第52話:たった六文でも大事にします(武田勢視点)


 <武田信玄視点です>


 三方ヶ原13時


「山県隊より伝令。敵左翼に回り込むこと、厳しいとのこと」


 精強を誇る(山県)昌景の赤備え600を中心とした3000。

 これで敵の背後に出るよう下令してから、はや半刻(1時間)。普通ならばその俊足を生かして横槍が入れられる位置に出ていよう。


 街道沿いに陣を張っている、織田の軍勢6000。

 そのまま当たるのは厳しい。戦が長引けば織田の本隊がこよう。


 先鋒の小山田の投石隊が這う這うの体にて、逃げかえってきた。敵の鉄砲は印地打ちの届く距離よりも遠くでも、こちらの兵を倒すだけの威力がある。


 それに煙硝が豊富と見えて、めくら撃ちをしてくる。下手には近づけけぬ。


「小さな谷があるだけではないか。そこも通れぬか?」


「はっ。その谷を見下ろす形に織田が陣を敷いており、盛んに投石を繰り返し」


「届かぬ場所を周り込めぬか?」


「はっ。織田方の印地、小さき弾にて行われ、約3町(300m)先まで届きまする!」


 なんと。

 小山田の投石は拳大の大きさの石を、30間(60m)は飛ばせる。じゃが3町先まで飛ばせる弾を間近で受けたら、鎧も危うい。薄いところなど貫通する。


「どのような仕掛けか」


「はっ。半間ほどの棒の先に印地用の布と縄を括り付けて、それを振り回して凄まじき速さにて投げて参りまする!」


 その様な手があったか。それではさらに遠くを回り込まねばならぬ。

 兵数には余裕がある。そのまま回り込ませるか。


 その間に、鉄砲の無い徳川勢を圧迫しておくか。


 ?


 徳川勢と織田勢の間に隙間がある。その間に入れれば左右の兵は別々の指揮によって動くゆえ、そのまま突破できよう。


 誘いかもしれぬ。

 じゃが敵の兵力はこちらの半数。全体を圧迫しつつ、そこに精鋭を斬り込ませる。それに敵の意識が向けば、予備兵力は動かせまい。一気に総攻撃の機会。山県を回り込ませておけば、家康も討てるやもしれぬ。


 決めた。


「真田隊に織田徳川の狭間を抜けと伝えよ」


「ははっ!」


 これで勝負が決まるであろう。

 あとは兵の力次第。

 織田の兵は弱腰。劣勢になればすぐに逃げる。臆するな。我が武田の精強さを思い知るが良い!



 ◇ ◇ ◇ ◇



 <勇猛な真田信綱視点です>

(ちなみに有名な真田幸村のおじさんです。武田の先鋒をよく務める精鋭)



 織田の正面を突こうとした小山田隊が退けられた。それも一方的にだ。


 さきほど御屋形様(信玄)からの下令。


「織田勢と徳川勢との境を衝け」


 面白い。


 織田の鉄砲隊は、主にその中央正面に配備されている。

 その東2町、射程の外を突撃する。

 おそらく矢は斜めに飛んでくる。これならばあたりにくい。


 一気に敵の後方へ出られるであろう。そうなれば敵の後備えを突き崩し一気に敵陣を崩壊させてくれよう。



「真田の者共! 敵は仲が悪いと見える。あのように隙間があいておる。兵力が少ない連中が、これだけ両翼に広げている。裏へ回って一気に戦を終わらせるぞ!」


 応!!!!


 意気高し。

 参る!




 はははは!

 織田の連中、やはり腰抜けじゃ。

 一目散で味方のいる西へ逃げていく。これでは儂らが裏崩れをさせる前に陣形が崩れて、お味方勝利ぞ。


 最近、作られ始めたという茶畑の列が見えた。

 その手前を左右に分かれるよう指示した……


 ぱぱぱぱ~~ん!

 ぱぱぱぱ~~ん!!

 ぱぱぱぱ~~ん!!!


 ヌォ。

 茶畑から一斉に鉄砲の音らしき連続音。前列の騎馬、しかも剛の者ばかりが倒れる。左、徳川勢の後ろへ向かうはずであった弟、昌輝も全身を射貫かれて落馬。絶命であろう。


 罠であったか。

 また連射音。

 今度は前のよりも多い。

 これは千丁以上もの鉄砲を一斉に撃ったような轟音。先ほどの軽い音ではない。重い音。馬が棹立ちになる。


 落馬したものは少ないが、突進が止まる。後続のものと渋滞が起こり、そこへ更に連射が!


 続々と倒れる精鋭。


「ええい。ここで退いても追い打ちをかけられるだけじゃ。死中に活あり! 敵の銃列に吶喊! 鉄砲は連射が効かぬ。敵の後ろへ出よ! 鉄砲の弾込めを邪魔をすれば勝ちぞ!!」


 それまでに何人死ぬか。

 じゃが死ぬは本望。真田の者、常に三途の川の渡し賃、6文を身につけておる。その心意気、見せてくれよう!


 ◇ ◇ ◇ ◇


 <へたれ光秀視点です>



 こえ~なぁ。

 目を血走らせて、全力で馬走らせて来る。

 銃列から鉄砲玉飛んでくるのに、突撃してくるなんて無謀の極み。


 でも19世紀初頭までは胸甲騎兵は最強だったからね。前装式マスケットじゃ勝てません。


 ただし……数揃えりゃ勝てるんじゃね?


 光秀隊の騎馬はね。まだそろえられていない、というかまだ練度が低いんです。でも鉄砲は大分腕が上達した。


 一番重要な『早合での装填速度』が極端に速くなりました。

 1人4丁。これを背負子に並べて地面に置いておく。

 最低でも最初の一斉射撃4回が、30秒で12000発連射できます。


 至近距離になればなるほど当たるからね。がっつり被害出せます。


 問題はあの『死んだ気になって突っ込んでくる騎馬武者』の恐怖に耐えられるかです。


 そこで今回は馬防柵作る時間がなかったんで、新兵器『有刺鉄線』をらせん状に茶畑に絡ませました。


 この時代の木曽馬は大きさがポニー並みなんです。1mの高さの障害物は飛び越えるのが難しい。それ2重にしてその中からの射撃です。


 あ、六文銭の前立ての大将が落馬した。

 真田の大将というと信綱? 分厚い胸板を何発もの鉄砲玉が射貫いた。

 ちなみにあの人。長篠の合戦の屏風絵で、最前線で死んじゃってる人ね。



「殿。真田勢、ほぼ壊滅。予定通り、突破口をしめます」


 半兵衛っち。

 冷静だね。

 こうみるとやっぱり正史やヲタク界隈通りの性格なんだけど。


「やはり殿の策はお見事としか申し上げようがございません。わざと薄い戦線を作り出し、そこに罠を張るなど。

 信玄もこの誘いには乗らざるを得ませぬ。それが理にかなっておりまするゆえ」


 その視線が、光秀の胸板を何十発も射貫いています。


 それ、ほとんど半兵衛っちが言い出したんじゃない。


「殿のお言葉、『薄いと破れそうになる。やはり中が重要』というつぶやきで、わたくしに御指示を」


 ……それね。この前開発したシュークリームのシューが薄すぎて、手にクリームがべとって。


 もう何でもありね。1つのつぶやきで10000倍くらい策を思いついちゃう便利な人。



「十兵衛よ。敵はあらかた片付いた。どうする? 左回りで武田の左翼を衝くか?」


「叔父御。こいつら真田の者。戦の際には三途の川の渡し賃、銭六文を身につけているそうだ。このままだと戦場荒らしに身ぐるみ剥がれるぞ」


 なんか慶次が殊勝な事をいう。

 実は、それ考えていたのは俺です。

 結構な収入になりそう。


「まさか! そのような大事な銭をかっぱらう人非人。この辺りに居るはずがないだろう」


 ……います……


「そうだな。そんな奴がいれば俺が叩ききってやる」


 ……斬らないでください……


「殿さんよ。ここは高札を立てて、明智光秀の名で真田の者から銭をむしり取ったら一族郎党なで斬りにすると宣言すれば、殿さんの名声が」


 ……一族郎党にお前も入るんだよ……


「よし。戦に勝ってここへ戻る。そして真田の者のむくろから六文銭を大事に頂戴し……」


「寺でも立てるか?」


「いや。宗教はいかぬ。織田家が早く天下を統一する役に立てる。その方が真田の名声につながるであろう。その数貫文で、絵師にここでの真田の奮戦を描かせる。

 その絵を日ノ本中に……」


「その手がござったか! その様な勇猛な真田を屠った明智光秀様は、なんという名将であるかと知らしめると」


 いや。

 単にその絵師を俺が勤めてね。数貫文貰ってさらには売り上げを貰おうとしたんだよ。


 なんでおまいら、そう曲解するんだよ!

 光秀、怖くて本音、言えね~~~!

 ストレスで正史通りハゲてきそうです。


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