押入れ女

@mia

前編 やっと見つけた部屋は事故物件?

 転職のため引っ越し先のアパートをネットで調べて、三部屋まで絞り込んだ。

 仕事が休みの日に現地に下見に来たが、思っていたのと違った。

 途中にあったコンビニに柄のよろしくない高校生くらいの男子がたむろしていた。ゴミ収集場所にゴミが残っていた。車検に通らなそうな車が路駐していた。音楽が大きな音量で流れていた。アパートの庭が草ボウボウ。ネットに載っていた外観と違いすぎた。などなど。


 どのアパートも住むにはちょっと、と思ってしまった。

 女の一人暮らしなので、トラブルになりそうなことはない方がいい。

 これからのことを考えながら最後の物件の最寄り駅まで戻る途中に、看板が目に入った。

 有島不動産(有)である。地元に強そうな地元の不動産屋さんという雰囲気につられて、入ってしまった。


「いらっしゃいませー」


 明るい声で男性社員が自分の机から接客に来てくれた。

 森本さんというにこやかな人で私より二、三歳上の三十歳くらいに見えた。

 とても丁寧な人で私の出す条件を聞いていくつかの物件を見せてくれるが、どれも、ピンとこない。

 熱心に説明してくれるが、どれも帯に短したすきに長しである。


 申し訳ないと思ってるのに、私の口からは自分で思ってもみない、とんでもないセリフが出てきた。


「事故物件でもいいので、いい部屋ありませんか」


 自分で言って驚いたが、もっと驚いたのは森本さんがチラッと社長の方を見た後に、平然と物件を出してきたことだ。


 そこの最寄り駅は、下見した三か所の最寄り駅のどことも違ったのでスマホで調べたが、通勤時間に問題は無さそうだった。

 家賃が四万円と今日下見したアパートと比べると半額近い、さすが事故物件。

 予算が半額になるのは、心惹かれる。

 部屋も八畳と六畳で今のアパートより広い。二部屋とも押し入れがあり収納は十分そう。

 少し築年数が古いがいい物件だと、森本さんがほめている。

 確かに元の家賃がいくらかは分からないが、本来の金額だったら私には手が出ない部屋だろう。

 

 事故物件ということの他に問題は二つあった。

 一つ目は六畳の部屋の押入れに×が書かれていたこと。

 ここが事故物件の元なのだろうか。

 二つ目はこの部屋が一階だということだ。

 二階の住人によっては住み心地が変わってくる。

 私に霊感はないので、二つ目の方が重要だ。


 この二つを森本さんに伝えると、内見に行くことになった。

 アパートの隣の月極駐車場に車を止めた。

 実際に見ると写真より立派だった。

 一階に四部屋、二階に四部屋、案内されたのは一階の東側の角部屋だった。

 確認すると、現在上の部屋は空室らしい。


  森本さんに「危険はないので大丈夫ですよ」と言われ、他を見てから最後に六畳の部屋に入った……。


 「ひぃ」


 声にならない声を上げて、尻もちをついてしまう。


 森本さんが「大丈夫ですか」と心配そうに声を掛けてくるが、押入れの下の段を見つめたまま身動きが取れなかった。


 押入れの中に女がいた。

 体育座りの女がいた。

 無表情でこっちを見ていたが、ゆっくりと膝に顔を埋めた。


 気が付くと森本さんに手を引かれ、駐車場まで戻っていた。


「何ですか! あれ! 生きてる人間ですよね⁉」


 我に返って森本さんに食って掛かるが、「落ち着いてください。説明しますから」と言われて呼吸を整える。


「僕も彼女が何者かは知りません。僕がこのアパートを前任者から引き継いだときには、もう彼女はいました。前任者は女性でしたが、部屋に泊まって危険がないことを確認しています」


 私は驚いて声も出なかった。

 いくら仕事とはいえ、あんな部屋に泊まるなんて。


「押入れから彼女は出てきませんから安心してください。そこにいるだけです。ただ六畳の部屋の押入れが使えなくなりますので、家賃が安くなっています


「いやいやいや、いるだけで怖いじゃないですか。それに出てこないって食事やトイレはどうするんですか。お風呂も。私が会社行っているときに使うんですか。私いないとき部屋の中うろついて、帰って来たときに鉢合わせしたらどうするんですか。それに、水道代とか私の支払いになりますよね」


 私の疑問も森本さんの答えでぶっ飛ぶ。


「ふすまが閉まっていた方の押入れの床に穴があけてあり、簡易トイレになっています。業者がちゃんと処理していますので、大丈夫ですよ。押入れの中に水道も通っています。もちろん、水道メーターは別です。ただのルームシェアです。問題ありません」


 森本さんがにこやかに説明するが、押入れ暮らしのルームメイトがどこに存在しているのか教えてほしい。

 さらに森本さんは、話を続ける。


「あの部屋の契約者様が希望すれば、二階の部屋は空室のままにしてもいいと大家さんは言っていますが、どうですか」


 それは好条件だけど、押入れの中がね。中が。

 まあ、中がアレだからの好条件だろうけど。


 怖いがそれ以外の条件はいいので保留にして、自分の借りているアパートの部屋に帰った。

 今までは何とも思っていなかったのに、部屋が狭く感じる。

 何も置いていない空室と比べれば、どんな部屋でも狭く感じるのは当たり前なのに、比べてしまう。

 六畳と四畳半で空室でもこっちの方が狭いのに、家賃は倍近い。

 ルームメイトか、ルームメイト。相性の合わない人とルームメイトになることもあるよね。

 六畳の部屋を物置にすれば?

 あの部屋を借りたいが押入れが……と一週間悩んで、再び有島不動産(有)を訪れた。

 森本さんは、私を見るなり駆け寄ってくる。


「申し訳ございません。前回にお伝えし忘れたことがありまして」


 椅子をすすめられて私が座るや否や森本さんは話始める。


「あの部屋に住み始めたら、毎日押入れに二つ置いてあるエコバッグの手前の方を、玄関の外に出してほしいのです。玄関に別のエコバッグを置いておきますので、それを押し入れに入れて下さい。出社のときに出して、帰宅したら入れる。それだけなんです」


 それだけと簡単に言う森本さんに反論してしまう。


「平日はいいかもしれませんが、休日はどうするんですか。遅くまで寝てる日もありますよ。それに旅行はどうするんですか。……旅行の予定はないけど、お正月には実家に帰りますよ」


「休日は起きた後の都合の良い時間に出して下されば問題ありません。旅行は二、三日なら大丈夫ですが、長くなると、大変申し訳ないのですが、入室させていただきます。毎日のご協力に感謝して、家賃から一万円引かせていただきます」


「一万円⁉」


 思わず声が出る。

 四万円からさらに一万円って、家賃三万!


 森本さんに危険はないかをしつこく確認していたら、私のしつこさに疲れたのか合わなかったら新しい部屋を探すと約束してくれた。

 契約して吹っ切れたのか、気になっていたことを森本さんに聞く。


「エコバッグの中って、何が入ってるんですか」


「大体、差し入れは食べ物飲み物、着替えですね。引き取りは、ゴミ、洗濯物だと大家さんに聞いています。日用品もあるようです。僕も出し入れだけで、他は大家さんが取り扱っていますから詳しくは知りません」


「腐らないんですか」


「サプリや固形の栄養調整食品を渡しているそうです。他は日持ちしそうなスナック菓子とか。ペットボトルの飲み物は、飲み切れないのは流しているようです。今まで病院にかかったことは、ないみたいですし」


「へー、そうなんですか。丈夫ですね」


 健康第一だよね、などとのんきに考えていた。


 契約は済んだが、忘れていたことがある。

 来客の存在だ。

 前のアパートに来た人は、母親と友人一人だけだ。

 会社には、一緒に遊びに行ったりはするが家に呼ぶほど親しい人はいなかった。

 実家に帰ったときに会う友人は何人もいるが、一人暮らしのアパートまで来るほど親しいのは一人だけだ。

 でも彼女も結婚して引っ越したので、会えるのはお互いに実家へ帰ったときだけだ。

 問題は母親だ。

 引っ越したら、必ず来る。一回は来る。

 押入れは絶対に見せられない。

 見たらうるさい。何を言われるか分からない。

 あの押入れを見て、何も言わない人などいない。

 ああ、どうしようか。   

 

 

 

 


 

 





 

 

 



 

 

 

 



 

 

 


 

 


 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る