第5話 妹の愛は歪んでいる

 帰り道を俺、ミコ、妹のサツキの三人で歩いていた。委員長は別方向なのですでにいない。サツキが委員長に引っ付くので引き離すが大変だった……まさか噛みつかれるとは。


「いてて……サツキはほんと委員長好きだな」

「だってカオリお姉さま、可愛くて綺麗でギャルなんだよ。 完璧すぎない!?」

「委員長はギャルじゃないぞー」

「え、嘘……カオリお姉さまに憧れてギャルの勉強してるのに……」


 あの真面目さの塊みたいな委員長を見て、どうしてギャルだと思うのかわからない。髪がちょっと赤いだけだろ。しかもあれ地毛だぞ。


「はいはい、おつむのほうの勉強しましょうな。来年うち受験するんだろ」

「それはだいじょぶ。模試A判定でた……」

「おお、すごいな! 天才! さすが俺の妹!」


 撫でようとしたらまた手を叩き落とされた。ちくしょう、ハエか俺の手は。

 凹んでいる俺にミコが耳打ちしてきた。


「あの、サダヒコさま。妹さんがいらっしゃったなら、どうして別々に住んでるんですか?」

「俺にも不思議なんだよ。親父たちがお前と一緒だといつまでもサツキが自立しないとかなんとか言ってさ。中学進学と同時に女子寮に入れたんだよ」

「あー……すごい納得しました」


 どこを見てそんなことを言うのだろうと俺は首を傾げる。

 なんだその目は。熱そうだったからサツキを扇子であおいでただけなのに。


「サダヒコさま。それ、扇子ですよね。高校生で持ち歩いてるのは珍しいですね」

「いいだろ? 死んだじいちゃんからもらったんだよ」

「逆にオシャレっしょ? でもあおいだ風、ちょっとじいちゃん臭いの」

「マジか。サツキに匂いが……ファブリーズあったかな」

「ちょ、違! 線香の匂いだし! アタシの言い方が悪かったから! 兄ちゃんやめて!」

「やめて下さい、サダヒコさま! 故人の持ち物の匂いを消そうとしないでください! 罰当たりですよ!」


 二人して俺の腕を抑え込んできた。クソ、なぜだ。これであおいだらサツキにじいちゃんの匂いがついてしまうというのに。

 ん? あれ?


「そうだよ。コレ形見だったわ……すまん。どうかしてた」

「ようやく冷静になりましたか。神さまがそういうの本当に駄目ですよ! もう。妹さんのことになると暴走するんですから」

「なんかごめんねミコちゃん」

「サツキさんは悪くないですよー」


 なんだよ、俺が悪いみたいな……いや、俺が悪いわ。


 そんなこんなしているうちに、家に辿り着いた。今朝は壊れていた玄関がきちんと修復されている。ボロ屋の日本家屋なのに入り口だけ新築、いやそれ以上だ。日本家屋の引き戸なのに神々しさすらある。これは匠の仕事に違いない。感嘆の声が漏れる……が、それよりも気になることがあった。


「本当に玄関直してくれたんだな。ありがとう……でもな、ミコ。なんか家の敷地に鳥居が建ってるんだけど」

「やだなー神さまのおうちに鳥居は必要に決まってるじゃないですか」

「必要じゃないですかじゃねぇ!? どかせ!!」


 立派な朱い鳥居だった。自分の家にあるんじゃなければ写真の一枚でも取りたくなるほどだ。どうやったら一日でこんなの用意できるのだろう。どっかから引っこ抜いてきたんじゃないだろうか。

 サツキは呑気なものでやばーいとか映えるとか騒いでいる。


「ちょ、駄目に決まってるじゃないですか! 鳥居が結界を保ってるんです。コレがなかったらサダヒコさまから貧乏神の力がとめどなく広がって、この一帯みんな貧乏になっちゃうんですよ」

「ほんとにろくでもないな貧乏神!?」

「なんてこというんですか! 神さまの力ですよ! 運命だって覆せるすごい力なんですよ!」

「ああそうだよ! すごいよ! 人ん家の玄関ぶっ壊して入ってくるんだもんなぁ!」


 叫んだら少しだけスッキリした。やはり鬱憤が溜まっていたようだ。しかし、まるで実感がないから気にもとめてなかったがとんでもない力が宿ってしまったんじゃないだろうか。

 ぐっぱぐっぱと手を開いたり閉じたりしてみるが、何も感じない。


「……この力、サツキに影響でないか?」

「安心してください。そのために私がいます」


 凛とした表情でミコは言った。普段のからかってくるような態度は微塵もない。その真剣な様子に、強張っていた肩の力が抜けていった。


「はぁ、仕方ないな。鳥居はこのままでいいよ。それしかないんだろ」

「ご理解いただけて嬉しいです」

「サツキもなんか気にってるしな……おーい、それSNSに上げるなよー」


 鳥居を背景にして自撮りしているサツキに注意しておく。こんな目立つものあったら一瞬で特定できるだろうしな。

 ミコがたたたと歩いて鳥居を端から入り、振り返ってふふと笑った。


「サダヒコさま。おかえりなさい」


 一緒に帰ってきたのにどうした、と言おうとしてやめる。おかえりなんて言われたのはいつぶりだろう。


「……ああ。ただいま」


 鳥居の真ん中をくぐり、俺は家に帰ってきた。



 * * * * * *



「おいしい!」

「ぐ……うまい」

「そうでしょうそうでしょう。おかわりもありますからね」


 ミコの料理に俺もサツキも舌鼓を打っていた。新鮮な野菜で作られた天ぷらは反則と言える。こんなの勝てるわけない。


「おじいちゃんにお野菜とかもお願いしておいて良かったです」

「なんか色々と申し訳ないな。玄関も直してもらって、その上野菜まで」

「あと鳥居もね! めちゃウケる」


 箸の手が止まる。微妙な顔にならざるを得ない。いや、確かに必要なものらしいけど。アレの場合、お礼がお礼参りになりそうだからさ……。


「ンン! とにかく、何かお礼しないとな。何がいいんだろ」

「……いいんです。私たちがしたくてしてるんですから」

「そんなわけにいかないだろ。な? サツキ」

「ね! 兄ちゃん。でも返せるものマジでなんもないけどね!」


 ところどころボロボロな家を見る。罅の入った壁やシミが目立っていた。


「うーん。ではこうしましょう! サダヒコさまは嘘をつかないでください。それがお礼ってことで」

「そんなのお礼にならないだろ」

「立派な神さまになるには必要なことなんですよ」

「いや、そりゃ俺は立派じゃないだろうけどさ……取り合えず、わかったよ。俺は嘘をつかない」


 俺がそういうとなぜかサツキがにんまりと笑った。

 アレは悪いことを考えている顔だ。一体、何を企んでいるのやら。


「兄ちゃん、カオリお姉さまのこと好き?」

「んごっほ!?」


 飲んでいた味噌汁でむせた。ゲホゲホと口を抑えて咳をする。

 危ない。噴き出すところだった……なぜ委員長が出てくる。この流れならミコのほうだろ。いや、ミコで聞かれても困るんだけどさ。

 ミコは笑っているのにまたも視線が冷たい。クソ、なんの真似だ。


「す、好きだよ。クラスメイトとしてな」

「あー逃げたー! 結婚したいと思わないのー?」

「色々すっ飛ばしたな、オイ」

「否定しないじゃん! 付き合いたいってことっしょ! ね!」

「私も気になりますね。どうなんですか、サダヒコさま?」


 何だこの凶悪コンビ。ミコを見張らせるために読んだはずが墓穴だったか!?


「ま、まぁ。思うか、思わないかでいえば……思うよ?」

「「へー」」


 なんだろう。二人して同じこと言ってるはずなのに、声色も意味も全く違うんだけど……怖いんだけど!


「聞いたミコちゃん! 兄さんはカオリお姉さまと結婚するから!」

「えーそれはサダヒコさまが決めることですしー」

「気が早すぎるだろ……サツキは何を結婚結婚言ってるんだ?」

「あのね、すごいことに気付いたの。アタシとカオリお姉さまが結婚しても赤ちゃんは生まれないけど、カオリお姉さまと兄ちゃんが結婚したら赤ちゃん生まれるしアタシと血が繋がってるんだよ、凄くない!?」

「落ち着けヘンタイ!!」


 妹にヘンタイと叫ぶ日がくるなんて思っていなかった。そうか。委員長が好きなのは知ってたけど、まさか結婚したいくらい好きだったとは。

 でも倒錯しすぎていないか……!?

 サツキの発言を聞いてから、ミコが獲物を狙う目をしていた。


 俺は天を仰ぐ。この先、三人で同じ屋根の下でやっていけるのだろうか……?


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