王族の怒号

「おおおおおおおおおおおおおお!! シャルロットオオオオオオオオオオオ!!」

「お、お父様・・・・・・・・・・・・・・・・むぎゅ」

「シャルロットシャルロットシャルロットシャルロットシャルロットオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!シャルロットシャルロットシャルロット」

「く、苦しいですわ」

「ああああああああああああああああ!! おおおおおおおおおおおおおお!!」


 人目も憚らないとはこのことだ。


 入室するなりシャルに駆け寄った国王陛下は、そのまま力強く抱きしめ強烈な抱擁をかましている。滝のような涙を流し続けながら咆哮をあげている姿に、一国の主としての威厳はどこにもない。


「お父様、少し落ち着いてくださいませ」

「こわくはなかったか!? 寂しくはなかったか!? ひもじいおもいは!?」

「私は大丈夫ですわ。お父様達のほうが大変だったのではありませんの?」

「おお! おおおおおおお!」

「父上。そのへんで。シャルも疲れてしまいますよ」


 見かねた殿下が二人を引き離した。今もなお感極まっている陛下に代った殿下は、しかし落ち着きながらにこやかに接している。


「お兄様、お久しゅうございます」

「ああ。本当に無事でよかった。お兄様に会えなくて心細かったのはわかるけども、もう少しの辛抱だよ」


 いや、この人も大概冷静じゃなかった。


「ジャンヌから定期的に連絡はもらっていたけど、僕達の心は満月を失った夜空のようだったよ」

「うむ、真! だが今こうして言葉を交したことで天の恵みを与えられた花のごとくだ!」


 無駄に詩的だ。実の妹なのに、娘なのに口説いているみたい。


「いつもこんなかんじです」


 下手すれば聞き逃してしまいそうなボソリとした呟き。今控えている俺の隣にいて、そして、今話にも出たジャンヌだ。


 半ば忘れられているんじゃないかという置いてきぼり感を彼女も味わっているのか。それとも性格によるものか。なんにしろ、控えている身である俺には会話をすることができない。頷いたり視線を送ったりするに留められる。


 いまだに庭師のジャンと同一人物だったことが信じられない。


 王宮に来るまでの合間、そしてここ執務室に辿りつくまでの短い時。ジャンヌが庭師に扮していた理由も、正体を明かさないでいた理由も説明してもらった。


 元々、彼女はシャルと一緒に王宮を抜けだした。そして使用人に扮して我が屋敷に雇われにきたシャルに合わせて、正体を隠していた。


 以上、それだけ。


 納得できるか。端的すぎるにもほどがある。


 しかし、振り返れば殿下と陛下に初めて呼ばれたときに侍女と共に抜けだしたとは聞いていた。侍女がどこにいるのかとたしかめることもしていなかった。


 だが。まさかその侍女も一緒に雇われにきたとはおもわんだろう。それも性別を偽り、それも顔に化粧をして男にしか見えない風にしているほどの念の入り用だし。


 何故言いださなかったのか。しかしこっちも忘れていたという引け目があり、あからさまに怒ることもできない。


「君も大変なんだな・・・・・・・・・・・・・・・・」

「いえ。エリク様ほどでは」


 少しだけ同情し、共感しあうのが精一杯だ。


「お父様。お兄様。ありがとうございます。ですがシャルロットは大丈夫です。毎日平穏に暮らしておりますもの」

「うん、そうか。だけど僕や父上のことを考えたりしていたんじゃないかい?」

「はい、偶にですが」

「「偶に・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 殿下と陛下が二人揃って落ちこんだ。しょぼんと。


「旦那様がとても優しくしてくださっているお陰です」

「そうかそうか・・・・・・・・・・・・・って、ん?」

「・・・・・・・・・・・・旦那様?」

「あ」


 殺意が向けられた。


 憎しみ。絶望。悲哀。憤怒。人間は他者に大してこんな目をすることができるのかというありったけの負の感情が込もった視線。生命の危機を察知した尻尾がピン! と一気に張り立つ。


「王女様は普段、エリク様のことを旦那様と呼んでいるのです。正体を隠すために」

「本当か?」

「はい・・・・・・私の屋敷の者達と同じように、です」

「ふむ」


 助けようとしてくれたのか。捕捉のように説明してくれたジャンヌのおかげで二人の殺意が和らいだ。良い子だとおもった。


「それにエリク様も私のことをシャルと呼んでくださいますし」


 台無しだ。


「それも偽名としてです。正体を周囲に隠すため。愛称として呼んでいるのではありません」

「そのとおりでございます」

「「ううん・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」


 危うい。疑っている。陛下と殿下は飢餓感に苛まれている獣のように唸っている。


「それとエリク様は一番大切なところのお手入れをさせてくださいますのよっ」  


 終わった。


「女中としての仕事がまだ上手にできない私に、私だけにエリク様の一番大切で敏感で太くて逞しいアソコを任せてくださいましたのっ」


 二人はもうこちらに目すらむけない。話を聞こうともしない。ジャンヌも補足してくれない。一人で浮かれるように照れているシャルが、場違いとおもうくらい。


「そうか。少し控えの間で待っていてくれるか? ハーブティーとクッキーがある。好きだっただろう」

「僕達はこの馬の骨、いやエリク・ディアンヌと大切な話があるからね」

「大切なこと?」

「ああ。今後のことでね」

「処刑。いや、不敬罪、いやそなたの護衛のことについてだ。縛り首か、いや八つ裂きか。いやギロチンか剥製か斬り落とすか。いや」


 不穏がすぎる。


 本音がダダ漏れて取り繕えていない。


「かしこまりました。ではエリク様。また、後ほどっ」

「あ、シャル、ロット様・・・・・・」


 通り過ぎていきながらこちらを一瞥。残ってくれ、いてくれと半ば懇願するも、ジャンヌも揃って退室し、一人取り残された。


「財務大臣の件は聞いた。以前シャルロットに差し向けられた襲撃者がいたそうだな」

「は?」

「団長からそう報告がきた。実際に戦ったのは貴公だが、どうして断定できた?」


 なんのことかとおもって暫く身構えを解くことができなかった。どうやら想像していた話とは違う内容みたいだが。


(ああ、そうか。そっちの話か)


 命は助かった、と安堵してから気を取り直す。


「あえて言うならば直感でしょうか」

「直感?」

「はい。相手の動きや戦い方。体格。それから得物。例え姿が隠されていても、一度戦ったときと同じでした。それと、香りです」

「香り?」

「はい。人間の匂いは一人一人違うものです。汗や体臭、そして香水というものはそれらが混じって、使う人によって違う香りになると教わったことがあります。初めて遭遇したときに敵から香った匂いが大臣の屋敷と戦ったときと同じでした」


 こういう話は、陛下達には理解できないだろう。現に不思議そうにしている。アランにも団長にも説明したときはなんでもなかったが、実際に命を賭けた戦いや場面に相対した者が身に付けられる感覚的なものでしかない。


「しかし、大臣が刺客を差し向け、王女殿下が命を落としたのちに反乱をおこそうと画策していたとすれば、辻褄は合いでしょう」


 だから、感覚ではなく、論理的な考えを述べると二人は同意を示した。


「同じ考えだ。こちらでも怪しい人物を探している中で大臣の名が挙がり、そして不正を突き止めた」

「では、大臣の逮捕に動いたのも?」

「シャルロットへの襲撃と関連しているのではないか、とな」

「さようでございましたか」

「刺客は、もしかしたら大臣のところにいたのかもしれないな。今後は刺客と並んで大臣も捜索対象に加えるつもりでいる。だが、わからぬ」

「わからぬ、とは?」

「何故、財務大臣が反乱を企てたのかだよ」


 それについては、アランも訝しんでいたことだったから記憶に新しいけど、あのときと同じようになんともいえない。


 権力か金か。 しかし、万が一成功したとしても、得られるものよりも苦労のほうが多い。それがわからぬほど大臣も愚かではない。国の中枢にいたのだから尚のこと。


 それから二人は、隣国の情勢や調べた内容について、話してくれた。聞けば聞くほど大臣が単独で動いたとしかおもえないものばかり。他国に情報を流していた、つまりスパイ行為をしていた痕跡も皆無。そして益々反乱、そして暗殺を企てた理由がわからない。


「私怨、ということはないのでしょうか」

「私怨?」

「大臣とお二方に、個人的な恨みが発端となった、とは? それと王女殿下に」

「ううむ?」

「いや、ない」


 きっぱりと、陛下は断言した。


「まあいい。目下の問題は大臣だ。なにかあればジャンヌ経由で知らせる」

「は、かしこまりました」

「そうだ。其方はシャルロット第一に動くように。騎士団の職務については、団長から別命を与えられたとして、暫く離れろ」

「は」

「其方の隊は特別な犯罪に対処するのであろう? 命令にとっては一人一人が単独で動くこともあると。ならば周囲から見ても不自然ではない」

「かしこまりま、お待ちください」

「うん?」

「私が率いている隊についてご存じだったのですか?」

「ああ。そうだが?」


 当たり前だろうといわんばかりの殿下、そして腰掛けている陛下。だが俺にとってはそこまで事細かに把握しているというのが意外でしかなかった。


「しかし、あいつシャルロットを! あれだけ目をかけていたというのに!」

「うむ、狙うならば余か其方にすればよいものを!」

「本当にそのとおりです父上!」

「「見つけたらただじゃおかん!!」」

「・・・・・・おそれながら、最後に一つお聞きしたいのですが」


 なんだまだいたのか? という胡乱な四つの目。


「シャルロット王女のことです。

「では、シャルロット王女は今後も私の屋敷で護衛するということで?」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

「どこか別の場所にお移しになることもあると、おもった、の、ですが?」


 王女が俺の下にいる知っている者の中に、財務大臣は含んでいなかったという。ならば居場所が漏れている心配はない。今後のシャルの動向について確認しておきたかったのだが、沈黙状態になっていた。


 空気が凍っていることに、今更気づいた。


 二人の相貌が崩れていく。凜々しく威厳ある王族から変貌していく。


「そういえば一番大切なことを聞いておらなんだか」

「そのようですな父上」


 まずい。やぶ蛇だったと悟る。


「「シャルロットになにをした?」」


 さっきのシャルの発言についての問題を再燃させてしまった。


「なにもしておりません」

「「「嘘をつくな!!」」

「シャルロットに貴様のどこかをお世話させているのだろう! あの子は嘘をつく妹じゃない!」

「尻尾! 尻尾です! 尻尾の手入れをしたいとお願いされたのです! それだけです!」

「尻尾とはこの尻尾か!?」

「そうです! それだけです!」

「それだけであんなに喜んでるわけがないだろうがああああああああ!!」

「なんのために一国の王女がそんなことをするというんだああああああああああああ!! もしも本当だとしたら頭がおかしいにも程があるぞおおおおお!!」


 徹頭徹尾。シャルに手を出したか否かについて時間を費やすことになった。




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