もやもやの正体

「申し訳ありません旦那様。少しよろしいでしょうか」


 サムがやってくると、荷物と手紙が届いたという。差出人は遠い実家にいる両親と跡を継いだ兄夫婦からだ。


「珍しいな」


 一頻り泣き、笑い、話をしたマリー。すっきりしたマリーはすっかり元に戻り、涙を引っこめている。そして手にしている物々に興味津々だ。


「これは・・・・・・・」



 手紙を読み進めていくと、俺の近況に関することだった。眉を潜ませるしかない内容になっていく。


「おい、サム。これはなんだ?」

「実は、私とマリーが母に手紙を出していました。私達がきちんと働いているか、王都の暮らしはどうか。あちらでも変わりはないかという互いの近況報告も兼ねて」

「・・・・・・・ほう?」

「旦那様も倒れられたとき、万が一があるかもしれないとおもい、倒れたことも手紙に」

「兄さん、そんなことまでしていたのですか?」


 万が一。俺が命を落とすかもしれない。あくまでも可能性の一つであったが、そう考えるのは致し方ないだろう。葬儀、屋敷、そしてサム達の今後もどうなるかわからないのだから。


 それはいい。そこまではわかる。


「それで?」

「旦那様が峠を越した・・・・・・・そして呪いも解けたという手紙も、ほぼ同時に出したのです」

「で・す・が?」

「あの、旦那様?」

「お兄ちゃ・・・・・・・エリク様。どうされたのですか?」


 実の兄でお兄ちゃん呼びをするのはまだ抵抗があるのか。咳払いをして誤魔化したマリーも、そしてサムも実に不思議そうだ。


 なにをそんなに怒りだす直前になっているのかと。


 まだ読んではいないマリーに、手渡す。長いこと会っていない両親と兄夫婦の、心配してくれていたというのが痛いほど伝わる文面だ。死ぬかもしれないと聞いたときの皆の狼狽も悲痛さも。無事でよかったと安堵したこともしっかり読みとっているんだろう。


 ゆっくり文字を視線を追っていたマリーがす、と雰囲気を一変させる。俺ほどではないにしろ、異常さを察したのだろう。


「兄さん。これはどういうことです?」

「な、なにがだよ? なにかおかしなことまで書かれていたのか?」

「エリク様のお見合いや結婚相手について書かれています」


 そう。一番の問題はそこだ。


「え・・・・・・・・・・? ええ~~~~!?」


 両親、特に母が俺の結婚相手を探すと決めたと最後に書かれていた。


 今、家格に見合った貴族の令嬢や知り合いを探しだしたと。


「うわ、本当だ」

「本当だじゃない! どういうことだ!」

「いや、俺もなにがなにやら・・・・・・・どうしてこんなことになったのか・・・・・・」


 いきなりなんで結婚という結論に至ったんだ。


「きっと私達の両親から大旦那様と大奥様達に伝わった結果なのでは?」

「「ん?」」

「呪いが解けたということで、エリク様はもう他者から、女性から避けられることはないと。呪いを気に病むことはなくなったから結婚できると考えたのではないでしょうか?」

「あ、そういうことか・・・・・・旦那様ももう結婚適齢期だし、今までとは違って結婚できないわけじゃなし。はっちゃけちゃったってことか」

「いきなりはっちゃけすぎだろうっ」


 空気ががらり。「なんだなんだそういうことかよかったよかった俺のせいじゃない」と言わんばかりのサムに頭痛がしてきた。

 

「人ごとだとおもって・・・・・・・!」

「実際人ごとですからね」

「俺はまだ結婚なんて考えられん! 考えられるわけがないだろう!」

「結婚・・・・・・・」

「ん、なんだマリー? まさか反対か?」

「いえ、私は・・・・・・・そういえばいずれはそうなることも、とおもっただけで」

「特に付き合っている女性がいるわけでもないでしょう?」

「それは・・・・・・・そうだが・・・・・・」


 ふと、シャルのことが浮かんだ。そしてすぐにどうして浮かんだんだ! と自分に対してむしゃくしゃする。


「いずれ、いずれだ。マリーが言ったように。今すぐになんて無理に決まってる。すぐそんな風に切り替えられるわけがないだろう」

「それはそうですが・・・・・・」

「仕事だってあるしちょうど今大変な任務に当たっているんだ」


 読み終わった本を戻し、新しい本を探す作業に没頭して無理やり脳内から追いだす。


「では、大奥様達には断りを?」

「ああ、代わりに書いておいてくれ」

「しかし、納得されますかね。大奥様と旦那様が」

「させろ。いや、させてくれ」

「いえ、難しいかと。旦那様が直々に返事をしても多分」

「それは・・・・・・・・・・・・」


 ありえる。


 両親は当主を兄達に譲っている。しかし昔から我が強く、


「妙案が浮かびました」

「なんだ?」

「シャルを恋人と伝えればよいのではないでしょうか?」

「マリー!?」


 爆弾的発言。叫んだと同時に勢いよく抜き放った本がバサバサバサ、と雪崩をうって崩れ堕ちていく。


「驚いた。まさかマリーがそんなことを言うなんて・・・・・・・」

「きちんと考慮の上です」

「・・・・・・・どういうことだ?」

「今回、私は最初狼狽していましたが、あの子のおかげで立ち直ることができました。それにエリク様の看病も仕事も、目を瞠る働きぶりでした」


 そうだったのか? とサムに視線を送ると、そういえばというニュアンスの相槌が返ってきた。


「最近も仕事に身が入っているのか上達ぶりが凄まじいです。一長一短の気持ちではできないものです。それに以前から感じていましたが、どことなく気品ある挨拶やマナーが随所に見受けられていました」

「っ」

「本当に平民かとおもうほど」

「あ~~~・・・・・・・そういえば」


 サムまで同意するほどだったのか・・・・・・・。


「もしそれで母上達が是非会いたいとなったらどうする!?」

「きっと大奥様達のお眼鏡にかなうでしょう。貴族の夫人としての務めもしっかりと果たせるかと」

「シャルが受け入れるわけない!」


 現実的な問題、身分の差がある。男爵家の次男で騎士団の隊長とはいえ、相手は王族。マリーやサムからすれば平民だが、どちらにしても越えられない壁はどうしようもない。


「いっそのことマリーのほうが自然じゃないか? お兄ちゃん大好きマリーっていうのは皆わかってるし・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 兄妹間で微妙にひやりとした冷たさが走った。


「仮に私でもかまいませんが、大奥様達からすれば私とエリク様では恋人としては映らないでしょう」


 実兄を睨みつけながら、話を続ける。


「それに、私にはないものがシャルにはあります」

「なんだ?」

「いざというときの芯の強さです。あの子ならばエリク様のことを支えられるでしょう」

「・・・・・・・・・・」

「いっそのこと本当に結婚しちゃえばいいのではないでしょうか? それなら――――」

「本末転倒だろうが・・・・・・・・・・! それに一番大切なことがあるぞ二人とも」

「?」


 お互いの感情というのも無視すべきではないということだ。


 貴族の結婚で恋愛によってはじまるのはごく稀なことだとわかっていても、結婚の話は俺個人の問題だ。


 いや、別にシャルが俺を好きだったら、俺がシャルを好きだったらというわけではないが。個人的事情から結婚を申しこむなんて、身勝手にもほどがある。


 仮に説明をしても、断られる。


 このところシャルと二人で話したこともなくなっているから、余計に変な風に考えてしまう。


「とにかく、母上達への手紙は二人に任せる。頼む」

「かまいませんが」


 なんにしろ。シャルが結婚相手、いや仮の恋人相手だなんて話はこれでおしまいだ。まるで本当の恋人や結婚相手の話をしているようだったが、そんなことありえない。


「しかし旦那様。本当によいのですか?」

「何故だ?」

「シャルもきっと旦那様のことを嫌っていないからです」


 せっかく拾い直した本を、投げつけてやろうかとおもった。


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