王女メイドのいる日常
就業後、事務仕事を簡単に済ませる。着替えをして執務室を訪れると、団長は所用でいなかった。訓練や業務の間に何度もしていたが、結局最後までつかまえることはできなかった。シャルロット王女の件で話をしたかったのだが、仕方がない。微妙に燻るもやもやを張らすこともできないまま、帰宅の途につく。
「お帰りなさいませっ」
家の中に入れば、出迎えたのはシャルロット王女。輝かんばかりの満面の笑み、ずっと待機していたんじゃないか。主の帰宅を待ち構えていた健気な犬とつい重なる。
「今日もお仕事お疲れ様でございましたっ。大変でしたでしょうっ」
いそいそと上着とフードを受け取る間際も、我慢できないとばかりに纏わりつかんばかりの勢い。甲斐甲斐しさというかウキウキしているというか、なんにしろ気が削がれる。
「お食事になさいますかっ、お風呂になさいますかっ、それとも・・・・・・・・・」
「風呂」
「はいっ」
それとも・・・・・・・・・の後に続く台詞。なんだか嫌な予感がしたので遮ったが、それでもシャルロット王女は嬉しそうにニコニコしている。
「旦那様?」
この笑顔の裏に、どれほどの決意があるのか。自分の命を狙われているなんて常人には露ほども感じさせない芯の強さ、そして気高さを覚えそうでつい見つめてしまう。
「あ、あの・・・・・・・・・・なにか?」
「いや・・・・・・・・・」
一歩下がられ、もじもじと恥じらうように顔を伏せられる。時折目線だけちら、ちら、と上目で窺ってくる。男心を刺激して、ついドキッとしてしまうが、いけない、怪しまれてしまったと自戒する。
「仕事のほうは・・・・・・・・・・・・どうだった?」
朝のことを踏まえると、上手くこなせたとはおもえない。後ろめたさを誤魔化すために咄嗟に出たが、途端にシュン、と元気をなくししょげてしまった。
「マリーさんに怒られてしまいました・・・・・・・・・」
「そうか」
なんとなくわかっていたが、マリーの、サムの苦労はいかばかりだったろう。事情を説明すれば、少しは溜飲を下げてくれるだろうか。
「お帰りなさいませっ」
家の中に入れば、出迎えたのはシャルロット王女。輝かんばかりの満面の笑み、ずっと待機していたんじゃないか。主の帰宅を待ち構えていた健気な犬とつい重なる。
「今日もお仕事お疲れ様でございましたっ。大変でしたでしょうっ」
いそいそと上着とフードを受け取る間際も、我慢できないとばかりに纏わりつかんばかりの勢い。甲斐甲斐しさというかウキウキしているというか、なんにしろ気が削がれる。
「お食事になさいますかっ、お風呂になさいますかっ、それとも・・・・・・・・・」
「風呂」
「はいっ」
それとも・・・・・・・・・の後に続く台詞。なんだか嫌な予感がしたので遮ったが、それでもシャルロット王女は嬉しそうにニコニコしている。
「旦那様?」
この笑顔の裏に、どれほどの決意があるのか。自分の命を狙われているなんて常人には露ほども感じさせない芯の強さ、そして気高さを覚えそうでつい見つめてしまう。
「あ、あの・・・・・・・・・・なにか?」
「いや・・・・・・・・・」
一歩下がられ、もじもじと恥じらうように顔を伏せられる。時折目線だけちら、ちら、と上目で窺ってくる。男心を刺激して、ついドキッとしてしまうが、怪しまれてしまった。いかん、自戒しなければ。
「仕事のほうは・・・・・・・・・・・・どうだった?」
朝のことを踏まえると、上手くこなせたとはおもえない。後ろめたさを誤魔化すために咄嗟に出たが、途端にシュン、と元気をなくししょげてしまった。
「マリーさんに怒られてしまいました・・・・・・・・・」
「そうか」
やはり。想定していたから驚きはない。だが、マリーの、サムの苦労はいかばかりだったろう。事情を説明すれば、少しは溜飲を下げられるだろうか。
「途中からはマリーさんの補助をしていたのですが。それでも上手にできなくて」
「無理はしないように・・・・・・・・・」
敬語を使うか単なる女中として振る舞うか。しょげているシャルロット王女を前にすると迷ってしまいそう言うことしかできない。
「あ、ありがとうございます旦那様・・・・・・・・・ですがきっと旦那様のお役に立てるよう頑張りますっ」
健気。涙を拭い、胸の前で肘を曲げて、グッ! と仕草にはそれしかない。しかし、これももしかすると演技ではないか? 王女であるということを隠すための。
「後で私の所にくるように」
「っ」
追従していたシャルロット王女が急に立ち止まった。心ここにあらず。魂が抜けてぽや~~~~っと熱に浮かされたように呆けている。なんだ?
脱衣室に入ると、まだ支度を整え終えていないマリーがいた。こちらに気づいても会釈をきちんとする元気がない。頬が痩け、窶れているのも不憫で、まるで萎びた老婆だ。
「申し訳ございません、もう少しで・・・・・・・・・」
「いや、無理はしないでいい」
「ええ、少し、いつもより、大変でしたもので・・・・・・・・・シャルの件ですが、別の女中を探したほうがよいかと」
「ああ、それはだな」
「このままではお屋敷を壊してしまいかねません」
なにをしたんだあの王女は。
「旦那様が出掛けられたあと、まずあの子は――――」
「いや、いい」
聞きたくない。どんなことをしたのかがこわい。
「解雇はしない」
「はい?」
「新しい女中も募集はしない」
「・・・・・・・・・」
「もう少し長い目で頼む」
シャルロット王女と刺客について。誰にも漏らしてはいけないと厳命されているのだから、そう言うしかないのが非常に心苦しい。すまない、マリー。
「旦那様。変ではありませんか?」
「なにがだ?」
「シャルに対して甘い気がします」
「それはだな・・・・・・・・・」
「このお屋敷が倒壊してもよいのですか」
「本当になにがあった! いやいい!」
疲弊しきっていても、瞳の奥にはしっかりとなじる光が灯っている。そのまましっかりと俺を定めて追求せんばかりだ。
「お前もサムも・・・・・・・・・最初は仕事を上手くできなかっただろう」
「たしかにそうですが・・・・・・・・・しかし」
「呪われ騎士と知っていながら働こうという奇特な子だ。代わりを探したっていないんじゃないか?」
「・・・・・・・・・」
「負担をかけることになるかもしれんが、頼む」
「旦那様、いえ。エリク様――――」
グラリとフラついたマリーが、そのまま前のめりに倒れていく。ブーツの先をスカートの内側に引っかけてしまったようだ。
「大丈夫か?」
「は、はい、ありがとうございます・・・・・・・・・」
支えに入ったが、どうにか間に合った。ホッとしながら旋毛を見下ろしているとつい昔が懐かしくなる。そういえばマリーは昔よく転んでいた。けど、頭を撫でるといつも泣き止んで。
――――――触らないで化け物!!――――――――
「・・・・・・・・・すまんな」
つい懐かしんで癖のように撫でようとした手を、肩に置き直しそのまま押しこむ。バランスを取り戻したのをたしかめて埋もれているマリーから離れる。妹のように接し、家族のように過ごし、そして拒絶した相手に仕えてくれている少女。
「エリク様、私は・・・・・・・・・」
「また、触れてしまいそうになった」
「!」
「ここはいい。下がってくれ」
「・・・・・・・・・」
「マリー。もしだったらお前も、屋敷を辞めてもよいぞ」
背中越しに語りかけてからもシャツを脱ぐまで立ち尽くしていた。音もなく去られると、都合の悪いことを忘れてしまっていた自分が馬鹿みたいだ。
割りきっているつもりだった。それがシャルロット王女や刺客、護衛と目まぐるしい状況の変化で見失ってしまってた。
「気を引き締めないとな・・・・・・・・・」
体を洗い湯を浴びる心地よさに浸っていても、頭の中にしっかりと――――
ガラリ!!
「お待たせいたしました旦那様っっっ」
豪快に開かれた戸と同時に現れたシャルロット王女、動転し湯船の中で転んで溺れそう。
俺に平穏のときはないのだろうか。
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