馬車にて
話を終えたあと、シャルロットと入れ違いのように控えの間にて待っていることになった。いつ戻ってくるかわからないが、尋常ではない疲労感は拭えない。
「ではジャンヌに聞いてください! ジャンヌにも! 天地神明と我が家の名誉と陛下と殿下と騎士の誇りに賭けて誓います! シャルロット王女には手を出していません!」
「余の娘のどこに不満があるというかあああああああああ!」
「妹に手を出さない男がいるわけないだろうがあああああ!」
「処すか?」「いや、しかしそれでは怪しまれます」「あのような話を聞いては・・・・・・・・・」「しかしシャルロットの貞操が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」「ジャンヌにも見張らせれば」「他にどうしろと?」「いっそのこと余も・・・・・・・・・・・・」「いや、それよりも私がこいつの屋敷に・・・・・・」
「もしもシャルロットが孕まされたらどうするっっっ!!??」
「シャルロットはそんなはしたない子ではないでしょうっっっ!!??」
(勘弁してほしい・・・・・・・・・)
剣を振って動いているときのほうがまだマシだった。
「ん、いたのか」
「団長」
扉が開き、騎士団長が現れた。自然と立ち上がるも、手で制された。そのまま隣へと腰をかける。
「やけに疲れているな・・・・・・・・・・・・・」
「ええ、しかし団長ほどでは」
それから陛下と殿下に伝えられていたことを話すと、明日からは隊をアランに任せると。それぞれの隊の方針も決まっている。
「俺はもう大臣は王都にいないと睨んでいる」
「何故です?」
「大臣は以前から通行手形を所持していたそうだ。それを利用して武器を売買していた商人と組んで手形を使えば」
通行手形は、所持している者の身分を国が保障する物だ。王国全土で使えて関所も手続きや、やりとりなく通れる。貴族や政治家、軍関係者のみならず、商人も手続きや関係性に基づいて入手することが可能となっている。
だとすれば、いくら大臣が着の身着のままだとしても発見することは困難だ。団長を含め、隊員達にも万が一に備えて配られるよう掛け合っていると。
離宮の警護を何人か減らすそうだ。その分、大臣達をおびき寄せられるんじゃないかと。眉唾物だがなにもしないよりかはマシということだろう。
「隊員が一人欠けた以外は、問題ないな」
「欠けた?」
「ああ。なんでも素行が悪いという理由で謹慎をさせることになったと」
(ああ、あいつか)
脳裏にエドモンがちらついたが、すぐに消えた。
「騎士団に入って、何年経つ?」
「? 十五のときですから、もう七年になります」
「そうか。年月とは早いな」
話をすることが無くなったのか、時計を取りだして時間をたしかめている。普段騎士の証として使われるのとは違い、だいぶ古びたかんじのだ。
「団長。それは?」
「ん、ああ。昔、騎士になったばかりの頃知人から貰い受けてな。それが?」
「いえ、気になっただけです」
瞳の下に薄らとした隈。げっそりとやつれて浮きでた頬骨が影を陰鬱さ。だが、注がれている視線には哀愁と憂いを帯びている。
元々の地位は高くない。だが、実力で騎士団の頂きに上り詰め、厳しくも頼りがいのある男だった。入隊したとき、訓練は色々経験したが団長自身がおこなうしごきは、最早伝統になっている。
それでも、団長も年齢相応に老いてきているのだろうか。
「団長。一つお聞きしたいことがあります」
「うん?」
「何故私を騎士団に置いてくれていたのでしょうか」
「突然なんだ?」
「いえ。このところ、私は呪われていて、他者からどう見られているかを強く認識することが多く」
「うん?」
「そんな私を、どうして解雇することもしなかったのか。そして隊長にまでしてくれたのか気になったのです」
「・・・・・・・・・入団したときは、そこらにいる若い者と大差ないとおもっていたが」
「はい」
真剣な眼差しに変わり、体勢を整えた。
今までは気になったことはない。いつも団長と話をするときは雑談やプライベートなことは一切していない。だが、団長の人間らしさを垣間見ているうちに知っておきたいとおもった。
「呪いを受け、身を変貌させられたお前を見たときは私も驚いた。他の者と同じように」
「はい」
「だが、騎士にとって一番大切なことを失っていないとおもった。それだけだ」
感無量だった。
俺が常に信条として胸に抱いているもの。幼い頃に憧れたときから目指していた姿。それを認めてもらえたようなものだ。報われたような熱い気持ちがこみあげてくる。
「しかし、エリク。後悔しているように聞こえるぞ」
「いえ、そのようなことは」
「しかし、今になってどうして。いや。もしや?」
「はい?」
「シャルロット王女となにかあっ「ありえません」」
「では侍女か?もっっっとありえません」」
下手をすれば、またさっきの陛下と殿下と同じく怒涛の責めを負うことになる。
「そうか。そうか。そうだな。お前はこれ以上縛られる必要はないものな」
「え?」
「恋も呪いのようなものだ」
「団長?」
「お待たせいたしましたわエリク様。あら?」
「シャル・・・・・・・・・・・・・ロット様。お話は終わったのですか?」
「ええ。今晩は泊まっていけ、一緒に寝ようと言われたのですが」
「さようで。では帰りは・・・・・・・・・・・・・」
「あの、もしや?」
戻ってきたはいいものの、その場を動こうとしない。じ~~~っと団長を見つめているままだ。
「団長様、ですか?」
「ご機嫌麗しく。シャルロット王女殿下」
顔見知りだったのか。しかし、団長は二十年以上国に仕えているのだし、団長ともなれば王族に顔を覚えてもらう機会もあったのだろう。
「最後にお会いしたのはいつでしたか。ご成長著しく」
「ええ、本当に」
「失礼。エリク隊長。王女様をきちんと守るのだぞ」
「はい」
「騎士としてな」
最後の一言は余計じゃないか。
少しそう考えながら一礼し続けた。
王宮から屋敷までは馬車で帰ることになった。王宮から出入り口に差し掛かるまでは専用の、そこから変哲もない辻馬車を利用する。身分が悟られないようにするためだが、内装とクッションの座り心地は天と地ほど違いがある。
それでも、シャルにとっては新鮮らしい。具に見渡し、でこぼことした道の振動を楽しんでいる。
「団長と知り合いだったのですか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「王女様?」
「ツーン」
「エリク様。シャルロット様はいつものように話していただきたいのです」
「・・・・・・・・・シャルは知り合いなのか? 団長と」
「ええ。何度かお会いしたことがありましたわ」
「そうか。しかし、ジャンヌが女性だったとはな。何故言わなかった?」
「え? 終わりですの?」
「ん?」
「シャルロット様。話の腰を折らないでください。エリク様だってなんのことかわからないではありませんか」
「し、しかし・・・・・・」
「いくらエリク様ともっとお話したいからといっても、そのように自分本位で動いては」
「エリク様は知り合いかどうか聞きたかっただけ。それだけですよ」
「それはそうなんだが」
「う、うう。でも――――」
「でももなにもありません」
珍しい光景だ。シャルがたじたじになっている。
「私が誰にも見つからず王宮を出るとき、手筈を整えなければいけなかったのは一体どこの誰のおかげでしょうか?」
「う、うう」
「それだけではありません。マリーさんにもサムさんにもそれとなくあなたのことを」
「うううううううう」
「 シ ャ ル ロ ッ ト 様 ?」
「ジャンヌ・・・・・・・・・・です」
「二人は、なんというか仲が良いな」
頭が上がらないともいえるが、明確な主従関係にあるはずなのに遠慮がない。窘めるというよりも説教しているといえるだろう。
「幼い頃から、共に育ったので」
「私達、仲良しですのよ。私の乳母がジャンヌの母親で」
「そして私は物心が付く前に行儀見習いとして、シャルロット様のお側に仕えるようになりました」
「ねー♪」
「ねー」
関係性はわかったが、テンションの落差が激しい。
頭をこつんと合わせて揃えているから、二人の表情の差は歴然。ただ適当に合わせてやっているだけなんじゃないかと疑うほどに声も気怠げ。
「ですので、主と侍女というより、姉妹のように育ったのです」
「シャルロット様は本当に手のかかる子供で。ねー」
「ねー♪ ってお待ちなさい。ジャンヌが姉のほうですの?」
「当然です」
苦労しているんだな、と言外に感想を滲ませる。
「そうか。しかし、シャルの正体が露見したときお前も言えばよかったんじゃないか?」
「それはシャルロット様に――――――」
「わあああああああああっ。ジャンヌそれは内緒にと!」
「もが」
覆い被さってまで口を塞ぐ。よっぽど焦ってしまう内容だったのか座席に膝で立っている。タイミング悪く一際馬車が上下に揺れた拍子にグラリとこちらへと傾いて、落ちそうになったではないか。
「危ないっ」
「きゃっ」
おもわず飛びつき倒れそうになった彼女を支える。間一髪助けることはできたが、よほど道が悪いのか足元が覚束ず、元の座席へと。
「「・・・・・・・・・・・・・」」
膝に載せたまま後ろから抱きしめたまま硬直してしまう。
「すまない・・・・・・・・・・・・・」
「いえ、その・・・・・・・・・・・・・とても素晴らしい座り心地で。え、えへへへ」
スカート越しとはいえ、女性らしい柔らかな重みを一身に受けているのはよろしくない。ただでさえ小さい体格が縮こまり、肩を狭めさせているのはさながら小動物。
くわえて大変よろしくないことに、眼下には旋毛から広がるブロンドに光る髪。そこから花の香りが一呼吸するごとに鼻腔を刺激に刺激されていく。
五感の殆どをシャルで支配されているに等しい。酒を飲んでもここまで恍惚とはなれまい。クラクラとした眩暈すらしてきそうだ。
目を背けるとなにか語りかけているような物言わぬジャンヌ。
だめだ。逃げ場がない。
「そ、そろ、そろ、降りて、もらっても、いいだろう、か?」
「えっ?」
「えっ」
なんだその反応。
「お屋敷に到着するまで、そのままでよいのでは? また倒れそうになったら危ないですし」
そんなわけにはいかん。
王宮で陛下達に詰め寄られたばかりなんだぞ。いや、それかシャルかジャンヌ。どちらかが二人に今のことを口走らないともかぎらない!
「そ、そうですわよね。旦那様も、い、いえ、私も、む、無論わかっているのですが・・・・・・・・・・」
「ん?」
「シャルロット様がエリク様を圧し潰してしまうほど重いのなら別ですが」
「そうなのですの!?」
「違うそうじゃない!」
「私はその気になればシャルロット様の座椅子にも毛布にもなる覚悟ができておりますが、まさかエリク様はそのようなお覚悟もなく護衛を?」
「嘘つけ!」
そんな覚悟がなくとも護衛は罷り通るぞ。
「心配しなくても、そんなに道はもう・・・・・・・・・・・・ん?」
「どうかされたのですか? やはりシャル様が重いと?」
「違うと言っているでしょう!? ああ、エリク様しかし無理はせず!」
「さっきから馬車が動いてないんじゃないか?」
「え?」
「そういえば」
窓のカーテンをチラリとあけてみても、景色はとまったまま。そのうち御者台のほうから車輪の異常がわかったそうだ。
簡単には修理ができるはずもない。というよりも今はだいぶ遅い時刻になっているから待っていたら朝になってしまうだろう。
「シャルロット様。ごにょごにょごにょにょ」
「え!? そ、それは、ごにょごにょごにょにょ」
「ついでにごにょごにょごにょにょにょ」
「こほん。あの、旦那様。ここで立ち往生していては危ないとおもうのです。なので、歩いて帰るわけにはいきませんか?」
なにやらひそひそとしていた二人だったがそんな提案をしてきた。たしかに悪くはない。どこかで馬車を拾い直すよりも時間的には。王女である彼女を歩かせてよいのか。それだけが気掛かりになっていなければうんと頷けただろう。
「それに私、一度王都を見回ってみたかったのですっ」
パアアアン!
「うぐっ」
「夜ですので、人気も少ないでしょう。シャルロット様のお顔も簡単には判別されないはずです」
「ううん? だが」
「それにどのような食べ物があったり建物があるのかも――――」
パアアアン!
「はうっ」
「いかがでしょうか? それに、このあたりで馬車を探していても待っていても意味があるとはおもえません」
「・・・・・・一つだけ。お前本当に侍女か?」
「シャルロット様より賜ってございますので。もしも自分が余計なことを口走ったら容赦なく鉄拳制裁をと」
「そうか・・・・・・・・・・・・・わかった」
正直いうとわかっていない。だが一々ツッコんでいたらキリがない。御者にも言い含んでその旨を告げたが、馬車の中でまたわちゃわちゃとしだす。
「シャル」
「う、うう・・・・・・・・・・・・う?」
差し出した手に反応し、そのまま物静かに遠慮するように添えてきた。はにかみながらゆっくりとスカートを押さえて地面へと降りようとしている。
「あ、ありがとうございます・・・・・・・・・・・・」
(だからそういう反応をするなよ)
喜びと恥ずかしさに満ちているシャルによって、エスコートでしかなかった行為が、急に恥ずかしくなかった。
たおやかな手ざわりが、ぎゅ、ぎゅ、と何度も弱々しい力で押しつけられる。降りる手助けのためでしかなかったが、いつまでも離そうとしない。
(困る、本当に)
尻尾が。尻尾がざわついてしょうがない。
「迷子になってはいけませんし、そのままでよろしいのでは?」
(ジャンヌおい)
「エスコートですよエスコート」
「あ、あの、エリク様。お嫌でしたら別に・・・・・・・・・・」
スパン!
「きゃんっ」
「手を繋ぐのがお嫌でしたらむしろお尻尾のほうを掴まれては?」
「ああ! その手がありましたわね!? ああ、でもお尻尾をそんな風にできたら私我慢が!」
「手かお尻尾か。どちらがよろしいでしょうか?」
「やかましい!! お前等少しは静かにしろ!!」
「あんっ」
このままでは目立って仕方ない。若干開き直りながら、強引に引っ張って、二人を伴う。まるで夏のような熱さを感じながら夜の街へと歩きだした。
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