?」
「全然ないよ。どう見えてるの?」
「胸に沈んでるな」
「……えっち」
「今の誘導尋問だろ!?」
委員長が胸元を押さえて距離をとる。
ザコちゃんがそこで寝ているのが悪いし、どう見えてるのかなんて聞いたらそうとしか言えないじゃないか。横暴だ。断固抗議する。
「えー? ザコちゃんの容姿とか聞いたつもりだったんだけど」
「すいませんでした!」
「わかればいいよ」
完全に勘違いだった。いや、だって。間違えるじゃん今の。悪いの俺か?
「ザコちゃんの容姿だよな。典型的なクソガキというかなんというか」
「それ容姿じゃなくて性格でしょ。でもサダヒコにそこまで言わせるのって……ザコちゃんそんなに口悪いんだ」
「うん。メスガキ」
「め、めすがき? 何それ」
「ごめん今の忘れて」
しまった口が滑った。危ない危ない。委員長に変な言葉覚えさせるところだった。委員長はまめとはまた違う無垢だ。箱入り娘というかなんというか、きっと教育がいいんだろう。
「 顔とかを聞いてるんだよ。その、ね。誰に似てるのかなーって」
「ああ、そういうのか。誰に似てるかって難しいな。目もとは委員長似かな」
「まめちゃんじゃなくて?」
「え?」
「あ……な、なんでもない!」
いきなり顔を赤くした委員長が目線を逸らした。まめの俺との子どもみたいって発言を真に受けていたらしい。勘弁して欲しい。その論理だと最終的に俺が出産してんじゃねぇか。
しかもどこも似てないぞ。小さいところはまめっぽい気はするが。
そんなこんなしているうちに本屋に辿り着いた。年季の入った店で奥にいる店主はご老人だ。こういう店は埃っぽいイメージだったが、本にほこりや塵が溜まっていない。固い本ばかりかと思えば漫画の置かれている棚まである。見かけによらない店だった。
「いないか」
大きな店ではない。前から見れば店主以外に店員がいないことくらいわかる。残念だが仕方ない。また今度こよう。踵を返した俺の腕を委員長が掴んだ。
「気が早いよ。店長さんに取り合えず聞いてみようよ」
「無茶言うなよ、俺そういうの苦手だし」
「無茶でもなんでもないでしょ、もう。いいよ、私が聞いてあげるから。りっちゃんの本名は?」
「知らないよ。俺、りっちゃんとしか呼んだことないし」
「……それでよく忘れられてたらとか言えたね?」
呆れながら委員長は俺と一緒に店長にここで見た店員について聞いた。どうやら確かにここで働いているらしい。だがご老人なのに個人情報保護を徹底している。名前は教えてくれなかった。
話だけ聞いてさよならは迷惑だろう。俺は漫画を一冊、委員長は参考書を買った。
「まいどあり」
「また来ます」
店を出ると日が欠けている。そんなに長い時間を過ごしたつもりはなかったのだが夏は日が落ちるのが早い。
「委員長、家まで送るよ」
「別に気にしなくていいよ? 学校に遅めに残るときだってあるし」
「気にするよ。心配だし」
「あ、う……じゃ、じゃあお願いしようかな」
なぜか口ごもっている委員長を家まで送る。でもたいした距離はない。世間話を二、三交わしていたらすぐについた。初めて家の前まで来たが一軒家で洋風だ。委員長がチャイムを押すと若いお母さんが出てきた。家に帰っていく委員長に手を振る。
「アレがカオリちゃんの彼氏? 紹介してよーもー」
「ち、違うから! もう!」
……なんか聞こえた気がするけど聞こえなかったことにしよう。
何だか気恥ずかしくて俺はそそくさと立ち去った。
夕闇が空を包んでいる。最近はミコがいたからだろうか。一人でいるのがなんだか寂しい。妹のサツキが寮生活を始めてから家に一人だったが、孤独を感じたことはなかった。誰に気を遣う必要もないと気楽だとさえ思っていたのに。
スマホを取り出してミコに電話を掛けようと画面を開く。
すでに電話繋がっていた。俺はまだ何も操作していない。
突如発生した異常事態。俺は咄嗟に通話を切ろうとしたが、聞こえた声に手を止めた。
「切、るな。よく聞け。お前は今、危機に瀕している」
聞いたこともない男の声だった。掠れていて聞き取りづらい。
おそるおそる耳元までスマホを持ってきて俺は問いかける。
「誰だ。お前」
「わたしはサダヒコ。お前の前任と言えばいいか?」
「先代の貧乏神……!」
この通話の先にいる相手がサダヒコ。かつての貧乏神。
まさかこんな形で出会うなんて。いや、その前に。
「生きてたんだな。よかった、俺はてっきり死んでるもんだと」
「希望を持たせてす、まないが。わたしはすでに死んでいる……そら。来たぞ、わたしを殺したケダモノが」
「は……何言って……!?」
背後から物音がして振り返る。そこには外套を纏った不審者がいた。身長は俺よりも少し低いくらいで、狐の仮面をつけている。ダボダボの服のせいで体格は分からない。ちらりと見える足首だけは細かった。フードを深く被り、手には日本刀を構えている。
「おいおいおいおい」
最近死にそうな目には合ったが凶器をもって殺意を向けられるのは初めてだ。背を向けて俺は一目散に逃走する。どんどん足音が迫ってきていた。
はやい、逃げられない、死ぬ。そう悟ったとき電話の声が言った。
「握れ。運命はお前の手にある」
「は、はぁ!? 何言って――」
声に気を取られ、コツンとつま先に固い感触。
まずい、転ぶっ!
だがそれが逆に功を奏した。先ほどまで俺の首があった場所を白刃が通り過ぎる。明確な死の予感。頭が真っ白になりながら俺は手を握った。
そして目を見開く。手には青い紐が握れていた。宙をたなびく運命の紐。青色だ。それが何を意味するかはわからない。
反射的に俺はそれを引いた。
ぶつんと何かが切れる音がして、不審者の付けていたお面が落ちる。顔を露わにした不審者が呟いた。
「サダ、ヒコ……?」
その顔を、俺はよく知っている。
「りっちゃん……?」
そこには俺が探し求めた人、この場で最も見たくなかった人が立っていた。
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