ちょっと北伊勢切り取ってこよう!

第15話:南光坊天海(秀吉視点)

 1567年3月

 近江国姉川の渡し


 <秀吉視点です>



 奴、明智光秀はおれの敵か? 味方か?


 織田家の一家臣と見れば、明らかに味方なのだろう。

 しかし出世争いでは、はるかに上を行くようになった。元から差があったが、さらに差がついちまった。


 おれの知行、ようやく800貫文(1600石=足軽4~50人)。一貧乏農家の子倅からの立身出世。これだけでも夢のようだ。


 だがあいつは既に2500貫文(作者注:5000石=総動員時足軽120人くらいなんだけどネ。収入があれですよ。もっと増えたみたい)。その上、250人の鉄砲隊を任されている。


 6年前から出仕した流浪の若造の武士が大した出世だよ。


 今では、織田家でも宿老の林様を除く家老、柴田様・佐久間様・丹羽様に次いで準家老と目されている。


 おれの配下は、寄騎として蜂須賀のおっさんと前野のあんちゃんが付いているが、所詮野盗まがいの連中。戦となればどれだけ戦えるか全く持って不安。


 それに比べて奴の下には、前田利家・利益の2人。おれが泣き落としてでも配下にと思っていた竹中半兵衛。


 更には赤母衣ほろ衆(精鋭部隊)への任命を蹴ってまでして、光秀の寄騎にと配下に入った金森長近殿。


 なぜあいつの所には続々と有望な武将が集まるんだ?


 しかもあの鉄砲の威力!

 敵の軍勢が腰を抜かして全滅するだと?

 尋常じゃねぇ。


 このままでは、おれはここまでの男になってしまう。もっと出世するには人材が必要だ。


 それもとびっきりの知恵者。

 戦に長け、内政も見れる。

 外交もこなせ、おれに忠誠を誓う者。


 そんな奴、そこらにごろごろ転がってはいないか、ハハハ。




 小六を従えてお市様の輿入れの護衛に参加してきた帰り。

 お市様は1年越しの浅井家との交渉でようやく輿入れが出来た。なんでも上の方で政局が変わったんだそうだ。織田が美濃を取ったせいで浅井長政が焦ったのか?



 おれは今、近在の土豪、三田村様の屋敷近くにある姉川の渡し場で舟を待っている。


 お市様など天女様じゃ。手が届くはずがない。だが、あのくらいええ女子を見つけられんかの? 寧々ちゃんも光秀に取られた、クソッ!

 そろそろおれも身を固めねば。




「そこのお侍。迷いが見えますな」


 急に近づいて来た雲水姿の禅僧? 修行者らしき男が話しかけて来た。


「誰だ? 某に迷いなどあるわけがない。只々ただただ、主君への精勤に励むだけじゃ」


 よくわからんが、無視するに限る。浅井か六角の間者かもしれんからな。


「拙僧は間者ではない故、安心召され。織田家中の木下秀吉殿かの? それならば拙僧の話を是非とも聞くべきじゃ」


 おれの身分名前を知って近づくとは、益々怪しい。


「今、そなたが悩んでいる事を当てて進ぜよう。ズバリ、家臣がいない。これじゃな。もっと出世したいが、それに限界を感じておる」


 なんだ?

 どうしてそこまで知っている?


「あ、あんたは誰じゃ? あやかしのたぐいか?」


 おれの大声で周りの配下どもが騒ぎ出すのも気に留めず、その雲水は被っていた菅笠すげがさを傾けてこちらを向いた。

 鋭い目つき。


「拙僧か? 拙僧はただの雲水、名を天海と申す。どうじゃお主、拙僧を雇って見ぬか? これでも四書五経から孫子呉子、太刀から手槍、鉄砲まで。それに連歌や茶の湯、都言葉まで精通している。

 もちろん田畑、その他の産業にも詳しい。将軍家や公家にも伝手がある。弱いのは酒くらいかの。あと諧謔かいぎゃく(冗談)は通じぬ。どうじゃ」


 たわけた自己紹介じゃ。

 こんな奴を家来にできるわけがないだろう!


「おいっ! てめえ、さっきから馬鹿げたことばかりぬかしやがって。さっさと失せな。さもなけりゃ!」


 前野の奴が天海と名乗る僧の腕をつかみ、強引に向こうへ引きづって行こうとする。


 が!


 前野の身体が半回転して、砂の川原にもんどりうって放り出される。


 周りがざわつく。

 それを右腕をあげて抑え、雲水の前に立った。


「何が望みだ? それによっては話を聞こうではないか」


「そうさな。拙僧の望みは、日ノ本を清浄にすること。をはびこらせてはいかぬ。伝統ある皇国を作り上げる事じゃ」


 邪悪なる文化が何かはわからんが、朝廷を味方にすれば官軍。当たり前だが正当性を持って天下に号令できるのだろう。だがこんな百姓上がりのおれには、到底望めぬ舞台でのこと。

 そんなことにつき合ってはいられんな。


「そのために、よい土産話を持って来たぞ」


 なかなか渡し船が来ない。

 少し与太話を聞いてやるか。


 それに雲水の顔が高齢で多くの皴が刻まれていることで、老人のたわごとと思ったんだ。


 だがとんでもない事を言い出した雲水。


「信長様にお会いしたいという方の文を預かって来た。そのお方の使者も一日遅れで出立した筈」


「だれだ? その方というのは」


「越前にわす、今は亡き第13代将軍足利義輝様の弟君、足利義秋(後の義昭)様。かの御方が上洛の為の兵を上げよとの命である。使者は細川藤孝殿。織田家にとって絶好の機会でござろうて」


 !!


 昨年、義秋の将軍家就任のための兵を上げるべきとの意見を、光秀のやつが止めた。

 まだ斎藤家を潰していないから後方が危ういと。


 だが今は状況が違う。

 斎藤家は潰れ、美濃と尾張を手に入れ、更には滝川殿が北伊勢の調略を行っている。すでに制圧のめどが立ってきている。


 北近江の浅井ともお市様の輿入れと同時に同盟を結び、それに伴って越前朝倉とも友好関係にある。


 あとは六角をどうするかだけ。

 それで京への道が開ける。


 旗頭だ。

 次期将軍を押し立てて上洛すれば、織田家がたとえ1万しかいなくとも軽く数万の兵が集まるだろう。


 その兵を持って京を制圧。その余勢を駆って畿内(京都大阪・奈良など)を支配する三好を追いやることも可能。


 大手柄だ!

 この使者を導いたとすれば、その功、国一つ取ったに等しい。大抜擢されるかもしれん!


 この怪しい雲水を配下としていれば、おれの手柄。以前から配下とすればいい。勝手働きになるがそんなことは帳消しになるくらいの勲功だ!



「どうかな? 拙僧を使う気になったかな?」


 おれを見る目がキラリと光る。

 怪しい奴だが、そんな奴でも使いこなさねば上へはいけない。


「ああ。使ってやるぞ。ぜひ某の下で働いてくれんか? 一緒に勲功を立てようではないか、はっはっはっはっ!  よく見れば出来そうなやつじゃなぁ!」


「よきかな、よきかな。これからよろしくお願いいたす。拙僧、天台の教えを学んでおる南光坊天海と申す」


 脱いだ菅笠の下には、80歳もかくやという、しわがれた顔が現れた。何とも不気味な奴だが、こいつが本当に使える奴なら使い倒すまでだ。


 見ていろ、光秀。

 貴様を追い越し、出世頭になってやる!


 ◇ ◇ ◇ ◇


 あの人出てきちゃったよ。

 次は上洛できるといいな。

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