入浴、乱入、そして誤解

「旦那様、いかがされたのですか!?」


 濡れそぼった体毛を掻き上げて視界を確保すると、とんでもない光景が飛びこんでくる。たくし上げたスカートの端と端を結び、ぷっくらと出ている白い太腿。濡れることへの配慮か腕まくりまでしているあられもない子女が。


「な、な、な、」


 動揺を鎮められず、ブンブンブンブンと暴れる尻尾が激しくお湯を弾き浴室を水浸しにしていく。濡れるのをおそれてか、きゃっと小さい悲鳴を上げながら入り口近くから動けずにいるようだ。


「何故いるんですかっっっ!!」

「え? な、何故って」


 大音声が反響しまくってもきょとんとした反応は、とんでもないことをしている子女にはそぐわないまぬけ具合だ。


「お背中を流しにきたからですが?」


 そんなこと頼んでいませんが?


 どうしてそんな当然のことを尋ねているのかと、不思議そうに小首を横に傾げられてしまう。


「ではどうして、俺の背中を流しに浴室に入ってきたので?」

「旦那様ご自身が、私に命じられましたし」

「は?」

「後で私の所に来い、と旦那様は仰られて」

「あ、ああ?」

「それは旦那様がお風呂に入ってくるときに来いという意味では?」

「・・・・・・・・・・・・」

「な、なので女中の務めとして是非にと」

「そ、」

「そ?」

「そういう意味じゃないっっっ!!」


 ひゃあ、と悲鳴を上げ、俺の剣幕に圧されるように数歩下がった。


「い、いえしかし王族でも湯浴みをしているときは侍女や側仕えの者がお背中と髪の毛を洗いますし」

「そりゃああなたはそうでしょう! そうでしょうがっ!」

「それに旦那様は人よりも、その、体を洗うのに少し大変なのではないかと」


 だからといって一体どこに背中を流しにやってくる王女がいるというんだ。


「後でというのは夕食や入浴が終わったあと俺の部屋に来てくれということです!」

「まぁっ」


 まぁっ、じゃない。こっとがまぁっ、だ! なんて悠長な。


「疑問におもわなかったので?」

「ええ」


 きっとはしたないともおもっていないのだろう。そんなあっけらかんとした態度だ。


 万が一、王女にそんなことを命じたと知られたらこちらの首が危ない。国王と王太子の手を出すなという記憶が新しいんだ。恐れ多い、申し訳ない。というよりも身の危険をかんじる。


(だとしても、だとしてもだ!)


 若干こちらの言葉選びが悪かったかもしれない。だが、誰もそんな勘違いをさせるなんておもわないだろう。第一背中を流すなど、マリーにもサムにも家族にもさせたことはない。


「つまりは、そういうことです。別に浴室にすぐに来いというわけではないのですよ」

「も、申し訳ございません・・・・・・・・・・・・」


 なんにしろ、これで誤解は解けたはず。スゴスゴとそのまま――――


「で、ですが少しお時間をいただきたく」

「?」

「夜伽の準備をしたいので」


 もう一度湯船の底で足を滑らせた。


「だ、だから、なんでそうなるのですかっっっっ!!」

「し、しかし殿方の部屋に夜来いということは・・・・・・・・・・そういうことではないのですか?」


 ごくり、と生唾を飲みながらぐっ!と拳を形作る。なにか決意めいたものをかんじるが、この際どうでもいい。


「第一なんの準備なのですか!」

「わ、私も旦那様のお気に召すよう、その・・・・・・・・・女性としての嗜みと申しましょうか」

「言わなくてよろしいっ! そしてしなくてもよい!」


 モジモジと恥じらっているシャルロット王女にツッコミが止められない。

 

「違う! 王族ではどうなのかわかりませんが! 俺はそんなことしません!」

「え、しないのですか・・・・・・・・・・・・?」


 なんで残念がっている? 決意が無駄になってしまったからか?

 

「王族だとそうなのですか?」

「いえ、それは書物と人から聞いた話で・・・・・・・・・それにマリーさんもよく旦那様のお部屋に赴くと」


 お茶やお菓子を持ってきてもらうためだということを伝え忘れたのか? いや、例えそうであってもだ。


「はっ!? つ、つまりもう旦那様とマリー様はそういう間柄!?」

「そういうもなにもありません! 例えなんであろうと、俺はあなたにそんなことするつもりはありません! マリーとも主と女中! それだけです!」


 この王女様は・・・・・・・・・王宮を飛びだしたことといい、これまでの言動といい。少し突拍子もなさすぎる。王族故に偏った生活をしていたからか? 世俗の事情や普通の常識に当て嵌めれば、無いという答えにすら辿りつけないのだろうか?


 一言でいうなら抜けている。不敬抜きならアホと呼べるだろう。


「で、ですが私もそういうことがいずれ来ると覚悟しておりますので・・・・・・」

「そんな覚悟しなくてもよろしい! 捨ててしまいなさい!」

「し、しかし・・・・・・・・・それではなんのためにここに来たのか」

「俺はもう体を洗ったのです。わざわざ誰かに洗ってもらう必要なんてない。いつもそうしている。それに夜伽をさせるつもりなんてない」


 仮にそんなことを命じたら・・・・・・・・・そして今のこの状況が人に知られたら・・・・・・。


 国王と王太子が脳裏に過ぎり、同時に背筋が凍りつく。


「では、なんのためでしょうか?」

「・・・・・・・・・シャルロット王女」

「はい、はっ!? い、いえですから私は王女様では!」

「陛下とウィリアム様と話してきました」

「!」


 このままでは話が進まない。本題を切り出そうとすると効果覿面だった。秘密がバレた、追い詰められた犯人と同じ様相を示している。


 本当はここで言うつもりはなかったが、致し方ない。


「シャルロット王女。俺は――――」

「旦那様。先程からなにをなさっているのでしょうか」

「!」

「!」


脱衣所のむこう側、いくらなんでも騒ぎすぎていたということか。サムがやってきた。


「な、なんでもない! 気にするな!」

「しかし・・・・・・・・・・・・」

「いいから! マリーを手伝っていろ!」


 つい誤魔化してしまったが、事情を説明してもはたして理解してもらえるかどうか。それによって余計とんでもないことになる。そんな予感しかしない。


 なにも後ろめたくはないが、ここは一旦夜伽がどうとか背中をどうとか余計なことを口走るかもしれないだろう。


「それに、先程からシャルがいないのですがご存じありませ――――」

「ない! まったく存じない!」

「・・・・・・・・・本当ですか?」

(くそ、怪しまれたか!?)

「あ、あわわわわわ・・・・・・・・・」


 動揺が増してあたふたしだしたシャルロットを制しようとしたが、下手に動くことも喋りかけるとサムに気取られてしまう。


(くそ、どうしてこんなことに!)


「あっ」


 つるん。べしゃ。ごちん。


 軽快なリズムだった。足を滑らせ、体が倒れて、頭を打ちつける流れ。見ているこちらも止めることができないほど。


「ちょ、おい!」


 駆け寄って抱きかかえる。目を渦潮状に回して呻いているが命に別状はないようだが、それでも意識を失い、傷を負ったというのは一大事。騎士としての条件反射、体の底に滲みついた習性が働いて必死に呼びかける。


「大丈夫ですか!?」

「旦那様なにかあったのですか!?」


「旦那様一体なに・・・・・・・・・・・・を?」


 ガラッと開いて入りこんだサムは、言葉を失って、固まった。そのまま俺見下ろし続けている。


 倒れた拍子に身につけている一切がぐっしょりと濡れ、肌に貼りついて先程よりも艶めかしくなった女中に。そしてそんな王女を抱きかかえている毛むくじゃらの裸身をになっている主。


「・・・・・・・・・・・・なにをなさっているので?」


 本当にサムの言う通りだ。


 本当に、なにをしているのだろうか。

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