休日。意外な来訪者


 騒動から一夜明けた。起きて早々動かしづらさと鈍い痛みを感じたが、やはり問題ない。着替えるときに包帯と湿布を取り替えたときに薬を再び塗ったが、滲みなかった。数日中には瘡蓋になって塞がるだろう。


 それよりも、無駄に着替えを手伝おうとしたり食事の世話を焼こうとするシャルのほうが困る。


「旦那様、今日の予定はいかがされますか?」

「適当に過ごすことにする」

「かしこまりました。それと、マリーは今日お休みをとっていますので。シャルか私がご用件を承ります」


 大丈夫だろうか。サムは普段マリーの補助や手伝いをしているとはいえ、通常の仕事はそっちではない。


「あの子もあれで、日々成長していますよ。近いうちに簡単な料理なら作れるでしょう。元々頭が良い子なのでしょうね。やり方を教えて、コツをつかめればそのうち一人でこなせられる仕事も増えていくでしょう」


 俺の不安な胸中を読まれたタイミングに、少しバツが悪くなる。


「シャルを見ているとマリーが小さいときを思い出します」

「そうかな。しかしマリーが使用人の仕事をするようになったのはもっと幼かったんだろう?」

「ええ。ですが不思議と重なるのですよ。卵を上手に割れたときの喜びようや料理を落とさずお皿に盛り付けられたとき、洗濯物を綺麗にできたときの嬉しがってるところが。幼子のようです」

「マリーもそうだったのか?」

「あの子はどちらかというと、泣いていましたよ。母が厳しかったので。旦那様はそのときちょうど騎士団に入ったばかりでしたし知らなくても当然でしょう」

「・・・・・・・・・・・・」

「しかし、あの子はもしや裕福な家の子なのでしょうか」


 ガシャン!


 食後のカフェオレを危うく落としそうになった。


「どうしてそうおもう?」

「品格というのでしょうか。歩き方や挨拶の仕方、がどことなく身分の高い人のようで。物の扱い方や持ち方も、使用人の身につけるマナーよりも貴族の人達のそれと近いと感じるときが多いのです」

「そ、そうか・・・・・・・・・・・・」

「あとは、食事ですね。最初はこんなに質素なのですか!? と驚いていましたし。屋敷の広さやそれぞれの部屋の大きさにも驚いていました」

「そうか・・・・・・・・・そうか・・・・・・・・・・・・!」

「石鹸の使い方もわからなかったようで、マリーや私に聞いてきたことも」


 わざとか!?


「まさかどこかのご令嬢ややんごとなき身分の女性が使用人になりにきただなんて。そんなことはないとわかっているのですが」

「そうだな。そんなことしようとするご令嬢や姫様などいるわけがないだろうしな。第一周りが止めるだろうしな」


 当たらずとも遠からず。


 まさか気づかないうちにそんなところで怪しまれていただなんて。やはり世間知らずの王女を使用人として置いておくには無理があったか。


 しかしサム。どうしてそこまで気づくことができる? ジャンもそうだったが、逆にそうした見抜く力が養われているのか? 


 動揺してはいけないと戒めつつも、持ちあげているコップ、そしてなみなみと注がれているコップの湯面の震えを抑えることができない。


「旦那様? どうかなさいましたか?」

「今日は少し冷えるとおもってなっ」


 いかん。尻尾まで注意がいっていなかった。指摘されたのとジ~~~ッと向けられる視線に、おもわず尻尾に力を入れてブンブンブン、へにゃ、と形を操る。


「しかし、結局昨日はなにがあったのですか?」

「ああ、あれはだな」


 しかし、どうでもよかったのか。サムはすぐに話題を変えてくれたのでホッと一安心。今後細心の注意を払わなければいけないと述懐しつつ、説明しようとする。

 

「失礼します。お客様です」

「客?」


 ジャンが教えてくれた内容によると、屋敷の入り口で仕事の準備をしていたら、柵の前に身なりの良い男が立っていたそうだ。


 ジャンに気づいて声をかけられると、ここはエリク・ディアンヌの屋敷か。主に用があると言われたそうだ。


(はて、誰だ?)

 今日は休日になっている。そんな日にわざわざ俺を訪ねてくる人間はほぼ皆無。騎士隊の部下や上司はそれなりの信頼関係を築いていると自負しているが、わざわざ屋敷を訪ねる物好きはいない。


 騎士団の職務内容はどれも過酷。それも肉体はおろか命も落としかねない。そんな影響で、休日という自由な時間の貴重さを皆理解しているのだ。


「エドモン・シャルロッドと名乗る御方です」


 眩暈がした。


 口からカフェオレが溢れそうになった。


「ど、どうして、だ?」

「ご用件までは伺っておりません」

「いないと言って追い払え」

「しかし、もう客間にお通ししましたが」

「通したのかっっっ!!」

「はい。急いでいらっしゃるようでしたので」

「くそ・・・・・・・・・・・・!」

「旦那様? お知り合いの方で?」


 断じて違う。


 決してお知り合いじゃない。お知り合いの括りに入れたくもない。


「旦那様。もしでしたら私が応対いたしますが」

「いや、いい・・・・・・・・・・・・」


 さっさと終わらせよう。一種の決意を固めてカフェオレを一気に呷ると客間へと向った。


「おお、遅かったな」

「急な来訪だったので」

「昨日は、なんだ。少々迷惑をかけたな」

「ええ。本当に」

「ん?」

「それでご用件のほうは? 私も忙しいもので」

「今日は休みだと聞いていたが?」

「休みでも色々と忙しいのですよ。親衛隊とは違いますが」

「実はお前に頼みたいことがある」

「お断りいたします」

「まだなにも言っていないが!?」


 聞きたくない。顔を合せていたくない。というかもう帰ってほしい。いや帰れ。そんな雰囲気を放つが案外図太いのか話し出す姿勢を崩さない。


「あの女性達を説き伏せてほしい」


 また眩暈がした。


 しかし、こちらなどおかまいなし。エドモンは言うや否や革袋を取りだした。置いたときの衝撃とじゃらついた音から、昨日のように金貨が入っているんだとすぐにわかった。


「あの子達は以前から仲良くしてた子達だ。だが、なにか勘違いされたらしい。俺が浮気をしていたとか弄ばれたとか複数交際をしている最低男とおもわれている」

「違うのですか?」

「一度だって彼女達に交際を申しこんだことも恋人になってくれと言ったこともない。口説いたこともな」

「では何故あれほど親の敵とばかりに? 刃物まで持ってきていましたよ」

「さあな。女性の心理などわからんよ。特別なことはしていないというのに」


 やれやれ、とばかりに芝居がかった仕草。この様子だと本当になにもわかっていないのだろうか。しかし、以前から感じていたエドモンの人間性を知っていると、どうにも胡散臭い。


「たかがベッドの上で交わったくらいしかないというのに」

「それしかないだろ!!」

「な、なにがだ!?」


 敬語も忘れてツッコまずにはいられなかった。


「肉体関係を持っておきながら交際しているつもりがなかったなんて言われたら誰だって怒るでしょう! それも複数やっていたなんて知ったら!」

「は!? 何故だ!」


 俺が怒っている理由さえ不思議、という顔。こいつは本当にわかっていないのか?


「自らの身に置き換えてください。貴方が惚れている女性がいたとしましょう」

「うむ?」

「肉体関係を何度も結んでいる。いずれは結婚するつもりでいた。当然相手もそうに違いないとおもっていた」

「うむ・・・・・・・・・・?」

「そんな女性が別の男とも関係を持っていると知ったら? 自分とは結婚するつもりもなかったとしたら?」

「そんなの許せるわけがないだろう。俺にそんなことをするなんて。もしそんなことをされたら・・・・・・・・・・はっ!?」


 はっ!? ではない!


 やっと気づいたのか!?


「そうか、そういうことか・・・・・・・・・・・・ならいくら渡せば納得してくれるだろう?」

「金で解決するつもりですか!?」

「しかし、俺も自由に使える分はかぎりがあるし。うん。やはりお前が説き伏せてくれ。呪われ騎士が相手なら恐怖してうんと頷くだろう。そのほうが後腐れない」


 それは説き伏せられたんじゃない。相手からすれば脅迫されたも同じだ!


「お断りです。もしそんなことをすれば俺の悪評が広がるでしょう」

「このままだといずれまた俺の所に押しかけてくるだろう。そうなったら上にも知られて親衛隊の地位も危うい」

「でしょうね。しかも任務中に娼婦を二人も抱いていることまで知られるかもしれませんからね」

「わかっているじゃないかっ」


 一転して喜色に富んだエドモンに、いい加減我慢できなくなってきた。今すぐ拳をぶちこみたくて仕方がない。


「もししてくれたら、そうだな・・・・・・・・・・・・ん? おい、なんだそれは」

「エドモン卿・・・・・・・・・・この際だから言っておきましょう。俺は貴方の部下でも家臣でもない。権威と立場を利用すればなんでも叶うとおもったら大間違いですぞ」


 鬱憤が溜っていたんだろう。おそらく、ありとあらゆる鬱憤が。尻尾がブルブルと怒り、苛立ち、烈火のように激しい感情で全身の毛が、尻尾が逆立つ。


「しかし、俺は親衛隊で、お前は騎士団の隊員だろう?」

「だからなんだと仰るのですか? どのような命令を、依頼をしてもかまわないと? そんなはずがないでしょう。もしそうだとしても私的な騎士団への依頼となれば重大な規律違反ですっ」

「!?」

「騎士をなんだとおもっているのですかっ。そのような尊大でなんでも金や権力で解決するなど、いずれ破滅しますよっ。そもそも金や権力で務まる甘い仕事ではないのです親衛隊も騎士団もっっっ。それでいざというとき忠誠を貫けますかっ。命を懸けた闘争に身を投じられますかっっ」

「ひ、ひぃっっっ」

「そもそも――――――」

「失礼いたします。お茶とお菓子を持ってまいりました」


 言い募ろうとしている気勢が、がっくりと削がれた。


 ぐ、と黙りこんでしまい、そのままシャルの声がした扉を、次いでエドモンを見比べる。腰を抜かしているのかとおもうほど怯えきっているのは単に大声で怒鳴られただけではないんだろう。


 急に己の今の姿を想起する。


「あの、旦那様入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわん」

「はいっ」


 まったくこちらの気も知らないで呑気な明るい返事に、怒り続けている自分が馬鹿馬鹿しくなってもきた。エドモンなんかに・・・・・・・・・・・・。


(ん? エドモンとシャル)


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 いや、かまわん、じゃない!


 エドモンがいるのにシャルを入れたらダメだろ!

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