動転、護衛騎士の気苦労

 シャルとエドモンはお互いを知っている。そして王女であるシャルが俺の屋敷にいることはエドモンには伝わっていない。正体を隠すため、そして本人の強い希望で女中になっているシャルを知ったら。


(ヤバい)


 とんでもないことになる。


「な、なんだ? 一体」

「旦那様?」

「動くなっっっ!」


 揃って静止した。別にどちらに向けていたわけではないが、大騒ぎになることはとりあえず防げた。正しくは防げてはいる。エドモンは入室してきたシャルに顔を向ける余裕もなく、俺に注目している。


(くそ、どうする!?)


「え、ええ?」


 困惑しているのはわかる。いきなりやってきたというのにわかるがシャル。なんで来たんだ。できればマリーかシャルが来てほしかった。今はタイミングが悪すぎる。


 事態は急を要している。このままだとエドモンがシャルに気づくかシャルがエドモンに気づくか。どっちでもいいが碌なことにならない。


 王女殿下を使用人にしているなんてことがこいつから陛下達に報告されたら。それかそれを理由に強請られて女性関係に奔走することになったら。


「動くな、いいな? 動くなよ・・・・・・・・・・・・!」

「あの、旦那様?」

「な、なんだ。一体。と、突然。い、今にもく、食い殺さんばかりの勢いではないか」

「く、」


 応える余裕なんてあるはずない。それどころか打開策も浮かばずまともな思考すらできない。当然だ。仕事以外でこんな窮地に陥ることなんて誰が予想できた? 焦りだけが募り、ぎょろぎょろとした目を忙しく交互に向けることしかできない。

 

「ぐ、うううう、うう、」

「!?」

「な、」


 追い詰められた俺が唯一とった行動。それは跳躍だった。


 隔てている机を一気に跳び越え、エドモンの真ん前に舞い降りた。追い詰められた人間がとれる反射的行動、生存本能に基づき、彼の間合いまで距離を詰めたのだ。


 結果的に功を奏した。シャルに気づかれる要素を少しでも減らし、視界を強制的に埋めることができたのだ。


「ひぃ!」


 ガッシリと肩を、そして旋毛あたりをガッシリと固定。これで完全に動きを封じられた。


「にゃ、にゃにをする!? よくもお前触れるなおい離せ!」

「旦那様!?」

「喋るなっっ!」


(下がれ! 今はいい! 来るな近寄るな!)


 ありったけの懇願を目にこめ、精一杯の合図を送り続ける。


「や、やめろ! やはり本性を表したな!? む、むぐぅ!?」


 口に尻尾を突っ込んで塞ぎ、やかましいエドモンを強制的に黙らせた。


「むご、むがもごもががぁ!」

(今は下がれ、下がってくれ!)


「むぅ」


 しかしシャルは尻尾に注視して、口を膨らませているではないか。何故だ。


 困惑しきったままのシャルもありったけの懇願と意志を、顔と顎の動きで出ていくよう促す。どうか俺の想いよ届いてくれ。


「???」

(気づけ気づいてくれ頼む!)

 

「あ、」


 なにかが閃いた。合点がいったといわんばかりにシャル。グッと背筋を伸ばして諸々を載せた盆の持ち方が見えるようにして、ウインクをしてきた。


(落とさないかどうか心配しているんじゃない!)


 頭を振ると、またもや疑問符で埋め尽くされたように首を傾げられたが、すぐに一礼して部屋を出て行った。


(助かった・・・・・・・・・)

「ぐ、げ、ペッペッ! なんだいきなり! 口の中に毛が入ったぞこの毛むくじゃらめ! 呪いが伝染したらどう責任を!」

「エドモン卿ううう・・・・・・!」

「ひ!?」


 こいつがいきなり押しかけてきたからだ、という苛立ちが募る。


「俺は、あなたの、依頼を、受けるつもりはない」

「あ、わ、わ」

「あなた自身の問題は、あなた自身で解決なさってください」

「つまり、そういうわけです。わかっていただけましたか?」

「ひ、ひいいいいいっ」

「よろしいか?」

「あ、ああ。わかったわかったから食べないでくれ呪いを移さないでくれええ!」


 涙と鼻水を垂れ流し、恐怖に塗れきっている。ガタガタと震えるエドモン。話にならず、つい力が入りきってしまう。


「 わ か り ま し た か ?」

「ひぃ、ひぃ、ひぃ!」

「わかりましたか!」

「食わないでくれええ!」


 彼の瞳、今の俺自身の姿が反射している。


 獰猛な息遣い、口角が吊り上がり歯茎が剥きだしになっている毛むくじゃらのおそろしい怪物。


「くそ・・・・・・・・・・・・」


 距離をとった。そしてエドモンを落ち着かせるため。いや、俺自身も冷静さを失っていたからちょうどいい。お互いの頃合いをみて、帰るように促そう。割と早いうちに。


「エドモン卿。良いですか? このあと俺は用事があるのです」

「あ、ああ。そうか。そうだな」


 立ち上がった彼を見て、そのまま一緒に部屋を出ようと二人で扉へ向う。警戒しているのか、わかりやすいほどビクビクとしているエドモン。まったく、なんで朝からこんなおもいをしなければならないのか。


 ガチャ、ギイィィィ。

 

 そうおもいながら扉を開けた。


「あ、旦那様っ」


 バアアアアアンッッッ!


 そしてすぐに閉めた。


 すぐそこにシャルが立っていたのだ。


「え?! え!?」

「おい、なにをしている?!」

「本当、なにをしているんでしょうねぇ・・・・・・・・・!」

「お前が自身でしていることだろう!?」

「旦那様!?」

「まだ帰すわけにはまいりません・・・・・・・・・・!」

「何故だ!? おい!」

「言い忘れていることがありました。そもそも親衛隊だろうと騎士団であろうと、私的な依頼は禁止されております」


 バンバン! バンバンバン!


「おわかりか?」


 ドンドンドン! ドンドン!


「それは、今する話か?」

「ええ」

「そ、そうか・・・・・・・・・・・・・?」

「それに――――――」

「旦那様、どうして入れてくださらないの!? 私なにかしてしまいました!?」


 ドンドンドン! バンバンバン!


「――――――――ということです」

「す、すまん・・・・・・・・・・上手く聞こえん・・・・・・・」


 でしょうねぇ・・・・・・・・・・! そうでしょうねぇ・・・・・・・・・!


 どうして戻ってきたのかと、できればすぐにでも問い詰めたいくらいだが! できない! 壁一枚を隔てただけで、少しでも隙間を開けてしまえば顔を見合わせる位置、そして距離だ!


「サムさんから聞いて、お砂糖たっぷりまぶしたマドレーヌですよ! チョコレートのソースも持ってまいりました!」


 くそ、美味しそうだな。ってそうじゃない!


「ん? 待て、今の声は聞き覚えのあるような」 

「気のせい・・・・・・・・・・です・・・・・・・・・・!」

「旦那様! エリク様!」

「いや、だがなぁ」

「エドモン卿・・・・・・・・・・・・!」

「ひ!?」


 正直、自分でも怪しいと自覚している。帰る流れだったのに、いきなりそれを遮り、女中を入れようとしない。さっきの比ではないくらいおかしいところしかない。


 だから、多少強引な方法をとるしかない。


「俺の女中になにか?」 

「い、いや、そういうわけでは・・・・・・・・・・」

「まさか俺の女中にも手を出すおつもりですか?」

「っ」

「は!? いきなりなにを! どうしてそうなる!?」

「先程から俺の女中を気にしているでしょう・・・・・・・!」

「そりゃあ気になるが! そっちの気になるではないぞ! どちらかといえばお前のおかしさが気になっているんだぞ!?」

「理由は簡単です! エドモン卿のようなだらしのない人に俺の女中を手籠めにされたくないのですよ!」

「「!」」


 背中に響いていた、扉を叩く音とシャルの抗議がとまった。顔全体で息を止めているように、エドモンが黙りこんだ。


「な、な、な、」

「誰がエドモン卿の振る舞いを見ても、そうおもわれることでしょう。俺はただ使用人を心配しているだけです」

「お、俺は、俺は」

「シャル! ここはいい! サムかジャンの手伝いをしてこい!」

「・・・・・・・・・・」


 虚を突かれた。そんな風に俯いたエドモンに好機だとここから離れさせるため指示を飛ばす。しかし、うんともすんとも返事がない。さっきまでうるさいくらいだったのに。


「シャル?」

「・・・・・・・・・・・・旦那様が、エリク様が私を・・・・・・・・・」

「シャル!? おいシャル!」


 なにかブツブツと呟いているが、よく聞き取れない。「は、はい!」とすぐに呼びかけに答えた。


「お前が持って来てくれた菓子はあとで食べる! だから行け! 行ってくれ!」

「はっ!? かしこまりました! は、はい・・・・・・・・・はいいぃぃ・・・・・・・・・♡♡」


 扉に耳を当ててたしかめていると、頼りない足音が遠ざかっていく。しっかりと聞き取れなくなるところで


 しかし肝心なエドモンは腰が抜けたようにへなへなと倒れこみ、大きく尻餅をついているではないか。


「なぁ、エリク・ディアンヌ」

「まだなにか?」

「俺はそれほどまでに最低か?」


 出会ってから常に感じていたいつもの尊大さは影も形もない。まるで落ちこんでいる子供みたいにしょぼくれていた。

 

「今まで誰も、俺にそんなことを言った奴はいなかった・・・・・・・・・」


 とにかく、もう帰ってほしいだけなんだが。

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