お礼、王女のお菓子

 駐屯地に着くと、更衣室に向かい仕着せに着替える。紺色を基調としたジャケットを着て、ベージュのズボン、革製のブーツを履いてベルトで締めた。隊長の証である飾緒を付け、肩にかけたソードベルトに剣を通すと紋章入りの金具で黒のマントを結んだ。


 制服に着替えると勤務が始まるまで剣を振るのが日課だ。ちらほらと出勤してくる騎士達はいるが、各々休憩所で自由に過ごしている。 鍛錬に余念がないというのもあるが、自身が率いている隊以外の騎士達とできるだけ顔を合せないためにだ。


「エリク隊長。少しよろしいでしょうか」


 額の汗を拭いていると、訓練所に若い騎士がやってきた。始業開始するまではまだあるし、隊務以外で鍛錬をする熱心な騎士はいないし、用件にも心当たりがない。


「実は、隊長にお会いしたいという女性が訪ねてきているのですが」

「なに? 誰だ?」

「さぁ。そこまでは。ですが、どこかのメイドかと」


 心当たりがない。そのまま案内されるままに守衛所へ赴くと、たしかにメイドがいた。高価で上等な仕着せに身を包み、キチッとした佇まいで待っている。

 

「あなたでしたか」

「突然押しかけてしまい、申し訳ありません」


 王宮に出入りしていた短い期間、シャルロット王女の側にいつもいた子だ。それでますます心当たりがなくなった。騎士団の駐屯地に女性が訪れるのは珍しくない。家族や恋人、夜会の警備についた後に見目の良い騎士に一目ぼれをした女性などが会いに来る。


 当然ながら、勤務時間に個人的な面会など許されていないが。そして俺とこの子の共通点はシャルロット王女を除くと皆無だ。


「ジャンヌと申します。以後、よしなに。実はお届けしたい物がございまして」

「届け物?」

「はい。さぁ」


 促されると赤い頭巾とケープを身に纏い籠を持っているメイドが前に出た。


「こ、こ、こ、これを・・・・・・・・・わ、わたくし」

「これ」

「はうっ」

 

 ビシッと頭上からチョップを振り下ろされる。勢いと痛みで呻いた後、差し出された籠を胡乱げになりながら受け取った。布を捲ると上等なワインとお菓子だった。


「シャルロット王女様からのお礼の品でございます。せめてもの気持ちであると」

「え、ええ是非とも!」

「ていっ」

「あうっ」

「ジャンヌ殿。そちらは?」

「行儀見習いです。ですがまだ礼儀作法も整ってございませんで。シャルロット王女様からのご命令と張り切っているのですが、無作法とならぬよう厳しく伝えておりました」

「成程・・・・・・・・・」

「特に男性に対して免疫がなく、混乱しやすいので。私が付き添っております」


 どうしてそんな子を選んだのだろう。


 最初からジャンヌ殿一人に頼めばよかったんじゃないだろうか。


「ありがたく頂戴いたします」

「はい。どうぞご遠慮なく。それでは」

「あ、お、お待ちを!」

「ふんっ」

「あうっ。じゃ、ジャンヌッでも、」

「ふっふっふっふっふっふっ」

「あ、い、う、きゃ、えぅ、ううっジャ、ジャンヌ、ジャンヌさんっ」

「まだなにか?」


 連続で繰りだされるチョップには、なにか怨恨の念が篭っている。騎士としての直感だが。


「えっと、シャルロット王女殿下からの言伝が・・・・・・・・・・・・」

「言伝?」

「はい、その・・・・・・・・・どのような言伝で?」

「ゴ、ゴニョゴニョゴニョゴニョ・・・・・・・・・」

「は? しかしそれは・・・・・・・・・」

「ゴニョゴニョゴニョゴニョニョ!」

「ここに来るまでの間どれだけ苦労したと・・・・・・・・・そろそろ帰らなければ・・・・・・」

「ゴニョニョニョニョニョニョニョニョ!」

「はぁ~~~~~~~・・・・・・・・・」


 耳打ち。溜息を経て、咳払いをしたジャンヌ殿。呆れた表情も整っている。


「シャルロット王女様はできれば味の感想を聞いてくるようにと言伝を」

「感想、ですか?」

「はい。シャルロット王女自ら作られたそうなので。私も聞いておりませんでしたが」

「・・・・・・・・・・・・」


 深々と被ったフードのせいで顔色はわからない。だが、なにかを期待しているようにこちらをジッと見ている。


「食べた後でお聞かせ――――」

「王宮には来られないのでしょう?」

「・・・・・・・・・」

「騎士団もお忙しいと伺っております。シャルロット様も私も、そう何度も訪ねることはできません」


 つまり、今ここで感想を述べよということだ。


 チラッと騎士の証である銀製の懐中時計を確認すると、そろそろ戻らなければいけない刻限が迫っている。


 一口サイズのクッキーを口に放り込み、咀嚼をする。バリ、グチュ、ガリ。良く家で食べる美味しさとは別次元の歯触り、焦げついた苦みが刺激する。


「失礼ですが、王女殿下はお菓子を作られたことは?」

「・・・・・・・・・王女様はお菓子を作ったことがありませんでしたので」

「そうですか」

「お味はいかがでしたか?」

「嫌いな味でありません」

「!」


 嘘ではない。砂糖とチョコの甘さは、ほんのりとたおやかに口中に溶けていく。作り慣れていない不味さが緩和され、つい頬が緩みそうになる。


 第一、昼食で食べる硬いパンと野菜屑とちいさなソーセージが浮いているスープに比べたら、こういう甘味のほうが好きだ。


 だから、味については問題ない。


「そのようですね。これでこの子も務めが果たせて満足でしょう」

「え、ええ・・・・・・・・・エリク隊長は甘い物がお好きで良かったです・・・・・・」

「? どうして好きだとわかったので?」


 二人の物ありげな目線。その先にはブンブンブンと目にもとまらぬ早さでばたついている尻尾が。


 無意識で感情に反応してしまったのが猛烈に羞恥心をかき立てられる。しかもそれを晒してしまった女性達はまだ目の前にいるのだ。気まずいことこの上ない。


 ガッ! と掴んで背中で押さえておくも、遅かった。


「ふ、フフ・・・・・・・・・フフフフ」

「笑ってはいけませんよ、これ」

「で、でも、愛くるしくて・・・・・・・・・」

「っ」

「こらっ」

「ひぃっ」

「エリク隊長、申し訳ございません。この子は実家で甘やかされて世間というのを本当に知らない馬鹿で・・・・・・・・・箱入り娘で」

「いえ。そうではなく。今、なんと?」

「え?」

「エリク隊長?」

「おそろしいとは思われないので?」

「え、ええ・・・・・・・・・?」

「この見た目ではおそれられることが多いのですが。何故?」

「え、えっと・・・・・・・・・最初は、その、驚きましたけど・・・・・・・・・・・・ですが、エリクさま・・・・・・隊長はお仕事に真面目で・・・・・・・・・素敵な殿方だと伺っておりましたし・・・・・・・・・たし・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「私はまだ内心ガクブルしておりますのであしからず」

「じゃ、ジャンヌ! さん!」

「いえ。正直に申し上げていただいて大丈夫です。しかし、誰からそのようなことを?」

「それは、えっと・・・・・・・・・」

「シャルロット様がそのように仰られておりました。ねぇ?」

「え、ええ・・・・・・・・・そのとおりですわ・・・・・・・・・です」

「・・・・・・・・・王女殿下は」


 王女殿下は俺が呪われていると知っているのだろうか。知った上で愛らしいなどと申されたのだろうか。


 ついそこまで聞いてしまいそうになった。


「長々と失礼を致しました。それでは私達はこれで」

「あ、最後にもう一つ! じゃ、ジャンヌさん! 本当にこれで最後ですので!」

「なんですかっ。もう流石に帰らないと」

「モフらせていただきたくっ」

「「・・・・・・・・・・・・」」

「王女様は是非とも代わりに尻尾や毛並みをたしかめて感想を――――」

「ふんっっっ」

「きゃああっっっ」

「失礼いたしましたエリク隊長」

「い、いえ・・・・・・・・・」


 脇の下にがっしりと通した腕で肩をホールドし、ズルズルと引き摺っていく。それを眺めながら、クッキーをもう一度口に入れると、これを作った王女が浮かび、甘さが引き立った気がした。


「おう、エリク。ここにいたのかってなにか嬉しいことでもあったのか?」

「・・・・・・なんでもない」


 久しぶりに呪いにかかっているこの身体が恨めしくなった。

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