王女の事情

 腰を抜かしていた騎士。ただそう記憶していた隊員は呼びだされた団長室で横柄な姿勢で椅子に腰掛けていた。サラサラと優雅に棚引いている前髪を指先で弄りながら、ジロリとこちらを睥睨する。途端に忌々しそうに表情を顰めた。


「お呼びでしょうか。団長」

「ああ。エドモン卿、こちらが――――」

「ああ。知っているとも。わざわざ紹介されなくてもいい。貴様達に重大な知らせと任務を伝えに来てやった。王女殿下は離宮に移られる」


 団長が渡してきた書類の封蝋には王族の紋章が象られている。中身をそれとなく目で追っていると、たしかにそういう命令の内容だ。


「明後日。警護には親衛隊だけでなく、騎士団からも二つほど隊を出せ。まず先行して一隊、後発したもう一隊で前後から馬車を囲む。到着してからはもう三隊ほど離宮の警護を出せ」

「それは誰がお決めになられたのでしょうか?」

「我が隊の隊長だ。離宮に移すと提案されたのは王太子殿下だが。それが?」

「いえ。大仰すぎる警護におもえて。周囲に不審に見られないかと」

「離宮はここから距離があるから途中なにがあるかわからんだろう」

「・・・・・・・・・そういうことだ。エリク隊長」

「かしこまりました。では私が呼ばれたのは警護に選ばれたからでしょうか?」

「いや」

「そんなわけがないだろう。馬鹿を言うな。貴様のような輩がいたら目立ってしょうがない。只でさえ・・・・・・・・・」

「・・・・・・」

「と、まぁいい。貴様等が弛んでいるから活を入れにきたのだ」

「活、とは?」

「普段から治安維持や見回りをキチンとしていればこのような事態にはならなかったと言ってるんだ」

「・・・・・・・・・」

「しかも襲撃者を取り逃がし、今も発見できていないそうじゃないか」

 

 嫌味と尊大さを含んだクドクドとした口調は、予め用意していたとおもうほど淀みなく流れるように続く。尊大な態度や厳しい上下関係に慣れているとはいえ閉口しそうになる。


「一番は貴様だ。エリク・ディアンヌ。常々評判を耳にしていたが、お優しい王女殿下と一緒にいる場面が何度も目撃されて妙な噂ができているのだぞ」

「・・・・・・・・・」

「まだ嫁入り前の王女殿下の風聞が悪くなったらどうする。立場を弁えろ」

「申し訳ありません」

「団長。部下の躾をキチンとしておけ。特にこの男はいつ見境無く襲いかかるかわからん。首輪か紐でも括りつけておけ」

「はい。そのように。では先程の隊はこちらで選んでおいてよろしいのですね?」

「あ、ああ。そうだ」


 自然な流れで話は終わりという気配を漂わせると、エドモンは肩を悠然と揺らしながら去っていく。足音が遠くになってから団長がやれやれと長い息を吐いた。


「本当に・・・・・・・・・あの男は昔から」

「団長は彼について知っているのですか?」

「ああ。エドモン・シャルロッド。シャルロッド侯爵家の嫡男だ。何度か社交界で父親とともに顔を合せていたが、親衛隊になってからは役職がら会う機会が多くなったが年々酷くなっていくな」

「団長は気に食わないようですね。あの男が」

「けしからんだろう。騎士道にもとる。どちらかといえば女の尻を追いかけるために騎士になったような男だ。加えてまだ経験が浅く碌に任務についたことがない。私が親衛隊に掛け合いに行ったときも横柄な態度をとっていた。無論立場はむこうが上だが、それにしても度が過ぎている」


 そこから団長の訓示、とりわけ親衛隊にふさわしい格や品位を訥々と語りはじめた。批判というよりも嘆きに近い話は重苦しい面持ちもあって真に迫る。なにより団長の掲げる騎士としての誇りと理念は、俺の目指した生き方と重なる部分が多く強い共感を覚えはじめてしまう。


「しかもシャルロット王女を狙っているらしい」

「・・・・・・真ですか?」

「言動の節々にそう感じた。縁組みか役職を上げてもらうかどちらが目的か知らんが。今回の件も自ら立候補したらしい。領地の規模を考えれば無碍にはできないのが・・・・・・っと」


 話を逸らしすぎた、と姿勢を正すと同時に団長の表情が引き締まった。


「しかし殿下はどういうつもりなのか」

「離宮に移す件ですね」


 安全の確保と刺客を捕らえるためというのは納得ができる。だが、それでも大仰すぎる人数だ。時間帯によれば大丈夫かもしれないが、逆に人数を少なくし目立たないようにすれば危険は少なくなる。だが、その情報が漏れてしまえば意味がない。


 それも普段通常の兵士しかいない離宮の警備を増やせば、ここにいると知らせているようなものだ。


「仕方がない。殿下と陛下にもなにか考えがあるのだろう」

「ええ。お二人はシャルロット王女を溺愛されていますからね。みすみす危機に陥らせるようなことは」

「うん。しかし離宮の警護に隊の半数以上裂くことになる」

「刺客の捜索や普段の警邏任務にも支障が出ますな」

「ああ。もしかしたら貴様の隊にも警邏任務を負担してもらうことになる」

「任務であるなら」


 そこから詳しいことは他の隊長達が集まってから改めて、ということで落ち着いたがなんにしろ、騎士団の負担が増すということに変わりはない。


 ようやく話が落ち着いたところで訓練終了の鐘が鳴り響いた。もうじき巡回の騎士隊も戻ってくるだろう。いつの間にかそこそこの時間が過ぎていたのか。何気なしに窓の外へと視線を投げた。


 ガヤガヤと休憩に入る騎士達の何気ないやりとりが聞こえてきそうな錯覚がした。


「だが、エリク。いつの間に王女殿下とお近づきになっていた?」

「・・・・・・それはエドモン卿が大袈裟に受け取っているだけです。何度か王宮に赴いたとき、シャルロット様からお礼を言われたくらいで」

「そうか。うん、そうだろう。あ、いやすまん。失言だった」

「いえ。ですが、周囲からの視線までは考えておりませんでした」

「一国の王女だし、嫁入り前だ。年頃だというのに縁談もまだない。そういう目で見る者がいてもおかしくないだろう」

「・・・・・・・・・縁談もないのですか?」

「ああ。他国からも国内でも。お見合いやそういう類いのは持ち上がっていないそうだ」


 余程溺愛されているのだろうか。それとも一国の王族だから下手な相手には嫁がせられないと吟味を重ねているのだろうか。どちらにしても以外だった。


「だが、いずれはそうなるだろうな」

「ええ」

「それに殿下は動物に目がないみたいだし。珍しいのだろう」

「・・・・・・・・・」

「どうした?」

「王女殿下はそのような御方なのですか?」

「? ああ。そうだが。動物が好きで犬や猫を飼いたいと常々言っているそうだ。蝶や小鳥も愛でている」


 もしかして。王女殿下が俺にお礼を言ってきたのは動物のような見た目だからだろうか。子供が犬や猫に好奇心を抱くように俺に興味を持ったんだろうか。


 だとすればお礼の品を渡してきたのは・・・・・・・・・餌付け感覚?


「・・・・・・・・・」


 呪われた者として周囲と同じように邪険に扱われる。エドモンのような態度をとられる。それらよりかは随分といい。いいのだが。


 名状しがたい忸怩たるおもいがする。


(そのうちお手とか伏せとか求められることがあったんだろうか)


 離宮に移らなければありえたかもしれない未来、想像を頭に浮かべる。犬そのものになってシャルロット王女に傅く自分の姿を。


『お手、ですわっ』

『わん』

『伏せ、待てっ』

『わんわんっ』

『はぁ~~~い、お散歩ですわよ~~~』

『わん』

『よしよ~~~し。良い子ですわ~~~』

『わん、わん』


「・・・・・・」


 情けない絵面が虚しくなった。


(なに考えてるんだ俺は・・・・・・・・・アホか)


 馬鹿な自分を恥じ、後悔しながら団長室を辞した。




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